伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

この気持ちもいつか忘れる

2021-10-31 17:53:43 | 小説
 人生はつまらないし、自分も含めて周囲は全員つまらないヤツだが、自分以外の人間は自分が特別であるかのように勘違いして生きていて、自分だけは人生がつまらないことを意識し、特別なできごと、人生を変えてくれるようなできごとを求めて生きていると自己認識して、周囲とのコミュニケーションを拒絶している田舎町の高校生16歳の鈴木香弥が、廃止されたバス停の待合室で異世界に生きている光る目と爪の先しか見えない18歳女性と交信することになりそれが自分を自分の人生を変えてくれるんじゃないかと期待してのめり込んでいくというファンタジー色を持つ青春小説。
 自分は自分がつまらないヤツだと認識していると思いながらそれ故に他人を見下し自分が特別だと思っているねじくれた傲慢さを持つ主人公の身勝手さと苛立ちに、読んでいて不快感と、読んでいる自分がまたこの人物を見下すという罠にはまっているのかという苦笑感というのかシラケた感じを持たされます。
 主人公の周辺には特に影響はないが日本で最近戦争が始まったという設定が用いられています。その戦争がどうなっているのかへの言及はなく、15年後を描く後半ではその戦争にはまったく言及されないので、何のための設定だったのかよくわかりません。近年の日本の政治と社会への危機感だったのか、主人公の閉塞感と苛立ちを印象づける道具だったのか、週刊誌への長期連載なので後半ではそれを忘れてしまったのか…


住野よる 新潮社 2020年10月20日発行
「週刊新潮」連載
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中小企業のための予防法務ハンドブック

2021-10-28 21:37:52 | 実用書・ビジネス書
 中小企業の設立、運営、契約(取引)、労務、知的財産の取扱、海外進出、事業承継の場面で法的なトラブル、リスクを冒さないように注意すべき点について説明し、弁護士等の専門家を利用するように勧める本。
 会社の運営に当たってどんな問題がありうるかをざっと眺めるのにはよさそうです。私は会社側の業務(企業法務)はやらないので、ふだんあまり考えないこと(企業側の視点で考えてないので)に関心を持てました。自分が知らない領域ほどそういうふうに思えるので、現実に中小企業にとってどれだけ意味があるのかはわかりませんが、海外進出関係が一番興味深く読めました。基本的には、問題があることまでで、ではどうすればいいかはもっと専門のものを読む必要があるのでしょうし、この本ではそれは弁護士等の専門家に聞いてねと営業を図っているのですが。
 ただ専門家の目で見ると、私の専門分野の労働法でいうと、福原学園事件の最高裁判決を「期間満了時に雇止めをしても、試用期間中の解雇のような厳しい判断はせず、雇止めは有効であるとした事例」と読む(151ページ)ことには疑問を持ちます(この事件では期間1年の雇用契約の最初の満了時に雇止めしたのですがその雇止めは無効とされ、就業規則上の更新限度の3年経過までは労働者の地位があったとされています。最高裁は、3年経過したところで無期契約になったという福岡高裁の大胆な理論を、それは無理といっただけです)し、就業規則の変更による労働条件の変更を労働契約法第10条の条文を紹介するだけでなんだか簡単に認められるかのように書いていたり(164ページ。この問題には長期にわたる多数の判例の集成があり、労働事件を取り扱う弁護士の間では容易ではないという認識があるのがふつうだと思うのですが)、就業規則と異なる労働条件の労働契約について無条件に「労働者の労働条件となる」と書かれている(165ページ。就業規則には最低基準効があって、個別の労働契約で就業規則よりも労働者に不利な労働条件を定めても無効なんですが、それに触れてないって…)とか、大丈夫か?と思ってしまうところがあります。


一般社団法人予防法務研究会編 中央経済社 2021年9月10日発行
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セックス依存症

