伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

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インドの衝撃

2008-01-30 08:37:07 | ノンフィクション
 2007年1月に3回シリーズで放映されたNHKスペシャル「インドの衝撃」取材班の取材によるインドの現状レポート。
 最近のインドを紹介するレポートは、従来の宗教とカースト、貧困のインド像を否定すべく、判で押したようにIT技術者と「新中間層」と政治大国化という新しいステレオタイプに陥る傾向にありますが、やはりそういう内容のレポート。
 ただ、政治大国化を扱った第3回の後半は、経済自由化の煽りを食って綿花価格が暴落し、土地に合わない高価格の遺伝子組み換え綿花や化学肥料を売りつけられながら収穫も減り多額の借金を抱えて自殺地帯と化したコットンベルトの惨状や経済特区のための強引な土地収用で農地を追い出されて反対闘争に決起する農民たちなど、経済政策の犠牲者たちを描いていて、危ういところでバランスを残した感じです。核実験を敢行し包括的核実験禁止条約への署名も拒否しながらアメリカとの関係を改善し核協力まで取りつけた政治力への羨望/畏怖と密接な批判とも感じますけどね。
 それはさておき、私としては、卒業生がアメリカの一流企業から引っ張りだこの超エリート大学インド工科大学(IIT)に貧しい家庭の子どもたちが合格できるように授業料免除・家賃食費文房具代も免除で特訓するラマヌジャン数学アカデミーを経営するアーナンド・クマールの話(101~105頁)に共感しました。クマールは自らがケンブリッジ大学に入学を許可されながら貧しさのために断念し、貧しい若者が学べるようにと思い立って質素な暮らしをしながら経営を続けているといいます。しかもクマールはNHKスペシャルでの放映後出てきた寄付の申し出に対して、身のほどにあった範囲でやっていきたいからと寄付を断ったといいます(115~116頁)。志の高さに感心します。


NHKスペシャル取材班 文藝春秋 2007年10月30日発行
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新バイブル・ストーリーズ

2008-01-27 22:42:21 | 物語・ファンタジー・SF
 旧約聖書のエピソードを元に改作した短編物語集。
 古代の話でもあり戦いや暴君の話が続くのですが、平和的な解決に導かれているものが目を引きます。征服された部族の出の娘が妃となって暴君を目覚めさせて平和主義者にし、被征服者たちの武力蜂起にも話し合いで応じ、民衆が反乱軍を取り囲んで追い返すという「エステル」が、その典型。平和路線とそれを支持する民衆という構図が感動的です。武力蜂起して王に迫って民衆に追い返されるのがかつて王の侵略を受けた被征服者というのが、ちょっと複雑な気持ちになりますが。
 ところで、最初の「ノアの箱舟」。人間たちが神の怒りを買った理由が自然破壊で、「美しい森を荒らし、仕事中毒のビーバーみたいに木を伐りまくった。」(10頁)とされています。それなのに、ノアが「とにかくものすごく大きく、まるごと一個の世界と言ってよかった。」(12頁)くらい大きな箱舟を木で造って救われるのはなぜ?


原題:THE HONEY AND THE FIRES : ANCIENT STORIES RETOLD FOR OUR TIMES
ロジャー・パルバース 訳:柴田元幸
集英社 2007年12月20日発行 (原書は2006年)
「すばる」2006年1月号~12月号等連載
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窓の灯

2008-01-26 14:13:25 | 小説
 大学を中退して住み込みで喫茶店の手伝いをしている女性の店の経営者(ミカド姉さん)や客への愛憎、まわりの他人の生活への関心などを書きつないだ小説。
 主人公が単調な生活の中で部屋の向かいのアパートの隣人の生活に興味を持って観察する様子から話が始まりますが、それだけにとどまらず夜の街を徘徊して他人の家のドアに耳を押し当てて中の様子を探り、窓からのぞき込んで(オペラグラスも持参)となってくるとかなり危ない感じ。仕事柄、男性がやってたら逮捕一歩手前だよねなんて考えてしまいます。
 主人公の、そして主人公から見た店の客からのミカド姉さんへの視線とあわせて、見る/見られること、愛・憧憬・羨望を込めた視線・眼差しがテーマとなっているのだと思います。
 ラスト間際での主人公の破壊衝動と、位置取り・視線を相対化したラストは、物語としての結末は示さずに読者に考えさせる、不満が残るような巧みともいえる味わいを残しています。


青山七恵 河出書房新社 2005年11月30日発行
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エピデミック

