伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

自分広報力

2023-10-31 22:16:48 | 実用書・ビジネス書
 会社などの組織の中で評価されていないと感じている人が、周囲に認められながら自分の価値を発揮して着実に評価を上げるために、周囲のメンバーが抱える課題・関心事や困りごとに自分の知識やスキルを活かせるようなテーマを見出して自己の立ち位置(ポジショニング)を固め、相手に意図した評価や行動をとらせるような働きかけを考え(メッセージ思考)、多くの人の共感を得る志・大義(アスピレーション)を持とうと論じた本。
 著者は、読者に「自分株式会社」のCEOとして自分を売り込む方法を考えようというのですが、それは組織の一員として動きまた動こうとしている読者を想定し、組織の中での売り込み方を論じているもので、この本の大半は組織内での泳ぎ方に関するものです。私のような自営業者がどのような発信をすべきかという点では、ごく一部に企業が顧客/世間に向けて発信するときのことが書かれているだけで、それは成功した大企業の事例である上に、ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)やホリエモンだったりするので私の好み・信条上そこから学ぶ意欲が湧きません。
 自分が言いたいことを言うのが発信力・広報力ではない、相手が困っていること、求めていることを探り、相手が自分の話をどう評価しどう受け取るか、さらにどう行動するかを考え、相手に話を聞かせ自分の提案を受け容れさせるやり方を見出して実行しろというメッセージは、肝に銘じておきたいと思いますが。


金山亮 イースト・プレス 2023年2月20日発行
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ガンディーの真実 非暴力思想とは何か

2023-10-29 20:52:29 | 人文・社会科学系
 ガンディー(モハンダス・カラムチャンド・ガンディー)の青年期からの日常生活における食(菜食主義)、衣服(伝統的な衣装・スーツ→クルタ・腰布)、性(禁欲)、宗教、家族関係(長男との対立、妻との関係)について検討し、それらとガンディーの集団的不服従運動や非暴力思想の関係を論じた本。
 著者は、ガンディーの54年の政治的生涯のうちドラマティックな抗議行動が行われていた期間は合わせて4年に満たなかったと強調し(60ページ)、それ以外の期間は何をしていたのだろうかと問いかけ(52ページなど)、目立たない日常の諸実践が大規模な集団的不服従運動を成功に導くための欠かせない重要な自己修練だったと述べています(61ページ)。
 しかし、著者の分析も、ガンディー自身の文章や他の者の文章等に表れたガンディーの長い人生のいくつかの局面での言動を捉えてのもので全体を通じた分析と言える保証もなく、その日常的な実践に常人には理解しがたい点や不快に思える点があるとか一貫しているとか矛盾しているということにどれほどの意味があるのか、長男との関係がうまくいかなければ、妻が複雑な思いを持っていれば(それも最近発見された妻の日記でガンディーが釈放された日の記載に、会えて喜んだと書かれているが、同時に「泣かなかった」「とても弱っているように見えたが」と書かれていることが根拠とされている:244~249ページ)ガンディーの「非暴力思想」の評価を下げるべきなのか、私は疑問を持ちます。
 ガンディーも人間として限界があり過ちを犯したり判断を誤ることは当然にあるし現実にあった、その判断も理論だけで行ったのではなく、理論的には一貫しなくても当時の情勢と条件の下で運動上の効果を検討評価して戦略的あるいは戦術的に行って来たはずで、それが功を奏した場面もあれば、うまくいかなかった場面もあるという、そのことをあるがままに見て評価しそこから学べばいいということだと思います。
 著者は「はじめに」で「読者にとって最もショッキングな事実は『平和の使徒』として有名なガンディーが生涯に四度も従軍していたことであろう」(18ページ)と述べています。ガンディーの従軍の事実は特段隠されているわけでもなくガンディー自身「自伝」で明記している、読者が「自伝」を読んでいれば知っていることです。こういった書き方がなされているのですから、「ガンディー研究を一新する新鋭の書!」(表紙カバー見返し)なら当然に従軍の事実と非暴力思想の関係を解明してくれるのかと期待したのですが、インド人がイギリスに忠誠心を示せばイギリスが南アフリカの人種差別撤廃に動いてくれると考えていた(142~143ページ)とし、公益のための奉仕であるが命がけの体験から個人的・私的な願望を充足させることと両立しないと考え、ブラフマチャリア(禁欲)の決断に至ったとか2度目の従軍活動(1906年)の後にイギリス政府に裏切られ不服従を思いつき演説した(142~146ページ)という以上のことは書かれていません。こと1906年のできごとに関しては動機なりきっかけとして説明できる部分もあるのでしょうけれども、理論的関係の説明・解明には至っていませんし、その後ガンディーが第1次世界大戦で従軍していることをどう考えるべきなのか何も語られていません。
 ガンディーについて、日常生活面を中心に新たな事実を知り、通常とは異なる視点の存在を知るという点で勉強になりましたが、サブタイトルと表紙カバー見返しの記載から持った期待にはあまり応えていただけなかったかなと思いました。


