伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

晴天の迷いクジラ

2013-09-28 22:47:28 | 小説
 小さなデザイン会社で不景気になり単価を切り詰められて仕事量が増えて働きづめになり恋人にはふられ(他の男とのHの真っ最中に遭遇しながらあきらめられずに追いすがりそれでもふられ)うつになったデザイナーの由人、赤貧の家庭に生まれ絵を描く才能に恵まれ政治家2世の絵画教師の青年と結ばれるが環境が合わずに逃げ出して東京でデザイン会社を作り軌道に乗せるがバブルが弾けると追い詰められる社長野乃花、姉が幼くして病死したことから母親が過敏・過干渉になり父親の仕事のために転校を繰り返して高1でようやくできた友人の双子の姉が末期癌で死に弟とも母親のためにひき裂かれたのに切れて引きこもり・リスカを続けたあげく家を出た正子の3人が、ともに死を考えながら浅瀬に乗り上げたクジラを見に行き、地元の老婆と交流しながら思いを新たにする小説。
 前作の「ふがいない僕は空を見た」での福田とあくつに見られた一所懸命に生きているのにうまく行かない生きづらさ、現代の貧しさ・苦しさの表現を押し進めたニュアンスの作品です。リストラと非正規雇用への転換が進み福祉が切り下げられ弱肉強食化が進む格差社会の現代日本では、ますますリアリティを感じる設定ですが、読んでいてなかなかに重苦しい。
 正子については貧しさの部分よりも少子化の中での親子関係について考えさせられるところで、親の方でよかれと思うことが子への重圧になっていくあたり、親としてはやはり読んでいて切ない。正子の母親は極端にやり過ぎではありますが、親心という点ではどこかしら正子の母親の持つ心情には思い当たるところがある親が多いかと思います。
 そういった重さになかなかページが進まない読みづらさがありますが、重苦しさの向こうにホッとさせるものがあり、少し温かな気持ちになれました。


窪美澄 新潮社 2012年2月20日発行
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猿の悲しみ

2013-09-21 16:40:35 | 小説
 ムエタイ(タイ式格闘技)の達人で殺人罪で服役した経験があるシングルマザーの風町サエが、悪徳弁護士事務所の調査員として、アイドルタレントの離婚慰謝料を値切る材料に使う醜聞を探し、不可解な殺人事件の真相を探るという設定のミステリー小説。
 基本的には雇い主からせしめた調査料の金力で、裏では刑務所で習得したピッキングや性的魅力と金で引き寄せたオタクによるハッキングで情報を集めていく設定です。その違法なことも辞さない調査のハラハラ感(そんなのありかと思う「おいおい」感もありますが)と、美貌と脚線美の持ち主だが化粧がでたらめで格闘能力に裏打ちされた胆力で勝負というキャラの魅力で読ませる小説かと思います。
 弁護士に雇われた違法行為も辞さない調査員という設定は、グリシャムの小説などアメリカのリーガル・サスペンスにはときおり登場しますが、実在するんでしょうか。庶民の弁護士としては、そもそも調査員を雇う費用を負担できるような依頼者が多数いるということが想定できませんし、コスト問題を抜いても違法な調査に関与したということになれば信用やさらには弁護士資格自体にも影響しかねません。
 この小説の中での風町の雇い主の弁護士は、アイドルタレントの醜聞を手にするやそれを材料に双方の弁護士がいるのに割り込んで慰謝料なしの決着を図って3000万円の報酬を取り、過労自殺の損害賠償を値切るために死んだ労働者の弱みを調査するように求めていますので、金持ち・企業側で多額の報酬を取る弁護士のようです(勤務弁護士に過払い金請求もさせているようですが)。それでも違法な調査をすることを期待して調査させる弁護士がいるのかなぁ。
 タイトルは、風町が服役中に弁護士から差し入れられて愛読したデズモンド・モリスの「裸のサル」から得た、しょせん自分はただの猿という自戒・突き放しのフレーズによるもの。風町には猿回しの猿という思いも残ったのかもしれませんが。


樋口有介 中央公論新社 2012年9月25日発行
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秘密のスイーツ

