伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

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放射線医療

2009-10-30 23:10:57 | 人文・社会科学系
 CT、PETなどの放射線による検査・診断と癌治療での放射線療法を中心に、放射線による医療の現状をレポートした本。
 前半は、CT大国となり「とりあえずCT」といった検査漬け状態となっている日本のCT検査の実情に、批判的な検討を加えています。設備は世界一多数あるけれども、低性能の古い機種が多かったり、きちんと読影できる専門医が不足していて専門外の医師が読影しているとか、本来CTなど撮らなくても診断できなければならない疾病までCT検査頼りになり医師の診察能力が落ちているなど、お寒い実情が書かれています。MRIについても放射線ではないけれども強い磁場をかけるために体内に金属が埋め込まれている患者(ペースメーカーはもちろんカラーコンタクトレンズに含まれる鉄分も)の死亡や失明事故などが起こっていると指摘されています。
 そしてCT検査については、診断用のエックス線被曝による発癌リスクは日本が世界で群を抜いて高いと推定されるという「ランセット」の論文は、著者の古巣の「読売新聞」がスクープしたためか、無用な被曝への警鐘として肯定的に取りあげています。しかし、後半の放射線治療の場面では、低線量被曝の危険性については、忘れた頃に抽象的に言及するものの、存在しないかのような扱いです。放射線が五感の作用で感知できず、またその影響が他の原因による疾病と区別できないために、副作用・障害の確認は極めて困難です。それを確認されていないからないと扱うのは、科学としてもジャーナリズムとしても問題だと思うのですが。特に人体への影響が強い粒子線による治療を紹介するページで副作用がないかのように書くことには強い疑問を感じました。
 後半の放射線による治療の場面では、手術、抗癌剤に対して、放射線治療では臓器等の機能と形態が温存できる、末期癌の疼痛の緩和に有効など、ほぼ手放しの賛美が続きます。前述のように低線量被曝の危険性はここでは忘れられたようですし、専門医の不足以外には、放射線治療の問題はないかのようです。治療装置の初期設定を業者任せにして誤った数字が入力されていたために過剰照射を続けていても長期間わからなかった事故例なども紹介されていますが、それも専門医不足などの態勢の問題と位置づけられているようですし。確かに、手術至上で患者のQOL(クォリティ・オブ・ライフ)など軽視し、また高い抗癌剤を研究・実績づくりそして商業目的で大量投与してきたこれまでの医療に反省を迫ることの意義は理解できますし、末期癌患者についていえば被曝によって発癌などの副作用があってももともとそこまで生きられないのだから疼痛緩和に有効ならその方がいいと言えるとは思いますが。


大西正夫 中公新書 2009年9月25日発行
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独居45

2009-10-29 22:40:30 | 小説
 海に近い城のあるひなびた地方都市(と思われる)の一軒家に住む45歳の引きこもり作家坂下宙ぅ吉の自傷行為と奇矯な行動を軸に、関わり巻き込まれた周りの人々の野次馬ぶりや戸惑いのエピソードを交えた小説。
 ゴミと腐臭と汚物、見苦しさを感じさせる裸体といじましい性欲の描写が、露悪的で、しかしときおりことさらに観念的で小難しくなる文体で綴られ、しかも前半はバラバラの登場人物の細切れのエピソードが収束せず、読み進むのがかなり辛い代物です。ただ、そういう文章にもかかわらず、半分を過ぎる頃には、それなりに入り込んで読めるようになったのは、筆力なんでしょうね。単に慣れと、ストーリーが坂下宙ぅ吉とその信奉者堤龍介を中心に収束して読みやすくなったというだけかも知れませんが。
 寡作のアナーキーな作家坂下宙ぅ吉の孤高というか他人のことは顧みない姿と、自傷行為のなれの果てには、私自身はほとんど感じるところはありませんでした(この部分は単に不気味というかB級ホラーというか)。しかし、そういった人物に対する周囲の人々の反応とその変化の描き方には巧みさを感じました。


吉村萬壱 文藝春秋 2009年9月25日発行
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ズームーデイズ

