自己啓発や幸福について書かれた本の中で広く常識とされていることについて、心理学の文献を元に検討した本。
プラス思考、ポジティブシンキングについて、欠点について考えることやマイナス思考を抑え込もうとすると、人はかえってその考えに囚われてしまうことが指摘されています。「たとえば、ダイエット中の人にチョコレートのことを考えないようにしなさいと言えば、よけいチョコレートを食べてしまう。そして国政に馬鹿者を送り込んではいけないと大衆に訴えると、彼らはジョージ・ブッシュに投票してしまうのだ」(21ページ)。この例示だけでも素晴らしい。日本では誰がここに当てはまるでしょう?
トラウマを克服するには、それを人に話すよりも、日記に書いた方がいい(22~24ページ)。書くことで問題が自分の気持ちの中で整理されるからでしょうか。辛い体験をした人は、その辛い体験から得たプラス面を書き出していくと怒りや不快感を沈静化させる効果がある(188~191ページ)とか。このあたり、うまく使いたいエピソードという感じがします。
人をやる気にさせるには「ご褒美」はむしろ逆効果で、「報奨の額や仕事の内容に関係なく、ニンジンを鼻先にぶら下げられた人たちは、報奨を約束されなかった人たち以上の成績をあげられなかった」(48~50ページ)。成功した自分を強くイメージする方法も逆効果で、テストでいい成績を取った自分を毎日数分間思い浮かべた学生グループは、それをしない対照グループと比較してあまり勉強しなくなりテストでいい点が取れなかった(90~93ページ)。集団でアイディアを出すブレーンストーミングは個人個人で考えるよりアイディアを出せなかった(124~126ページ)。そして集団で決断すると、1人で決断するよりリスクが高い決断や極めて保守的な決断という極端に走りやすい(238~242ページ)って。ブレストも会議もするな、3人寄れば文殊の知恵は嘘ってことでしょうか。
世間でよくいわれていることが、心理学の実験結果で次々否定されていくのは興味深く、ある種小気味いいところではありますが、実験の詳細は書かれていません(文献引用はたくさんなされていますからそれを読めばいいんでしょうけど)し、実験からそこまでの結論を導くのは少し飛躍があるように思える例もあります。とりあえずの読み物という線で押さえた方がいいかもしれません。
仕事の先延ばし傾向を克服するためには、とにかく「ほんの数分」手をつけてみる(104~106ページ)というのは、経験上まったくその通りだと思います。時間が足りない、まだ準備ができていない、できる心身の状態ではないなどと考えて今日はできないなぁと思っていた仕事が、無理無理にでもやり始めてしまうと、あっさりその日のうちにできあがるということはよくあります。ただ気が乗らないからできない口実を作っていたのか、やり始めれば力が沸くのか(著者のいう最後までやらないと気がすまない人間の性質なのか)は何とも言えませんけど。
原題:59SECONDS:Think a little , Change a lot
リチャード・ワイズマン 訳:木村博江
文春文庫 2012年9月10日発行 (単行本は2010年、原書は2009年)