すずきせいこの「日々雑感」

政治や暮らし、孫のことから平和・原発問題まで“本音でしなやかに”・・・

新潟県議会「選挙公報」と・・・

2015年03月30日 | 日々思うこと

昨日曜日早朝、一年生になる孫のサッカー「ゴールデンエイジ杯」初試合で、お隣の親子らは上越市柿崎へと出かけました。そして粉じんや振動、騒音が続く近くのデンカ社解体工事現場もお休みとあって静かな休日です。朝の愛犬との散歩中に工事現場を覗くといつの間にか広大なサラ地になっているので驚きました。今度は単身者用の4階建ての建設が始まるということで、もうしばらくの辛抱でしょうか。

来週金曜日4月3日は県議会議員選挙の告示で、県内の知人ら立候補予定者の頑張っている様子が連日伝わってきます。当糸魚川挙区といえば無風状態で市内では選挙ポスターの掲示板が設置されましたが、巷で「何の選挙があるの?」と聞かれて苦笑です。

それにしても新潟県議会では「選挙公報」の発行に後ろ向きで、昨年末の県会定例会で53議席のうち33議席を占める自民党県議団が「選挙公報」の条例案を否決しました。無競争で県議当選とならば「選挙公報」もないことでご本人の政治姿勢も市民には見えず、ますます県議会が遠くなって“情報の過疎地”と言われても仕方がないようですね。

精神が眠っているような静かな街中の土蔵がある大きな家の裏通りで、桜の老木に花がいっぱい咲いているのを見つけました。太い幹だけが残されて枝が伐採されても日当りがよい環境なので、このように細い枝がまた出てきて花をたくさんつけている桜に愛おしさを感じ目を奪われるひと時です。

いよいよ弥生3月も残すところあと一日で、お役所も年度末で人事異動もあって忙しそうです。それでも市長や一部議員のFacebookに「いいね!」を繰り返す市職員たち・・・、交流を深めることのできる ソーシャルユーティリティサイトとはいえ糸魚川市ならではの“特異現象”で、NHK籾井会長を中心とする経営委員会を重ねてしまう年度末です。


妙高戸隠連山国立公園の誕生

2015年03月28日 | 日々思うこと

全国32番目となる「妙高戸隠連山国立公園」が27日に正式に誕生です。これまでの上信越高原国立公園からの分離で、新潟県と長野県にまたがる6市町村約4万ヘクタールの広大なエリアです。本県では妙高市と糸魚川市の日本百名山に数えられる妙高・火打・雨飾山までの頚城連山が含まれており、観光誘客にとっても嬉しいことです。

写真は26日、離任式から帰宅した孫と上越市まで出かけ帰途、日没近くの姫川桜づつみから撮りました。自然のエネルギーを感じる活火山の新潟焼山から雨飾山に連なる頚城の山々で、特に“猫の背”雨飾山から品格さが伝わり、堤防沿いの桜の開花も待ち遠しいこの頃です。ところで糸魚川市HPに新たな国立公園誕生のことがアップされていないのはどうしてでしょうか、年度末で忙しいためなのか残念でなりません。

海と山に囲まれたまち糸魚川はあえて「ジオパーク」などと大声で叫ばなくとも、自然の恵みあふれる地域であることは言うまでもありません。そんな大自然に抱かれて命を育む子どもたちですが、近くの臨海公園に“超ド派手”な巨大な遊具が設置され、行き交う人たちが驚いてているようです。

旧青海町からこの公園内の管理棟や玩具などは木にこだわってきましたが、合併から10年も経過するとお役所のその志(?)も薄らぐようで、戸惑っているのはどうも私だけではなさそうです。写真の後方の夕日丘の存在も小さくなってしまいましたが、子どもたちが喜ぶなら「良し」とするところでしょうか。


