すずきせいこの「日々雑感」

政治や暮らし、孫のことから平和・原発問題まで“本音でしなやかに”・・・

終焉に甦るシルバーヘアー

2020年05月15日 | 日々思うこと

息苦しい毎日の中で、手足の爪がいつもと変わらず伸びて5月の半ばにたどり着きました。そんな中で“一日一生”の体調不良から生え際の髪の毛がどんどん細くなって消滅状態で、納棺のときに帽子をかぶせてもらいたいと思い続けてきました。

ところが毛根もなかったところにも気がつけばグレーヘアーが何と5センチほどフサフサと甦って、娘たちと驚いています。考えられるのは昨年11月頃に食欲が減退し、主治医の処方箋で経口栄養剤を毎日欠かさず摂取していることでしょうか。

写真は風除室の昨年の「母の日」に撮った娘たちからの鉢植えのお花たちです。隣りの娘は深紅の四季咲きクレマチスで、上越の娘からは少し早めにイングリッシュラベンダーが届きました。「冬越しを上手にすると春に花が咲く植物は嬉しいですね。」と書き込んでおり、花後は外に出していたものの何度も風に飛ばされたりと管理不行き届きで消滅です。

そうそうブログでは、どんなプレゼントでも嬉しいものですが、亡き母が60代の頃だったかブラウスをプレゼントすると「地味すぎ」とご立腹であったことを思い出します。(笑)そしていつも「歳をとると何よりも優しさが一番のプレゼント・・・」と言っていたことを忘れることがなく、もっともっとやさしく接するべきであったと「親孝行、したい時に親は無し」の母の日でした」と綴っていました。


終焉のコメント・メールと「私を忘れないで」と

2020年05月12日 | 日々思うこと

先ず今日は、リクエストでもないのに一年前の雨飾山の写真へ早速“山男”みやまおだまきさんからのコメントです。山歩きには縁のなさそうな絵筆のヤスコさんも「きれいな写真ね」とメールが届きました。

津南町のOさんはなかなかお迎えに来ない神様にフェースブックで、「忘れてしまわれたのではと」と・・・。なるほどと皆さんからの声を嬉しく拝読し、残る思考力で“作戦変更”といったところでしょうか。(笑)

庭の南隣りとの塀沿いの真っ赤なツツジが、今年は花がいっぱいで目を見張りました。大きな黒松で日陰になり手前のツゲの木で隠れたりと、これまであまり目が注がれなかったので「私も忘れないで」と言わんばかりに咲き誇っているようです。

この写真を撮る時に網戸を開けると、庭の温もりから黒猫が顔を出しました。何ヶ月も見ていなかったのでもう召されてしまったのかと思い込んでいだけに、こちらも「忘れないで」と私をじーっと見つめています。

ところで日本中がウイルスショックの国会、衆院予算委員会では検察官の定年を63歳から65歳に引き上げる検察庁法改正案の審議で、アベ首相は通常国会中に検察庁法改正案の可決・成立を目指す考えを示しています。何度か書き込んで来ましたが、三権分立の崩壊であることは言うまでもなく忘れてはならないことの一つです。

gooから届いた一年前の書き込みです。高田世界館と原爆朗読劇と


人生の終焉、まだお迎えに来ないのは「忙しい」から?

2020年05月08日 | 日々思うこと

この一週間の寒暖差で体調管理が大変で体力とも低下の一途で、お友だちへの「いいね!」もままなりません。4日に続いて上越の娘が入浴介護などで来てくれ、「母の日」プレゼントは孫が選んだという花柄のピンク色のパジャマで、幾つになっても嬉しいもので早速袖を通しました。

今日は訪問診療で主治医に、人生の終焉に来てなかなかお迎えに来ないことを話すと「忙しいから」と・・・。(なるほど笑)それではこの一年、あっという間に先に逝ってしまった友人らの時はと、思いを寄せてしまいます。

写真は一年前の大好きな癒しのスポットの姫川右岸桜づつみから望む雨飾山など頚城の山々です。もうマイカーで行くことができませんが、頭にはこの光景がしっかりと残っています。

