伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

罪責の神々 上下

2018-04-21 15:40:19 | 小説
 リンカーン弁護士シリーズの第5作。
 第4作(邦題「証言拒否」)で地区検事長選挙に敗れて1年後、再び事務所を持たずリンカーンの後部座席で執務するという初期のスタイルに戻った(もっとも、第4作で雇った勤務弁護士、元妻のケースマネージャー、その夫の調査員らとのスタッフミーティングのため依頼者所有の空きビルを使うという妥協が図られていますが)敏腕弁護士マイクル・ハラーが、第1作で登場した依頼者の娼婦グロリア・デイトンが殺害された事件で、無実を主張する被疑者の弁護を引き受け、無罪獲得に向けて奔走するというお話です。
 第3作と第4作で体制寄り権力寄りの匂いがするようになっていたのが、第1作・第2作の違法すれすれの手段を使いながら勝つちょい悪弁護士の線に復帰した感じです。
 ハラーのような敏腕弁護士が、事務所の経営に困り、事件を求めて留置場で名刺をばらまくという設定は、第4作からの流れですが、同業者としては身につまされます。
 このシリーズでは、第1作からこの作品に至るまで、すべての作品で法廷シーンが中心となり、裁判官・検察官との駆け引き、証人尋問がかなりの紙幅を費やして描かれています。法廷シーンを中心としたリーガル・サスペンスをこれだけ書き続けられるのは、希有の才能と思われます。弁護士の目から見ても、アメリカの法廷での実務にフィットしているのかは私にはわかりませんが、証人尋問の際に手持ち材料を見ながらこの証人にどこまで踏み込むかどこで見切るかの描写、そこでの弁護士の思惑と困惑と判断が、実に読み応えがあります。
 上巻116ページで、被害者の娼婦の本名(グロリア・デイトン)を知らないはず(上巻67ページで本名かどうかは知らないが「ジゼル・デリンジャー」という名前しか知らないと言っていますし、上巻121ページでは書類に書かれた名前を見て「グロリア・デイトンってだれだ?」と言ってハラーに「それがジゼルだ。本名がグロリア・デイトンなんだ。」と言われています)の被疑者が、3度にわたり被害者を「グロリア」と呼んでいます。被疑者が隠し事をしていて、何かの伏線になっているのか、しかし敏腕弁護士のマイクル・ハラーがそれに気がついて追及しないのは何故だ?と気になりながら読みましたが、最後までそこには焦点は当たりません。単純ミスのようです。こういうところは興ざめしてしまいます。


原題:THE GODS OF GUILT
マイクル・コナリー 訳:古沢嘉通 
講談社文庫 2017年10月13日発行(原書は2013年)
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美しい距離

2018-03-21 22:58:44 | 小説
 末期癌の妻の病床に通う夫の目から、病床の妻、そして妻の母、妻の仕事上の関係者、病院のスタッフ、自分の会社の関係者との間での立ち位置、感情、相手の立場への理解と譲歩、いらだちといらだってしまったことへの後悔、末期癌患者と家族への世間の視線やステレオタイプの反応への違和感等を綴った小説。
 当事者の様々な思いへの作者の繊細な感性に驚きと共感を覚えました。
 病床の妻の爪が伸びているのを見て切ってあげたいと思っていたのだけどなかなか言い出せずにいて、「勇気を振り絞って」爪を切ってあげようかと言い「うん、頼むわ」と言われて、妻の爪を切るシーン。「ぎょっとするほど楽しい。この愉悦は何だろう。好きな人の爪を切るというのは、こんなにも面白いことだったのか。」(61ページ)・・・介護をしている人からは、そんな甘いもんじゃないという苦言・怨嗟の念が聞こえてきそうでもありますが、しかし、こういう思い、わかるような気がするし、そう思える関係でいたいと思う。
 状況の変化により、その思いや立ち位置も変化していく様子も描かれ、いろいろに考えさせられるところがあり、しかし後味の悪さを残さない、珠玉の小品という感じでした。


山崎ナオコーラ 文藝春秋 2016年7月10日発行
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中国労働法事件ファイル