2021-10-26 06:52:51 | 実用書・ビジネス書
 さまざまな損失があっても性的逸脱行動を繰り返す性依存症について説明した本。
 性依存症の治療を続けてきた著者は、性欲が強くそれが抑えきれなくて性犯罪に走ったという人はごくわずかだと述べています(30ページ)。依存症は、それにより快楽を得られる(正の強化)というよりも、それによって心理的な苦痛や不安を一時的に緩和できる(負の強化)ために生じると、近年では考えられています(38~40ページ)。
 「往々にして依存症者は、根っこでは自分に自信がなく、自己肯定感が低いため、周りの人から嫌われることを極度に恐れています。『助けてと言ったら嫌われるかな』『お前なんかダメなヤツだと否定されるんじゃないか』など不安感を常に抱えています。『助けて欲しい』というメッセージを発信できない。」「さらに『自分から関係を切ってしまう』こともよくあります。」「相手に先制攻撃をすることで、自分の自尊心は傷つかないで済むように思えるからです。」「これは非常にいびつで複雑なメッセージです。いざ巻き込まれた周囲の人にとっては、振り回されるし、しょっちゅう裏切られるし、嘘も多いし、対応が難しいものです。正直、関わりたくないと思ってしまうのもしかたがないことだと思います。」「しかし長年の臨床経験から私がいえるのは、『困った人』というのは『困っている人』という面を必ず持ち合わせています。周囲から『この人と関わりたくないな』と煙たがられている人や『処遇困難例』といわれている人は、口で『助けて』と言えない代わりに、問題行動(症状)をエスカレートさせることで、周りにSOSを出しているのです。」(66~67ページ)。長々と引用してしまいましたが、セックス依存症、さらには依存症の人に限らず、こういう人はいるような、そしてそうは言ってもやっぱりこういう人と関わるのは面倒で嫌だよねと思うことはままあって、自戒というか、自分に言い聞かせるように…


斉藤章佳 幻冬舎新書 2020年11月25日発行
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百合中毒

2021-10-25 20:52:30 | 小説
 八ヶ岳の麓で園芸店を営む七竈歌子と長女真希、娘婿の祐一の下に、25年前に蓼科高原のイタリアンレストランのシェフプリシラに迫られてのぼせ上がり出奔した夫泰史が、プリシラがイタリアに帰ってしまったと言って戻ってきて、今さらなんだと激怒する自らは職場の経営者と不倫中の次女遙、歌子と恋仲になり結婚するつもりだったのが目算が狂い動揺する使用人の蓬田厚志、妻に癌の疑いが出て不倫を止めようとする遙の不倫相手池内典明らに与えた波紋や思惑を描いた小説。
 遙、真希、蓬田、池内、祐一、池内、真希、歌子の順にその視点での話が進みます。最初が遙で、自分が不倫中で男が自分を一番に扱っていないこと、妻との関係が悪くないことに不満を持ちながら、妻を捨てた父を許せないと非難し、あまり強く詰らない周囲の母(歌子)や姉(真希)がおかしいと言い立てる様子に、よくもまあ自分のことは棚に上げてと感じさせる展開が、一筋縄ではありません。内心を見せるにつけ、蓬田や池内の小狡さ、厚かましさが垣間見え、結局は、語り手にならず内心が見えない泰史がむしろ善人というかかわいげがあるように見えてきます。
 パートナーの不倫への対応、諦めなのか寛容なのかそこは重要じゃないのか、をめぐる人間関係の綾を考えさせられます。


井上荒野 集英社 2021年4月30日発行
「小説すばる」連載
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自律神経の名医が教えるココロとカラダの疲れとり大全