このところ民放だけでなくNHK総合やEテレでも制作中止が多くアンコール番組が増えて、始まったばかりの朝ドラ「エール」も編集を加えながらの放送です。そんなことで“一日一生”、終焉を向かえ「お迎えが来ない」と言いながら、これからのブログもアンコール写真が続きます。


能生「海上こいのぼり」撤去、悲喜こもごもの「子どもの日」

2020年05月05日 | 日々思うこと

先月末、国道8号能生海岸の弁天岩に掛かる「海上こいのぼり」のローカル紙掲載を見ながらファミリーで喜んでいたら、新型コロナウイルス感染拡大のために「子どもに日」を待たずに3日撤収されていたことを知り悲しくなりました。

地域の恒例で、国道を行き交う人たちの風物詩でもあり、写真はNさんの28日付けブログ「かえりみち」からお借りしたもです。このように海面と水平の角度は風のタイミング力もあることでプロ級写真ですね。 ぼくのまちのこと~青海・糸魚川・能生

大型連休も後半になり、上越の娘が昨日能生海岸の国道を通った時に「アレッ!?」と思っ通って来たそうです。隣りの娘や休校の孫たちも朝に夕に小まめに来てくれるので助かっており、ファミリーといえども人に支えられながら時間が過ぎていきます。そんなことで39年間過去最低の子どもの数の減少といい、悲喜こもごもの「子どもの日」です。

また3日付けではタイムス投稿を遠方の方にもと貼り付けましたが、フェースブック・ブログの「いいね!」や、コメント・メールがたくさん寄せられ励みになっています。また掲載新聞をコピーし配布してくださる友人など、いつも感謝です。ありがとうございました。

懐かしい一年前のブログがgooから届きました。令和元年、いのちのバトンタッチの「子どもの日」


人生終焉の“生病老死”と上越タイムス投稿と

2020年05月03日 | 日々思うこと

今日は憲法記念日で、亡き母の誕生日です。ネズミ年で元気だったら96歳になる母の病院での最後の言葉は「身体に気をつけ、私利私欲を捨てて地域のために頑張ること」を昨日のことのように思います。

私も今、こうして人生の終焉に来て“生病老死”に向き合うと、元気な頃は「生まれるのも一人、死ぬときも一人」と思っていましたが、母親の産みの苦しみを考えると人に支えられて生を受けていたことを感じます。“病老”も同じことで人に支えれながら死と直面し、人の支えで終焉を迎えることは確かです。

庭のツツジの横の赤いモミジは秋には緑色に変化し、その横の今が新緑のモミジはいつの間にか真っ赤になるので自然の営みは不思議ですね。

ところで先週の上越市議選の結果を受けて、タイムス紙「ひろば」に直ぐに投稿し昨2日に掲載されました。今までの投稿にない思いもよらぬ反響の多さで、今回の市議選の結果は投票率の低さもあって満足していない人たちが多いようですね。

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“道なき道を歩んだ女性議員たち”と上越市議会

上越市議選で当選した32人の議員の喜びや決意が改めて本誌からも伝わり、中でも女性議員全員の初当選に目を見張ります。

振り返れば平成の大合併前の上越地域では女性議員ゼロの中で、1991年(平成3年)4月の統一地方選で、私は企業城下町で初の女性議員に当選することができました。

当時は「女だてらに・・・」と厳しい目も注がれ、民主主義は地方自治の学校として“知は力”を貫き、上越地域でも少しずつ女性議員が増え“道なき道”を歩んできたことを思い出します。

1996年、新潟市の女性市議らと「新潟県女性議員の会」を立ち上げ、学習と研修を中心にネットワークを張り、県内100人を超える女性議員らが参加してきました。

1999年秋、公募による「新潟県女性海外派遣事業」で私は北欧デンマーク・スウェーデンを訪れ、環境・教育・福祉への先進地政策を学び、帰国後は議会の場でも提言することができました。

その後、平成の大合併で県内の女性議員の数が年々減少したものの、2011年「3・11」東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故を受け、柏崎刈羽原子力発電所の再稼動については慎重であることを毎年、当時の泉田知事との知事交渉で訴え続け共鳴した経緯があります。

