思いつくまま

みどりごを殺す「正義」はありや?
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ヤスン:野生のハト(Yawa Kepter、Wild Pigeon、野鴿子)(1)

2009-11-11 12:04:56 | 中国異論派選訳
以下の日本語訳はRFAに発表されたヌルムハメット・ヤスン(Nurmuhemmet Yasin)の『野生のハト(Yawa Kepter)』のドルクン・カンバル(Dolkun Kamberi)による漢語訳と英語訳からの重訳である。漢語訳と英語訳には若干の齟齬がある。
ウイグル語原文もインターネット上で公開されているので、いつかウイグル語からの直接翻訳も出てほしい。

追記:ウイグル語からの直接訳をこちらに掲載しました。

ウイグル人作家ヤスンと彼の『野生のハト』

原文出典:
 http://www.uyghuramerican.org/forum/showthread.php?t=4325 (ウイグル語)
 http://www.rfa.org/mandarin/other/2005/07/07/yasen/ (漢語:リンク切れ)
 http://www.uyghurpen.org/ye-ge-zi.pdf(同上漢語博訊転載)
 http://www.rfa.org/english/uyghur/wild_pigeon-20050627.html (英語上)
 http://www.rfa.org/english/uyghur/wild_pegion2-20050627.html (英語下)

訳者ドルクンの序文(2005年7月7日)

 ウイグル人青年作家のヌルムハメット・ヤスンの代表作『野生のハト』が隔月刊誌『カシュガル文学』の2004年第5号に発表されると、多くのウイグル人読者に愛読された。またウイグル語文学サイト「スムルク」の「ナウルズ文学賞」優秀作品賞に選ばれた。ヌルムハメット・ヤスンは1974年3月6日に生まれた。彼は1997年に結婚し、8歳と1歳半の2人の子供がいる。
 ヌルムハメット・ヤスンは高卒の学歴ではあるが、勉学熱心で、ここ数年多くのすぐれた作品と散文詩を発表している。作者は自伝の中で、次のように述べている。「これまでに『初恋』、『内心の悲泣』、『来なさい、子供たち』の3冊の詩集を発表した。40篇余りの作品が各種の先週に採録された。30篇余りの作品が各種の文学賞に入賞した。その内10数篇の作品は中学校と職業高校の教科書に掲載された」。
 『野生のハト』は作者の出世作であり、ウイグル語の原題は「Yawa Kepter」、その意味は「野生のハト」である。この散文体の寓話は、野生のハトと飼われているハトの対話形式で、風景とハトと人類との付き合いを描き、野生のハトが生きてゆく社会の現実を鋭く描写している。作者は文中で、現実生活はまるで一場の夢のようだが、また夢とも思えないと言っている。この寓話は二世代の野生のハトの似通った境遇を情感豊かに描写している。
 作者は野生のハトのふるさとを次のように美しく描いている。「僕の家の周囲は全て野の花と緑の草に覆われ、道は全くなく、足跡もない。ここは見渡す限り果てしない草原だ。僕たちの家は川岸の崖にある。ここでは数千羽のハトが巣を作って子孫を育てている。崖の下に流れる清らかな川の水は、僕たちに優しい子守唄を奏でてくれる。僕にとってここは世界で最も美しく、また最も安全な領土だ。もし人類がいなければ、僕たちは永遠にこの幸せな場所で生活できるだろう。ああ、人類というのは全く……」。
 この作品が発表されて間もなく、中国政府はこの作品に対して政治審査を行い、その内容に怒った。掲載誌を回収し、作者を2004年11月29日に拘束し、2005年2月に、マラルベシ県の裁判所で裁判を行ったが、当局は彼が弁護士をつけることを許さず、また彼の家族が傍聴することも許さなかった。
 ハトは全世界の文化の中でいずれも平和、純潔、友好の象徴である。しかし、中国当局は作品の中の「野生のハト」と「分離主義者」を結び付け、作者に懲役10年の刑を科した。
 作者は納得せず、カシュガル地区中級裁判所に上訴した。この中級裁判所が彼を懲役7年に減刑しようと考慮していたとき、中国共産党カシュガル地区委員会書記が原判決を維持するよう圧力をかけた。政府はヤスンのパソコンを没収した。その中には1600篇の詩、評論、物語と未完の長編小説が保存されていたと言われている。中国政府は2005年5月、ヤスンをウルムチ市第一監獄に移送した。ヤスンが入獄してから、彼の家族は一度も接見を許されていない。海外に亡命しているウイグル人知識人によると、中国政府のこの行動は作者と全世界一千万人のウイグル人読者の人権と自由を踏みにじるものである。
 21世紀に、このような科学技術が発達し、言論の自由な情報化時代における、この寓話の境遇は作者が『野生のハト』の中で書いた次の言葉をより一層意味深く、痛烈なものにしている。「ああ、自由の虐殺者、冷酷な人類よ、僕を殺すか、さもなければ自由を返せ!」
 私はこの作品を読みながら、このすぐれた散文体の寓話をより多くの人に紹介したいと思い立ち、作品を英語と漢語に訳した。できるだけ多くの英語と漢語の読者にこの作品を味わっていただきたいと願ってやまない。






