東京・浅草の浅草寺で9日、恒例の「ほおずき市」が始まった。
境内におよそ450の露店が並び、オレンジ色に熟したほおずきが、威勢のいい売り子の掛け声とともに、飛ぶようには売れていなかった。
昔から、ほおずきの実が熟して紅く色づくときを、秋の始めとしていた。立秋を過ぎてようやくほおずきが目につくようになる。
したがって、“ほおずき”は秋の季語で、7月9日・10日に開かれる“ほおずき市”は、夏の季語なのである。
太陽暦の七月上旬では、ほおずきもまだ小さくて青いものしか見かけられない。
(“ほおずき市”用のほおずきは、それ用に、特別に育てられたものであろう)
八月の上旬、立秋の頃になってこそ、あちこちの夏祭りや縁日にも、紅いほおずきを売る店が立ち並んで、子どもたちの足を引きとめたものである。
ほおずきの鈴生りになっているさまを見ると、鬼灯(ほおずき)とは、よく名付けたものと感心させられる。
鬼灯は実も葉も殻も紅葉かな 芭 蕉
「鬼灯というものは、こうしてつくづく眺めてみると、その実も葉も殻も
同時にすっかり紅くなって、何ともおもしろいものだ」
実も葉も殻も同時に紅葉するという発見が眼目で、その発見に興じたさまが、「実も葉も殻も」とたたみかけた口調によく出ている。
「鬼灯」が秋の季語、「紅葉」も秋であるが、この句で中心にはたらくのは「鬼灯」である。したがってこの句の季語は、「鬼灯」と考えられる。
「鬼灯」は夏秋のさかい、青い実をつけやがて紅くなる。同時に葉も、丸い実をおおう殻も紅葉する。
ほおずきの実を、柔らかく揉みほぐして中の種子を抜き出し、カラになった袋を唇に挟んで吹き鳴らす遊びを、女の子は、よくしたものだった。
「殻」は、顎の変化したもので、実を包んでいる袋のこと。
鬼灯そのものの面白さを契機とした発想である。
ほおずきを鳴らす遊びも、赤染衛門が著した『栄華物語』に、一条天皇の后、中宮彰子(しょうし)の美しさを讃えて、
「御色白く美(うる)はしう、ほほづきなどを吹きふくらめて据ゑたらむやうにぞ見えさせ給ふ」
と記しているところを見ると、ほおずきをふくらませて吹く遊びは、平安朝いやそれ以前からあったものと思われる。
鬼灯市夕風のたつところかな 岸田稚魚
稚魚師は、石田波郷の三羽烏の一人で、変人の俳句の師でもある。
鬼灯市を詠んだ句で、この句を超えるものはない、と確信するほど、この句にしびれている。
前述したが、鬼灯市は、7月9・10の両日、東京浅草の「観音様」の境内に立つ市で、鉢植えや、袋入りの鬼灯を売る露天が立ち並び、買って帰り煎じて飲むと、子どもの虫封じや女の癪に効くという。
また、7月10日は観世音菩薩の結縁日「四万六千日」で、この日に参詣すれば、四万六千日分の功徳・ご利益があるといわれている。
なぜ四万六千なのか。聞くところによると、米一升が四万六千粒なので、米に一生(一升)困らない、ということからきているらしい。
浅草では昔は、雷除けの赤トウモロコシを売ったが、いつか茶筅にかわり、現在の「ほおずき市」にと移ってきた。
「四万六千日」は、陰暦七月十日、「千日詣」といわれたものの後身である、と聞いている。
鬼灯を揉むペンだこの尼僧かな 季 己
境内におよそ450の露店が並び、オレンジ色に熟したほおずきが、威勢のいい売り子の掛け声とともに、飛ぶようには売れていなかった。
昔から、ほおずきの実が熟して紅く色づくときを、秋の始めとしていた。立秋を過ぎてようやくほおずきが目につくようになる。
したがって、“ほおずき”は秋の季語で、7月9日・10日に開かれる“ほおずき市”は、夏の季語なのである。
太陽暦の七月上旬では、ほおずきもまだ小さくて青いものしか見かけられない。
(“ほおずき市”用のほおずきは、それ用に、特別に育てられたものであろう)
八月の上旬、立秋の頃になってこそ、あちこちの夏祭りや縁日にも、紅いほおずきを売る店が立ち並んで、子どもたちの足を引きとめたものである。
ほおずきの鈴生りになっているさまを見ると、鬼灯(ほおずき)とは、よく名付けたものと感心させられる。
鬼灯は実も葉も殻も紅葉かな 芭 蕉
「鬼灯というものは、こうしてつくづく眺めてみると、その実も葉も殻も
同時にすっかり紅くなって、何ともおもしろいものだ」
実も葉も殻も同時に紅葉するという発見が眼目で、その発見に興じたさまが、「実も葉も殻も」とたたみかけた口調によく出ている。
「鬼灯」が秋の季語、「紅葉」も秋であるが、この句で中心にはたらくのは「鬼灯」である。したがってこの句の季語は、「鬼灯」と考えられる。
「鬼灯」は夏秋のさかい、青い実をつけやがて紅くなる。同時に葉も、丸い実をおおう殻も紅葉する。
ほおずきの実を、柔らかく揉みほぐして中の種子を抜き出し、カラになった袋を唇に挟んで吹き鳴らす遊びを、女の子は、よくしたものだった。
「殻」は、顎の変化したもので、実を包んでいる袋のこと。
鬼灯そのものの面白さを契機とした発想である。
ほおずきを鳴らす遊びも、赤染衛門が著した『栄華物語』に、一条天皇の后、中宮彰子(しょうし)の美しさを讃えて、
「御色白く美(うる)はしう、ほほづきなどを吹きふくらめて据ゑたらむやうにぞ見えさせ給ふ」
と記しているところを見ると、ほおずきをふくらませて吹く遊びは、平安朝いやそれ以前からあったものと思われる。
鬼灯市夕風のたつところかな 岸田稚魚
稚魚師は、石田波郷の三羽烏の一人で、変人の俳句の師でもある。
鬼灯市を詠んだ句で、この句を超えるものはない、と確信するほど、この句にしびれている。
前述したが、鬼灯市は、7月9・10の両日、東京浅草の「観音様」の境内に立つ市で、鉢植えや、袋入りの鬼灯を売る露天が立ち並び、買って帰り煎じて飲むと、子どもの虫封じや女の癪に効くという。
また、7月10日は観世音菩薩の結縁日「四万六千日」で、この日に参詣すれば、四万六千日分の功徳・ご利益があるといわれている。
なぜ四万六千なのか。聞くところによると、米一升が四万六千粒なので、米に一生(一升)困らない、ということからきているらしい。
浅草では昔は、雷除けの赤トウモロコシを売ったが、いつか茶筅にかわり、現在の「ほおずき市」にと移ってきた。
「四万六千日」は、陰暦七月十日、「千日詣」といわれたものの後身である、と聞いている。
鬼灯を揉むペンだこの尼僧かな 季 己