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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

ブラームス「ドイツ・レクイエム」

2016年01月07日 21時53分03秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 クシャミがだんだんひどくなってくる。しかし寝ているのも飽きてきた。



 ブラームスのドイツレクイエムをひっぱり出してきた。2014年7月にこの曲を取り上げた時はウォルフガング・サヴァリッシュ指揮、バイエルン放送交響楽団等の演奏であった。今回かけるのは、オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団等による1961年の演奏である。54年以上前の録音だが、大きな音の部分を除けば、音の広がりもあり、音質もいい。大きな音の部分はさすがに音が割れてしまうのが惜しいが、致し方ないと思われる。
 クレンペラーが77歳の録音である。4か月かけて4回に分けた録音であるらしいが、それでもその活力にはびっくりするものがある。体力、根気、集中力‥すごいものである。
 バリトンのフィッシャー・ディスカウ、ソプラノのエリザベート・シュワルツコップという名もまた私などの年代にはとても懐かしい名前である。
 ブラームスが足掛け12年をかけて、ルターによるドイツ語訳聖書を歌詞に利用している。これがドイツ・レクイエムの名の由来である。
 私は通常は歌曲は聴かないが、例外はレクイエム。モーツアルト、ヴェルディー、フォーレのも好きである。特に理由はない。傾向も雰囲気も大いに違うので、節操がないといえばない。

   


風邪をひいてしまったようだ

2016年01月07日 17時05分14秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 内視鏡検査の前日の4日から時々クシャミが出るようになっていたが、昨晩からそれがひどくなってきた。クシャミをするたびにセキセイインコがビックリしたように啼いたり、身を屈めてこちらをにらむ。
 そして今朝から鼻水がだいぶ出るようになった。講座の間ずっと水っ洟に悩まされていたが、それでも少し無理をして開港資料館に「その音、奇妙なり」を見に行った。みなとみらい地区から日本大通りの駅まで2駅分をゆっくり歩いたが少し足元が覚束なかった。資料館からの帰りは歩かずにみなとみらい線とバスを使い帰宅。
 夕方から横浜駅の傍で所用があったが、それはことわり、これから寝て回復をはかることにした。明日・明後日は予定がないので寝ていても問題はない。しかし12日の退職者会の幹事会前に、ブロックの会報とバス旅行の写真集を作らなくてはいけないが、これは10日、11日の二日間でつくるしかないようだ。

横浜開港資料館「その音、奇妙なり」展

2016年01月07日 16時27分19秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
      

 久しぶりに横浜開港資料館を訪ね、企画展「その音、奇妙なり-横浜西洋音楽との出会い」を見てきた。
 幕末期、西洋音楽との出会いはペリーの艦隊に随行していた軍楽隊、これは当時の人々は興味深く聞いていたようである。軍の動きを操る軍楽隊は式典・行軍・操錬だけでなく実践でも大きな役割を持っており、軍の近代化をはかる幕府、諸藩は力をいれて軍楽を吸収していた。
 居留地では来日音楽家やアマチュア音楽家により、ワーグナーの音楽会が催され、1876年のプログラムなども展示されている。とても興味深い。
 同時にキリスト教の宣教に必要な讃美歌は日本語の歌詞への翻訳をとおしてミッションスクールで普及が図られた。
 この流れの先に政府による音楽教育としての唱歌が出来上がる。外国の曲に日本語の歌詞をつける段階から、日本人による作曲へと展開していく。
 画期は日露戦争ということのようだ。学校や地域で出征兵士の送迎や戦死者の葬儀に子どもの音楽隊が演奏していたらしい。それらは県下では次第に県の訓令により解体されていくようだが、この子どもの楽隊の成立と解体の動きはどのようなものだったのか、解体の根拠は何だったのか、などについてはまだ解明されていないようだ。
 今回の展示、30分ちかいビデオが資料館の中の別の部屋で放映されて、日本で最初に歌われた讃美歌などの演奏や、唱歌となった讃美歌などが披露されている。
 なかなか面白い企画であった。