2018-02-28 19:16:51 | 実用書・ビジネス書
 中国での労働事件の裁判事例を元に、中国の労働法の内容とその実務を解説する本。
 使用者側弁護士の手になるものですが、使用者側の利害をギラつかせず、淡々と書かれているように思えます(中国の労働法、私はまったく知らないので、どの程度公平に紹介されているのかまではわかりませんけど)。
 紹介されている内容によれば、中国では、労働契約書を作成しないまま雇用すると、1か月経過後は賃金を2倍支払わなければならない(契約書作成義務を履行しないことへの制裁。日本の労働基準法になぞらえれば、残業代や解雇予告手当の不払いに対する付加金のようなものでしょうか)、1年経過しても労働契約書が作成されない場合は無期雇用(期間の定めのない労働契約:日本ではいわゆる正社員)と見なされ、有期契約を更新すると無期契約になり(基本的に1回更新で。上海では2回更新で初めて無期になると解釈運用してるとか)、派遣労働者については派遣先労働者(正社員)と同一労働・同一賃金が適用されるとのこと。非正規雇用に対する法のあり方を考える上で、参考になります。私傷病の場合の休職制度が法律上定められていて(日本では法規制なし、休職制度を作るかどうかも使用者の自由)、有期契約の場合も休職期間(それと別に産前産後・育児休業期間も)中に雇用期間の末日が到来するときは雇用期間が延長され、しかも休職期間は使用者が一定割合の賃金を支払い続ける必要がある(日本では賃金を支払うかどうかも使用者の自由で大半の企業は支払わない)、休職期間満了時に業務に堪えない場合でも使用者が別途手配した他の業務もできない場合でないと解雇できない(日本では、規定がなく裁判所の判例で補われている部分)というのも、労働者保護あるいは労働者への福利厚生の考え方について考えさせられます。
 残業は、労働者及び労働組合と協議をした上で、原則として1日1時間まで、特別な原因により必要なときでも1日あたり3時間まで、1か月あたり36時間までしか認められない(割増賃金は時間外150%、休日200%、法定祝日300%だとか)そうです。「働き方改革」と称して長時間労働を抑制するなどと言いながら、残業制限のラインは月100時間(未満)とゆるゆる(というか、過労死ライン)の上、残業代不払いで働かせ放題となる「裁量労働制」「高度プロフェッショナル」なんとやらを拡大しようと画策している此方の政府のありようと比べると頭がクラクラします。
 解雇は法律で定めた事由がないとできず、労働者に責任がある一定の事由(試用期間中に採用条件を満たしていないことが証明された場合、使用者の規則制度に著しく違反した場合、著しい職務怠慢・不正行為により使用者に重大な損害を与えた場合、労働者が同時に他の使用者との労働関係を確立し本使用者の業務任務の完成に甚だしい影響を与えたかまたは使用者が指摘しても是正を拒否した場合、詐欺・脅迫の手段または危機に乗じて真意に背く状況下において使用者に労働契約を締結または変更させ労働契約が無効とされた場合、法により刑事責任を追及された場合)による解雇以外の解雇や雇い止め、退職勧奨による合意退職、使用者側の責任がある自由による労働者側からの退職に際して、使用者は経済補償金(勤続1年あたり賃金1か月分。最大12か月分)を支払わなければならず、解雇が違法の場合経済補償金は2倍になるのそうです。言ってみれば退職金が、日本と異なり(日本は退職金制度を作るかどうか自体使用者の自由)法律上義務づけられていて、違法解雇の場合はそれが倍になるということです。
 使用者が、退職した労働者に対して競業避止義務(同業他社に就職しない)を課す場合、それができる労働者が限定され、期間が最大2年と制限されている上、使用者はその期間中賃金の30%をめどとする補償金を支払う義務があるというのも、1つのあり方として興味深く思えます。
 外国の法制度は、私のような国内専業の弁護士にとって直接には業務に関係なく勉強する機会もないのですが、日本の現行制度が唯一のまた動かしがたい制度ではないことを再認識させてくれ、こういう本の読書はよい刺激になります。


五十嵐充、包香玉 日本法令 2017年10月10日発行
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わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