今回の上越市議選で初当選された方々はそれぞれが素晴らしい公約をお持ちで、住民代表の市議会議員となれば原発再稼働への賛否はともかく、市民にとっては避けて通れない大事な問題であることは言うまでもなく、さらなる研さんが求められているのではと受け止めております。

上越市避難計画もしかりで、東日本大震災における東京電力福島第一原発事故をみれば大きな“負の遺産”となって取り返しが付かないことは一目瞭然です。

“いのちを生み守り育てる”女性として立ち位置を超えて派閥などに拘ることなく力を発揮してほしいものです。また女性候補者に限らず、市民からの付託を受けての4年間の議会活動は何よりも「生命尊重を行政の基本姿勢」としての上越市議会に期待します。 以上(最終の投稿原稿です)

昨年の憲法記念日の書き込みで、まだ元気だったことが伝わってきます。日本の9条を語るマレーシア大統領と憲法記念日


余命半年の告知から風薫る5月へ

2020年05月01日 | 日々思うこと

昨年11月下旬に総合病院の主治医から余命半年と告げられ検査に疲れ果て通院もままならず、1月に入り市内ではまだ珍しい訪問診療を選択し時は刻々と経過して今日から皐月5月です。

2017年に肺の異常で間質性肺炎と診断され、その余命について3月26日のブログで書き込んでからご心配をおかけしていますが、これまでご無沙汰だった人たちと“蜜”なる交信もでき少し元気が出て、中庭の桜の花を見て4月10日には誕生日を向かえることができました。

76年間の人生の終焉まで残りわずかとなり、酸素吸入をしながらも息苦しい中で思考力も低下の一途で、あっという間に先に逝ってしまった若き友人らの無念さに思いを寄せながら、人はこうして終焉を迎えるのかと実感の毎日です。そしてこのようにもうしばらく時間を共有することができる皆さまとの出会いに心より感謝申し上げます。ありがとうざいました。 

今日は朝から南風の影響朝から暖かく、10時の最高気温が23度を超えていますが、この寒暖差に身体がどうも着いていけません。庭のツツジは昨年の花後の剪定をしていないことで枝いっぱいに私にお別れを言うが如しで花を咲かせています。

アベノマスクもさることながら気になるのが「9月入学制」で、前川喜平さんがAERAで「9月入学制」が政治利用されている! 元事務次官は「コロナに乗じて子どもの人権が奪われている」と批判です。https://dot.asahi.com/dot/2020043000006.html


ボブ・ディラン名曲と「千の風になって」の川上桂子さんのこと

2020年04月29日 | 日々思うこと

25日付けのボブ・ディランの名曲がコメントやメールで反響大で、早くも絵本の注文をされた方などに驚いています。絵本に限らずよい曲も不滅で永遠ですね。

ところでコメント蘭のアダチヤスコさんの本文の川上桂子さんは1996年48歳で他界されましたが、お元気な頃に市川房江参院議員からの召致で、国会で中学生の学校給食について意見を述べるなどの聡明な方で、夫は弁護士の川上耕さんです。県内の主婦が中心となって反フッ素の新潟連絡会を立ち上げた頃に、桂子さんは「亡き父(新潟市川上喜八郎元革新市長)に是非会わせたかったわ」と義父を心から褒め称えるその人間性に私は魅了され、彼女からたくさんのことを学ぶことができました。

また私が「父兄」と使う言葉に「父と兄で差別用語よ」と指摘されるなど、閉ざされた地域の中で疑問を抱かなかっただけに新鮮さを感じました。一周忌に合わせて遺稿集「千の風になって」ができあがり、生前の幅広い活動と深いつながりに驚くばかりで、遺稿集で私は「病いが再発してからの3年間、常にご自身の死を見つめながらの生き方に、慈悲深い観音様の微笑みをも感じました」と添えていました。

一年前、西海谷海川の枝垂れ桜を回って見ると葉桜になっており、糸魚川高校セミナーハウス横の薄桃色の八重桜は平成最後の見事な満開で、田んぼには田植えの準備で水が張られており、自画自賛の写真を撮っていました。

