森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

日記:酒を酌み交わせば・・・

2010年09月26日 06時46分33秒 | 日記
昨日は大阪スイスホテルで来るgeneのシンポジウムの打ち合わせを行いました.
スイスホテル前に,いつも利用しているアロマへ.
千日前は週末でごったがえし,これが普通の休みなんだと実感しました.
しばらく,夜以外に大阪に来てないな~と.
アロマで脱力感のなか,目を充血させながら,
スイスホテルへ.
gene代表の張本先生にお迎えいただき,
打ち合わせ会場へ.
ボバース研究会会長の伊藤先生と再会のあいさつを行い,
その後,兵庫医療大学の佐野先生,
そして,埼玉医科大学の高倉先生が来られ,
全般的に堅い内容の話となった・・・が,
その後,場所を料亭にうつし,
酒をかわしながら,徐々に打ちとけ,
すなわち,直球の会話でなく,
たわいもない会話から,場は和み,
お互いを知り,そして,笑い,
最終的には,遂行機能とは?認知とは?皮質下とは?神経科学とは?生理学と心理学とは?
認知心理学?実験心理学?はたまた河合隼雄氏,フロイト,ユング,ルリヤなど,
学問の話,そして半球間抑制,皮質脊髄路,網様体脊髄路,片麻痺の手,歩行の話へと進みました.
後半の盛り上がりから,議論となる様子でしたが,
時間切れだし,私もタクシーで戻らないといけない時間に.

議論の立ち上がりは緩やかだったけど,
これを複数回企てれば,その立ち上がりはすぐさま起こると思います.
関係性も学習です.
そうすれば,伊藤先生があおる「池田屋」となるでしょう.
「池田屋」ではおえらい方に殺されないようにしたいものです.
そこでは,脳卒中片麻痺を心底どうするのか?
そして日本のリハビリテーションをどうするのか?
と熱い議論としていきたいと思いますが,
何分,後者の方は,私は政治的なものはうといので,
勉強させてもらうとともに,もっと適任が議論に入り,
この国のリハビリテーションの方向性をナビゲートしてもらえればと思います.
僕は,いつまでもアウトローで生きたいと思います.

みなさん,個性的でユニークな一夜でした.
最初ビジネスセンターではどうなるかと思いましたが・・・
伊藤先生とは楽しく現象の読み解きあいができます.
サルトル的にフランスのカフェにいる気分です.
私は恩師の宮本先生とも毎日,昼夜を問わず,
たとえば,コップを見ることや,それをつかむこと,
あるいは重さを感じ取ること,など些細な日常の現象について,
あ~でもない,こ~でもないと20代の時からやってきました.
だから物事を単純には考えられないのです.
伊藤先生ともある一つの現象にたいして,
語り合い,その観察の仕方,そしてある種エマージェンスがおこる瞬間があります.
彼もある意味,立場はあれどアウトローなのです...

人間は根拠にない批判に立ち向かうと,強くなります.




僕自身は,神経リハビリテーションにはグローバリゼーションが必要と思っています.
アンチボバース,アンチ認知,アンチCIという視点が諸悪の根源と思っています.
アンチ巨人時代の阪神みたいなものです.
プロ野球はセパ交流戦のおかげで,少しグローバルな視点が入り,
今ではどの球団もオルタナティブになり,そうすることで,より上のレベルで個性的になっているように思います.

最終的には人間とは?人間の幸せとは?という議論を含め,
子供のリハや在宅リハを巻き込みながら,
リハビリテーションこそが,神経科学を最も応用できるものと,
世間を認知させていきたいと,
微力ながら,周辺からせめていきたいと思います.
私は直球勝負で,けんかするのは好みませんので.
相手を知りつつ,最大限頭脳を活かす.
そういう姿勢を後輩たちに見せていくのが,
われら中堅世代だと思います.

自分たちがすばらしいなどと,自己防衛,そして利権主義には嫌気がさす一方で,
それよりも,もっと悪なのが,何も志ももたず,
ただ動作訓練を繰り返してしまっているセラピストを知らないうちに
増産してしまっているこの教育システムであると思っています.

誤解を招くといけないので,動作訓練が悪でなく(運動単位を動員すべきはどんどんさせる,練習が必要な時はどんどんさせる),対象者の心を読み取らず,ただそれを繰り返している者をさしています.
一方,自らの解釈なしに,文献に書いてあるからと,そのまま導入するセラピストにも断固として異を唱えたいと思います.
「考える」ことを排除してしまうEBM研究うのみ人間はロボットでしかありません.
量だけ担保するというリハビリテーションにも.

子供の教育には最低限の機会(量)が必要であることはいうまでもありません.
しかし,ある程度の量が担保できれば,そのあとは教育・技術,そして関係性の構築というまさに質なのです.
その質自体が,個人差が大きいとエビデンスがないと片づけられるのはおかしいのです.
オリンピック選手があるコーチでは育ち,あるコーチでは育たない,
あるいはサッカーなんかその極み.

セラピスト以外は,リハビリテーションの質の違いを体験できていません.
だから一緒にまとめてしまうと楽なのです.
誰とは公のブログなのでいいませんが,
セラピストが立ち上がり,肯定的に異を唱えてもらいたいと思います.
そのためには信頼,すなわち業績が必要です.
信頼がおけないものが異を唱えても,ぼやきにしか聞こえません.

リハビリテーション自体が,以前はFIMの導入ですべてがADLだったのが,
今は神経可塑性が解明されたことによって,ニューロリハビリテーション学会が生まれました.
いささか,その身の変わりようは?と思いますが,
これも時代です.
それを推進していくことが,最終的には人間の幸せを作っていくのだから,
くだらん派閥などに巻き込まれず,ニューロリハビリテーションの質を声をあげて言っていこうと思います.
自分スタイルで.
自分らしさが奪われてしまえば,それは生き地獄.
これは障害者にも同じ.
自分らしさを取り戻すという,この目標につきます.
リハビリテーションは,自分らしさを取り戻す旅,
いや自分らしさを作る旅.
それに援助していくのがセラピストの仕事です.
だから私たちは,医師よりも教師よりも利口でなければなりません.
リハビリテーションとはとてつもない難解な学問なのです.

ゲゲゲの女房における「ぼんやり生きる」っていうのが「らしさ」だと思います.
(終わりました)


追伸:佐野先生のパンツルック,そして高倉先生の蝶ネクタイルックに目を和ませていただきました.調整役の張本先生に感謝.


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