間永次郞 ちくま新書 2023年9月10日発行

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何が投票率を高めるのか

2023-10-27 11:38:45 | 人文・社会科学系
 投票所数の増減(投票日当日の投票所数は削減傾向、期日前投票の投票所数は増加傾向)、投票日の降雨や降雨(台風)予想、投票啓発活動(広告)、議員定数(不均衡)の是正、新政党の参入、女性議員の増加が投票率にどのように影響するかを検討し論じた本。
 投票所の増減では人口1万人あたり選挙当日投票所数が1つ減ると投票率が0.51ポイント下がり、人口10万人あたり期日前投票所数が1つ増えると投票率が0.16ポイント増える、悪天候が予想されても前もって投票する機会が確保されれば投票率は下がらない(2017年衆議院選挙投票日に台風が来ても投票率は下がらなかった)、投票啓発活動は著者のフィールド実験では効果を見出せなかった、1票の格差是正で都市部と地方の投票率の格差は縮小した、新政党の参入で投票率は上昇した、女性議員が増えると投票率は上昇するということが、統計データ等により確認できたとされています。
 著者の分析の多くはデータの統計処理に基づいていますが、例えば62ページの図(下図)は台風が上陸した2017年衆議院選挙投票日の午前午後の降雨量差からそうでない2014年衆議院選挙投票日の午前午後の降雨量差を差し引いたものを横軸に、2つの衆議院選挙の投票日午前投票率の差を縦軸にとったグラフですが、著者はこれを「2014年と比べて、2017年で午前午後の降雨量差が大きくなるほど午前投票率が上がっているという傾向が見られます」(61~62ページ)、「統計的に有意に0と異なります」(62ページ)としています。コンピュータのデータ処理はそうなのかもしれません(読者にとってはそれはブラックボックスです)が、このデータを右肩上がりの直線で代表させてほんとうにいいのでしょうか。直感的な物言いですが、私は、このデータから右肩上がりの傾向を見ることに疑問を持ちます。

 統計データによる論証は、それが具体的にどうなされているのか、きちんと論証されているのかが素人の読者には直接検証できません。この本の論証は、自ら立てた仮説が成り立つかのみに向けられ、別の仮説・反対仮説が成り立たないかは論じられていません。女性議員が増えると投票率が上がるかに関する仮説と論証は、当落ギリギリの議員のうち女性が当選したときと男性が当選したときを基準として評価していますが、そのような全体への影響が小さな事象を基準にその際の投票率の増減を女性議員が増えたときと扱って評価することがどれほどの正当性を有するのか私は疑問を持ちました。そして、著者の統計の使い方は問題によって異なっています。問題ごとに自分が好ましいと思う仮説の論証ができるやり方を選択しているということはないのでしょうか。議員定数の是正による都市部と地方の投票率格差の縮小は、著者の論証を見る限り、1票の価値が下がった地方で投票率が下がる(1票の価値が高くなった都市部の投票率は上がっていない)という形で実現していますが、著者はそこには注目しないままで格差が縮小されたことだけを指摘しているという姿勢を見ると、素人にはわからないところを著者がどれだけ誠実に対応しているのかについて、私は何となく疑念を感じてしまうのです。