2018-02-27 02:05:17 | 小説
 三十路を迎えた藤島知世が、業務上知り合った年配バツイチでHIV感染者のWEB制作者椎名と、戸惑いながら恋に落ちる様子を、知世の女友達3人組、そりが合わない妹などを交えながら綴る短編連作小説。
 最初の方、雑誌連載らしく説明がダブルのを、単行本にするとき直さないかなぁと感じつつ、あくまでも知世側から見る椎名の年下女性に対するもの+HIVを抱えた引け目と困惑を抱えながらの大人ぶり・包容力を心地よく味わいながら、知世の心がほどけてゆく様に引き込まれていくところ、やはり巧いと思う。HIV感染者の現実がそうなのかは、よくわからないけれど。
 「大人になるって、この人を好きになるとは思わなかったっていう恋愛が始まることかもしれない。」という3編目「雨の映画館、焼き鳥、手をつなぐ」の書き出し(24ページ)、地味に夢を持たせてくれて、いい感じ。「世界が暮れなずむ。なぜか、絶望みたいだ、と思った。なにも欠けたものがない。ゆるぎなく、無理もなく、満たされて、だけど私たちは確実にいつか死んでいく。それを自然と想像できるくらいに幸福だと気づき、希望とはなにか足りないときに抱くものなのだと悟った。暖かな胸の中で、純度の高い絶望が揺れていた。」という最終編での記述(230ページ)は、あまりに観念的でついて行けないけれど。


島本理生 幻冬舎 2017年6月10日発行
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裁判の原点 社会を動かす法学入門

2018-02-26 19:41:10 | 人文・社会科学系
 「裁判は正義の実現手段ではない」という挑発的な(目立ちたがりの)テーゼを掲げ、裁判の現実の姿は一般人が認識しているところとは違うと指摘し、裁判に(本来は)何を期待すべきなのか、「裁判が本来そのようなものであることを予定されている姿、いわば裁判の原点を確認する」と主張する本。
 裁判の現実が一般の方が認識しているものと違うということは、私自身もサイトであれこれ論じているのですが、そういう指摘は、裁判の実情をきちんと認識してそれを伝えること、そのことに責任感を持って行うことが、前提となると思います。
 この本は、端的に言えば、議員定数訴訟を始めいわゆる政策形成訴訟など自己満足だと、人権派・社会派弁護士などを揶揄し貶め、そういった裁判で国の政策を違法とする判決を書く裁判所に対しては、選挙で選ばれた民主的基盤を持つ政権(内閣と国会)が、特に最近は立法も迅速に対応してよくやっているのだから、民主的基盤もない実力不足の司法がそれを妨害するな、と現政権に都合のいい主張をすることを目的として、それに合わせた事例を並べて「論」を構成したものと、私には見えます。
 「日本の裁判所は消極的ではない」と論じている部分(第2章)。通常、司法消極主義・積極主義は政治権力との緊張関係で論じられるもので、過払い金返還請求(利息制限法の条文の事実上の無効化)や解雇権濫用、中古ゲーム転売と著作権で、法律の明文規定と異なったり明文規定がないところに新たな基準を作るような判例法理を展開しても、それ故に司法消極主義じゃないなんて議論は、議論のはぐらかし、素人相手の目くらまし、言葉の遊び、を超えた意味があるとは思えません。
 そういう議論をするのにも、そもそもこの法学者は、労働法を理解して論じているのか、とても心許ない。この本を読んでいると、解雇権濫用法理は整理解雇(経営不振を理由とする解雇)についてのみの法理のようにさえ見えます(47ページ)。整理解雇の要件をめぐる議論と判例法理は、解雇権濫用の法理のごく一部に過ぎず、整理解雇以外の普通解雇や懲戒解雇にも解雇権濫用法理は、当然適用されます。また利息制限法の適用でも、返済によって残元金の額が減少すると制限利率が上昇する(50ページ)という、裁判実務ではあり得ない「解説」をしています。実務を知らないんだか、一部の強欲で無謀な主張をし続ける消費者金融に賛同しているんだか(52~55ページの書きぶりでは、過払い金の返還請求を認めた最高裁判決後、消費者金融に有利なように一定の条件を満たせば利息制限法を超える高利をとれるよう法改正した与党・国会ではなく、その改正法を再度骨抜きにする判決を出した裁判所の方に批判的ですから、著者は消費者金融・高利貸しに有利な法解釈がお好きなのかもしれません)わかりませんが、これははっきり間違いです。
 一般人が認識していない裁判の制約として、著者は、「民事裁判においてはこの制約はより厳格で、あくまで当事者の主張を、当事者が提出した証拠に基づいて・判断しなくてはなりません(当事者主義)。仮に一方当事者の提出した証拠が捏造されたものだということを裁判官個人が偶然知っていたとしても、他方当事者がその旨を主張しない限り、それを判断の根拠に含めてはいけないのです。」(37ページ)と述べています。こういうところは目について売り文句になりやすいようで、読売新聞の書評(2018年2月19日)もその部分を(言葉は少し変えて)採り上げています。弁護士の目には、「えっ、いくらなんでも」と映ります。理論的にいっても、弁論主義・処分権主義で当事者が主張しない限り認定できないのは「主要事実」(法律の適用の要件となるような事実:例えばこういう内容の契約をしたとか)であって、ここで挙げられている証拠の信用性についての評価は対象となりません。主張されている事実を認定できるかどうかの部分では「自由心証主義」が当てはまり(民事訴訟法247条)、証拠評価(捏造された証拠で信用できない)は当事者の主張に拘束されない上、判決でも特定の証拠が信用できない理由を示す必要もないので、著者が示すような場合に、捏造された(とわかる)証拠を排斥するのに実務上何の障害もありません。それなのに何かそういうことがあると裁判所は正しい判断ができないかのような一般読者に誤解を与える書きぶりを、「法学者」というプロに見える肩書きでされると、たいへん困惑します(迷惑です)。