孫たちの成長と沖縄へとつながる海

2015年03月26日 | 日々思うこと

昨25日は深夜に降った雪で黒姫山はまた白くなり、車のフロントガラスにも雪が少し残っている朝です。そんな寒空の中で孫の幼稚園の卒園式が行われ、ファミリーみんなで集まってお祝いの昼食会です。

そしていつまでも幼いと思っていた下の孫も4月からは新1年生で、庭の雪割り草の花も春を告げるかのように一気に咲き出しました。また上の孫も犬の散歩をリードを持って担当で、ついこの間まで恐がっていただけにその成長に目を見張ります。

26日は小学校の離任式なので、愛犬との散歩は久しぶりに須沢海岸を歩きました。この海は沖縄の辺野古へとつながり、民意が反映されない米軍基地建設ありきの安倍政権に憤りを感じる昨今です。今日は太平洋戦争末期の沖縄戦で米軍の上陸から70年目になり、島民の4人に1人が命を失い20万人を超える人が犠牲になったことを忘れてはならず、戦後の平和は沖縄の犠牲の上に成り立って、国内の米軍基地74%を沖縄に押し付けている現実に目を逸らしてはなりません。

昨夜のNHKニュース9の大越キャスターは、翁長知事と菅官房長官と中立公平なる対談でした。昨年の知事当選後から何度も上京しても安倍首相や官房長官は翁長知事と会うことを拒んできたその理由を「あの時は選挙で忙しかったから」と平気で国民にウソを言う官房長官には呆れ果ててしまいました。沖縄へ思いを寄せながら今回の翁長知事の新基地の作業停止指示と許可取り消しへの決断にエールを送ります。


待ち遠しかった春と市初の病後児保育!

2015年03月24日 | 日々思うこと

今日は市内小学校の卒業式で、明日は孫の幼稚園の卒園式です。東京では桜の開花が聞かれ、糸魚川市HPトップページも天津神社の春大祭の写真になり、長かった冬からいよいよ本格的な春が伝わってきます。

待ち遠しかった春と同じく嬉しいことことの一つに、糸魚川市初の「病後児保育」が明日からスタートです。思えば合併後から「一般質問」などで事あるごとに「病児・病後児保育」の必要性を訴えてきました。当初は病気の回復期にあって家庭で保育できない児童を一時的に預かる事業と主張しても周囲の理解も低く冷ややかで、上越市の塚田こども医院の「わたぼうし病児保育室」を引き合いにして提言してきたことを思い出します。

「わたぼうし病児保育室」は2001年(平成13)に、行政の支援もなく子育て支援の一つとして塚田院長が自主運営でスタートしました。2009年度からは上越市の「病児保育事業」の委託を受け、全国の自治体に大きな刺激を与えてきました。ここでは医院と併設することで「病児保育」が可能で、糸魚川市では長い道のりで「病後児保育」となったことは残念ですが、それでも一歩前進と受け止めております。

糸魚川総合病院に隣接の旧あい調剤薬局の施設で、月曜日から金曜日(祝日と年末年始は除く)で、市内の保育園・幼稚園に通っている児童と市内の小学校に通っている小学3年生までの児童と限定されていますが、共働きのご家庭にとって“強いみかた”になることでしょう。

※予約、申請書提出先 市教育委員会 こども課 子育て支援係 TEL 552-1511 内線2233 

もう一つ年度末の嬉しいことに、4月から3学年に進級する孫のクラスが39人で1クラスということでしたが、校長先生らの計らいで2クラス編成になる運びとなりました。市は“日本一の子育て”をと主張しながら足元で35人学級の実現もできないことで市民からの苦情も多く、教育委員会へ出向こうと考えていただけにホッと一安心です。


北陸新幹線「はくたか」「かがやき」初乗車!