2008-01-26 08:41:04 | 小説
 XSARSと名付けられた新型感染症の蔓延を制圧すべく前線で走り回るフィールド疫学チームが調査で感染源を絞り込んで行く様子を描いた小説。
 登場する疫学チームのキャラで、深刻な話を軽めに書いて読みやすくされています。ミステリー仕立てなのですが、謎解き部分は今ひとつスッキリしない感じがします。謎解きをスッキリ決めないのは、疫学というもの自体がそういう性質のものという書きぶりとフィットさせているのかなとは思えますが。特に新興宗教団体もどきのバイオテロとかいう話が、話の中で収まりが悪いし、話全体の現実感を失わせていると思いますし、読んでいて嫌な感じが残ります。この設定は外した方が、感染症をめぐる役所の対応や地域間の対立とか、少し書き込まれたテーマが生きると思うのですが。
 主人公にしかたなく付き従う形になる意欲のない保身が先に立つ小役人も今ひとつ。こういう役回りは途中で変身して重要な役割を果たすかなと思ったら、そうでもなく中途半端ですし。活躍する変人キャラの疫学チームが軽さを作り、脇役の2人の小児科医とその妻、看護師らあたりが地味な味わいを醸し出しているというところでしょうか。


川端裕人 角川書店 2007年11月30日発行
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狼たちの月

2008-01-24 20:31:11 | 小説
 スペイン内戦で敗走し山間部に逃れて落ちのびた共和派戦士たちのその後を描いた小説。
 フランコ政権下で治安警備隊に追われ、次第に仲間を失いながら、勝利の展望もなく投降したら殺されるので闘い続けるしかないという思いで抵抗を続ける戦士たちの日々が書き連ねられています。
 敵治安部隊に対する積極的な攻撃はせず/できず、戦闘は仲間を売った者への報復か、治安部隊の攻撃を受けたときの反撃だけ。日常的には無抵抗の市民を銃で脅しつけて食料や物資を奪う山賊のような日々。支持者も、匿う家族や知人もいるが、それも治安部隊の弾圧で消耗し続けて殺害されたりもう協力できないと言い渡されたりしていきます。
 勝利の展望も未来への希望もなく、大義のためのはずが市民から略奪を続けることで生きながらえ、家族や支持者にも多大な犠牲を強いて生きのびる戦士たちの姿はあまりにも哀れでむなしい。一体何のために闘争/逃走を続けているのかと問いかけざるを得ません。そのことで、正義とは大義とは何か、戦争とは何かを考えざるを得ないのですが、それにしても、正義を掲げて闘う側をここまで報われない救われない描き方をされるのにはちょっと読んでいてあんまりだなと思いました。
 文章は詩的な言い回しが多く、翻訳も苦労した様子ですが、日本語としてはスッと落ちない表現が多く、読みづらく思えました。


原題:LUNA DE LOBOS
フリオ・リャマサーレス 訳:木村榮一
ヴィレッジブックス 2007年12月15日発行 (原書は1985年)
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きみを想う夜空に

2008-01-23 21:42:08 | 小説
 実直だが無口でコインのこと以外興味を示さない父親との2人暮らしに飽きて、不良仲間とつきあい大学に行かずに陸軍に入隊しドイツに駐留する青年が、休暇中に故郷で巡り会った女子大生とたちまちに恋に落ち、遠距離恋愛する青春恋愛小説。
 主人公は女性関係もいい加減で粗暴で荒んでいたにもかかわらず、女子大生が主人公を正直で優しい人だと評価してすぐに好きになるという設定が、どうもしっくり来ないんですが、そこを乗り越えれば、遠距離純愛物語として波に乗れます。それにアスペルガー症候群と示唆される社会不適応だがまじめで子育てには誠実に当たってきた父と、高校時代はその父を不愉快に思い離れていた主人公が父の生き方への共感を深めていき関係を確認していく親子物語の流れがかぶさって行きます。ストーリーの進展に従い、最初はただの不良上がりの粗暴な青年だった主人公が成長していく様が読ませどころになっています。
 最後は、素直な性格の読み手なら感動、斜に構えた読み手ならきれいごとに過ぎるんじゃないと感じるかと思いますし、まあこういう展開ならそう書くしかないなとも思いますが、それでもうまく収めています。


原題:Dear John
ニコラス・スパークス 訳:雨沢泰
エクスナレッジ 2007年12月3日 (原書は2006年)
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最後の陪審員(上下)

