※個人的には、日銀のETF購入額は、30兆円を超えていると考えています。あくまで個人的な意見ですが・・・
4種類ある? 日銀のETF購入額に戦略的曖昧さ
編集委員 清水功哉
清水 功哉 編集委員
2020/6/20 2:00日本経済新聞 電子版
「いまあえて波風を立てるようなことをする必要はないのではないか。株価が回復しているといっても、ボラティリティー(変動率)はまだ十分に下がっていない」。6月16日の金融政策決定会合を前に、上場投資信託(ETF)購入に関して日銀内で聞いた声だ。この言葉通り、決定会合では購入方針の現状維持が決まった。
維持された購入方針は表の内容である。3月16日の追加金融緩和で決めたものだ。それまでの「年間約6兆円の保有残高増加ペース」の「原則」を維持しつつ、「当面」の措置として「年間約12兆円ペース」を上限に、より積極的に買うという内容である。当時、日経平均株価が1万7000円を割り込むなど新型コロナウイルスの感染による市場混乱が広がっていた。それに対処する狙いがあった。
4月以降、株価が上昇。6月に入り、いったん2万3000円台を回復したため、今回の会合で日銀がETF買い入れの「当面の措置」をやめ、「原則」に戻す可能性も取り沙汰された。だが、6月15日に株価が大きく下落するなど市場の不安定さは消えていない。ウイルス感染の「第2波」が襲ってくるリスクも軽視できない。そこで日銀は「当面の措置」を続けることを決めたわけだ。むしろ黒田東彦総裁は記者会見で、将来の追加対応の手段のひとつとしてさらなる購入増額にも言及した。
もっとも、購入方針を修正しなくても日銀はかなり柔軟に毎月の買い入れ額を増減できるようになっている。市場環境に応じて、買う額を思い切って増やすこともできるし、大きく減らすこともできる。
そのカラクリは以下の通りだ。
まず月々の「年間保有残高増加ペース」が何を意味するかが曖昧になっている。1カ月の買い入れ額を12倍にした年率換算値のことか、それともある月までの1年間の累積購入額のことか、あるいはそれ以外のことか。例えば「過去数カ月の月間購入額の平均値を年率換算した数値を参考にしていた」(この政策にかかわったことがある関係者のひとり)との話もあるが、定義は明確になっていない。
また、実は購入額の公表データもひとつではない。約定ベースと決済ベースがあるからだ。「約定から決済まで1週間くらいかかるケースもある」(日銀筋)との声もあり、両者の間にかなり差が出ることもある。メディアなどでは前者が使われることが多いが、後者を使用する市場関係者もいる。
以上のことを踏まえれば、月々の年間購入ペースには少なくとも以下の4通りの数値があるといえる。(1)約定ベースの月間購入額の12倍(2)約定ベースの過去1年の累積購入額(3)決済ベースの月間購入額の12倍(4)決済ベースの過去1年の累積購入額――だ。
追加緩和が決まった3月以降について、毎月の4通りの数値を計算してみた(グラフ参照)。かなりの差がある。4つのうち、どれかが「年間約12兆円」の上限の近辺にあったり、その枠内に収まったりしていれば、方針通りの購入になっているとみなされるのなら、柔軟に対応する余地は小さくない。
もちろん、購入方針は最高意思決定機関である政策委員会の決定会合(総裁、副総裁、審議委員で構成)で決めるものだから重みがある。容認される柔軟対応にも限度はある。
とはいえ市場は生き物だ。執行部の判断による機動的な対応も必要なのだろう。何しろ定例の金融政策決定会合は年8回しか開かれないのに対して、相場は日々刻々と動く。いちいち決定会合を待って購入方針を変更していては、株価下支えのための適切な対応がやりにくい面もありそうだ。購入方針には、そうした問題が生じないようにする工夫が施されているということだろう。いわゆる「戦略的曖昧さ」の確保である。
今後も決定会合で購入方針がどう決まるのかを確認しておくことには意味がある。ただし、決定会合で購入方針の現状維持が決まっても、必ずしも実際の購入額の「現状維持」を意味するわけではない。投資家は日銀によるETF買い入れ策のそうした特徴を知っておく必要がある。