2015年03月22日 | 日々思うこと

20日金曜日の朝は北陸新幹線初乗車で、糸魚川駅9時10分発「はくたか」の早いのナンの、37分後にはもう長野駅に到着で同じホームで5分待ちの「かがやき」に乗り換えての上京です。これまでの上越新幹線の長いトンネルを抜けると関東平野とは違う、信濃路の風景を楽しみながら東京駅11時16分到着です。

会議は5時に終了し急いで地下鉄で東京駅に向かい、20番ホーム北陸新幹線18時04分発「はくたか」に乗車です。車内はゆったりとして会議の疲れもあってかウトウト・・・、目が覚めて初めお目にかかった車内広告がDENKA社のものだったので記念(?)にと撮ってみました。そしてぴったり2時間後の20時04分には糸魚川駅に到着、乗降客も少なくいつもの静けさで自由通路のKioskセブンがもう閉まっているので驚きました。20時閉店と表示されていますが、もう少し延長してもよいのではと・・・。

そのデンカ社宅アパート解体現場の工事も進み、北側の市道から今まで見ることができなかった頚城の山々が一望です。今日は風もなく穏やかなれど霞みがかかったような空なので、写真ではぼんやりとしていますが空がまた広くなったような感じです。

 

写真の桜はソメイヨシノよりも早く咲き出す河津桜で、今が満開の小さな鉢植えのものです。桜の春はもう直ぐそこで、今年は早めに市内の花だよりも聞かれることでしょう。車のタイヤ交換もそろそろと思いながら、週明けの天気予報は真冬並みの寒さという信じられない雪マークです。

21日土曜日は春休みに九州の実家へ帰省するという友人と一緒に大和川の食事処「さくら」で昼食です。久しぶりでもないのに会話は尽きることなく、あっという間に時間が過ぎてゆきます。夕方には遊び疲れた孫たちが我が家のテレビを独占です。

そして22日早朝、隣りの孫たち家族はサッカーアルビレックスの試合観戦で新潟市まで出かけ、静かな日曜日です。午後には上越から娘が所用でやって来ることになり、“ノンビリ曜日”がにわかに忙しくなりました。また3月もあっという間の残り10日で年度末ということもあって、お役所だけでなく街なかも卒業式などで忙しそうなこの頃です。


糸魚川市制施行10周年記念式典と祝賀会

2015年03月19日 | 日々思うこと

今日は朝から小雨模様で、午後からリニューアルなった市民会館で「糸魚川市制施行10周年記念式典」が行われました。旧能生町・旧青海町と糸魚川市の1市2町による対等合併から10年が経過し、新糸魚川市の市議会議員として8年間、市制に関われたことへの感謝と本日の式典に参列できる喜びをかみ締めました。

式典のオープニングは、ふるさとを忘れぬ友の会による「石場かち」の祝い歌が披露され、その後は祝辞や来賓紹介などが続きました。「10周年記念表彰」では、栂海新道の開拓に尽力され昨年の3月17日に亡くなられた故小野健さんらが表彰され感無量でした。

 式典後は会場をヒスイ王国館に移しての祝賀会で、久しぶりにお目にかかる人たちも多く有意義なひと時でした。先ず開会前に魚沼市の大平悦子市長とお話しをすることができ、県内初の女性市長として数年前に「県女性議員の会」でお会いしてからの久しぶりの再会です。大平市長は“迷い”の感じられた当選後の頃から、今では市長としてとてもビッグになりその貫禄が伝わって嬉しく思いました。何でもご祖父様が糸魚川市根知谷の梶山出身と伺いビックリで、私の母方の祖母も根知出身なので見えない“いにしえの糸”のようなものを感じました。

ところで大事な良き日に充電のデジカメを忘れてしまい、数々の出会いや場面を撮ることができませんでした。明日は月刊『食べもの通信』編集の家庭栄養研究会の役員会があり、北陸新幹線初の乗車で上京です。頭の痛い内容の会議が目的なのに、小学生の修学旅行前日のような気分の「市制施行10周年記念式典」の一日の終わりです。

 