野生のハト
作者 ヌルムハメット・ヤスン


 僕はまるで紺碧の空を飛んでいるようだ。これは夢だろうか、それとも覚めているのだろうか、僕自身もよくわからない。爽やかな風が僕の翼を吹き抜けてゆく。僕の心は高揚して、僕の全身には無限の力がみなぎっている。うららかな朝日が無限の彼方まで世界中を照らしている。ああ、何と美しい景色だろう! 僕の心はさらに高揚し、空高く飛翔した。僕の目の前からイチゴの原が消え、世界が突然広くなって、まるで鮮やかな紺碧の絨毯が僕の眼下に広がっているようだ。僕がこれまで見たこともない美しい景色だし、見たこともない場所だ。しかし、僕はこの地を故郷のようにいとおしく感じる。僕の翼の下の土地はとても美しい。
 突然、僕の目の前にたくさんの住宅が見えてきた、眼下に多くの小さなものがうごめいている。それは僕の母がいつも僕に避けるようにと話していた人類に違いない。だが、見たところ彼らは危険そうには見えない。母は年取ったのかもしれない。僕には、あの地面を這っている哀れな生き物が青空を飛ぶ僕たちより強いなんて信じられない。それを理解するには、僕の考えが足りないのかもしれないが、どちらにしろ人類はそれほど恐れるに足りないだろう。「人類はとてもずるくて腹黒いから、ちょっと油断するとお前を捕まえてしまうよ」と母は以前僕に話していた。ふと、僕は人類の陰謀というものを見てみたくなった。なぜ彼らは陰謀を抱くのだろうか? 僕には少しもわからない。

僕は少しずつ下がって、住宅地の上空を旋回した。ここからはすべての物がはっきりと見える。ここには人の他に、ウシ、ヒツジ、ニワトリ、さらに他にも僕が見たことのないものもいた。一群のハトが空を飛んでいた。他にも止まり木に止まっているハトもいた。僕はゆっくりと彼らの近くに降りて行った。僕が降りたのは、彼らと話をするためだろうか、それとも休むためだろうか、僕自身もよく覚えていない。その時の感覚はとても曖昧だった。どちらにしても僕は彼らの生活にとても興味があった。
 「お前はどこから来たんだ?」中の一羽の年取ったハトが言った。僕は彼がこの群れのリーダーかどうかは分からない。ただ、僕はこの群れのメンバーではないから、僕にとって彼の地位は僕にとって重要ではない。
 「イチゴの原から来ました」と僕は答えた。
 すると、「わしは祖父から、わしらの祖先もそこから来たと聞いたことがある。だが、数日の距離でさえわしらは飛べないのに、聞いたところではここから何カ月もかかる程遠いと聞いたことがある。お前は道に迷ったんじゃないかね」と年老いたハトは言った。
 数日の距離さえ彼らは飛べないという言葉を聞いて、僕はとても驚いて、彼が年取っているからだろうと思った。彼の言う「イチゴの原」と僕が来た「イチゴの原」が同じところなのか、僕にはよくわからない。もし彼の祖父が僕と同じ「イチゴの原」から来たのなら、僕たちはもしかしたら親戚だろう。
 「僕は道に迷ってここの来たんじゃなく、飛ぶ練習をしていてここに来たんです。僕は何日も続けて、何も食べずに飛び続けることができます」と僕は答えた。彼はとても驚いた様子で僕を見た。
 「お前はたぶん野生のハトだ。わしらにはお前たちのような勇敢さはないとみんな言っている。わしらは止まり木とハト小屋の他には何も望まない。そして、わしはこの住宅地を離れたこともない。ここを離れて何が得られるんだい? 休むには止まり木があるし、寝るにはハト小屋がある。全てが最初からそろっているのに、苦労する必要なんかないだろう? それに子供達も連れて飛ぶとなったら、飛んだとしても距離はたかが知れてるじゃないか? それにわしの主人はわしに良くしてくれている」と言って年老いたハトはくちばしで羽をつついた。
 「人類はとても恐ろしいと聞いています。人類が僕たちを捕まえると、僕たちの魂を奴隷にすると聞いたけど、それは本当なんですか?」
 「魂?」僕の横の若いハトが驚いて言った「お爺ちゃん魂って何?」
 僕は彼が「魂」さえ知らないことにとても驚いた。このハトはどう子供たちを教育しているんだろう? 魂のない命に何の意味があろう? 魂がなければ、どこまでも堕落するだろに、なぜ彼らにはそれが分からないんだ? 魂の自由は贈り物にはできないし、祈って手に入るものではないが、まるで彼らはこれまで「魂」という言葉を聞いたことがないようだ。

魂とは何か?

