HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

布から作り込む服。

2024-03-20 06:54:43 | Weblog
 1ヶ月ほど前の2月22日、日経平均株価は終値では3万9098円68銭と、1989年12月29日のバブル絶頂期以来34年ぶりに最高値をつけた。3月7日には東京市場で平均株価が4万314円を超え、史上最高値を更新した。背景には、日本企業の好調な業績やイノベーションへの投資家の期待があると言われる。

 市場関係者は、ハイテク銘柄のダウ平均株価が史上最高値を更新。東証プライム上場企業の業績が堅調なこと。1ドル150円の円安が輸出企業の収益を底上げ。そして、日銀のマイナス金利解除後も緩和的な金融環境があるなどと、分析する。

 当然、海外の投資家は日本のマーケットに目を向ける。東証の調べでは、今年に入って海外投資家は7週連続で買い越しているという。300以上の海外投資家に日本株の評価を尋ねても、一昨年までは「ネガティブ」が半数近くだったが、去年夏頃には一転、「ポジティブ」が優勢になったそうだ。

 加えて、海外投資家がこれまで重視してきた中国市場は、不動産バブルの崩壊で株価が下落。それに伴い、彼らが投資を日本市場へのシフトを活発化したことで、今回の株高を生んだと見られる。国際金融協会(IIF)によると、2023年の1年間に中国の株式・債券市場から流出した外国マネーは845億ドル、日本円で12兆5000億円に上っているとのことだ。


 つまり、今回の株高を投資マネーの日本流入が要因と見れば、潜在的な経済成長率はバブル期と比べるとまだまだ低迷状態を抜け出せていないことになる。実感としてもとても景気がいいとは感じない。株価が日本経済の真の実力を反映したものではないとすれば、今後の株高の持続性にも疑問符がつく。むしろ、円安は続いたまま。春以降はようやくブレーキがかかり、円高傾向に反転するという見方が出ているが、実際のところはどうなのだろう。

 3月19日には、日銀が金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定。実に17年ぶりの利上げに踏み切った。利上げは円高要因となるはずだが、同日の外国為替市場は円安が進んで1ドル=150円台をつけた。これは低金利の円を売って、高金利のドルを買う取引が優勢だったためだ。日銀が金融政策の正常化に向けて踏み出したことで、円高に進めば輸入に頼る原材料や資源の価格が下がる。物価の下落にも期待できるわけだ。

 ただ、そうなると、円安の恩恵でインバウンド消費が盛り上がっている小売り・サービス業には多少の反動があるだろうし、10%の円高でも日本の輸出産業全体で2兆円が吹っ飛ぶと言われる。1ドル=130円になれば、日本企業にとって来期の増益が怪しくなると指摘する専門家もいる。賃上げが雇用者全体に広がり、一般大衆が「給料が上がったし、多少割高でも良いものを買った方がいい」という消費マインドに変化するのか。30年も続くデフレ慣れ、ダウンサイジングから生活スタイルをアップデイトできるかがカギになる。

 アパレル業界では、円安で生産が国内回帰している。中国の人件費などコスト上昇から第三国にシフトする動きが影響しているとの見方もあるが、国内では上質で好感度な商品を求める層が増えているのは確かだ。ただ、国産回帰の流れについては単にアジア生産をMade in Japanにするだけ、商品企画が従来のようなおざなりでは、こうした層には靡かない。新商品の企画・販売に際して、「こんな素材使いはこれまでになかった」「ここまで作り込んだものなら着てみたい」と、感じさせるようなアイテムを生み出せるか、である。

 現状も少しずつ変わり始めている。メンズでは、オーダー専門店にまで足を運び、スーツを誂える人が増えている。担当スタッフに聞くと、お客からは「実際に生地に触れて、質感を確かめてから、注文したい」との声は少なくないという。スタッフは「ネット通販では質感が確かめられませんから。お客さんが生地を確かめたら、仮縫いのコースをお奨めしています」と、オーダー客の心情をフォローする。

 となると、レディスの既製服では、なおさらお客のリアル店回帰は進むだろう。もちろん、事前のプロモーションや事後のフォローはネットを活用し、マーケティングに活かさなければならない。今年はコロナ禍以前の売上げを超えるべく、ECとリアル店舗をシンクロさせながらどこまで高額品の需要を喚起させられるか。本当に良いものを長く着るなど、新たな消費トレンドを作っていくことが重要だと考える。


