昨日今日明日

きのうを思い、きょうを実感し、あすに想いを馳せよう。
若年性或いは老人性痴呆症にならない為にもね?

祝皇紀弐千六百六拾八年紀元節

2008年02月11日 | Weblog
 皇紀:

 日本の紀元を、日本書紀に記す神武天皇即位の年(西暦紀元前660年に当る)を元年として1872年(明治5年)に定めたもの。

 紀元:

 歴史上で年を数える際の基準、または基準となる最初の年。現在世界的には、キリスト誕生と考えられた年(歴史的には紀元前4年頃に誕生とされる)を元年とする西暦紀元を使用。日本では1872年(明治5)、神武天皇即位の年を西暦紀元前660年と定めて皇紀元年と呼んだ。

 イスラム暦:

 イスラム教諸国で行われる陰暦。622年7月16日のムハンマドのメディナ聖遷(ヒジュラ)から起算し、1年(354日)を12ヶ月に分け、9月は断食(ラマダン)、12月は巡礼の月として特に神聖視する。

 ユダヤ暦:

 太陰暦の一種。ユダヤで行われ、月は新月の日に、年は秋分の頃に始まり、平年12ヶ月、閏年13ヶ月、閏月を第6月の次に置く。前3761年10月7日を早世紀元と称する。(以上広辞苑より)

 世界中の暦を探せばおそらく民族ごとにそれぞれの暦を持っているのだろうと思います。宗教を起源とするものから、農耕のための暦とかさまざまである。

 日本の場合は、大和朝廷初代の神武天皇が橿原宮にて即位された日を持って建国の日と明治政府が定めたのですが、(当時、日本国が支那大陸や朝鮮半島の歴史と比べて見劣りしない歴史を誇示しないといけないという自負心も働いたんだろう)それが一つのフィクションであるというスタンスを取らずに『一点の曇りもない史実』としてしまったために、戦前の歴史学も硬直したものになってしまったんだろうし、戦後は戦後で、戦前を全て否定して『最善』としようなどこれまた行き過ぎで、民族としてのそんな偏狭さが『新たなる国際社会での大敗』を呼び込むことになりはしないかと危惧される。

 日本人として、この辺で適度なバランス感覚を持ちたいものだ。

 今日は皇紀2668年度の紀元節である。私は国旗を掲げて、皇室と共に続いている2668年の日本国の歴史を祝います。