「夜の写本師」「魔道師の月」等の作品群で独特の存在感を示す作者が、「コンスル帝国」建国前の戦乱の時代を生きた青年「風の息子」ヴェリルが殺人を嫌いながらさまざまな場面で敵兵と戦い、付きまとう「長い影の男」と問答・心理戦を繰り返し、生まれ故郷風森村の仲間たちを思いながら、戦乱の世で平和と希望を目指す姿を描いたファンタジー。
「魔道師の月」で、純粋な悪意としての「暗樹」を登場させ、敵対者として描いていたのに対し、この作品で主人公ヴェリルに付きまとう「長い影の男」は悪意そのものではなく自身も悩みを持つ一歩引いた誘惑者と位置づけられます。あわせて「黒い獣」「黒い靄」「黒い風」「赤黒の雲」などが邪悪さを象徴していますが、統一した敵対者ではありません。現実にヴェリルを縛り突き動かす者も、どこか場当たり的に変わっていく印象です。この作品では、強力な敵との戦いというよりは、仲間たちを平和に暮らしたいと考えるヴェリルが持って生まれた魔法の力ゆえに「運命」に翻弄され、本意に反して敵兵を殺戮せざるを得ない状況に追い込まれ、自己嫌悪に陥り悩み葛藤する姿をテーマとしています。
ただ、あれこれ悩んだ末の結末/ヴェリルなりの(あるいは作者なりの)解決策が、言葉を持たぬ「蛮族」の侵略に結束して戦うことで文明人間では同盟的な平和が訪れるということ、要するに外敵を設定してその外敵を「鬼畜」と評価することで達成されるというのでは、現実世界にも多い排外主義政治家の言説レベルで、がっかりします。これだけむごたらしく殺戮を描き、ヴェリルを悩ませるのであれば、もっとすっきりした平和か、より高度な思慮の結果が欲しいと思いました。
乾石智子 東京創元社 2014年5月23日発行
「魔道師の月」で、純粋な悪意としての「暗樹」を登場させ、敵対者として描いていたのに対し、この作品で主人公ヴェリルに付きまとう「長い影の男」は悪意そのものではなく自身も悩みを持つ一歩引いた誘惑者と位置づけられます。あわせて「黒い獣」「黒い靄」「黒い風」「赤黒の雲」などが邪悪さを象徴していますが、統一した敵対者ではありません。現実にヴェリルを縛り突き動かす者も、どこか場当たり的に変わっていく印象です。この作品では、強力な敵との戦いというよりは、仲間たちを平和に暮らしたいと考えるヴェリルが持って生まれた魔法の力ゆえに「運命」に翻弄され、本意に反して敵兵を殺戮せざるを得ない状況に追い込まれ、自己嫌悪に陥り悩み葛藤する姿をテーマとしています。
ただ、あれこれ悩んだ末の結末/ヴェリルなりの(あるいは作者なりの)解決策が、言葉を持たぬ「蛮族」の侵略に結束して戦うことで文明人間では同盟的な平和が訪れるということ、要するに外敵を設定してその外敵を「鬼畜」と評価することで達成されるというのでは、現実世界にも多い排外主義政治家の言説レベルで、がっかりします。これだけむごたらしく殺戮を描き、ヴェリルを悩ませるのであれば、もっとすっきりした平和か、より高度な思慮の結果が欲しいと思いました。
乾石智子 東京創元社 2014年5月23日発行