2013-09-18 21:56:55 | 小説
 太っているのをからかわれ不登校になった小学5年生の理沙が、祖父母の住む田舎に引っ越しても田舎者とつきあうのがばからしいと登校せず、スナック菓子を丸ごと食べているのに文句を言われたことを恨んで母親の携帯を神社の石柱のくぼみに隠したところ、その石柱のくぼみが1944年の世界に通じていて、携帯を拾った小学生雪子と電話で話すうち、お菓子を食べられないひもじい子どもたちをかわいそうに思い、おやつを石柱のくぼみから雪子に送り続け、お菓子を調達する過程で小学校の同級生と仲良くなっていくという小説。
 理沙はかなりわがままで、母親から注意されると何かにつけて母親が離婚したせいだと言い返して母親を黙らせ、同級生を田舎者と見下しています。このわがままな理沙が、お菓子を食べられない雪子への同情とお菓子調達の必要性から、食べ物の大切さを知り、人に共感する心を持ち、同級生と協力し心を通じさせるという形で成長していくというお話です。また、この理沙の底意地の悪い設定が、タイムトンネルとなる石柱を発見し1944年の子どもと直接話ができるという設定に不可欠な、母親の携帯を隠すという意地悪な行為の前提にもなっています。ここの設定が巧みなアイディアであったと思います。


林真理子 ポプラ文庫 2013年8月5日発行 (単行本は2010年12月)
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経済学者に聞いたら、ニュースの本当のところが見えてきた

2013-09-17 09:35:26 | 人文・社会科学系
 日本経済が直面する経済・財政の問題やニュースで話題になる経済の基礎的なことがらについて、経済学者が解説した本。
 読んでいて勉強になるところも多いのですが、かなりバイアスのかかった本だと私は思います。サブタイトルは、「『みんなの意見』にだまされないための11講」。安倍政権の政策に反対する人たちの意見が多数派であったとしてもそれにだまされるな、安倍政権の政策は正しいんだ、あるいは企業を優遇する政策を批判する意見はそれが多数派だったとしても誤りだと言いたいのかなと思えました。
 基本的に安倍政権の行っている政策について支持する立場で、ただ経済団体への賃上げ要請と公共事業の拡大にだけは批判的な立場で解説されています。輸出依存型の大企業を中心とする企業の利益を最優先するアベノミクスには大賛成で、しかし安倍政権支持よりも企業の利益を優先するので安倍政権の政策が企業の利害に反するときは批判するという姿勢なのでしょう。
 安倍政権の政策を支持する場面では、例えば第1講「お金持ちが税を多く払えば、公平になるのでしょうか」という、既にタイトルからして企業や富裕層への減税と消費税を中心とする大衆増税を正当化しようという意思が見え見えのテーマで、法人税を増税すると企業は製品価格に転嫁するから消費者の負担が重くなり、従業員の賃金を削減するから労働者の負担が重くなるというのが「経済学の答え」だという趣旨のことを書いています(11~12ページ)。バカにするなと言いたい。企業の利益は全部労働者に還元されているとでもいうのでしょうか。言い換えれば法人税を減税すればその分労働者の賃金が上がるのでしょうか。現実の世界ではそんなことはおよそあり得ません。企業の利益は内部留保として企業自体やグループ会社を通じて他の企業や大株主に貯め込まれ、また経営者の懐へと入っていったり隠されたりする部分が多いでしょうし、企業は法人税を増税しなくてもただ利益を増やしたいというだけの動機でリストラに励んできました。企業間・製品間競争や消費者の動向から法人税増税がそのまま製品価格に転嫁されるわけでもありません。経済学者はそんなこと当然わかっているでしょうに、どういう神経で法人税増税が消費税増税よりも労働者や消費者に不利であるかのような印象を与えるこの本のようなことを書けるのでしょう。
 賃上げ要請に関する第10講「若者や非正規社員も、安心して働けるようになりますか」では、もともと派遣労働に合理性がある、最低賃金を上げると雇用が減るなど、企業経営者側の利益しか考えない記述に終始しています(これだけ企業側の経済合理性に偏した立場で記述しながら、この講の執筆者が女性であるためか女性優遇のポジティブアクションだけは企業の経済合理性を度外視しても賛成しているのが笑えます。なお、私自身は、正社員のリストラ回避のため企業による派遣労働等の非正規雇用の利用をできるだけ制限すべきと考え、最低賃金をできるだけ引き上げるべきという立場で、これらの労働者保護・人権擁護の立場からポジティブアクションにも賛成です)。
 この本の「はじめに」の冒頭で、経済学者ジョーン・ロビンソンの「経済学を学ぶ目的は、経済問題について一連の出来合いの答えを得るためではなく、いかに経済学者にだまされないようにするかを習得するためである」という言葉を引用しています。この本を読むときに、胸に刻みつけておいた方がいい言葉だと思いました。