2021-10-24 22:44:42 | 実用書・ビジネス書
 自律神経のバランスを維持して健康に過ごすための生活習慣を説明し提案する本。
 緊張したときは「肩の力を抜け」ではなく「手を開け」(90~91ページ)だそうです。「じっと手を見る」がリラックスの方法だったとは…
 朝は自分に合うヨーグルトを見つけて毎日200g食べる(42~43ページ)。以前、明治ブルガリアヨーグルトを毎朝半分食べていたのですが、定期的に行われるディズニーリゾートの懸賞(1デイパスとかぬいぐるみとか)に大量に応募(なんせ毎月15枚くらい応募用マークがたまるので)してもまったく当たらないのに嫌気がさして止めてしまいました。今は、朝はキウイ(ゼスプリの懸賞も当たらないですが)とクリームチーズがマイブームです…
 「怒ることは自律神経に悪い」と心得る(108~109ページ)、ネガティブな感情を引きずらない(194~195ページ)、先の心配をせずに今のことに集中し楽しむ「心配することで何か問題が解決するなら、いくらでも心配したらいいと思います。でも、実際は心配しても用意されている結果は変わりません」(190~191ページ)、「なんとかなるさ」を口ぐせにする(98~99ページ)、空を見上げ、「ま、いいか」と一息つく(70~71ページ)。至言です。闘うことを生業とし、なんとか「する」のが仕事の身には、そうも言ってられないのですけれども。
 ゆっくり話せば自律神経は安定する「大企業のトップや名医といわれる人に早口な人はほとんどいません」(96~97ページ)…気をつけたいとは思いますが…長年の習い性なんで。


小林弘幸 SBクリエイティブ 2021年2月22日発行
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どんとこい労働基準監督署Part2 知って得する憲法と行政法

2021-10-23 14:40:08 | 実用書・ビジネス書
 使用者側のコンサルタントにして社会保険労務士・行政書士の著者が、労働基準監督署から未払い残業代を2年分遡って支払うよう是正勧告を受けても従う義務はない、労働基準監督官の臨検も突然やってきて使用者の許可もなく入り込んだら拒否して追い返してよいなどと使用者を煽る本。
 表紙に「労働基準監督署の権限と是正勧告、そして臨検調査について、この1冊で面白いほどわかる」と書かれていて、労基署の臨検・調査・是正勧告の実務、実情が解説されているのかと思って読みましたが、まったく期待はずれでした。
 書かれているのは、憲法や行政法の一般的な解釈・講釈で、大部分は何のために書かれているのかよくわかりません。行政法の解説部分が多いのですが、こう言っては悪いかも知れませんが、どこかの教科書を十分に理解しないまま引き写している感じです。「たとえば『100万円支払え』としか訴えないのに税務署長が間違って『110万円支払え』と言ってきたような場合、これは違法な行為であるが、この行政行為に公定力が働くため、原則として違法であっても一応有効となる」(95~96ページ)と書かれているのですが、税務署長が誰から「訴えられて」課税処分をするんでしょう。「審査請求に対する応答は『採決』と呼ばれる」(99ページ)、「取消訴訟は、裁判所に違法な行政処分の取消を求める手続きで、処分を知った日から60日以内に提起すべきものとされている(行政事件訴訟法第14条)」(104ページ)とか、読んでいて頭がクラクラします(いうまでもなく、前者は「裁決」、取消訴訟の出訴期間は6か月)。ちなみに行政不服審査の不服申立期間についても「原則として処分を知った日の翌日から60日以内に申し立てなければならない(行政不服審査法第14条)」(104ページ)と書かれていますが、2014年の改正で3か月以内に延長され、条文も行政不服審査法第18条になっています。この本の「法令は2021年4月1日現在による」とされています(7ページ)が…
 著者の目からは労働者に支払う必要がない残業代を労働基準監督署が支払えと言うことは企業の財産権に対する侵害だとか営業の自由の侵害だとか、そういう労働基準監督官は労働者の奉仕者だから全体の奉仕者であることを求める憲法第15条第2項違反だ(46~47ページ)というような、粗雑な論理で労働基準監督署と戦えるんでしょうか。現場での交渉は勢いや迫力も大きな要素になるので、人によってはこういう調子で追い返せることがあるのかも知れませんが、ふつうの人がこんなこと言ったら相手にされずにやけどするでしょうね。
 著者は、臨検に来た労働基準監督官に事業主が帰ってくれと言っても居座る場合は、「事業主が監督官を実力行使で退去させたとしも、それは正当防衛になり、公務執行妨害罪にはあたらない」としています(181ページ)。暴行または脅迫を加えないとそもそも公務執行妨害罪に当たりませんから暴行・脅迫によらずに平和的に帰ってもらうのなら問題ないですが、臨検に来た労働基準監督官に暴行・脅迫を加えても「正当防衛」だというのでしょうか。著者は犯罪捜査のためではなく行政監督上の立ち入りの場合は妨害しても公務執行妨害罪にならない(193ページ)などとも言っていますから、公務執行妨害罪について根本的な勘違いをしているのかも知れません。いずれにしてもこれを読んで、臨検に来た労働基準監督官を、自分の目には必要性のない臨検だと思うからといって帰れと言いそれで帰らなければ実力行使で引きずり出しても罪に問われないと思い込んで実行する事業主がいたら不幸なことです。