2009-10-26 23:10:04 | 小説
 父親が高名な作家で自分も小説家だが1冊単行本を出したきり書けないなど限りなく作者自身を示唆する設定の主人公(あだなの「アームー」だって「あ」の付く名前を想定してますしね)が、8歳年下の比較的純真な青年と同棲して弄びながら、自分は仕事もせずに高齢の母親に寄生してグータラ過ごしながら、妻子ある男との不倫を続けるという、身勝手ダメ女だった日々を、どこか甘い思いを込めつつ回想する小説。
 あれこれ言い訳をしつつも自分が仕事をしないためにすることもなく時間をもてあました日々、明らかに性欲処理のためだけに都合のいい女としてキープしている不倫男に勝手な夢想をして呼ばれればいそいそと出かける日々、文句をいわずに付き合う青年「ズームー」に不満をつのらせ無意味な喧嘩を仕掛ける日々、主人公のそういう生活を、それを許容してきたズームーが原因であるかのように「ズームーデイズ」などと名付ける感性には、ちょっと呆れてしまいます。自分に都合の悪いというか客観的には人聞きの悪い過去が、いつか美化されて甘いあるいは甘酸っぱい想い出に変えられてしまう、そういうことは、まぁありがちなことではありますが。
 34歳の設定なのが、突然「大リーグボール養成ギプス」なんていうのが出てきてビックリ。慌てて作者のプロフィールを見たら私と1歳違い。同じ世代なのねと思って読むとさらに考え込まされます。


井上荒野 小学館文庫 2008年11月12日発行(単行本は2007年)
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長井健司を覚えていますか

2009-10-26 22:18:37 | ノンフィクション
 2007年9月27日、民衆のデモに対するミャンマー軍の発砲を撮影していて銃殺された日本人ジャーナリスト長井健司のジャーナリストとしての足跡を辿ったノンフィクション。
 バラエティ番組の制作会社のアシスタント・ディレクターからテレビ業界でのキャリアを開始した長井健司は、ニュースステーションの取材記者、テレビ東京の報道番組の特集担当ディレクターを経て、フリージャーナリストになり、戦場へと向かうことになります。JCOの臨界事故でもまだ臨界が続く現場に向かおうとしたように現場にこだわる長井は、タイのエイズ孤児院やアフガン、パレスチナ、イラクを経て、タイに流れてきたミャンマーからの難民の話を聞いてミャンマー取材へと向かいます。
 この本では、報道へのこだわりというか頑固さ、バラエティ番組から始めたためにカメラを固定して撮影するスタイルや住民の目線・「地を這うような取材」へのこだわりなどが、長井の特徴として指摘され、それが危険を高めたと示唆されています。
 戦争や進行中の事件を取材するジャーナリストが曝される危険とその中でのジャーナリストの志といったものを、改めて考えさせられます。