日本経済新聞社編 日本経済新聞出版社 2013年7月19日発行
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スウィート・ヒアアフター

2013-09-16 22:10:19 | 小説
 京都のアトリエで仕事をする立体造形作家の恋人洋一と遠距離恋愛していた小夜が、京都でのデートの途中交通事故に遭い、腹部に作品の材料の鉄の棒が深々と刺さって臨死体験するが結局は生き延び、他方洋一は即死してしまい、2年たって30歳となりようやくふつうに生活ができるようになるが、なお心の傷は癒えず、この世をさまよう霊の姿が見えるようになり、洋一の家族や近隣で知り合ったゲイの青年とつきあいながら回復していく悲劇体験サバイバル小説。
 恋人が死んでしまった後のその両親とのつきあい、母親を失ったマザコンでゲイの青年とのつきあい、異母姉弟で駆け落ちしたが姉を失い偲び続ける中年男との関係が、どこかゆるゆるとしていて、いい感じです。
 「あとがき」で作者は東日本大震災を経験した全ての人に向けて書いたと述べています。恋人の死に途方に暮れる小夜がゆるゆると立ち直っていく姿はホッとするところがあります。ただ、2年間仕事をしなくても生活できて、その後も貯めた結婚資金を取り崩して近所の沖縄バーに行くのを日課としているというのは、平均的な被害者・被災者からすればずいぶんと恵まれた立場だよなぁとも感じてしまいます。


よしもとばなな 幻冬舎文庫 2013年8月1日発行 (単行本は2011年11月)
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ブルーマーダー

2013-09-15 17:31:35 | 小説
 姫川玲子シリーズ長編第4作。
 シリーズ長編第3作の「インビジブルレイン」(映画では「ストロベリーナイト」)で警視庁本部から追い出され池袋署勤務となった1年後、33歳となった姫川玲子は、管内で仮釈放直後の暴力団組長が撲殺された事件が発生し、またしても組織犯罪対策部第4課(組対4課)との合同捜査に組み込まれる。一向に犯人の手がかりをつかめないまま、振り込め詐欺などを実行していた元暴走族グループの幹部や中国マフィアの幹部が撲殺され、連続殺人事件に発展する。他方、千住署勤務となっていた菊田は2年前の護送中の逃走犯の目撃情報を受けて池袋界隈を訪ね歩き…というお話。
 シリーズ第1作の「ストロベリーナイト」と同様にむごたらしい殺害シーンが続き、ふつうのミステリー、警察ものの感覚で読むと、ちょっと気分が悪くなります。「ストロベリーナイト」が気に入っている読者には、ちょうどよい頃合いの読み味なのだと思います。
 例によって、各章の冒頭(第1章については序章がそれに当たる)に犯人サイドの記述があり、犯人側と警察側でもつれながら徐々に謎解きをしながらストーリーが展開し絡んでいきます。その結果、犯人は比較的早い段階でわかりますが、むしろ犯行方法(特に凶器)と動機がミステリ-としてのキモになります。もっとも、ミステリーとしては、これまでの作品よりひねりは足りないかなと思えます。
 姫川のキャラ設定の17歳の時のレイプの傷の重さについて、この作品では全面展開されています。レイプ後、警察官になってから、一大決心をして一度だけ体を許したが苦痛でしかなく恐怖を抑え込むのに必死で終わった後吐いたことが紹介されています(59~60ページ)。原作では「インビジブルレイン」でも愛した男牧田とはキスしたところまでで止まりますが、「インビジブルレイン」を原作とする映画「ストロベリーナイト」では姫川が牧田とはっきりセックスしている映像があります(喜んでいるという映像ではありませんが、耐えられないという表現でもありませんでした)。こういう基本的なキャラ設定に関わるところを変えてしまっていいのか、この「ブルーマーダー」で改めて位置づけられるとその疑問を強く感じます。