松林哲也 有斐閣 2023年8月10日発行

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マンガ原作バイブル 77&感動の法則

2023-10-26 22:31:35 | 実用書・ビジネス書
 漫画原作者を目指す人に向けて漫画原作の方法論を解説した本。
 漫画では、主人公のキャラクターの設定が最も重要であり、読者が応援したくなる、(人生の・仕事の)目的を自分で語る、他人と違う個性を持つ、生活や行動で好き嫌いがはっきりしている、正義感や優しさを持っているという5つの特徴を持つ主人公にやりたいことをやらせ(読者は主人公に感情移入し、主人公が自分にはできない欲望に忠実な行動をすることに快感を持つ)、終盤に当たり前のことを力強く言わせる(読者は感動したい)というのが王道というか、コツであるということのようです。そうか…わかりやすさは、漫画のみならず、エンタメの王道ですね。
 次に小説を書くときには(書くことがあれば)心がけてみようかと思いました。 


大石賢一 言視舎 2023年9月30日発行
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やる気になる糖尿病患者さんのための“歩き方”処方せん

2023-10-25 22:47:57 | 実用書・ビジネス書
 糖尿病患者に対する運動療法指導のためというか、生活習慣病指導管理料をとるため、医師が運動処方せんを出す際の考え方や方法を解説した本。
 「監修のことば」では、「本書を、糖尿病を指導されている専門医のみならず、糖尿病の方とそのご家族および一般の方々の糖尿病への理解や運動の効果・役割を理解する際の養生訓として読んでいただきたく」と(3ページ)、一般人も読んで欲しいと書いています。柔らかい解説も心がけていることは感じられますが、内容は次第に難しくなり後半・終盤は一般人にはとても無理と思います。
 最初の項目でも、「確かに食後の運動はインスリン作用が不足している糖尿病患者さんでも血糖改善が期待できます。しかし、血糖コントロールが悪い状態のときは運動でかえって高血糖状態になったり、急激な低血糖が運動中、運動後、あるいはその日の夜間に起こることがあるため十分な注意が必要です」(10~11ページ)と書かれ、その後も脈拍数等を測って運動量を調整すべきことが繰り返され、素人が自分だけでやっちゃダメなのねという印象を持ちます。
 17ページに糖尿病患者向けの「誘惑カレンダー」が掲載されていて、夏はそうめん、ぶどう・もも、アイス・ジュース・ビールに運動不足、暑気払い、夏休みと誘惑がてんこ盛りですがHbA1c(糖尿病の指標)は夏場に下がっていたと説明されています。微笑ましいような怖いような不思議な感じがしました。


三村和郎、古賀稔啓、山下卓郎 日本医学出版 2023年7月5日発行
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浄土思想 釈尊から法然、現代へ

2023-10-24 20:04:41 | 人文・社会科学系
 浄土思想・浄土教について、物語の生成という観点で解説するという本。
 「教義・教学もその前提となっている物語の力を感じ、体得することができなければ、たんなる抽象的な概念の体系となってしまう。日本で浄土思想が多くの信者を獲得していったことを理解する鍵は、浄土教の物語が動的に関連していったさまを知ることにある」(はじめに:ⅱページ)という問題意識が中心となっています。その中で親鸞については「他の浄土教の思想家に比べ、親鸞は感覚的で実体的な浄土は否定的に取り扱っている。親鸞の教説の大きな特徴は、仏や浄土を感覚的・現実的なイメージではなく、抽象的・原理的に表現することにある」(155ページ)としつつ、「親鸞伝絵」等の親鸞伝による新たな物語が新たな信者獲得につながっていった(167ページ)とされています。そうすると、浄土思想と言うよりも教団の戦略と言うべきかもしれませんが。
 この本の問題意識からはズレるかもしれませんが、法然の弟子や信徒には念仏を信じることで往生できるとして道徳的な悪を犯しても構わないと吹聴するものも現れ、それも弾圧(元久の法難)の原因となり、法然が七箇条制誡の中で「念仏の教えには戒律が不要だといって飲酒・肉食を勧め、悪を造ることを怖れるなと説くのを止めること」を挙げた(78~86ページ)というエピソードがあるのを見ると、悪人正機説で有名な親鸞はそのような問題には悩まされなかったのか、どう対応したのかが気になりましたが、そこはまったく触れられていない(親鸞の項で悪人正機説への言及自体がまったくない)のが残念でした。