 年老いたハトは子バトの頭をなでながら話し始めた。「魂が何かわしも知らない。わしもわしの祖父から聞いただけだ。今日聞いたのは二度目だ。わしの祖父も彼の曽祖父から聞いたんじゃ。祖父の曾祖父もその祖父から聞いたのかもしれない。わしの祖父は『わしらが魂を失ってからずいぶんになる』といつも言っていた。彼がそう言ったのは、わしらが魂を失ってからずいぶん長くたったから、魂の影までなくしたという意味だったんじゃろう。」
 年老いたハトは私に振り向いて言った「坊や、『魂』というのはどういうものか知っているかい?」
 僕は途方に暮れた。自分が出した質問に答えられない。
 「分かりません。今は答えられませんが、母さんが『お前はお前の父さんが持っている勇敢な精神を引き継いでいる。その精神は日々成熟し続け、成熟したら魂とは何かが分かるようになるよ』と言っていました」。
 「ああ、つまり君のお父さんの精神が君にも表れるんだね。だが、父さんの代に限らず、ハトの群れ全体の魂がとっくに失われている。わしの母もこれまで全く魂について話してくれたことはない。わしらは父親世代からも何の話も聞いていない。今ではわしもこの話を子供たちにするのを忘れた。だから、わしらはたぶんとうの昔から魂のない時代を生きているのかもしれない。ああ、もしわしらがなくした魂を見つけられたらどんなにいいだろう」。年老いたハトは愉快な夢想に浸ってほほ笑んだ。
 私は同情の気持ちで年老いたハトに言った。「あなた方は魂がないから世代から世代へと人の奴隷になるんです。彼らはいつでもあなた方を彼らの食物にする。彼らはあなた方をこき使ったあと、たとえ放したとしてもあなた方はどこにも飛んでいくことができない。人類の領土の上を飛び回るだけだ。あなた方は僅かの餌を失いたくないばかりに、子孫たちまでも人の奴隷に差し出す。あなた方は僕たちと同じように、リーダーが必要です。でも、まず必要なのは、魂とは何かを理解することです。僕と一緒にお母さんに聞きに行きましょう!」私がこう言ったのは、年老いたハトに悟らせるためだろうか? それとも自分の知識を増やしたいからか? 私はよくわからなかったが、二つの気持ちが同時にあったのかもしれない。

 「わしはもう片足を墓に踏み込んでいるし、安全なハト小屋もあるのに、何で『魂』を探しに行かなくちゃならないんだい? それに、わしは魂が何か知らないし、それを見つけて何の役に立つのかも知らない。見たまえ、魂がなくても何も起こらないじゃないか。このハト小屋の中で、平和に生活できる。それに何の価値もない魂を重んじるというのはとても大変なことだよ」。
 僕は年老いたハトの話しに考え込んだ。彼が言うのは、初めはもっともなように思えたが、よく考えてみると間違っている。だが、何の信念も魂もないハトに、魂についておしゃべりをした自分を僕は恥ずかしいと思った。この問題はやっぱり母さんに聞かなきゃならない。


 何羽かのハトが私の脇に止まった。それからお互いにクークーと話し始めた。彼らの話す言葉は、僕にはさっぱり分からない。たぶん彼らのお国言葉で話しているのだろう。僕たちのところにも、たまにこういうよそ者のハトが飛んでくる。彼らは何者だ? この年老いたハトの友達か、それとも親戚か、私にはわからない。彼らは僕と話をしたいんだろうか、それともお互いに雑談をしているのか、それも私にはわからない。
 「元気かい! 坊や」年老いたハトはくちばしで子バトの羽毛をつついて聞いた。
 「元気じゃない。お腹がすいた。母さんはなぜ今は僕に食べさせてくれないんだろう?」。彼は餌の名を口にしたが、それがトウモロコシのことなのか、アワのことなのか、アサの実のことなのか、私の知らない呼び方だった。ああ、人に養われているハトは変だ。彼らが食べ物について言ういろいろな名詞を僕は全然知らない。
 「お前の母さんはお前の弟を生むために、栄養を貯めなきゃならないんだ。ご主人が餌を撒きに来るのを待ちなさい」。
 「僕は待てないよ。自分で野原に行って食べ物を探す」。
 「いい子だから言うことを聞きなさい。野原に行ったら危ないよ。悪い人がお前を捕まえて食べちゃうよ。行っちゃいけない、いいね?」。