市民参画型の人にやさしい新幹線駅

2015年03月18日 | 日々思うこと

北陸新幹線が開業して5日目の糸魚川駅周辺はいつも通りの静けさで、JR西日本とJR東日本は18日、北陸新幹線の長野~金沢間・開業3日間の利用状況を発表です。

JR西日本のこの3日間の新幹線各駅1日あたり乗車実績数は、金沢駅が9800人、新高岡駅が1600人、富山駅が4700人、黒部宇奈月温泉駅が700人、糸魚川駅が600人でした。JR東日本では新幹線各駅1日あたり乗車実績数は、長野駅が約7000人、飯山駅が約800人、上越妙高駅は約2300人ということで、年間を通してこの数字を維持してゆくには何よりも多くの人たちが利用しなければなりません。

人が人を呼ぶことで功を奏しているのが、上越妙高駅自由通路の上杉謙信と高田城三重櫓の夜桜をデザインした巨大ギャザリングアートです。これは上越商工会青年会議所の手により、市民の顔写真約8500枚を組み合わせて制作した縦1.8メートル横4.2メートルで、傍に近寄らないと顔写真で描かれたものとは気がつかないほどの精巧なものです。訪れた16日には写真を撮ることができないほど大勢の人だかりで、開業当日のイベント動画からお借りしました。このアートは来年3月まで設置ということで、さて次はどんな試みがあるのでしょうか。

“満開の桜で人を呼ぶ”その桜の土台となったピンク色の鉢も、市民らが綴った2500枚を超える“桜短冊”が貼ってあり、家族らの作品を一目見ようと集まる人たちに一日だけでない市民参画型の新幹線駅をほほ笑ましく感じました。

そして人が集まるといえば“食べること”で、テナントの山崎屋さんのお弁当「鱈めし」なども入荷待ちで、私もとうとう求めることができずに残念でしたが、自由通路の西口から妙高連山を一望できるのもごちそうの一つです。ここの曲線ガラス窓の傍には木製の長椅子がいくつか配置され、人にやさしい“おもてなし”の駅舎を感じて帰りました。


満開の桜で人を呼ぶ上越妙高駅

2015年03月16日 | 日々思うこと

北陸新幹線開業フィーバーの中、慶應義塾大学の金子勝教授は早くもツイッターで【ブームの落とし穴】とつぶやいていますが、私も歴史的な瞬間を少し冷静になって見つめてゆきたいと思っています。北陸新幹線で最も注目されるのはシンプルに流れるような曲線、先頭車両の“顔立ち”で、そこには日本が誇る新技術が注ぎ込まれていることを以前書き込んだ記憶があります。

昨日曜日のTBS「夢の扉」は、北陸新幹線開業SP!~“和”の伝統美と最新技術がテーマとあって注目しました。時速260kmを支えた1000分の1ミリの闘いに挑んだ技術者たち、長野新幹線E2系と同等以上の性能を持つがE2系とは全く違う“顔”にするために、金沢加賀百万石の伝統の美を取り入れた川崎重工業のデザイナーと、重さ45トンの車両を最高時速260kmで走らせる富山不二越のベアリングの“究極の技”が番組から伝わってきました。

そんな中で今日は上越妙高駅まで満開の桜を見に行って来ました。“おもてなしの夢桜”はプラントハンター西畠清順さんの手によるもので、「越五の国」の上越・妙高・佐渡・柏崎・十日町の5市の市民から提供を募った桜の枝110本を開業日に合わせて満開にしたというもので、期間限定とあって上越の娘を誘っての見物です。 

2階に上がって見下ろす桜と入り口両脇のステンドグラスも素敵で、柴田長俊作「青海の地」「蒼天の地」と刻まれていました。とにかく聞きしに優る満開の桜に大勢の人たちが集まって、4月3日開幕の「第90回高田城百万人観桜会」へとつながっていくことを感じました。