明石昇二郎 集英社 2009年9月9日発行
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死刑

2009-10-25 20:17:54 | ノンフィクション
 死刑の執行に関与する人々、被害者・遺族、死刑判決に関与した裁判官、加害者、行刑関係者への取材を元に死刑をめぐる状況について報道した新聞連載の単行本化。
 死刑の現状に疑問を呈するエピソードは先日紹介した「絞首刑」とだいぶ重なっていますが、死刑当然・やむなしの側も多数入れ、幅広いエピソードを並べています。他方、新聞連載の制約上、1つのテーマの字数が限定され、広く浅くになりがちな感じは否めませんが。
 元裁判官への取材が相当入っているのが目を引き、そこが売りかなと思います。
 アメリカ、フランス、韓国の状況を報じることで、現在の日本の死刑のあり方や死刑制度の存置にまで疑問を抱かせるところは、読売新聞としてはずいぶん頑張ったなとも思います。
 また、死刑執行を是としても、当日朝の告知にこだわる法務省の姿勢には明確な疑問を呈して、アメリカでは数日前に告知されて様々な人と面会して別れを言えることや日本でも70年代までは数日前の告知も相応にあったことを報じている(38~43ページ)ことにも共感します。
 ところで、鳩山邦夫法務大臣が宮崎勤死刑囚の執行命令書にサインする前に「裁判記録のすべてに目を通した」(18ページ)、仮釈放を決める地方更生保護委員会の委員が「事前に事件記録や裁判記録を丹念に読み」(225ページ)とか、関係者が裁判記録を全部読んでいるかのような記述が散見されます。「裁判記録」という言葉をどういう意味で使っているかにもよりますが、言葉の本来の意味でいう限り、私は、「嘘だろう」としか言えません。死刑事件や無期懲役になるような事件で最高裁まで争われた事件の裁判記録がどれくらいの分量になるかわかってるんでしょうか。記録を読み慣れた弁護士が読んだって、一通り目を通すだけでも、丸1週間それだけにかかり切りでも無理だと思います。ましてや内容を吟味するなんていったら何度か読み返し関連部分を照合しなければなりません。むしろ、死刑執行起案書のために刑事記録を検討する局付検察官の「裁判に出された証拠の評価は裁判所がすでにやったことだから、改めては行わない。むしろ、必要な証拠を出さずに判決が出されていないかどうかを、すべての捜査資料に目を通してチェックする。」(66ページ:ここで「捜査資料」といっているのは裁判所に提出されなかった供述調書など)という発言の方が率直だろうと思います。死刑執行起案書を作成する局付検事くらいは本当の意味で裁判記録全部に目を通している(検討の仕方はこの発言のようだとしても)と、それは期待していますけど。
 また、連続企業爆破事件の遺族の「共犯者の海外逃亡と、確定死刑囚の刑の執行は別の話ではないのか。死刑の確定から六か月以内に執行すると法律で定めているのに、なぜ、それが守られないのか。」という発言(133ページ)の扱いにも違和感を覚えます。遺族がそう思うのはいいです。しかし、その死刑執行を6か月以内と定める法律(刑事訴訟法第475条第2項)自体が「共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間」はその6か月に算入しないと明確に定めているのですから、共同被告人だった者が超法規的措置で釈放されて海外逃亡中のこのケースでは、今なおその「6か月」がたっていない訳です。つまり、この発言は法的には明らかな間違いですから、遺族がそう思うのは自由だし、そう発言するのも自由ですが、それを報じるマスコミが訂正するなり読者に誤解させないようなコメントを入れる必要があります。それが報道に携わる者の義務だと思います。そこを何か被害者の発言だからとそのまま流せばいいという安易な姿勢が、マスコミ全体に見られる風潮ですが、習い性になっているのか、チェックできていません。
 そういう疑問は感じさせますが、死刑を考える上での様々な材料を提示していることは評価したいと思います。


読売新聞社会部 中央公論新社 2009年10月10日発行
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カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む

2009-10-25 16:43:43 | 自然科学・工学系
 NASAが提供するハッブル宇宙望遠鏡の天体画像を紹介しながら、ハッブル望遠鏡の歴史や、ハッブル望遠鏡での観測で得られた知識のおさらいをする本。
 説明の方は、ハッブル望遠鏡での観測結果から事実自体は導かれるもののその原因や構造はまだ謎という話も少なくない上に、ぶつ切りなので、よくわからないところも多いのですが、たくさん挟まれている写真は美しい。写真の解像度が上がったのか、印刷技術の発展か、ハッとするくらい美しい写真が並び、宇宙への興味をそそられます。写真の説明も、もう少し矢印とかマーキングを入れて具体的にやってもらわないとわかりにくい感じがしますが、中身を理解することよりも、写真の美しさで引き込まれることに意味のある本と考えるべきなんでしょう。
 まえがきの冒頭で、2009年5月の修理で能力が何十倍もアップしたと紹介されていますが、この本に掲載されている写真はそれ以前の写真です。次世代のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(2013年打ち上げ予定)の紹介と合わせて、もっとすごい写真は今後に期待ということですね。


野本陽代 講談社現代新書 2009年8月20日発行
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最高裁判所は変わったか

