人の人生を何て思っているのか!無罪を求める袴田事件やり直し裁判で「有罪を求める立証を行う」とした検察の悪あがき
(テレ朝ニュースより)
「57年も闘って…」姉は怒り 袴田事件検察が“有罪立証”へ
再審が決まっているいわゆる袴田事件を巡り、検察側は10日に有罪を立証する方針を裁判所に示しました。
袴田事件弁護団 事務局長 小川秀世弁護士:「警察を守るためか、あるいはメンツのためか、どういうことか分からないですけれども、人の人生を一体何て思っているのかと本当に腹立たしい限り」
■「57年も闘って…」姉は怒り
袴田巌さんの姉 ひで子さん(90):「(Q.無罪判決までまた少しだけ遠くなった)57年闘っていますからね。ここで2年、3年長くたってどうってことないんですよ。頑張っていきます」
袴田事件の真犯人に迫った記事
こんな記事があります。
袴田事件の真犯人橋本昌子(長女)の定説!自殺と市川正三ヤクザの噂
袴田事件の真犯人橋本昌子(長女)の定説!自殺と市川正三ヤクザの噂
袴田事件の真犯人とは、兼ねてより疑惑が濃厚だった一家殺害の中、ただ一人生き残った被害者家族の長女橋本昌子と水面下で言われていました。
当時の長女と家族との関係や、その夫や市川正三の噂など、袴田事件が未だに冤罪と言われる理由や真犯人の真相、長女の最期までを追ってみようと思います
当時の検察はこの会社で働いていた元プロボクサーの袴田巌さんを犯人と断定。
理由は事件現場に残っていた血痕の付いたシャツが当時から女性物である事は明らかだったのに、彼のものであると断定。
このように犯行着衣と言われたズボンが、まるでサイズが合わないにも関わらず、犯人証拠として死刑判決を出します。
ただ当時から、かなりの確率で冤罪と言われながらも司法の闇に包まれて当時30歳だった元容疑者袴田巌氏はその後48年に渡り東京拘置所に収監されていました。
何度かの再審でDNA鑑定を行った結果、犯人認定の決めてとなった血痕付きのシャツは、袴田さんのDNAと一致せず、静岡地裁は再審請求を認めることになります。
実際、袴田さんが犯人だという直接の証拠は長時間に及んだ取り調べの際に
「息子と母親と暮らすために金がほしくやった」という自白を録音したテープしかありませんでした。
袴田事件の異常な自白までの経緯
容疑者として逮捕された袴田巌さんは事件現場管轄の静岡県警に身柄を拘束され、その後、苛酷な取り調べで自白を強要された事が話題になります。
当時、静岡県警には、何件もの冤罪を作りあげた事で悪名高い、静岡県警の紅林麻雄警部(くればやしあさお)の多大なる影響を受けていた後輩らが袴田巌氏の取り調べを行っています。
その取り調べ内容は、尋常ではないレベルの数々で
・炎天下で平均12時間、最長17時間
・排泄行為を取り調べ室に便器を持ち込み取り調べ官の前で垂れ流しにさせる。
・僅かな睡眠時間も泥酔者の隣の部屋に収容
・泥酔者にワザと大きな声を出させるなど安眠を妨げる行為を扇動
・事件当初、取調官3名だったのが拘留期限前には10名に増員
これらの取調官の違法行為によって拘留期限3日前に袴田巌は自白を認めています。
僅かな睡眠時にも、わざと泥酔者の隣の房に収容させた上で、わざと大声で叫ばせたり奇声をあげさせたりの工作をしたことが分かっています。
その上、勾留期限が迫ってくると、更に苛酷な取り調べをしいて、昼夜を問わず、睡眠させず、殴る蹴るの暴行を与えたといいます。
その壮絶さは水も与えず当初3~4人が袴田巌の担当取り調べ員でしたが最終的には、冤罪専門と言われた紅林麻雄の取り巻きによって10名程に動員して、袴田巌から強引に自供を取っています。
ここまで苛酷な取り調べを受けながら、袴田巌が自供したのは拘留期限のギリギリ3日前でした。
袴田事件の真犯人は橋本昌子(長女)が定説!
袴田さんが再審の為、釈放された翌日に被害者一家の長女である橋本昌子さんが自宅で死亡しているのが見つかります。
警察は病死と断定していますが噂では自殺と言われています。
橋本さんは以前、袴田さんが犯人だと違いないと話していたそうで、自分の家族を殺したと思われる人物が保釈された事によってギリギリの精神状態が崩壊した可能性もあります。
ところが被害者であるはずの橋本さん自身が事件の犯人だという噂もあります。
これは一体どういうことなのでしょう!?