また上越妙高駅は外の長い雁木やコンコースも木の温もりがいっぱいで、従来の無機質な駅舎に温かみを添えています。JRと併設のえちごトキめき鉄道の改札口も木の温もりで、何よりもエレベーターの設置場所に感心で、分かりにくい隠れた場所が多いだけに“人にやさしい”設計が伝わってきました。さらに「ようこそ、越五の国へ。北陸新幹線開業 連携5市プロジェクト」HP(事務局 代表:上越市新幹線交通政策課)も分かりやすく感心しきりです。

ところで北陸新幹線開業の“光と陰”へのコメントやメールが続き、首都圏から「今日も何度もヒスイ王国糸魚川市が画面に出てうれしいのですが、熱し易く冷め易い日本人の行動結末が不気味です。一過性にならないように食文化同様に自然や歴史のアピールも欲しいですね」と・・・。糸魚川市も単なる「通過点」にならぬよう、真剣に取り組まねばならないことがいっぱいですが・・・。 


北陸新幹線開業の“光と影”

2015年03月14日 | 日々思うこと

北陸新幹線開業日の朝は上空にヘリコプターの音が聞こえ、天気もまずまずで雪が降らないだけラッキーです。今日のイベントメーン会場は糸魚川駅ですが、JR青海駅でもイベントが行われ、これに参加をしている幼稚園児の孫たちを迎えに出かけました。写真はJR西日本HP「北陸新幹線スペシャルサイト」からお借りしました。http://hokuriku-w7.com/about/

北陸新幹線開業で東京~金沢間が2時間28分・・・、日本が狭くなったような思いですが、これまでのJR平行在来線が第3セクターの「えちごトキめき鉄道」となり新潟まで直行の「特急北越」もなく、県庁所在地の新潟市がとても遠くなってしまいました。さてこれからどうしようかと思案していたところ、夜になって市内の友人が新潟市まで日帰りで出かけたというメールが届きました。

「行きも帰りも上越妙高駅まで13分間新幹線で、後は特急しらゆきですが、乗り換えの手間と料金の高さで、決して便利だとは思えませんでした。しかも自由席は立っていくことを覚悟して乗ったのに、ガラガラで3人席に一人で乗っていった次第です。糸魚川駅や上越妙高駅のにぎやかさとは裏腹の寂しい車内に思わず大丈夫?と思ってしまいました。」と・・・。
これが厳しい現実で、生活路線が切り捨ての“光と影”を垣間見た思いです。
また今日は遠方からも北陸新幹線開業へのコメントやメールをお寄せいただき、ありがとうございました。

ラストランと新たな出発と・・・

2015年03月13日 | 日々思うこと

いよいよ北陸新幹線開業まで「あと1日」になりました。昼過ぎに冷たい雨の中を市内のあちこちへと出かけ、その後は来週上京の切符変更のため糸魚川駅アルプス口に車を止めて窓口へと向かいました。北陸新幹線「はくたか」で長野から「かがやき」に乗り換えると東京駅に16分早く到着することで変更をすることにしました。これまで越後湯沢での乗換えが北陸新幹線の開業で乗り換えなしと喜んでいたはずなのに、我ながら何とした選択でしょうか少々呆れ気味ですが、実は速達型「かがやき」に乗ってみたいという願望です。(笑)

“思い出のレールをつないで”、糸魚川橋上駅舎には「特急はくたか」や「特急北越」のラストランを撮ろうと鉄道ファンが押しかけており、前夜祭イベントの準備に関係者らも寒空の中で急がしそうでです。一度乗ってみたいと思っていた豪華寝台特急の「トワイライトエクスプレス」も昨日がラストランでしたが、大阪~札幌間1500キロをまる一日かけて走る贅沢な鉄道の旅を満喫する夢はまた先送りとなりました。