ハト小屋に満足しているハト

 子バトはくちばしを尖らせて静かになった。どうやらこの群れのハト達はこの年老いたハトの言うことをよく聞くようだ。このハトたちが、彼らを捕まえて食べてしまう人類と一緒に生活していることが、ぼくにはぜんぜん分からない。もしかしたら「食べる」という言葉を僕が誤解しているのかもしれない。この言葉は「よく面倒をみる」に似た意味なのかもしれない。もしこれが外来語なら、僕が語義を曲解しているんだろう。だけど、この言葉はみんなが知っていなければならない大事な言葉だ。母さんはいつも僕に「人に食べられないよう気をつけなさい」と言っている。だけど、この言葉はここでは意味が違うようだ。もし彼らが人に食べられるのが嫌なら、絶対人類と一緒には住まないはずだ。翼を使って、望みの場所に行くだろう。あるいは翼があることさえ忘れているのかもしれない。あるいは住み慣れたハト小屋を離れたくないのかもしれない。
 「じゃあ僕らのご主人はいい人?」子バトが年老いたハトに聞いた。
 「もちろんいい人さ」。
 「だけど、彼らも他の人と同じく、僕らを捕まえて食べるよ」。
 「それは違うよ。彼らはわしらをハト小屋で養っているんだから、わしらを食べるのは当然のことじゃ。それには誰も反対できない」。
 やっとわかった! 「食べる」の意味は僕たちの使い方と同じだ。さっきの推測は余計だった。
 「だけどご主人が撒く餌はみんな大きなハトに食べられちゃうよ。僕は何を食べればいいの? こんなんじゃ僕はどんどんやせて死んじゃうよ。
 「お前もゆっくり大きくなる。大きなハトの周りにある餌をかすめ取る方法を学びなさい。決して食べ物を他のハトに譲っちゃいけないよ。わしらの生存環境はそういうもんじゃ。」
 「でもお爺ちゃん?」
 「もう充分じゃ、それ以上言うな。わしらは現状に満足しなくちゃいけない。過分の要求をしちゃいけないよ。」
 「あなたは彼の自由を制限し過ぎです」僕は彼らの話に割り込んだ。「彼にもっと大きな空間と自由な生活を与えるべきです。」
 僕は年寄りのハトの話の腰を折りたくはなかったが、黙っていられなかった。こんな不平等な環境はハトの友情を滅ぼしてしまうだろうと僕は思った。
 「ああ、お前はわしらの境遇を分かっていない。ご主人を怒らせちゃいけないんだ。一羽でも彼らの決めた範囲を飛び出していなくなったら、彼らはわしら全員をハト小屋に入れて、何カ月もハト小屋から出さないだろう。そうなったら、この小さな止まり木まで失ってしまうんだよ」。
 僕は「ハト小屋」とは一体どんなものかに全く無知だった。ヒントも手掛かりもない。ハト達はハト小屋に閉じ込められることを非常に恐れ、同時にそれを失うことも恐れている。一番理解できないのはどうしてこのハトたちが人の中で生活することに耐えられるのかということだ。僕はこの疑問を僕のお爺さんに話しただろうか? 話したか、話さなかったか、今ではよく覚えていない。お爺さんがはっきりと答えてくれたという覚えもない。
 その代わりに、僕は年老いたハトに言った「あなたはまるで人間みたいだ。弱くて小さいハトから餌を奪い、彼らの反抗を抑え込む。そして自分の悪い行いを弁解しようとする。こんな環境が次の世代に健やかな成長を提供できるでしょうか? あなた方は人間と同じように無知と愚昧、卑怯な恥知らずに堕落しています。」
 「人間を侮辱するな」彼はいきり立って言った。「彼らがいなければ、わしらの今日もない。そういう反人類プロパガンダはよそでやってくれ」。僕は傷つけるつもりはなく、助けようと思って言ったのに、彼は何で怒るんだろう? もっと詳しく言わないと分からないのかもしれない。
 「あなたは責任感がない。自分の子孫を燃え盛る炎に追い込もうとしている。」僕が話を続けて、もっと生き生きと描写しようと思っていたら、突然鋭い音がして、足にひどい痛みが走った。僕は飛び立とうとしたが、翼は宙を打つばかりだった。他のハト達はバタバタと飛び立って僕の周りを旋回した。
 「ハハハ…、自由人さん、君もついに罠にかかったね。それでもまだ大口をたたき続けられるかね。」
 年老いたハトが僕に話しかけたのは、彼の主人が僕を捕まえやすいように僕を騙すためだったということを僕は突然理解した。僕は悲嘆にくれた。危険は人類からではなく、小さな利益でだまされた同類によってもたらされたのだ。彼らが人類に協力して僕を捕まえたことは、僕には理解できなかったし、非常に心が痛んだ。突然僕の心に、人の手に落ちてはならないという思いがもたげた。両足を切断できれば、また自由になれる。僕は全力でいろいろな方向に飛ぼうとした。

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