順を追って説明しますと彼女が高校2年生の時に、実家の会社で働く従業員と恋に落ち、徐々に学校に通わず最終的には中退します。
これを知った家族は彼女を厳しく叱りますが自分の気持ちを諦めきれない彼女は、自らの行いの正統性を主張。
改善の見られないことを知った家族は彼女を勘当します。
その時に駆け落ち同然で家を出て、その交際相手であり事件当時は既に夫となっていた男がヤクザだったといわれています。
橋本昌子は当時19歳、既に実家から勘当されていたのに事件当日は、たまたま帰郷しており、別棟の祖父の家で寝ていたそうです。
橋本昌子の父親であり殺害された専務は41歳母親は38歳でしたが、遺体の損傷は得に母親と妹の次女が酷く、顔に酷い刺殺痕があった事と、妹に関しては、刺殺後2度焼きされての死亡だったといわれています。
当時の次女17歳と長男14歳の年齢から、事件当日も殺害現場である自宅に出入りしていた家庭教師の証言によると、長女は家族に、のけ者にされていたとの証言がありました。
この事からも、味噌製造会社専務の娘で被害者一家の唯一の生き残りである長女には、多額の遺産を手に入れる為の犯行動機があったとも言えます。
それ故に、ヤクザな夫と共に犯行に及んだという噂が当時からあったそうです。
そして家族4人の殺害から見て、尋常では無い怨恨を持って挑んだ事件にしても、とても女性1人で実行できる犯行ではない、といわれていました。
ただ現場検証と犯人逮捕につながった袴田巌の血痕の付いた上下のパジャマも、袴田巌自身が履けるサイズではありませんでした。
そうした状況証拠からも、この事件の真犯人は長女とその夫周辺のヤクザ絡みの事件ではと噂されていたそうです。
確実な証拠が出ていない以上、絶対とは言えないものの現場検証と母と妹への無残な顔への刺殺痕からみて、激しい憎悪をもって殺害した事は明らかであると想像できます。
そして、長年冤罪を訴えながら、ようやく48年ぶりに釈放となった袴田巌氏が釈放されると大々的にニュースされ釈放されます。
その翌日に長女が死亡(自殺)の経緯から見ても、いずれ自分に真犯人としての疑惑が浮上することを恐れ、自殺や長女に事件の真相を話されたら困る関係者(ヤクザ夫含む)の仕業と考えられるのではないでしょうか。
袴田巌2014年3月29日釈放
橋本昌子 同年3月28日死亡(享年67歳)
偶然が重らないとは言えませんが、あまりにも奇遇なこの死亡時期が、また不気味です。
橋本昌子と市川正三(ヤクザ)の噂
被害者宅に出入りしていた金融ブローカーである市川正三が犯人だとする説も紹介します。
金融ブローカーとして働く前は地元の清水一家に入るヤクザと言われていた市川正三は小金味噌屋には何度か運転手として同行した過去があったそうです。
当初から相当酒癖が悪く、酔うと周囲に、この小金味噌屋の話を自慢していたとの事です。
袴田事件の犯人だという噂もある市川氏は実は事件後に飛び降り自殺をしていたと囁かれています。
しかしヤクザと関係があり自殺したと言われるビルから突き落とされて死亡したとも言われたり、と何とも闇深い話ばかりが聞こえます。
家族から勘当を言い渡された長女の橋本昌子さんが遺産狙いで犯行に関わっていたなら、ヤクザと噂される夫との金銭関係で市川氏と何らかの関係があったのかもしれません。
事件日当日まで殺害された次女と長男の家庭教師として橋本家に出入りしていた人物が見た長女に対する家族からの疎外感は、他の人から見ても明らかだったのは確かなようです。
橋本一家を知る人物曰く、長女はデキのイイ次女の事を嫌っていたとの証言もあります。
冒頭でも紹介しましたが殺害された家族の中でも最も酷い損傷が次女の遺体だったと言われています。
いずれにせよ、もしかしたら関係あったかもしれない橋本正三も既にこの世を去っており、長女に関しても袴田巌さん釈放の翌日に謎の死を遂げる。
事件の解明にはほど遠いと言うのが真相なのかもしれません。
それにしても、この袴田事件で長きに渡って明らかとなった事は、警察や裁判官の稚拙な捏造が明らかとなった事件だと言わざるを得ません。
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