2008-01-20 07:55:09 | 小説
 リーガル・サスペンスを離れて社会派作家になった感のあるグリシャムの、日本語版では久しぶりに法廷シーンのある作品(原書ではこれより先に出版されたThe King of Tortsが日本語版未出版のため)。
 ということで期待を込めて読みましたが、リーガル・サスペンスとしてはかなり中途半端。刑事事件の裁判そのものは比較的簡単に上巻だけで終わってしまいます。その後それと関係のないミシシッピ州の郡部社会のあれこれが延々と続き、かなり間延びした後に最後にまたサスペンス仕立てとなるものの、犯人は、まぁ私は予想を外しましたが、あぁやられたって感じでもないし、謎解きも特になく今ひとつスッキリしません。物語としてみても、殺人事件については遺族のその後もほったらかしだし、事件は主要なテーマではない感じです。地域の新聞社を買い取った青年記者の目から見た南部社会のあれこれ話と位置づけるべきでしょう。
 「解説」はグリシャムの集大成なんて書いています(下371頁)が、リーガル・サスペンスを離れた社会派作家としてのグリシャム好みの方向けと考えた方がいいと思います。
 黒人差別問題を中心に南部の社会問題を書き込んでいて、そういう面ではそこそこ読ませると思います。ただ、1970年代に舞台設定し、あえてすでに改正された法律をその改正前の前提で書いたりさらには現実の法を歪曲したり曲解してまで書いて問題提起する(その点は著者あとがきでそのように宣言されています:下366~367頁)という手法は、なぜ現在の問題ではなく過去の問題を論ずるのか、また問題提起の方法論としても疑問を感じます。


原題:The Last Juror
ジョン・グリシャム 訳:白石朗
新潮文庫 2008年1月1日発行
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私には夢がある M・L・キング説教・講演集

2008-01-19 14:14:35 | 人文・社会科学系
 アメリカの公民権運動(黒人差別撤廃運動)の指導者だったマーティン・ルーサー・キングJr牧師の演説集です。原書のタイトルにもあるように、運動の重要な節目となる段階での演説をまとめたもの。モンゴメリーで黒人が白人に席を譲らなかったために逮捕された事件を機に開始されたバスボイコット運動を呼びかける1955年12月5日の集会でのいわばキング牧師の公民権運動のデビューを飾った演説からキング牧師が暗殺される前夜の1968年4月3日の演説まで11の演説が収録されています。
 非暴力抵抗運動を指導し、暴力をふるう白人に対しても怨んではいけない、暴力で報復しようとしてはいけない、敵を愛せよと語ることは、そしてそれを聴衆に納得させることは、理念的にはともかく現実には厳しい。それを現実に行い、10年以上も続けたキング牧師の力量には感嘆します。
 現実の辛さに耐えることだけを説いても聴衆は納得できません。日本語タイトルにある、「私には夢がある」で有名なリンカーン記念堂での1963年8月28日の演説でキング牧師は、すべての人は平等につくられというアメリカ独立宣言が真の意味で実現する社会を、黒人と白人が仲良く共存できる社会を、子どもたちが肌の色ではなく人格で評価される未来を、私にはそういう夢があると語っています(103~105頁)。厳しい現実の中で、正しく闘えば勝ち取れる信念を持って夢を語れることが、キング牧師の指導者としてのすばらしさだったのだと納得します。
 そして、非暴力抵抗運動が必ず迎える危機、非道な暴力により仲間が死傷した際、いきり立つ聴衆の前で語るキング牧師の姿には、その胸中を察すれば胸が痛み、また状況と結果を見ればその巧さに舌を巻きます。
 クー・クラックス・クランにより礼拝中の教会が爆破されて4人の少女が殺害されたその告別式での演説では、少女たちを殉教者とし、流された無垢の血がこの暗闇に満ちた街に新しい光をもたらす贖いの力となり、またそうしなければならないことを語り、死は人生のピリオドではなく人生をさらに高次の意義あるものに高めるためのコンマであるとしています(113~117頁)。言っていることは、この死を無駄にするな、屍を乗り越えて闘えということなのですが、こういう場面は牧師であり聴衆にも宗教的な背景があるからこその説得力なのだと思います。この場面ですら暴力をもって報復したいという願いを抱いてはならない、私たちは白人の兄弟に対する信頼を失ってはならない、判断を誤った白人たちもいつかきっとあらゆる人間が持つ尊厳や価値を知ることができるようになるという確信を持つべきだ(115頁)と語り、それで聴衆の反感を買わないということの偉大さは特筆すべきことに思えます。
 投票権運動のデモ隊がセルマで警官隊に虐殺された血の日曜日事件(1965年3月7日)を受けて、全国の宗教指導者をセルマに集めセルマからモンゴメリーまで1万人以上の人々のデモ(セルマの大行進)を組織し、モンゴメリーの集会議事堂前で行った演説では、モンゴメリーのバスボイコット運動以来の公民権運動の進展の歴史を思い起こさせ大いなる歩みを語り、ひるまず前進し続けようと語っています。夢の実現を、その日はいつ来るのかと皆さんが問うているのはよくわかると語り、もうすぐだと繰り返し、聴衆と唱和して終わっています(149~151頁)。これは、その場の感動を呼びますが、その後が怖い手法でもありますが・・・
 非暴力抵抗運動が紹介されるとき、「非暴力」の方に力点が置かれがちですが、決して言論だけということでも力を行使しないわけでもありません。黒人に対する雇用差別をする企業に対しては、積極的に不買運動で圧力をかけて、黒人の雇用や黒人の経営する金融機関への預金、黒人の新聞への広告掲載等を勝ち取り、黒人社会の経済力の拡大を図っています。それをキング牧師は「愛なき力は向こう見ずで乱用を招き、力なき愛はセンチメンタルで貧血症的である」(206頁)と語っています。弱い者が団結によって強い者と対等に交渉することを嫌う古典的自由主義(結局は強い者が自由に弱肉強食をすることを許す)の強いアメリカでこのような運動は大変だったと思います。しかし、観念的理念的な非暴力主義ではなく、政治的現実的な力関係を踏まえた非暴力主義だからこそ現実を変える力となり得たわけですし、私はそこにこそキング牧師の、またガンジーの偉大さを感じるのです。


