現存する法体系や法理について疑いの目を持ち現行法が正しいのか必要なのかをいくつかのテーマに沿って論じて見せ、法哲学という領域、思考方法を紹介した本。
現行法や常識を当然の前提とせず、その正当性を議論することは、思考の幅を拡げ、柔軟性を持つために有意義なものと言えます。
しかし、純理論的な「頭の体操」であることを忘れてしまうとかえって視野狭窄に陥るリスクも、実はあるものです。例えば、クローン人間の作成について、著者は「生まれ方がどうであれ、生まれた存在を単なる手段として扱わず、その意思の自由を尊重しつつ独立した人格として育ててゆくならば、クローン人間を作成しても構わないのではないか?」と論じています(59ページ)。純然たる理論で見れば、そう言えるかも知れません。でも、こういう議論はやはり学者さんだからできるのだと思います。弁護士にはとてもできません。クローン人間の作成にはいったいどれだけの費用がかかるでしょうか。育てるコスト、労力はどれほどかかるでしょうか。クローン人間の生活や教育を守ってくれる人はどこにいてその人はいったいどのようなモチベーションを持つのでしょうか。セックスの結果として自然に生まれてきて、産んだ者としてその赤子にこだわりや愛情を持ち育てようとする人がふつうにいるふつうに生まれた人間とは違い、クローン人間には作成する人の動機が必ずあるはずですし、他方クローン人間に無条件の愛情を持ち守ろうとする人がふつうにいるとは考えにくいところです。多額のコストをかけてクローン人間を作成する者の動機は、ふつうに考えれば、臓器提供か新薬等の開発の実験材料か、兵士か性奴隷等の、端的に言えば肉体そのものに大きな付加価値がある利用をするためと考えられます。コストをかけて育てて独自の考えや人格を身につけさせて、それを尊重し保護しようなどと考える人が出てくるなど、現実には考えられません。それを純理論的には正当化できる場合があると論じることは、現実にはやましい動機を持つ者、多くの場合は金持ち、権力者の野心を覆い隠し、不当な立法に道を開くことにつながりかねません。
この本では、権力者が嫌がりそうな論理もそれなりに展開しており、著者に権力者に味方する意図はないと思いますが、この種の議論にはそういうリスクもまたつきまとうことを常に頭に置いていた方がいいと思います。
法律の知識の重要性を指摘する中で、「過去にグレー金利の金融から金を借り、払う必要のない金を払っていたとしたら、出資法を知らないと過払い金は取り戻せない(別に弁護士事務所の宣伝をしているわけではない)」という記載がなされています(18ページ)。出資法は高金利に刑事罰を科す法律で、これに違反していると「グレー」ではなくてもうアウトです。グレーゾーン金利は、出資法には違反しないが利息制限法違反となる範囲の金利を言い、過払い金を取り戻す根拠法は利息制限法です。出資法を知らなくても過払い金は取り戻せます。本に書くのならそれくらいは調べて書いて欲しいなと思います。
そういったところ、まぁ面白いのですが、学者さんと弁護士では感覚や思考方法が違うなぁと思います。

住吉雅美 講談社現代新書 2020年5月20日発行
現行法や常識を当然の前提とせず、その正当性を議論することは、思考の幅を拡げ、柔軟性を持つために有意義なものと言えます。
しかし、純理論的な「頭の体操」であることを忘れてしまうとかえって視野狭窄に陥るリスクも、実はあるものです。例えば、クローン人間の作成について、著者は「生まれ方がどうであれ、生まれた存在を単なる手段として扱わず、その意思の自由を尊重しつつ独立した人格として育ててゆくならば、クローン人間を作成しても構わないのではないか?」と論じています(59ページ)。純然たる理論で見れば、そう言えるかも知れません。でも、こういう議論はやはり学者さんだからできるのだと思います。弁護士にはとてもできません。クローン人間の作成にはいったいどれだけの費用がかかるでしょうか。育てるコスト、労力はどれほどかかるでしょうか。クローン人間の生活や教育を守ってくれる人はどこにいてその人はいったいどのようなモチベーションを持つのでしょうか。セックスの結果として自然に生まれてきて、産んだ者としてその赤子にこだわりや愛情を持ち育てようとする人がふつうにいるふつうに生まれた人間とは違い、クローン人間には作成する人の動機が必ずあるはずですし、他方クローン人間に無条件の愛情を持ち守ろうとする人がふつうにいるとは考えにくいところです。多額のコストをかけてクローン人間を作成する者の動機は、ふつうに考えれば、臓器提供か新薬等の開発の実験材料か、兵士か性奴隷等の、端的に言えば肉体そのものに大きな付加価値がある利用をするためと考えられます。コストをかけて育てて独自の考えや人格を身につけさせて、それを尊重し保護しようなどと考える人が出てくるなど、現実には考えられません。それを純理論的には正当化できる場合があると論じることは、現実にはやましい動機を持つ者、多くの場合は金持ち、権力者の野心を覆い隠し、不当な立法に道を開くことにつながりかねません。
この本では、権力者が嫌がりそうな論理もそれなりに展開しており、著者に権力者に味方する意図はないと思いますが、この種の議論にはそういうリスクもまたつきまとうことを常に頭に置いていた方がいいと思います。
法律の知識の重要性を指摘する中で、「過去にグレー金利の金融から金を借り、払う必要のない金を払っていたとしたら、出資法を知らないと過払い金は取り戻せない(別に弁護士事務所の宣伝をしているわけではない)」という記載がなされています(18ページ)。出資法は高金利に刑事罰を科す法律で、これに違反していると「グレー」ではなくてもうアウトです。グレーゾーン金利は、出資法には違反しないが利息制限法違反となる範囲の金利を言い、過払い金を取り戻す根拠法は利息制限法です。出資法を知らなくても過払い金は取り戻せます。本に書くのならそれくらいは調べて書いて欲しいなと思います。
そういったところ、まぁ面白いのですが、学者さんと弁護士では感覚や思考方法が違うなぁと思います。

住吉雅美 講談社現代新書 2020年5月20日発行