以下,寄稿した内容です.
一般の読者向けなので俗っぽいですが.
脳科学からみた「学び」とは
畿央大学健康科学部理学療法学科
森岡 周
人は自分の体験から学ぶことができる生物です.知識は体験を通じて脳に蓄えられますが,何でもかんでも学習されるわけではありません.自分の興味あるもの,大事なもの,生命に関わるものと,脳はその個人にとって最優先なものから学習するように出来ています.その学習には親や教師といった先輩からの援助が必要であり,子は親を模倣することで世界を学びとって発達して行きます.
何かについての知識を得るためには,それを調べなければなりません.調べるという行為は自分の身体を通じで生まれます.人は身体を使って環境を探索すると同時に,その際,生まれる感覚によって経験知を得ていきます.脳は身体と環境が相互作用することで活発に働きます.発達心理学者のピアジェは子どもの発達を大きく二期に分けていますが,一期にあたるのが,この身体を利用した「感覚運動的段階」です.その次が,自分の記憶を使って想像したり,操作したりすることが可能な「表象的試行段階」です.人は五感を脳で統合し,そしてその統合過程で生まれた記憶を用いて様々な事柄をシミュレーションすることができます.このような過程を通じて知能が発達して行きます.こうした知能の発達において最近注目されているのが下頭頂小葉の機能です(図1).ここは五感を結びつける働きをします.人の脳は触覚・聴覚・視覚的経験などを統合することで概念や知識を形成して行きますが,それに対してこの領域は積極的に関わります.例えば,リンゴという言葉を聞けば,同時にリンゴの視覚的イメージが現れたり,その触感を想起することができますが,それもこの領域の機能のおかげであり,創造性の源と考えられています.こうした脳機能は自分の体験を通じて発達していくために,五感を用いた多くの経験が学びにとっていかに重要かがわかります.
学習は大きく教師あり学習,教師なし学習,強化学習の3つから成り立ちます.例えば明示的な知識として,イヌとネコを分類する際には,何らかの手本(教師,両親,メディア,本など)になるものが必要です.その手本と比較して違いを探って行く方法が教師あり学習です.情報は差異から生まれます.わかることは分けることでもあり,この違いを認識する過程で,大脳皮質の連合野と小脳を含んだネットワークが構築されて行きます.良き手本の存在が重要であることを示したものです.一方,手本なしに多数のサンプルの相関や統計的な偏りをもとに,それらをグループ分けするのが教師なし学習です.これは自己組織化と呼ばれていますが,簡単にいえば経験の蓄積です.手本がなくとも経験から蓄積された記憶に基づいて学んで行くスタイルです.つまり,手本は過去に自分がとった行動やそのとき生まれた感情です.教師なし学習は大脳皮質および皮質下の壮大なネットワークによって成立します.人は経験によってそれぞれの志向性が異なります.このネットワーク構築にとっては,失敗,成功といった白黒ではなく,その白黒の間をどれだけ経験してきたかがポイントになります.
強化学習は人が持つやる気に関わりますが,やる気になるためにはドーパミンという神経伝達物質がカギを握っています.ドーパミン神経細胞は「行動を起こすことで得られる(期待される)報酬の量」と「実際に行動をとった結 果,得られた報酬の量」の誤差に応じて興奮します.ドーパミン神経細胞が興奮し,側坐核と強いシナプス結合が生まれると快情動(楽しさ)が生まれ正の強化が行われます(図2).報酬誤差(期待された報酬-実際の報酬)によって強化されるため,課題前に期待を持つことが大切であり,その期待を具体化したものが目標になります.しかし,この目標を過大に設定すると実際の結果との差が負になるために,負が強化されストレスが生じ,それが回避できないと学習性無力感を来してしまう場合があります.また完全に報酬が予測できると誤差が生じず正の強化がされない特徴を持っています.期待を持ち待つことの大切さ,そして向き合う課題の難易度が学習にとっていかに重要であるかがわかります.外部報酬による学習への関与は,結果を称賛するのでなく努力を称賛することが効果的であることも示されています.一方,最近になって外部報酬をもらうことが目的であれば課題に興味を失うが,自発的に楽しめるものであれば興味が保たれるといったアンダーマイニング効果が指摘されています.この際,自発的に楽しめる(自己報酬)課題であれば,強化学習に関与する脳領域が継続して活性化することがわかっています.自分の変化や成長に自らが気づいて行く過程が学びにとってとても大切な要因であることがわかります.
いずれにしても,学びの過程は脳のグローバルな協調機構から成り立っています.しかしながら,それには身体を介した学び,そして環境が大きく関わることは言うまでもありません.