岩田文昭 中公新書 2023年8月25日発行
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東京建築さんぽマップ 最新改訂版

2023-10-23 23:34:23 | 趣味の本・暇つぶし本
 東京の近代建築物を散歩がてらに見て回ろうという形で紹介した本。
 著者自身、特権を駆使して中に入ったりしているのではなく、門扉の外から少ししか見えないと書いているものもあり、読者が実際に見に行ける範囲で紹介している点、「本書は散歩の本である」(はじめに:4ページ)という趣旨が貫かれていると思います。ただこの本は2011年の初版のあと2015年(最新版)と2022年(最新改訂版)に改訂されているというのですが、現存しない建物や現在は見ることができない建物もそのままになっている(現存せずとか現在は非公開とかの記載はありますけど)のは残念です。
 採り上げられている建物は戦前の建築が多いですが、かなり最近のものもあり、また写真で見る限りごくふつうの日本家屋やビルもあって、かなり著者の好みが反映されているのだと思います。
 紹介の際の論評も、絶賛から酷評まで、また設計者に対する著者の意見/好き嫌いを含めバラエティに富んでいます。例えば、霞ヶ関の法曹会館の外装改修が「偽りの化粧」(スクラッチタイルに似せた白のタイル、石に似せたアルミパネル)が腹立たしいとして、「法曹とは裁判官、検察官、弁護士などのこと。正義を貫こうという姿勢に疑問を持っちゃう」(66ページ)というコメントは、少しビックリするけれども忖度なく言いたいことをいう姿勢は清々しいかも。
 青山/神宮前の建設当時話題を呼んだ狭小住宅「塔の家」について、「あしたのジョー」に熱くなった若き建築学生はこぞって「少年マガジン」片手に見に行った建物ものであると紹介している(150ページ)のですが、その塔の家がどうしてあしたのジョーと関係するのか、この本を読んでも、さらに言えば少し調べても、全然わかりませんでした。何か内輪ネタがあるのか、もう少し説明して欲しいと思いました。


松田力 エクスナレッジ 2022年12月13日発行(初版は2011年4月)

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ヘルメス

2023-10-22 23:19:53 | 小説
 2029年に直径10kmを超える小惑星2029JA1が地球に接近したが辛くも衝突を免れたことを契機に地下3000mのところに建設された地底実験都市eUC3での居住実験が10年目を迎えた2050年代、eUC3が運営会社から切り離され「ヘルメス」と呼ばれるようになった後地上への連絡がなくなって18年後に1人の青年が地上に現れて大きな騒動となった2073年、再び2029JA1が地球に接近し衝突の危機が迫る2099年の3つの時代に生きる人々の思いと様子を描いた小説。
 貧富の差が拡大する中で、人類の危機に対して人々が何を考えどのように生きるかがテーマとされているようです。庶民の弁護士である私には、貧困層の怨念をも許容したいという気持ちがありますが、自分の未来に希望が持てないからといって人類がそろって滅亡すればいいみんなが平等に地獄を見ればいいと呪うという姿は好ましくは思えません。(多村がほんとうはそういう気持ちを人に抱かせない社会を作らなきゃいけなかったのにと言い、理解を示したにしても、レンが後悔の念を示したにしても)そのような描き方はむしろ貧困者への敵対心、民衆の分断を煽るものではないかという危惧を感じます。
 SFであるかのように始まって、結局はカルトないしオカルト、それを好む人たちの物語として展開します。最初の段階で巨大小惑星の衝突の危機が5日前に初めて発見された上に衝突確率100%と計算されていたのになぜか衝突しなかったという設定がされていること自体、すでにSFとも言えなかったと見るべきでしょうけれど。