最後に26日投開票の上越市議選は、革新系議員の失席という残念な結果となりました。柏崎刈羽原発と隣接しながらまったく争点とならなかったことに危惧し選挙の恐ろしさを感じています。


絵本「きみがいないと If Not for You」

2020年04月25日 | 本・雑誌・映画

日本中、世界中が新型コロナウイルス感染拡大のニュースに気持ちが塞いでしまう中、気力・体力・発信力が低下の息苦しい毎日が続きます。

そんな中で、津南町議に昨年初当選したOさんからボブ・ディラン名曲の絵本「 If Not for You」が届きました。ジュリアン助川さん訳で心あたたまる絵本に、今の私には身にしみる言葉ばかりです。

一年前の姫川桜づつみで、葉桜へと移り変わっている中で太い幹の下から胴吹き(どうぶき)と呼ばれる桜が咲いている写真を撮っていました。

胴吹きは古い桜の木ではよく見られる現象で命のバトンタッチが伝わってきます。「この木は平成10年に市民による植樹で、河口から約2キロの桜つづみは一度に植樹されていないことを発見です」と・・・。中庭の桜の木と同じ年の植栽で、目を細めるひと時です。


上越市議選、原発再稼働アンケート

2020年04月21日 | 地震・原発

市民団体「つなげよう脱原発の会・上越の輪」が26日投開票の上越市議選の立候補予定者36人(定数32)へ、柏崎刈羽原発についての公開質問を行い、去る14日に結果が公表されました。

設問は5項目で、①原発避難計画、②三つの検証、③再稼働、④廃炉、⑤核のゴミの地層処分場で、36人中13人が無回答であったことに驚きです。その賛否はともかく、上越市と隣接する原発は市民生活と直結し、無回答という候補者の多さを有権者はどのように捉えているのでしょうか。

集計結果を注視しながら、これが人生最後の新聞投稿になるであろうと力を振り絞り、翌15日に上越タイムス「ひろば」へ送りましたが、告示日も迫り差しさわりのある内容だったようでどうも“ボツ”になってしまったようです。

最後に(前・中断省略)『また今回の市議選で女性候補者がこれまでにない多さに目を見張りますが、“いのちを生み守り育てる”女性であっても、必ずしも原発問題に関心が高くないことが明瞭になりました。住民代表の市議会議員となれば再稼働への賛否はともかく、市民にとっては避けて通れない大事な問題であることは言うまでもなく、さらなる研さんが求められているのではと受け止めております。

「3・11」東日本大震災における東京電力福島第一原発事故をみれば大きな“負の遺産”となって取り返しが付かないことは一目瞭然ではないでしょうか。

女性候補者に限らず、市民からの付託を受けての4年間の議会活動は何よりも「生命尊重を行政の基本姿勢」として、日和見議員であってはならないことを上越市議選を前に期待するものであります。』と・・・。

日陰にも強い庭のクリスマスローズの花が咲いたのでと娘が飾ってくれました。下向きに咲く控えめな花だけに愛おしさを感じます。

gooから届く一週間のお知らせで、元気のない時ほど訪問者が多いと励みになり嬉しいものですね。ありがとうございます。ページビュー数3949 PV訪問者数 2064人 そのgooから重要なお知らせとして、「2020年5月20日付けで、gooID利用規約を改定させていただきますのでお知らせします。」と届きましたが、さてどうしたらよいのか分からず困っています。


たかがマスク、されどマスク・・・、いよいよ上越市議会議員選挙

2020年04月18日 | 日々思うこと

土曜日は朝から南よりの風で気温が高めの小雨です。下の孫が学校から支給されたガーゼマスクに、油性ペンで鳥の口ばしを書いて使用しているので、その発想になるほどと目を細めました。

国から1世帯2枚配られる布製マスクは“アベNOマスク”とも言われ世論調査でも不評のようで、昨日も記者会見の首相の言葉を聞いているとまるでポケットマネーから支給しているかの如しです。

一年前の今日、書き込んでいたことです。本文の『県民だより』や『県議会だより』はその後、“馬の耳に”何とかで検討されることもなく一年が経過です。 新潟日報「窓」への投稿と、様々な枝垂れ桜と