大屋雄裕 河出ブックス 2018年1月30日発行
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クスリを飲まずに、血圧を下げる方法

2017-11-14 01:12:31 | 実用書・ビジネス書
 患者が勝手な判断で薬をやめてはいけない、あくまでも医師と相談しながら薬を減らせという前提の下で、減塩と運動で高血圧を改善しようと論じる本。
 血圧についても、減塩についても、一般に言われているよりも厳しいライン(高い目標)を要求していて、著者の言うとおりにしたり、それで医者の手から逃れるのは厳しい印象です。人間ドック学会が高血圧の判断基準値を上げた(高血圧と評価される人を減らした)のを厳しく批判し(114~115ページ)、第5章(102ページ~)では、高血圧の恐ろしさをこれでもかこれでもかと書き立てています。医学界の基準ではたいていの人が何か不健康な要素を抱えている(医者に行けって言われている)ように思えてしまいますが、それがより高じた感じです。「私にいわせれば、血圧を測らない人は『人生を捨てているようなもの』です」(30ページ)って、そこまで言うか?
 生活習慣で、正座が血圧を上げる、和式便所も同じ(78~81ページ)というのは、意外でした。「ご自宅のリフォームを考えるなら、まずトイレを洋式にしましょう」(81ページ)って、医者に言われるか・・・ふくらはぎは下肢の静脈を圧迫してポンプのように血液を心臓に送り出す役割を持っているのでふくらはぎを刺激すると血圧を下げることができるそうです(97~99ページ)。そういうところは、へ~って感心しましたが。


渡辺尚彦 健康人新書(廣済堂出版) 2016年4月27日発行
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講座労働法の再生3 労働条件論の課題

2017-11-12 20:15:53 | 人文・社会科学系
 日本労働法学会が労働法学の理論的到達点を示すとして出版した「講座」シリーズ(「労働法講座」1956~1959年、「新労働法講座」1966~1967年、「現代労働法講座」1980~1985年、「講座21世紀の労働法」2000年)の第5弾「講座労働法の再生」の第3巻。「賃金」「労働時間」「労災」の3分野13本の論文で構成されています。
 学者の分担執筆で、それぞれの関心に応じて、専ら政策論・立法論を語るもの、裁判例を分析して実務の現状を語るもの、その論や裁判例のリサーチ・分析の精度も様々です。
 どちらかというと学者さんが書いたもの、それも分担執筆のものは弁護士の実務にあまり役立たないし、読み物としても今ひとつと思って避けてきたのですが、現在、私が最終編集責任者の第二東京弁護士会労働問題委員会編の「労働事件ハンドブック」の3年ぶりの全面改訂作業中なので、新しい本でもあり視点を変えてヒントを得ようと読んでみましたところ、特に第4章の「企業年金」と第8章の「多元的な労働時間規制」(変形労働時間制等)で、私自身が現実の裁判では経験していない問題について多数の裁判例がありそれが分析・整理されていて、刺激になりました(ハンドブックの編集で参考にさせてもらいました)。
 学者さんの論文も、あまり食わず嫌いしないで読もうかなと、思えました。まぁ業界人以外にはハードルが高いかなと思いますが。