また明日の開業日には橋上駅舎の自由通路にKiosk売店もオープンで、駅周辺にお店が少ないことで大勢の人たちが利用することでしょう。

そして今日は福島原発事故による放射能で汚染された除染土が、福島県内の保管場所から中間貯蔵施設へと搬入作業が開始です。東京ドーム18杯分に相当する約2200万立方メートルというとてつもない数量の汚染土で、望月環境大臣は会見で「福島の復興にとって大切な一歩」と語っていました。しかしこれを30年以内に福島県外の最終処分場へ移すという計画ですが、30年先の次世代へ大きなツケをまわす大人たちの無責任さが伝わってくる新たなスタート日です。


あれから4年、「東北に、よりそって」

2015年03月12日 | 日々思うこと

4年前の東日本大震災ではあまりにも多くの犠牲者で、未だに23万人以上の避難者と震災関連死が2万人という現実にどう向き合えばよいのかと政治のあり方を考えてしまいます。尊い家族の命を失った遺族の悲しみは歳月が経過しても癒えることはなく、その重さが伝わってくる「3・11」です。「東北まぐ」からも東日本大震災による津波で町の職員ら43人が犠牲になった宮城県南三陸町の防災庁舎の画像が届き、今この防災対策庁舎の存廃問題になっていることを知りました。

また4年前に南相馬市から当市へ避難していたYさんからメールが届き、今まで家族が離れ離れでで今年はやっとお孫さんらと一緒に暮らせると嬉しい便りがありました。そして一年前の当ブログでは「3・11 悲しみと怒り」と書き込んでいましたが、福島原発事故のこと一つとっても収束とは程遠く怒りが増大の一年です。

公益社団法人シャンティ国際ボランティア会へ毎年、些少の寄付をしてきたことで「東北に、よりそって。」とDMが届きました。東日本大震災 被災者支援への様々な活動があり、その一つに「走れ東北!移動図書館プロジェクト」があります。家庭の不要になった本やCD、DVD・ゲームなど30点以上箱詰めして送ると、移動図書館支援につながります。

「ブックオフ 移動図書館」で検索http://www.bookoffonline.co.jp/files/guide/vehicular_library_eq2011.html

また「食べもの通信」3月号の特集は、原発事故から4年の海・山の汚染と子どもの健康と、バナナは今、安全なの?、残留農薬と生産地フィリッピンの最新情報を取り上げています。来週の会議は、開業の北陸新幹線を利用しての上京なのでワクワク気分です。

ところで孫のインフルエンザの症状は土曜日深夜がピークで、その後はみるみる回復して月曜日には母子ともに元気で上越へ戻りました。そして娘と私はインフルエンザに感染することなく過ごしていますが、ここ数日の真冬並みの寒さもあってか鼻はむずむず、目はショボショボの症状が続いています。熱がないことでインフルエンザではなく花粉症なのか、それとも単なる風邪なのか、そんなことで大事をとって早めに就寝の毎日でした。


ドイツに学ぶ過去の総括と反省

2015年03月10日 | 日々思うこと

今日は米軍のB29が東京の下町一帯に1万6千トンの焼い弾を投下し、10万人を超える人たちが犠牲になった東京大空襲から70年目です。今日のNHK朝ドラ「マッサン」は北海道余市にも米軍爆撃機が襲来し、「お国のため」にと出生した家族の死亡通知が届き、身近な命が戦争で失われることを悲しく語っていました。

弥生3月も10日というのに朝から真冬並みの寒気で、糸魚川地域には「暴風雨・大雪・波浪警報」が発令です。雪が舞い上がり震える寒さの中では散歩も短めなので、恨めしそうに風除室から外を眺める愛犬です。

そして今日の糸魚川タイムスのコラム「波動」では、引越しの途中の高速道PAで車の中の愛犬が飛び出して、犬を追う女性が車にはねられ重症という痛ましいニュースを「事故になってしまう時は確かに油断があったり、してはいけない状況を作り出している」と綴って、事故を教訓にと・・・。

