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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明後日の大腸内視鏡検査に向けて

2016年01月03日 22時19分11秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 2013年11月に大腸内視鏡検査をしたが、それが多分11回目であったと思う。このブログの過去の記事を見ると、2010年6月が10回目と表記されている。
 そして明後日1月5日が生涯12回目の大腸内視鏡検査日となった。2013年に大腸ポリープを切除したのち、2年後にはまた検査を受けるように云われていた。
 明日は朝食から「繊維質の多い野菜、果物、種のあるもの、きのこ類、海藻類、しらたき、こんにゃく、とうもろこし豆類、ゴマ、乳製品」は食べることができない。さらに夜から下剤を服用し、5日は朝から腸管洗浄剤を2リットル飲んで午後からの検査に備えなくてはならない。もう11回過去に経験したとはいえ、はっきりいってなかなかつらい。
 摂取できるのは、白米・うどん・食パン・白身魚・赤身肉・豆腐・卵・ハム等となっている。

 明日はおとなしくしていろと云われているような気がする。

荏原七福神めぐり

2016年01月03日 21時22分22秒 | 山行・旅行・散策
   

 箱根駅伝を横浜駅の傍で見たのち、暖かい陽気に誘われて、東急線の駅で配布している「荏原七福神めぐり」の案内パンフをみて、東急目黒線の西小山駅から大井町線の荏原町駅までを歩いた。七福神の内、小山八幡神社の大黒天、麻耶寺の寿老人、法蓮寺の恵比寿の3ヵ所を歩いた。
 目黒線の西小山駅から昭和大学病院までの細いアーケードの商店街を含む道、そして旗の台駅から荏原町商店街ははじめて歩く道である。
 まだ正月休みの店がほとんどであったが、初もうでを兼ねてこの七福神めぐりを楽しむ人がかなり歩いていた。これらのとおり沿いの商店街はそれなりに人出も多く、繁盛しているように見受けられた。活気のある商店街というのは歩いていて楽しいものである。

            

「石垣りん詩集」(岩波文庫)

2016年01月03日 10時41分17秒 | 読書
 年が明けてから「石垣りん詩集」を読んだ。



 先に図書12月号の池澤夏樹のエッセイから「崖」と「声」を引用し、昨日は「弔詞」を引用した。石垣りんという詩人、岩波文庫に収録された120編を読んだ限りで気付いたことがある。
 それは「崖」や「弔詞」、あるいは「原子童話」「雪崩のとき」「日記より」「たそがれの光景」「青い鏡」などのように戦争や社会の不条理を告発するような作品と、「河口」「声」「夜毎」「十三夜」「洗剤のある風景」「年を超える」などの作品が対極をなすように並んでいる。
 その間に均衡を保つかのように「旅情」や「貧しい町」「ゆたんぽ」などが並ぶ。何か作者の個々の中のバランスを取りながら詩をつむいでいるような気がした。

 先に「崖」や「弔詞」を引用したが、私にとってはこれらの作品よりも、「声」などの一連の作品が心を揺さぶる。その系列の作品と思われたのが

 夜毎
深いネムリとは
どのくらいの深さをいうのか。
仮りに
心だとか、
ネムリだとか、
たましい、といった、
未発見の
おぼろの物質が
夜をこめて沁みとおってゆく、
または落ちてゆく、
岩盤のスキマのような所。
砂地のような層。
それとも
空に似た器の中か、
とにかくまるみを帯びた
地味のような
雫のような
物の間をぬけて
隣りの人に語ろうにも声がとどかぬ
もどかしい場所まで
一個の物質となって落ちてゆく。
おちてゆく
その
そこの
そこのところへ。


などが私の気持ちに寄り添ってくる。詩としての構成や象徴化などの完成度や成功の度合いがどの程度なのか測りかねるところはあるが、私はこのような詩が好みである。
 この詩が政治的な場面の中や、苛立ち、敗北感の中で誰かに向けて発せられたものかもしれない。同時にそのような場とは異質なものかもしれないが、読者の巾を広げていることは確かだと思う。
政治的な指向の強い詩からひとつ抜け出たところがいい。

 私自身も頭の中で、政治的な指向・思考とそうでないところとでバランスを取らない限り、とてもではないが自分が崩壊してしまうといつも感じる。
 このバランスのとり方、あるいは支点の取り方、左右に伸びた天秤棒の長さや重さや偏りによって均衡のとり方の在りようが、立ち位置の多様さの保証のひとつでもある。発せられた言語感覚の多様さも言葉による表現者の個性と同時に社会とのかかわりのバランスのとり方も私は大いに関心がある。
 石垣りんという詩人は、これまで読んでこなかったが、そんなことを考えさせられる詩人であった。