河野順一 日本橋中央労務管理事務所出版部 2021年6月10日発行
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ネルソン・マンデラ 分断を超える現実主義者

2021-10-22 21:26:53 | ノンフィクション
 ネルソン・マンデラの「ハンディな評伝」を目指すとして、政治家としてのマンデラが一貫した思想を説き続けたわけではなく、現実主義者でありプラグマティストであったことを強調する本。
 ネルソン・マンデラが現実主義者でありプラグマティストであることはある意味で当然のことだと思います。ガンジーであれ、キング牧師であれ、大きな成果を上げた政治家・運動家はみな現実主義者でありプラグマティストでした(思想的な一貫性を重視する者、原理主義者が広汎な民衆の支持を集めたり、権力者たちとの強い交渉力を持ちうるほど、政治や現実の闘いの場は甘くありません。なお、ガンジーとキング牧師への私の思いは、私のサイトの小説「その解雇、無効です!ラノベでわかる解雇事件」第11章の3で触れています)。そのことをテーマにあげて書くのであれば、単にマンデラの発言や態度・政治姿勢が過去と矛盾していたり変転したことを指摘し、それが誰に向けたものかなどを推測するだけではなく、マンデラ自身がどのように考えてその発言をしたのか、態度を変えたのか、それをめぐる周囲の力学等をマンデラ自身や側近・知人の証言等もっと踏み込んだ取材・材料で検証・分析して書き込んで欲しいなと思います。新書では望むべきではないことかも知れませんが。
 著者はあとがきで「本書には、マンデラへの愛が足りず、それもあってマンデラの『偉大さ』が強調されない難もあるだろう」と書いています。マンデラの現実主義者・プラグマティストとしての面を強調しその思想・姿勢の一貫性のなさを描くことは、マンデラへの愛を欠くことでも偉大さを損なうことでもないと思います。その一貫性を捨てても実現しようとしたその目標を評価し、その判断の事情と背景と苦悩を理解し共感するためには、もっと事実を掘り下げる必要があり、踏み込む必要があったのではないか、マンデラへの愛が足りないかどうかはそこにどれだけの努力が注がれたかで判断されるのではないでしょうか。


堀内隆行 岩波新書 2021年7月20日発行
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現代色彩論講義 本当の色を求めて

2021-10-21 23:29:19 | 人文・社会科学系
 写真家で、多摩美術大学情報デザイン科教授の著者が、2020年に多摩美大で行った講義を元に作成された本。
 体系的に色彩論を学ぶということではなくて、さまざまなことがら・エピソードを題材にして、色彩について多方面から考えてみるという趣の本です。あまり知らないことがらで、たぶん高度な話が展開されているのだと思うのですが、あまりテクニカルな感じではなくて、いかにも難しいという雰囲気でもなく(といってわかりやすいわけでもないんですが)、読んでいて、あ、私「カルチャー」してるって思えるしゃれたセンスの本だと思います。判型も装丁も外で持ち歩いて読むのに適していますし。
 特定の「場所」から始まる話と、特定の歴史的事実や研究、アーティストから始まる話があって、後者の方が多いのですが、私には場所からの話が入りやすく思えました。レインボー・ビーチ(オーストラリア東海岸)の崖に露出するオーカー(赤土)に朝日・夕日が当たる輝き(38~39ページ)とか、タンジェ(ジブラルタル海峡に面した古都)の旧市街の水色の壁(64~65ページ)とか、見たことがなくてもなんだかうっとりしてしまいます。