2009-10-23 23:51:07 | 人文・社会科学系
 2002年から2006年にかけて最高裁判事だった著者が、最高裁の実情を語るとともに、司法制度改革審議会意見書以後の最高裁の変化を検討・分析した本。
 最高裁の実情を語る部分は最初の2割弱で、もちろん慎重な抑えた書き方ではありますが、これまでに最高裁判事経験者が書いたものとしては一番率直というかざっくばらんなように思えました。
 残りは、著者自身が関与したものも含めたここ10年ほどの最高裁判決の検討・分析です。行政事件、民事事件、刑事事件に分けて、まず著者が判例の流れや目についた判決を分析し、その次に知人の弁護士2名との座談会形式で、感想や自分が関与した事件については若干の背景説明などをしています。
 ここ10年の最高裁の判決は、行政事件については、立法・行政へのチェック機能について司法制度改革審議会で注文を付けられたことも影響してか、以前とは相当変わってきており、民事事件についても相当な変化が見られ、刑事事件についてはあまり変化は見られないとされています。
 弁護士にとっては、日頃自分が担当していない分野も含めて最高裁判決のトレンドや新判例の勉強になりますし、最高裁での審議の実情の部分なども含めれば、必読書と言ってもいいでしょう。しかし、著者の関心のためか、判例分析の最初に行政事件が置かれ、分量的にもかなりの部分が行政事件に割かれていて、行政事件特有の法律概念・用語が続くので、弁護士以外には読み通すのはかなりハードルが高い(弁護士でも行政事件を全くやっていない人にはかなりきついかも)。


滝井繁男 岩波書店 2009年7月29日発行
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リーダーは半歩前を歩け

2009-10-20 21:18:21 | 実用書・ビジネス書
 現在は個人主義・自由主義の風潮が退潮しリーダーが求められる時代になったとして、現代のリーダーに求められる資質を先見力、目標設定力、動員力、コミュニケーション力、マネジメント力、判断力、決断力の7つと主張して、ポピュリストのトリックスター小泉純一郎を批判するとともに、理想的なリーダーとして金大中を挙げて褒めそやした本。
 何と言えばいいんでしょう。著者を隠して読まされたら、前半は、軽めのビジネスコンサルタントか自己啓発セミナー講師の原稿料稼ぎの読み飛ばし用ビジネス書かと思います。この人ってこんなに軽い明るい人だったのかなって。
 政治学者が、現代は「自由からの逃走」の時代だって言った後に、それを問題視しないで、だからリーダーが求められているって、それでいいんですか?
 小泉批判は、著者の立場上当然でしょうけど、それだけにその後の金大中の持ち上げ方が目につきます。青春時代の運動のシンボル・憧れの人にインタビューできて感激したのはわかりますけど、対談も、これ政治学者が政治家にするインタビューじゃなくて、ファンクラブ代表がスターに聞いているようで、厳しい質問ゼロ。
 出版時期も中途半端で、自民党の歴代首相のリーダーとしての資質のなさを論じるのなら、自民党が元気なうちにやればいいのに、自民党が野党に転落してから出版というのはいかにも情けない。もちろん、著者は自民党政権のうちに準備したのでしょうけど。


姜尚中 集英社新書 2009年9月22日発行
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あらゆる本が面白く読める方法

2009-10-16 23:59:30 | 実用書・ビジネス書
 読書に興味を持ち読み通すための技術論を語り、著者の読書観というか愛読書・好む人物を紹介している本。
 前半で紹介される技術論は、速読よりも本を読み通す、そのために本に興味を持つことに重点が置かれていて、その点に好感が持てます。著者のプロフィールから著者像をイメージしその著者が語る様子をイメージして読むというのは、映像や講演の好きな人には向いているのかなと思います。私は、そういうの想像すると気が散りそうで、自分には向いていないと思いましたけど。同様に目次をじっくり読むというのも、私は苦手。まえがき重視、まえがきが面白くない本は本文も当然面白くないという点は同意見ですけど。
 流行の「速読術」や読書が利益になる金になるという謳い文句の本に対する反発も理解できます。ただそれは読書の目的が趣味・教養なのか、ビジネス(というか仕事のために読まざるを得ない本)なのかによって評価の変わるところで、ある意味仕方がないとも思いますけど。
 後半はもっぱら著者の好みの話ですので、これに対する評価も読者の好み次第でしょうね。
 大学に入学した年に出た「構造と力」で挫折したというエピソード(179~180ページ)は、共感する人も多いかと思いますが、同時に著者の挙げる好みが三島由紀夫(それも「楯の会」の制服姿をイメージするとか)だとか吉田松陰、徳川家康、「論語」・・・ですから、「構造と力」とは肌が合わなかったという方が適切かも。
 著者の言葉で、「製造業はモノを残す仕事です。(略)サービス業とは心に残る仕事にほかなりません。(略)ビルや橋を見ても、それに関わった人たちの顔は浮かんできません。(略)サービス業とは、サービスしてくれた人の顔が浮かんでくる仕事です」(127ページ)というのが、サービス業の一種の仕事をする者として、心に染みました。