仕立て映えする生地づかい



 レディスアパレルを見ると、昨年くらいから高価格ブランドへの挑戦が始まっている。取引先で主力販路になる百貨店側からの要請があるからだ。ブランドのポートフォリオの中で、空いているハイエンドゾーンへの投入もある。ここを制すれば、他のゾーンでも一気に高額化に弾みがつく可能性がある。カギはやはり素材や縫製、シルエットだろう。結果としていかにこれまでにない作り込んだ商品を生み出すかということになる。

 オンワード樫山が23区の派生ブランドとして昨年秋から販売している「エステータ」。イトキンが10年ぶりに新ブランドとして仕掛けた「オーヴィル」。ワールド傘下のフィールズインターナショナルが企画するアンタイトルのスピンオフ「オブリオ」。ともにハイプライスの価格帯になる。百貨店がこれまで販売してきた国産ブランドには、これといって上質、高級で高感度なものがなかったことから、海外のラグジュアリーを購入していた層は少なくない。

 ただ、国内アパレルの方が日本人の感性や体型を熟知しているし、それにフィットする生地、サイズ、縫製、仕様などを手当てできる。企画にじっくり時間をかけ、国内で生産することでコスト増にはなるが、その分商品の出来栄えが良ければ、お客を取り戻すことは難しくないと思う。富裕層にとっても手頃な価格の街着と位置付けるはずだ。いかに目の肥えた女性たちを唸らせるような服作りを行うか。大手アパレルの変化を期待をもって見ていきたい。



 一方、デザイナーズ系ブランドでは、三井物産傘下のビギが2024年秋冬からレディスブランド「エンダレンス」をデビューさせる。メンズデザインのしっかりした作り、そして機能性を取り入れ、感性で服選びする大人の女性にこんな服もあるのかと思ってもらえるようなもの。パターンに注力し、適度なリラックス感とシェイプしたフォルムの共存。コンテンポラリーでミニマルなテイストだが、決して尖んがり過ぎないバランス感覚が何ともいい。

 特徴はそれだけではない。生地が全て国産オリジナルであること。そして、組織から織り、加工まで全ての工程で高度な日本の技術を活かした点だ。高価格帯だから、イタリアの生地を使おうなんて安易な発想は微塵もない。日本のデザイナーズ系ブランドだからこそ、生地も日本製に拘る。だから仕立て映えするということだ。

 価格帯はアウターのコートやブルゾンが7~15万円、ドレスが5~8万円、ニットが3~6万円。百貨店に居並ぶブランドでは、プレステージとモデレートの間にあるベターゾーンという位置付け。デザイナー系ブランドとしての世界観を追求する一方、国内の各産地にも原材料や人件費などのコストを十分に吸収してもらう上では、妥当なプライスラインではないか。店頭の接客でお客が納得さえすれば、決して高いとは感じないと思う。



 もちろん、生地作りの全ての工程で高度な日本の技術を活かした点では、従来のアジア生産を超えるクオリティを実現するはず。決してベーシックなデザインではないが、フォルムからして中古価格なら購入する若い女性も少なくないだろう。再販価値は維持されると思うし、SDGsが叫ばれる中で、受け継いで着ていきたいという人にも好感を持たれると思う。

 振り返ると、ビギが創業時に捉えたファッションとは、「空気のようなもの」だった。商品を提供する送り手とそれを取り入れる受け手、こんなへだたりを失くし、誰もが同じ空気を共有でき、楽しい気分に共鳴し合えるものづくりを創造する。それをミッションとしてきたのである。親会社は変わろうとも、その使命は脈々と受け継がれているはずだ。

 エンダレンスにしてもデザイナーやMDなど、服作りに携わるすべてのスタッフが生地作りの現場と同じ空気感の中にいることで、考え方や意識を統一しながら「一枚の布に生命」を宿していく。これを改めて問い直した結果が国産のテキスタイルだったのだ。もちろん、そんな服を求める層はまだまだ少数派で、市場規模には限りがある。

 だが、どこかの誰かがやらなければ、単に原材料などが上がっているから、それを吸収するためのコスト増、プライスアップの服作りで終わってしまう。そうではなくて、いろんな作り手が自らの感性と英知と技を一枚の布に傾ければ、こんなに素晴らしい服が出来上がる。国内回帰のベースにはそうした方向性をじっくり据えることが重要なのである。

 陳腐な言い方だが、景気の気は、気分の気でもある。インバウンド、賃上げ、株高と、直接の恩恵はなくても周囲がざわつくと、気分が高揚することもある。どちらにしてもデフレ疲れの反動はあるはずだ。まずはしっかり商品を作り込みながら、価値がわかる顧客の輪を広げ、デジタルも駆使してブランドファンの裾野を広げていくことが大事だと考える。

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