誉田哲也 光文社 2012年11月20日発行

シリーズ長編第1作の「ストロベリーナイト」は2013年4月21日の記事で、長編第2作「ソウルケイジ」は2013年4月22日の記事で、長編第3作「インビジブルレイン」は2013年4月17日の記事で、短編集「シンメトリー」は2013年4月23日の記事で、スピンアウト作品「感染遊戯」は2013年4月24日の記事で紹介しています。
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構図がわかれば絵画がわかる

2013-09-14 18:15:25 | 人文・社会科学系
 絵画や彫刻において構図が果たす役割について解説した本。
 絵画の中での各要素の配置、垂線や水平線、対角線、三角や円、遠近法などによる深さ・奥行き、色彩の配置などの影響について論じている第6章までがこの本の中心をなし、また「構図」を掲げるタイトルに見合っています。垂線や水平線、三角の与える安定感、逆三角や遠近法に反する構図(赤が近く、青が遠くの「色彩遠近法」も含む)が与える不安定感などの解説は、オーソドックスなものと思いますが、実例を挙げながらの指摘は読み物としても楽しく納得感があります。
 他方、著者の専門(美術解剖学)に属する人体の構造をめぐる第7章は、「構図」の話からははみ出しているように見え、さらには釈迦をめぐる考察が延々と続き(第2章の後半もそうなんですが)、骨格の話に終始する第8章、「美術史なんてクソくらえ!」という「おわりに」まで、著者の趣味的な話が続きます。後半は、余談と割り切って読むべきでしょう。
 全体として、美術作品の、あるいは「美」についての、ちょっと違う楽しみ方を味わう本として読めばいいかなと思いました。


布施英利 光文社新書 2012年10月20日発行
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商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道

2013-09-13 21:40:03 | 人文・社会科学系
 日本で商店街が形成され衰退してきた経緯を考察し再生の道について論じる本。
 商店街は伝統的な存在ではなくほとんどの商店街は20世紀になって人為的につくられた。第一次世界大戦後の不況で農村からの離農者が都市に流入し、その多くの部分が工場労働者ではなく零細小売業者となった。物価の乱高下や粗悪品の流通に対抗するため消費者は協同組合による購入を、行政は公設市場の創設をし、また百貨店が登場した。零細小売業者がこれらに対抗するために専門店の集積という構想を探っていたところに、戦時体制による距離制限や強制転廃業といった小売業規制が組み合わさって商店街が誕生していったというのが著者の見方です。そして戦後小売自営業者は百貨店法→大店法によりデパート、スーパーの大規模店舗出店を阻止し、既得権を死守してきたが、家族経営にこだわりその維持が比較的容易なコンビニ経営者となる者が増えて内部から専門店性を切り崩され(コンビニの本部を経営するのは大店法で都市中心部に出店できなかったスーパーなどである)、日米構造協議後の「社会資本整備」と称する公共事業でつくられた道路沿いの郊外店舗に客を取られ衰退していったと指摘されています。
 サブタイトルにある、再生の道については、著者の述べるところは少なく、商店街、そしてそれぞれの店舗について、地域の協同組合や社会的企業に経営権や土地の管理権限を与えてはどうかということが指摘されているくらいです。
 商店街と地域社会、特に高齢者など自動車による郊外店での買い物が困難な住民の結びつきを考えつくり強化していく試みは重要に思え、著者の指摘ももっともに思えますが、この本自体は歴史的経緯の解説に大半が割かれていて、内容的にも、地元小売業者に出店を阻まれたスーパーが日本独特の都市中心部の小規模店舗サイズのコンビニで商店街の小売店舗経営者をつり上げていくといったあたりが読みどころという気がします。


新雅史 光文社新書 2012年5月20日発行
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ネットで売れるもの売れないもの 増補改訂版