日本労働法学会編 日本評論社 2017年6月10日発行
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貧困のハローワーク

2017-11-07 07:31:12 | ノンフィクション
 各種の非正規労働者やブラック企業の正社員、フリーター、ホームレス、生活保護受給者16名と著者の短期アルバイト経験を合わせ、現代日本のワーキングプアと無職者の生活状況をレポートした本。
 安倍政権のいう「求人増」が、不安定・肉体労働の求人増と正社員・事務系の求人はほとんどなくあっても中高年の就職は無理という実情が、悲しいほどわかります。
 使用者側がひどい労働条件を押しつけ労働者を使い捨て状態で酷使している現状に慄然とします。今よりもさらに使用者側がやり放題にすることができる法改正の提案が目白押しで、それを推進する政党の国会議員が衆議院で8割を占めている現状が、いかに恐ろしいことかを改めて感じます。
 「風俗があったからわたしも子どもも生き延びてこられたのは事実ですよ」(35ページ)、労働基準法無視、暴力も頻繁の風俗業界(男性)についても「こういう仕事で助けられたという人が多いのは事実だ」(127ページ)、ホームレスを囲い込んで生活保護を受給させ保護費の大半をむしり取る貧困ビジネスについて「こうした業者がホームレスの人たちの生活改善につながっているという側面も否定できない」(203ページ)などというのは、この国のセーフティネットの欠落・欠陥、まさしく政治・社会保障の貧困を痛感させるところですが、そういう主張を含む本ではないようです。
 この本の中で、借金を抱えた人の話が出ると、「頼ったのは法テラスで、そこで自己破産と免責の申し立てをするように指導された。そうは言っても費用が掛かる。40万円と言われましたね。(略)大学時代の友人のお兄さんが弁護士だった(略)分割で引き受けてくれまして」(43ページ)って・・・いや、「遊興費や賭け事で作った借金ではない」(43ページ)で資産がなかったら破産手続は同時廃止手続で済み費用は裁判所に納める官報公告費が1万0584円と法テラス利用の場合弁護士費用(官報公告費以外の実費込み)が15万2600円(借りた相手がとても多いときは増額になりますがこの人は債権者6社(42ページ)なのでこの金額)を(法テラス利用なら弁護士がだれであっても)月5000円~1万円の分割払いなんですけど。それから申立から自己破産の決定と免責の許可が出るのは4~6か月後(43ページ)とされていますけど、この人の現住所は東京都練馬区(36ページ)ですから管轄は東京地裁で、東京地裁では同時廃止の事件の破産手続開始決定は申し立てたその日、免責決定は2か月後ですけど。「遊興費や賭け事で作った借金」だったり20万円以上の資産があったりして破産管財人がつく手続なら、管財人への「引継予納金」20万円が追加になり、その引継予納金が一括納付できないときは債権者集会や免責決定が4か月後になりますが。そういう情報は、きちんと調べて正確に書いて欲しいなぁと思います。こういうのを読んで自己破産も無理って誤解してさらに悲惨な状況に陥る人が出ないために。


増田明利 彩図社 2016年10月12日発行
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口述労働組合法入門