山田宗樹 中央公論新社 2023年8月25日発行

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おまえの罪を自白しろ

2023-10-21 22:16:30 | 小説
 埼玉県内の橋の建設予定地が変更され総理のお友達が経営する会社が持つ計画変更前は1億円の評価だった土地が8億円で買い上げられ、元建設官僚で埼玉県内の公共事業を牛耳っていると言われる6期目の衆議院議員宇田清治郎がそれを差配したとの疑惑が報じられる中、その長女緒形麻由美の3歳の娘柚葉が誘拐され、犯人から宇田清治郎のサイトに匿名化ソフトを用いて、明日の午後5時までに会見を開いておまえの罪を自白しろという要求が書き込まれたという設定のサスペンス小説。
 テーマ設定から当然に予想されるように、政治家とその家族の生活の過酷さ、政治の世界の冷酷さと打算と駆け引きが描かれ、そこが読みどころとなっています。
 青年期から父に反発し政治の世界から逃れて起業したが失敗し破産状態で父に救われて父の秘書となって5か月の次男宇田晄司が主人公という位置づけで書かれています。この宇田晄司が、序盤では感情的で小粒な人物と見えるのに、事件の途上でさまざまな相手とやりとりする中で大胆になり深読みをするようになってわずかな期間に急速に政治家らしくなっていくことに、感嘆するか、無理があると感じるかが、評価を分けそうです。
 犯人は、名前だけは冒頭から明らかにされているのですが、それが何者で犯行の動機は何かは伏せられ、その正体と動機はまったく意外でしたが、それが気に入るかどうかも読者それぞれでしょうね。


真保裕一 文藝春秋 2019年4月15日発行
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ChatGPTと法律実務 AIとリーガルテックがひらく弁護士/法務の未来

2023-10-20 19:08:37 | 実用書・ビジネス書
 2023年時点のChatGPTをはじめとする文書生成AIの実情と法律実務での使いで、学習系AIが本質的に持つ技術的制約、2023年時点でのChatGPT使用に関する法律問題(個人情報保護、著作権、秘密保護、名誉毀損、使用結果の責任等)、2040年頃のChatGPTの使いでと法律実務、弁護士や企業法務のありようなどを論じた本。
 生のChatGPTは基本的にインターネット上の情報を多数読み込んで要求(コマンド、プロンプト)に応じたキーワード検索等で関連する情報を選択して多数派となるそれらしい回答を生成するので、その信用性はネット上の情報の質に依存し、その信頼性に問題があり間違えなくなることは将来的にも期待できず、回答の根拠も明示・説明できず、また一般的な回答しかできないことから、2040年頃を想定しても、リサーチ(情報収集)、アイディア出し、たたき台・ドラフト作成、文書校正、翻訳等には使えるけれども、ChatGPTの回答が間違っていないかのチェックや、当該事案でそれをどう使うか、どうするかの判断はやはり人(弁護士)が行わなければならず、法律実務の支援には用いられる/なしではやっていけなくなる(今どきパソコンやメールなしに法律実務が回らないのと同様に)けれどもChatGPTが弁護士に代替することはできないというのが著者の見通しです。AI活用が支援にとどまるのは「そのAIを利用して実施する業務が自分自身ができること」である場合に限られる、「自分自身ができないこと」をやらせる(能力拡張型の利用)と「AIが間違えれば、弁護士が提供する成果物も間違ったものとなる」(259~262ページ)、どこかで専門知識のある法務担当者の目を入れて確認・検証する必要があり、法務知識のない現場の人たちにAIを利用させて本来法務部門の実施するべき業務を最初から最後までやってもらうということは通常は許容できないリスクを発生させかねないだろう(340~342ページ)という指摘はもっともだと思います。にもかかわらず、ChatGPTの力量を過大評価し、というよりも幻想を持って、ChatGPTを使えば素人が弁護士並みのことができると思い込む人が増えそうなのは頭が痛いところです(弁護士の商売としてもですが、そういう誤解をして敗訴するケースが増えるのは残念です)。
 私のようなふつうの弁護士には、自ら生のChatGPTを業務に使うということよりは、弁護士向けにインターネット情報ではなく判例データベースや法律書を学習させたAI製品が普及したところで(判例データベースが普及して価格が下がったような状態に近づいて)リサーチが今より大幅に簡単迅速になるという利益を享受する、弁護士としての仕事はその上での個別事件での事案の個性に応じた主張の組立や証拠検討に集中するという形になっていくというあたりが、今後のChatGPT・AIの影響ということになりそうです。


松尾剛行 弘文堂 2023年8月15日発行
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