明日は上越市議選の告示日で、26日の投開票に向けていよいよスタートです。革新系の議員の皆さんにはさらなる活躍をと願います。


つながるいのちと桜の花と

2020年04月15日 | 日々思うこと

中庭の満開のソメイヨシノも散り始め、苦しいながらも4月半ばを迎えることができました。10日の誕生日にはFBをはじめ、たくさんのコメントやメールをいただき感無量でした。ありがとうございます。

誕生日の翌11日が土曜日とあって、隣りのファミリーだけでなく上越の娘と孫もやって来てにぎやかでした。上の娘から市内の桜がまだきれいだから見て回ろうと誘われたものの、西から東の市内の名所は元気な頃には何度も訪れ心に焼き付いているので画像で楽しんでいます。 

下の写真は一年前、日本百名山の雨飾山を背景に姫川桜づつみが見事でした。

誕生日には食べきれないほどの洋菓子やお花たちで、一番嬉しかったのは下の孫がお習字教室で書いたという小学校の校歌です。その上達に目を細めベットからでも見えるようにと寝室に貼ってもらう“ばばバカ”ぶりです。

新学期がスタートし「ゴールデンウイークには毎日来るからね」と言っていた孫に、しばらくは会えないのかと思っていましたが、その後、毎日のようにやって来るやさしさに“いのちのつながり”を感じます。

gooから届いた一年前の桜たち、厳しい夏を超えてまたこうして会うことができました。記録っていいものですね。平成最後の春の花たち


生きるための休業補償と感無量の誕生日

2020年04月10日 | 日々思うこと

先ず、8日書き込みの「緊急事態宣言」について、言葉足らずで待ち焦がれていたかのように受けとめられたかもしれませんね。国の自粛には保障が伴うのは当然で、単なる経済対策でなく一回限りの現金給付でもなく本当に困った人たちを助ける経済支援をと捉えています。

花冷えの今日、76歳の誕生日を迎えることができました。昨年11月に医師から余命告知されて、この日を一つの目標にしてきましたが、こうして病院のベットでなく家で過ごせることを嬉しく思います。

朝の光を感じ庭を眺め、苦しくとも草花に癒されて時を刻むことができる有難さと、何よりも両親からの“生”に感謝の感無量の誕生日です。

「(宮沢)賢治の会」の皆さんから、可愛いアレンジメントフラワーが届き、早速リビングに飾りました。

また10日前、黒岩たかひろ衆院議員会館のOさんから元気が出る黄色いお花が届いたのに、今度はエネルギーあふれる花束が届き、またまた恐縮です。皆さんのお心遣いが嬉しく感謝の思いでいっぱいです。そしてこれまで出会った多くの皆さまとのご縁にもお礼申し上げます。どうもありがとうございました。

時計の針を一年前に戻せないけど、ブログが残っている幸せを実感です。 後期高齢者、老いを受け止めていねいに生きる


待ち焦がれた春の「緊急事態宣言」とマスクと

2020年04月08日 | 日々思うこと

春爛漫の中で、とうとう「緊急事態宣言」が7都府県に来月6日まで発令です。この宣言に補償が伴うことが必須で、経済支援としてのスピード感を持って取り組んでほしいものです。

また国は一世帯2枚の洗える布用マスクも支給するそうですが、必要でない人の分が一番必要とされる施設などへ回される方法も考慮してと、つい余計なことを考えてしまいます。

さらに児童生徒へも1人2枚を支給ですが、糸魚川市ではすでに幼・保園から小中高校と教職員へ洗えるガーゼマスク6800枚を市内の縫製工場へ委託です。サイズも年齢層に合わせて3種類で、昨日から順次配り始めている素早さに拍手です。

裏庭の鉢植えの沈丁花(チンチョウゲ)の花が咲き、私が見えるようにと娘が鉢を移動です。秋は金木犀(きんもくせい)、春は沈丁花と言われるほど香りが良いのも嬉しいですね。

香りといえば玄関の風除室も花の香りでいっぱいです。昨秋にサクラソウの小さな苗をホームセンターで求め植えたものがいつの間にか満開です。日本桜草ではなく西洋サクラソウ(プリムラマラコイデス)ですが、ここまで育ってくれて嬉しいです。

一年前の姫川左岸の威風堂々の“一本桜”です。 新潟県議会は浄化できるのか!?