油断といえば、孫のインフルエンザで疲れていたのか手が滑って大事に使っていたご飯茶碗を割ってしまいました。一ヶ月程前にもお気に入りのコーヒーカップが欠けてしまい、ゴミ処分にする気にもなれず山野草の鉢に活用です。たかが欠けたお茶碗ですが、戦争で命を失うということに置き換えて政治を直視しなければなりません。 

昨日、来日したドイツの保守のメルケル首相は過去の歴史を総括し、安倍首相とは対照的でした。都内での講演では、ヴァイツゼッカー独大統領(当時)の1985年のスピーチ「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」を引用です。「ドイツは戦後、かつての敵国とどのようにして和解することができたのか」との質問に、「近隣諸国の温情なしには不可能だった。ただ、ドイツ側も過去ときちんと向き合った」と述べていました。

さらにメルケル首相は「極めて高度な科学技術を持つ国で福島のような事故が起きたのを目の当たりにし、(原発には)予想できないリスクが生じることを認識した」と述べ、自らが物理学者として抱いていた原発の安全性に対する考えが揺らぎ、脱原発と再生可能エネルギー転換という未来思考です。日本といえば原発事故の責任を一切とらず、戦争体制作りと原発再稼働で過去に向かって後退で、本日の岸田外務大臣は「日本とドイツの戦後処理は単純に比較できない」という見解で、ネット右翼(ネトウヨ)たちは早くもこの反論に大喜びです。

明日は東日本大震災・福島原発事故から4年目を迎えますが、過去の歴史や原発事故に向き合わず反省のない国は、もう一度痛い目にあわないとダメなのでしょうか、同じことを繰り返そうとしている我が国に憂いてしまう凍える寒さの終日です。


初めての風邪はインフルエンザ!

2015年03月08日 | 日々思うこと

昨土曜日は我が家にとって大変なことが起こりました。上越からパパのインフルエンザからの隔離で“避難”してきた孫が夕方頃から真っ赤な顔になり、深夜には39度を超える高熱で市内の総合病院の緊急外来へと急ぎました。

入り口で手続きを済ませてから待つこと30分以上でやっと診療室へ・・・。他には外来患者が誰もいないのにどうしてこんなに時間を要するのかと、その待ち時間の長いこと長いこと・・・。診察の結果はインフルエンザA型ということで、今まで一度も風邪を引かなかった孫だけにさあ大変!。処方をしてもらい帰宅したのが午前3時過ぎでした。

日曜日は隣りの孫たちに感染しないようにと隔離作戦ですが、川の字に寝ている娘と私はマスク着用とはいえ感染しても不思議ではありません。A型の感染力が一番強いそうで、潜伏期間が2~3日ということでヒヤヒヤの一日です。

2月に春が来たと早やガッテンし、冬囲いから出した直後に雪をかぶったままの雪割り草でしたが、気がつけばいつの間にか薄桃色の花をたくさん咲かせています。雪割り草は自然の中で育つ山野草なので案じることもないようですが、小さな鉢の中で葉っぱはほとんどなくなって花をこんなにたくさん着けたのは初めてで春の到来を感じます。

春といえば来月3日告示の県議選もあともう少しで、合わせて任期4年間の折り返し点となった糸魚川市議会のことなど書き込みたいことがいっぱいですが、大事をとって今夜はこの辺で・・・。皆さまもご自愛くださいますよう。


あともう少しで北陸新幹線開業と・・・

2015年03月06日 | 日々思うこと

桃の節句を過ぎでも肌寒い毎日で、北陸新幹線開業まであともう少しとなりました。あともう少しといえば、近隣のデンカ社アパート解体工事も残すところ3棟目のほんの一部となり、地域の風景が大きく変わり始めています。

小学校もあともう少しで学期末を向かえ、上の孫も4月から3学年に進級ですが、今までの2クラスから1クラス編成になるというのでさあ大変・・・。このデンカ社宅にいた同じ学年の数人がお隣りの青海小学校へ転校したことで1クラス編成になり、あと2人いれば解決するそうですが・・・。