港千尋 MEI(インスクリプト) 2021年7月27日発行
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原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴んだ事故原因

2021-10-20 00:04:48 | 実用書・ビジネス書
 日本原電に38年勤務し退職後はその頃に「完全な業界団体になり電力会社の代弁者となった」(68ページ)日本原子力産業協会(元日本原子力産業会議)の参事を務めていた著者が、福島事故で自らが避難者となり、その立場から福島事故とその後の原子力とエネルギー政策等を論じた本。
 第1章と第2章は電力会社とその中での原子力部門の位置づけ、体質などを指摘して、福島事故に至る安全対策の先送りについて語っています。その中で、日本原電はとりあえずできる津波対策をして東海第二原発では津波に対応できたとちゃっかりアピールしていますが。これらの話は、電力会社に在職していた著者ならではの視点があるのでしょうけれども、具体的な事実・エピソードの紹介はなく一般論なので、「原子力村中枢部での体験から掴んだ事故原因」などと大仰に言うほどのことかは疑問です。
 タイトルに沿った話はこのあたりまでで、後はむしろ避難者の立場から国の復興政策の場当たり性や不均衡・不公平を批判しています。自分たちに利益にならない復興施策について税金や電気料金を原資に無駄遣いするなと非難しているところは、正しい指摘で傾聴に値するのかも知れませんが、それ以前は原子力と電力会社が税金と電気料金を原資に思い切り優遇されていたことにほおかむりしてそう言われてもね、と思ってしまいます。


北村俊郎 かもがわ出版 2021年9月1日発行
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米兵はなぜ裁かれないのか

2021-10-19 00:12:09 | 人文・社会科学系
 アメリカ駐留軍の軍人と軍属(米軍が雇用する米国籍の民間人)が日本国内で犯罪を犯したときの日米地位協定の規定と運用について、NATO、ドイツ、アイスランド、フィリピン、韓国等の場合と比較しつつ説明し、著者としての改正・改善案を提案する本。
 著者の説明によれば、日米地位協定上、アメリカが第1次裁判権(優先的裁判権)を有するのは①米軍要員間の犯罪、アメリカの財産・安全に対する犯罪、②公務の執行から生じる犯罪に限られるが、公務の認定はアメリカが行うので通勤時の交通事故も全て公務犯罪とされアメリカ側が処遇している、その他の犯罪は日本が第1次裁判権を有するが日本政府は「実質的に重要な事件」以外では裁判権を放棄するという密約(形式は日米合同委員会裁判権小委員会刑事部会代表である法務省刑事局総務部長の「一方的陳述」として議事録に記載されたもの)により日本側はほとんどの場合起訴せずに来た、被疑者の身柄拘束は、日本に第1次裁判権がある事件でアメリカが身柄を確保している場合は起訴まではアメリカが身柄拘束を続け、起訴後日本に身柄を引き渡す、日本が身柄を確保した場合は、「正当な理由と必要性」があれば日本が身柄拘束を続け、それ以外のときはアメリカに身柄を引き渡すこととなっているが、これについても日本の当局が犯人の身柄を拘束する場合は多くないであろうという「一方的陳述」による密約のため結局日本が米兵の身柄を拘束することは事実上ないとのことです。
 著者の説明によれば、アメリカは、NATO諸国など他国に対しても、地位協定上は受け入れ国が一定の場合米兵に対する刑事裁判権を行使できることになっていても、公務犯罪の認定権は手放さず、また各国と裁判権放棄の密約を交わして事実上米兵を刑事訴追させない政策をとり、身柄拘束に関してはむしろ起訴後もアメリカが拘束する例が多いとのことです。そうすると、米兵の犯罪を裁けないことは、日本政府の弱腰という側面も多々あるとは思いますが、アメリカ側の狡猾さ・横暴さと交渉勝ちの結果ということになります。
 表向きの法令(協定)の規定と密約によるそれとはまったく異なる運用(実体)の落差は、手続の適正を強調するアメリカの価値観とは相容れないはずですが、政治は理念じゃないってことですかね。


信夫隆司 みすず書房 2021年9月1日発行
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