2013-09-10 23:00:36 | 実用書・ビジネス書
 インターネット上のショッピングモール(事実上、楽天市場)や自前のサイトでの商売のやり方と見込みについて論じた本。
 著者の指摘は、かつてはインターネットでは何でも売れたが、ここ数年状況は劇的に変化しており、現在では販売する商品によって売れるか売れないかはほぼ決まり、実店舗で売れないものはインターネットでもほとんど売れず、潤沢な資金を投入できる大企業に対して中小企業・個人が闘える分野はごく限られているということにあります。
 インターネットで売れるのはキーワードが明確な商品で、これからインターネットで商売をやりたいというのであれば、人が探すときにキーワード検索をするような種類の商品、どこで売っているかわかりにくい商品を取り扱うか、そうでなければ実店舗と併用してインターネットは片手間程度にとどめるべきと指摘されています。そして、顧客がホームページに辿り着いてもらうためには、金ばかりかかってたいして効果がない検索エンジン対策に費用をかけるのではなく、適切なキーワード広告を行うかショッピングモールに登録してメールマガジンに掲載してもらう方がよいと指摘されています。
 いわれてみればもっともなことが多く、個人の思い入れや思い込みをいなされるところが多々ありました。
 巻末に特別付録として、14分野176業種について、インターネットで新規参入する場合の難易度と「傾向と対策」が書かれています。新規参入が可能な「難易度1」は犬以外のペット、パーツ販売、電子書籍、便利屋、農業関連。便利屋なら、資金ほとんどなしでもできそうですが、どういう分野でアピールできるかは工夫が必要でしょうね。


竹内謙礼 日経ビジネス人文庫 2013年8月1日発行 (単行本は2008年)
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アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか

2013-09-09 21:27:37 | ノンフィクション
 共産主義の拡大の防止を最優先事項として、アメリカのトップ企業と経済エリートたちが、第2次大戦前ドイツの再軍備を推進し、戦後はドイツ企業の技術情報とナチスの科学者たちを利用して経済発展を図るとともにナチスの残党を対ソ秘密工作や共和党の活動に当たらせたことなどをレポートした本。
 第1次世界大戦とベルサイユ条約で再起不能なほどの打撃を受けたはずのドイツ産業界に対し、共産主義の拡大を封じるために強いドイツが必要だと考えたアメリカのウォール街の仕掛け人たちの手により、ドイツの賠償負担はどんどん軽くされ、多額の投資がなされてドイツ企業は合併により巨大化し、アメリカの大企業はヨーロッパでの取引やドイツの技術を求めて提携や合弁を進め、ナチスの政権奪取後も、鋼鉄やステンレス鋼製造に必要なニッケル、航空機の部品や焼夷弾に必要なマグネシウム、工作機械用カッター製造に必要な炭化タングステン、航空機燃料に不可欠のテトラエチル鉛などの軍事物資を提供していったことを論じる第1章は、タイトルに沿った読み物として一番迫力があります。
 第2章では、ヒトラーの危険性が見えてきても既に多額の投資をしてしまった以上、ドイツと戦うことで投資を無駄にしたくない産業界と、勝ち馬に乗りたい人々が大勢を占め、反ナチスはルーズベルト大統領ら一部にとどまったことが紹介されています。このあたりは、アメリカの事情は、ヒトラー・ドイツと戦争をしたくないというレベルで、タイトルから見るとちょっと論旨がぼける印象があります。
 第3章~第4章は、ヨーロッパ大陸をドイツに席巻され、アメリカを引き込まないとドイツに勝てないイギリスのチャーチルが、ルーズベルトとアメリカを対ドイツ戦争に引き込むために行った工作が紹介され、これがまたえげつなくて興味深い。チャーチルのスパイたちがアメリカのメディアに働きかけて反ナチスの記事を書かせたりハリウッドに反ナチスの映画を作らせたりしたということに加えて、最近公開されたイギリスの外交文書中にあったイギリスの特殊作戦部の書簡からイギリスの特殊作戦部がカナダで残虐行為の撮影を行ってチャーチルのスパイに提供し、それが「ナチスの残虐行為」として全米のメディアに配信されていたことがわかったと紹介されています(105~106ページ)。
 全体を通じて、アメリカの多くの政治エリート、経済エリート、トップ企業にとって、ヒトラーやナチスは共産主義者に比べれば危険とは考えられておらず、共産主義の拡大を防ぐためには独裁政権であれ支援し利用するという戦後度々見られたアメリカの外交方針は、ナチスとの関係でも既に見られ、戦前戦後を通じた一貫した手法であるということが論じられています。
 そうとりまとめてしまうと、まぁそうかなと思ってしまいますが、その一貫性よりは、対ドイツ戦争協力のディテールや親ナチスと反ナチスの陰謀合戦のあたりが読み応えがあると思いました。


菅原出 草思社文庫 2013年8月8日発行 (単行本は2002年)
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