原題:A CALL TO CONSCIENCE : The Landmark Speeches of Dr.Martin Luther King,Jr
クレイボーン・カーソン、クリス・シェパード編 梶原寿監訳
新教出版社 2003年6月30日発行 (原書は2001年)
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ニュートン別冊 イオンと元素

2008-01-15 07:08:59 | 自然科学・工学系
 科学雑誌Newtonの別冊ムックサイエンステキストシリーズの化学シリーズ第2弾だそうです。イオンと元素:原子の構造とか周期表、イオンの仕組み、電池、生体でのイオンの役割(神経での信号伝達とか消化)、炎色反応やイオン交換樹脂の利用、元素の誕生などを説明しています。
 前半のイオン関係はおおかた中学・高校前半くらいの内容ですが、グラフィックが充実していてわかりやすくできています。
 アルカリ性食品が体によいというのはやはり科学的根拠はなかったんですね(69頁)。
 水に何かを溶かすと凝固点が下がる凝固点降下の仕組みはまだ完全に説明できない(26頁)とか鉄より重い元素の合成については現在のところはっきりとはわかっていない(116頁)とか、こんなことがまだわかっていないということが新鮮に思えました。
 後半の元素の誕生のビッグバン宇宙論の話は何度聞いてもピンと来ないのですが、中性子と陽子の核力がもう10%ほど弱かったら今の宇宙はなかった(118頁)とか、陽子と中性子の重さが(現実には陽子が中性子よりも0.14%軽い)同じだったり中性子の方が軽かったら今の宇宙はなかった(128~131頁)とかいう話を読むと、なんとなく宇宙の神秘にありがたみを感じます。


岩澤康裕、桜井弘監修 ニュートンプレス 2007年12月10日発行
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したたかな生命

2008-01-14 09:39:36 | 自然科学・工学系
 生物をシステムとして捉えてそれが環境の変動に対応して機能を維持していく仕組みを論じた本。
 生物だけでなくシステム一般の話も書かれています。
 すべての事柄に対して強いシステムは実現できないので、特定の環境に対して最適化すると想定外の環境では非常に困難なことになるという指摘は、なるほどなぁと思います。例えばF1レースカーは豪雨の中で低速走行するとハイドロプレーニング現象を起こしやすく制御できないとか、材料をアメリカ産ショートプレートに特化した吉野家はそのリスクをとったから圧倒的に競争力があるがアメリカでのBSEによる牛肉の輸入禁止が弱点だったとか。
 生活習慣病の糖尿病は飢餓状態で低血糖によって神経細胞と免疫系がやられることを防ぐために人類が獲得したインスリン抵抗性等の機能が運動不足で過栄養という人類史上希有な現在の生活習慣の下では脆弱性となって病気を引き起こしている(109~113頁)とか、癌がマクロファージなどの自然免疫系をハイジャックして進行している(だからAIDS患者の乳癌や前立腺癌の発症率は相対的に低い)(210~212頁)とかの仮説は興味深く読みました。
 システムを強化するための冗長性(故障に備えて同じもの/予備を多数用意しておく)、多様性(設計ミスに備えて他種類のものを備えておく)、モジュール化(1つの故障が全体に波及しないようにある程度で1単位としておく)等の戦略の話もおもしろいのですが、それよりも最適化とは何か、「最適化」が望ましいのかといったことを考えさせられました。


北野宏明、竹内薫 ダイヤモンド社 2007年11月15日発行
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