今まで裏の畑にあった水仙はすべて鉢植えになってつぼみがほころび出し、あともう少しで桜の花便りが聞かれる頃になります。

気になるのは国会の動きで、本丸の集団的自衛権行使の法整備への動きが本格的です。文民統制を補強する自衛隊の「文官統制」を廃案する閣議決定で目が離せない状況です。今夜の報道ステーションは「I am not Abe」などと言ったことで、4月からの番組コメンテーターから降板の元経産相官僚の古賀茂明氏が出演で、「国の目指す方向が最終的にははっきりしない」と言い、「日本がアメリカみたいに人殺しの列強になりたいなら I am Abe、平和大国のままでいたいなら I am not Abe 」と痛快です。

そしてあともう少しで東日本大震災から4年を向かえようとしていますが、牧草などの大量の「農業系廃棄物」の問題が浮上し、この国はどこまでも福島第一原発事故による放射能汚染から逃れることができないことが伝わってきます。

昨夜遅くになって、上越から娘と孫がやって来ました。実は孫のパパがインフルエンザに罹って、仕事が一番忙しい時に自宅待機となってしまい、感染したらさあ大変!。娘と孫が我が家へ“避難”して来たことで、私も落ち着いてパソコンに向かうこともままならない終日です。


戦争に行くということ、原発を再稼動するということ

2015年03月03日 | 日々思うこと

NHK朝ドラ「マッサン」は、ニッカウヰスキーの創業者であり日本で初めて国産ウィスキーを作った竹鶴政孝さんと、その妻のリタさんがモデルになっています。ドラマでは震災、戦争と続いた時代背景の中で、国産ウィスキー造りのために人生を捧げた夫婦を中心に周囲の人たちの生き様が描かれ、先週末に家族に赤紙が届いたことでその悲しみよりも「万歳!」と喜ぶ様子などを描いています。

今朝は「戦争に行くということは、常に死と隣り合わせ」というナレーションで、これを原発再稼動に置き換えて「再稼動するということは常に死と隣り合わせ・・・」と重ねてしまいました。先日の朝まで生テレビでは「戦争が起こればホルムズ 海峡は封鎖されて、原油の輸入が絶たれる」という言葉で、原発再稼動を早く進めねばならないと脅しのように聞こえました。

暦の上では春とはいえ雛祭りの今日も朝から肌寒く、昼過ぎに市内のあちこちへと出かけて久しぶりに友人宅に立ち寄っての政治談議で、共に響き合えることの幸せを感じました。上の写真は手のひらに乗る小ぶりのちりめん布のお雛さまで、知人お手製で20年程前のいただき物です。下の焼き物の陶雛は昨年のブログでも掲載した「いちようさん」から、これもかなり前の古くからのお気に入りの一つです。

本日午前中の衆院予算委員会、民主党の辻元清美議員のシビリアンコントロールについての質問では、歴代首相の発言や過去のデータからの鋭い追求に答弁の中谷防衛大臣はタジタジです。今国会で気になることは朝まで生テレビの「戦争が起こればホルムズ 海峡は封鎖され・・・」と同様の言葉が頻繁で、見方を変えると安倍政権にとって他国の戦争でも好機で、国内燃料不足による原発再稼動や集団的自衛権行使も、さらに憲法改正も進めやすくなることは言うまでもなく、大多数の国民もその真意を深く考えることもなく支持することでしょう。

ところで当gooブログでは「一年前のブログ」が届きますが、昨年の今頃はNHK籾井会長の言動や、安倍政権の集団的自衛権の憲法解釈など等、安倍首相の“一代主義”の愚かさが続くと綴っていました。来年のお雛さまの頃の日本はどうなっているでしょうか、“死と隣り合わせ”の社会にならぬよう子どもや孫たちの未来のために弛まぬ努力をしてゆかねばと思う肌寒い3月3日です。