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伊東良徳の超乱読読書日記

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表現の自由に守る価値はあるか

2021-03-17 01:11:50 | 人文・社会科学系
 ヘイトスピーチ(の規制)、テロリズム促進的表現(の規制)、リベンジ・ポルノ(の規制)、インターネット上の選挙活動の解禁(しかしまだまだ残る制限)、フェイク・ニュース、「忘れられる権利」の6つのテーマについて、表現の自由(日本国憲法では第21条)との関係でどこまで表現の自由の制約が許されるか、現行法や司法判断が妥当かを論じた本(論文集)。
 いずれの問題についても、著者は表現の自由を守る立場から、規制は必要最小限にとどめるべきであり、現在の法規制や司法判断の多くがあまりに広汎(一般的)な対象について必要以上の規制をしている、そもそも新たな立法前の法律で多くは対応できたのではないか、より緩やかな手段で足りたのではないかと、現在の法規制や司法判断の多くが行き過ぎで、憲法違反ではないかと論じています。
 ある意味では挑発的な、諦め気味のひねたタイトルは、「あとがき」の「ヘイトスピーチ、テロリズム促進表現、リベンジ・ポルノ、フェイク・ニュース、『忘れられる権利』、いずれについても国民の多くは表現の自由の制約を支持している。政府はそういった国民の声に押されて、表現の自由を制約しようとしているものといえる。多くの国民は、これらの表現の自由は、いずれも行き過ぎであり、保護に値しない行為と受け止めているものと思われる」(383ページ)という著者の認識に由来しています。
 歴史的経緯を重視し(忘れず)権力者/政府による人権侵害への警戒心を持ち、政府に価値のある表現とそうでない表現、何が真実で何が虚偽かなどを判断/選別させることを忌避する著者/伝統的な憲法学者の立場と、現実社会での迫害を政府による規制で防ごうとする運動の立場の相違/対立が鮮明に感じられます。弁護士としては、私が若き日(1980年代末から1990年代前半)に日弁連広報室にいて、人権委員会や刑事法系の委員会(前者の立場で政府/権力の横暴を抑制することを目指す)と民暴対策委員会、消費者委員会、女性の権利に関する委員会(後者の立場で政府の政策で現状の是正を図ることを目指す)に挟まれて、これが1つの組織なのかと呆然としたことを思い出します。悩ましい問題ですが。
 アメリカの法制度と司法判断、カナダの最高裁の判決、ヨーロッパのEU指令と裁判所の判断等を紹介した著者の議論は勉強になりましたが、ヘイトスピーチ規制に関して平等権(日本国憲法では第14条)が根拠となり得ないとするところ(47ページ、51~52ページ等)は、アメリカではセクシュアルハラスメントが性差別と位置づけられて禁止されているので職場における女性差別的発言や女性従業員を不快にさせるような性的表現はたとえ表現であっても性差別として禁止の対象となり表現の自由を侵害するものではないと考えられている(44ページ)こととの関連/相違をもう少しきちんと説明して欲しいと思いました。日本では、セクシュアルハラスメントは性的人格権/自由を侵害する不法行為として(あるいは職場環境整備義務違反として)位置づけられて、性差別としては位置づけられず、これを専ら性差別としてその違法性を基礎づけるアメリカの議論はほとんど知られておらず理解されていません。セクシュアルハラスメントが性差別である故に女性差別的発言の禁止が正当化されうるのであれば、ヘイトスピーチ禁止もヘイトスピーチを差別と位置づけて平等権から正当化する余地がないのか、それが可能と考えるにしても、無理だと考えるにしても、差別と差別是正/差別禁止をめぐる歴史をひもといた考察を読みたいところです。


松井茂記 有斐閣 2020年12月20日発行
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