“幸せホルモン”と旅立ちの春はスタートの春

2020年04月06日 | 日々思うこと

ブログの更新が滞ってしまい旅立ったのではとご心配をおかけし、フエースブックお友達への「いいね!」もままなりません。限られた時間の中で、残された家族が困らないようにと優先順位で過ごしています。

病状のことを細かく書き出すと暗くなるのであえて避けてきましたが、酸素吸入でも間質性肺炎特有の息苦しさは相変わらずで会話もしんどくなってきました。

今日から上の孫は早朝登校で、下の孫が勉強道具持参でやって来ました。それぞれ一年進級となるとそれなりに頼もしくなり、いつまでも幼少の頃と違うことが伝わってきます。明日から登校の下の孫が夕方家に戻るとき、「ゴールデンウイークにはまた毎日来るからね」と優しい気遣いです。

中庭の満開の桜を隣りのリビングから娘が撮ってくれました。今年の桜は我が家を覆い隠すほど見事な花ぶりで、東側のお隣りの塀を乗り出しているようです。

昨夕、市内の弟が来て「快感のホルモン」セロトニンのことを教えてもらい、少し楽しいことを考えようと気持ちを切り替えました。そんなことで昨夜はTBSドラマ『下町ロケット』3週連続特別総集編の第1週を視聴で、一度観ていたのに新鮮さとともに感動の番組でした。

そうそうNHK朝ドラ「スカーレット」が終わって「エール」がスタートですが、もう最終まで観れそうもないと視聴しないことにしていたのですが、Nさんの嬉しいコメントに励まされたことで毎朝観ることにしました。幼少の主人公を上越の孫と重ねながら楽しみが一つ増えました。

gooから届いた一年前のブログで、そんなこともあったなあと読み返すひと時です。 桜日和の新たなスタートと国交省副大臣の辞任と


お経に変わって「♪千の風に・・・」

2020年04月01日 | 日々思うこと

お陰さまで卯月4月を迎えることができ、終焉ブログの書き込みで反響の多さに驚いています。「誕生日には少し早いけど」と、黒岩たかひろ衆院議員会館に通うOさんから都会的なアレンジメントフラワーが届くなど、また思わぬ方からもコメントが寄せられ嬉しく思います。ありがとうございます。

反フッ素新潟連絡会事務局を長年引き受けてくださった妹のようなY子さんから「お別れの会は5日(日)ですか?」のそそっかしいメールには久しぶりに笑ってしまいました。笑うことも健康の一つで、昨夜のNHK歌謡番組で一緒に笑いながら歌っている自分があり、しばし「音楽っていいなあ」に浸りました。

ところで“お別れの会”にはお経に変わって「♪千の風になって」をと前から考えていました。かなり前に上越文化会館で沖縄出身のテノール歌手新垣勉さんの声量に圧倒されCDを求めましたが、その後、青海「きららホール」でオペラ歌手の中島 啓江(けいこさんのコンサートがあり、サイン入りCDが出てきたのでこれを活用できたらと・・・。

ネットで中島 啓江さんを紐解いていたら、2014年11月に57歳で亡くなっていたことを始めて知りショックを受けています。いつか人生の幕を閉じねばならないとは言え、啓江さんのその速さを悲しむひと時です。

昨日やっと座敷の出窓から中庭の桜を撮ることができました。今年も「見て、見て」と言わんばかりに咲き誇っています。手前は縁起がよいとされる落葉高木の槐(えんじゅ)です。

来年の桜の花は見ることができずとも心に一度通したものはいつでも見れるはずで、“お別れの会”も時節柄できず一年先になるかもしれませんが、私は“千の風”になって旅立とうと思います。

一年前のまだ元気だった頃のブログです。 平成最後は上越市樹下美術館からかに池交差点へ