壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

紐とく

2008年07月03日 21時55分19秒 | Weblog
 「紐とく」とは、①下紐を解く、②つぼみが開く、ほころびるの意であるが、『萬葉集』にも数多く見られる。

                      東歌・陸奥国歌
        筑紫なる にほふ子ゆゑに 陸奥(みちのく)の
          かとりをとめの 結ひし紐とく (巻十四)

 「下紐を解く」という語には、極度に性欲的な連想がともないがちであるが、着物をとめておく紐でなく、もっと信仰的なものである。
 旅に出て行く男は、妻あるいは愛人の魂を分割して、着物に結びこめて行く。それが守護霊ともなる。
 だからそれは、宗教的に解くことの出来ない神秘な結び目である。
 それを他国の女ゆえに解き放ったという空想を楽しんでいるのだ。

 「結ひし紐とく」という言い方は、いかにも無人格で、そのためこれは、九州へ行った男の歌なのか、東国の女の恨みの歌なのか、どちらとも確定できない。当事者の抒情ではないことは言えよう。
 陸奥の男の、防人などで、筑紫に行ったものが、その地の女と通じて、故郷の愛人を忘れるほど美しい女であった、という民謡の類ではないか。
 「筑紫なる」は、「筑紫にいる」の意で、「筑紫」は広く九州を指し、また狭く北九州を指す。
 「みちのく」は、「道の奥」のこと。道は地方の国々であって、さらにその奥地が「みちのく」である。
 「かとりをとめ」の「かとり」は地名の「香取」で、香取の神に仕える処女であろう。
 陸奥には、「かとり」と呼ぶ地は見当たらないが、香取伊豆乃御子神社、香取御児神社などの名も見えるから、下総の香取の神の分霊が東北各地に祀られていて、信仰が広く分布していた、と考えるべきであろう。

 「にほふ子」は、派手やかに色めく美しい女。「にほふ」は当時、色彩が匂い出ることで、艶麗ということばが当たっていよう。
 陸奥から見れば、大宰府のあった筑紫は、ずっと派手やかだったに違いない。ことに、東北から来た防人たちの眼には、南国の女たちが魅力的だったことは想像できる。現代で言えば、さしずめ沖縄出身の比嘉愛美に魅力を感じるように……。

 この歌のようなことはざらにあったと思われ、それだけに共感の度合いも深かったろう。個人の特殊経験ではないから、ある時の一つの出来事として、陸奥の方で、語り伝えられ、謡い伝えられたものであろう。
 陸奥と筑紫の文化の相違から、筑紫女の方が、いくらか美しく眼に映るのであったかも知れぬ。派手やかな筑紫女が、ほかならぬ香取処女が結った大事な紐さえも解かせてしまったといった含みがある。諸国の女を比較して語ろうとするようなところが見えている。
 後世の歌謡になると、もっと言い方が露骨になってくる。


      月下美人 海を眼下の巫女溜り     季 己