一条真也 三五館 2009年10月4日発行
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ワーキングプア時代

2009-10-15 23:53:46 | 人文・社会科学系
 フルタイムで働いても、あるいは働く能力と意欲がある人でも生活苦に陥るワーキングプアが増え、現在そうでない人もその境界があいまいになって、普通に働いていれば生活苦に陥る心配はないと確信できなくなり、不安が拡がっているという現状と、日本の社会保障制度が、ワーキングプアが存在せず大半の人が結婚して離婚しないことを前提として構想されているために、非正規労働者や存続が危うい自営業者のセーフティネットとして機能していないことを論じ、社会保障の構造改革を提唱する本。
 前半9割が、日本の社会保障制度等がすべて正社員男性と専業主婦コンビまたは正社員男性と正社員女性コンビか家族総出の家業としての自営業者を想定して、そこから事故で外れる者を救うというしくみになっているために、非正規労働者と専業主婦とか非正規労働者同士のカップルとか零細自営業者と事業に関わらない妻というようなケースに対応できる制度がなくこれらの人々の低収入を補う制度がないこと、例えば年金は正社員(厚生年金加入)の妻である専業主婦は保険料を支払わなくていいのに非正規労働者(国民年金加入)の妻である専業主婦はより低収入なのに保険料支払義務がある、育児休業を取って生活できるのは夫も妻も正社員の場合だけというようなことの説明に割かれています。最後に「書き下ろし」って書いてありますが、それにしては同じ説明の繰り返しがあまりにも多い感じがします。
 最後の1割が改革の提言で、全額税方式による収入調査なし(つまり所得制限なし)の最低収入保障制度を基本とし、その上乗せとしてマイレージ方式による年金制度(保険料納付は自由で払った分だけマイルがたまりそれに応じて支給される年金額が決まる)、子育て期と若年者への特別サポート(給付金等)を組み合わせるものです。
 改革の提言は、最低収入保障が実現可能であれば理論的には魅力的なものだと思います。ただ指摘するまでもなく、その財源をどうするのか、税負担とするとどのような税制を前提とするのかが難しく著者の提案もありません(そこは、専門家・官僚が考えろということでしょうけど)。
 メインテーマの話ではありませんが、子育て世帯の貧困率が、日本では(先進国では日本だけが)税・社会保障なしの数字よりも税・社会保障ありの数字の方が高い、つまり日本の社会保障制度は子育て世帯の貧困率を高めているという指摘(151~153ページ)はかなりショッキングでした。グラフにある数字自体はそれほど悪いわけではなくまた税・社会保障による貧困率の増加はわずかではありますが、それでも社会保障が逆方向に働いてしまう、ある意味ない方がマシという事態は考えさせられます。
 法科大学院を卒業しても一生司法試験に合格できない人々が年平均3000人出るがその人々がどういう仕事に就けるのかは全く想定されていないし、合格者増で今後「フリーター弁護士」が増大する(74~75ページ)、専門職で競争が起きれば実力を磨くために質が高まるというのは嘘で、既得権があるところで競争が起きれば、逆に親のコネや学閥などに選抜基準が移行してかえってコネを求める不毛な競争に移行する、「その実態は、あまりに生々しいのでここではとても書けない」(76ページ)などの指摘は、同業者としては、納得してしまいます。


山田昌弘 文藝春秋 2009年6月15日発行
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