2017-11-05 23:12:19 | 実用書・ビジネス書
 日本鋼管(現JFEスチール)の労務担当としてもっぱら会社の利益を代表して労働組合と対応し、特定社会保険労務士となっている著者が、使用者側の立場で労働組合法について解説した本。
 労働組合法の解説に関しては多くの部分ではオーソドックスな説明ですし、紹介している判例も一般によく知られているものを使用者側に不利なものも紹介してバランスを取っています(労働組合に加入していない/除名されたとか脱退した労働者を会社は解雇するという「ユニオン・ショップ協定」が別の労働組合に加入した者や自ら新たな労働組合を結成した者に対して解雇義務を定める部分は無効とした判例として三井倉庫港運事件・最高裁1989年12月14日第一小法廷判決を紹介している(69~70頁)こと自体は、オーソドックスなものですが、著者の立場を考えると、その7日後に最高裁が同じ判断を示した日本鋼管事件の判決に触れないのはどうかなと思いますけど。労使協調の第一組合と方針が違うとして総評系の組合に移籍した労働者を日本鋼管が労使協調の労働組合とのユニオン・ショップ協定を理由に解雇したが、それが無効とされたという事件には触れたくないということなんでしょうね)。
 しかし、説明の中でも、また挟まれている「労務屋の横道」というコラムでも、度々戦闘的な労働組合を批判し、労働者のためにもならないとこき下ろし、労使協調の労働組合を高く評価している下りが目につきます。著者は、労使協調路線の労働組合との対応の経験で、「労働組合のことを思って労働組合の役員の方に諸々アドバイス」してきたが「専ら、よりよき労働組合になってもらいたい、立派な労働組合の役員になってもらいたいという気持ちから」で「組合を誹謗中傷する意思も組合弱体化を意図したことも一切ありません」として、「皆さん、こういう労使関係は労働組合法違反でしょうか?」と問いかけています(250ページ)。経営者側は、いつもそう言うんですよね。著者はそのすぐ前に、「家族経営でうまくいっている」と考えるワンマン経営者について「でも、そのように思われているのは、社長さん、あなただけではないですかといいたくなることもあります」と釘を刺している(243ページ)のですけど、人間、自分のことは見えなくなるものですね。
 労働法の体系上、多数派労働組合と労働協約を締結すればそれによって労働条件を切り下げることができます。その労働組合が労働者の4分の3以上を組織していれば、非組合員に対してもその労働条件切り下げが適用できます。使用者からすれば労使協調の闘わない労働組合を育成し手名付けることができれば、労働条件の切り下げもやり放題です。労働者にとっては使用者の言いなりになる労働組合はむしろ敵とさえ言えます。近年、使用者側で、労働法のこういった点を利用し、使用者に対して、労働組合を敵視するのではなく、うまく利用しようと呼びかけるものが増えています。この本もそういう立場から書かれています。著者が度々労使自治の尊重をいうのも、労使協調路線の労働組合が権利を放棄して使用者にすり寄るのを規制して無効というのはけしからんということに尽きます。
 「はじめに」で「労働組合頑張れとエールを送りたい」(2ページ)などと、労務屋に見くびられていることが、この国の労使関係の現状をよく反映していると言えるでしょう。


小西義博 公益財団法人日本生産性本部生産性労働情報センター 2017年5月31日発行
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リアリズム・チャレンジ 紙切れ1枚からはじめる写実への挑戦

2017-10-25 02:04:40 | 趣味の本・暇つぶし本
 折り目としわのある紙、2つに切ったマッシュルーム、ちぎったトランプを精密に描写するコマ抜き動画をYouTubeにアップして話題になったイラストレーターが、6つのテーマ(陰影を描き分ける、色を加える、複雑な表面、透明な物、金属の表面、工業製品)合計30点の写実画を描き、その過程を解説した本。
 著者は、すべて透明水彩絵の具と色鉛筆、ガッシュ(不透明水彩絵の具)の白で写実画を描き、原則として、鉛筆で輪郭を精密に描いて、透明水彩絵の具でベースカラーを塗り、薄く明るい色から少しずつ濃く暗い色へと水彩絵の具・筆で可能な範囲を描き込み、細部は色鉛筆で描き込んで行き、最後にガッシュの白でハイライト(最も明るい部分、光っている部分)を入れるという手順を取っています。その過程を見せながら、水彩絵の具では薄めて塗り乾かすと自動的に輪郭が濃く描かれることや、影とハイライトで絵のリアリティが劇的に変化することを実感させています。
 透明なものや光るものの描かれる過程を見ていると、自分もやってみたいなぁという気持ちが生まれますが、しかしものすごく根気のいる作業だろうなぁとも思います。いつかたっぷり時間ができたら・・・と思うと、いつまでもできないんですよね (^^;)
 著者の作品のほとんどで、対象物はかなり写真に近く仕上がっているのに、影は「面」にし切らずに「線」を残しています。たぶん、やろうと思えば、写真とほぼ同じ「面」の影にできるのでしょうけれど、そうしてしまうと写真と変わらなくなってしまうので、あえて影を完全にしないことで、これは絵なんだとわからせようとしているのでしょうね。


原題:The Realism Challenge Drawing and Painting Secrets from a Modern Master of Hyperrealism
マーク・クリリー 訳:森屋利夫
マール社 2017年7月20日発行 (原書は2015年)
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