ジョシュ・オコナーにオリヴィア・コールマンにコリン・ファース、というだけで劇場に行った映画。
1924年のイギリス。第一次大戦で子供世代を大勢失ったコツウォルズあたりの中産階級3家族の物語です。コリン・ファースは大変に控えめな人の良い田舎のジェントルマン、オリヴィア・コールマンは自意識=世界のようなその妻を好演していました。その家の孤児のメイドが本作の主人公、ジェイン(オデッサ・ヤング)です。
物語の中心はその1924年の1日ですが、実は現在作家として成功している女性の過去だということが、現在のジェインが時々挟み込まれるのでわかってきます。するとストーリーが単なる時代劇ではないのかという気になりますが、実はそのジェインの人生においても今につながる過去の日なんだとシンクロしています。
さて!まあ色々とありますが、ジョシュくんが、清純派の顔して「ゴッズ・オウン・カントリー」「ザ・クラウン」に次いで、またまた脱ぎっぷりのいいことに面食らう映画です!この3つの作品は芸術というか文学的というかとにかく高尚なイギリスの映像美〜と世間的には堂々としてるのに、どれもジョシュくんのセクシー日記、でも3つとも品の良い教養のある人向け、みたいな顔をしているので助かりますよ!
そういう意味でタイプは全然違うけど、なぜか脱がされるベン・ウィショーの次点にランクインです。
でもこの映画でのヌードは、作品的にとても意味があることが嬉しい。
つまりですね、その1日というのは、秘密の恋人だったメイドのジェインが、中産階級の御曹司ポールの家に初めて表玄関から訪問するんですが、なぜ家の人がいないかというと、ポールと近所のもうひとつの仲良し家族の娘エマの婚約祝いランチで集まってるからなんです。ポールはみんなには法律の勉強と言って遅れて行くのだけど、婚約を直前にして近所のメイドを呼び出してセックスしてるのです。幼馴染の婚約者を待たせて。そしてその日は母の日なので、イギリスのメイドはお母さんを会うのに1日暇をもらえるのです。
それまでは、身分違いの秘密の恋なので、人目のない場所でセックスするか、仕える家のお客様に支給する使用人としてしか会ったことがなかったのが、使用人ではなく恋人として家に招かれ、彼の部屋で彼の日常を、プライベートを見るという体験、もっと言うと孤児=労働者の中でも下ランクの少女が中産階級の生活にスライドした時間でした。彼が結婚したらそんなことはもう起こらないだろうから、多分最初で最後の。
ポールが遅れてランチに出発した後も、ジェインは服を着ないで家の中をウロウロするので、見ている方は誰か帰ってきたらどうするんだよ!とハラハラするのですけど、あれはその家に恋人として来ている自分をめいっぱい味わい楽しんでいるのだと後で気づきました。ポールが「食べていいよ」と言い残していった、お屋敷のご主人用に他のメイドが作ったパイをゲストとして自分が食べるってなんともエロい気分に浸れると思います。
原作といえばどの程度映画が原作に近いのかわかりませんが、映画ではその後20年くらい経って作家となる、なっている頃のジェインのエピソードもかなり挟まれるのですけど、それは80代になった作家の別の辛い恋の経験も投入する意味があまりなかったと思います。孤児で生まれてメイドとして富裕層の暮らしを見た。その後60年くらい生きてたらそりゃあ色々なことがたくさんあったのではと想像します。本が好きな人間だったから恋のそのふたつだけだった・・・?どちらもドラマチックなのだけど、回想録風の過去としてはひとつでよかったと思いました。