伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

白い黒人

2007-02-28 07:39:22 | 小説
 シカゴ出身の肌の黒くない混血黒人女性2人、黒人の出自を隠し人種差別主義者の夫と結婚して白人として生きるクレアと黒人社会の中で黒人としてのアイデンティティを持って生きるアイリーンが再会しクレアがニューヨークに住むアイリーンを頻繁に尋ねるようになっての愛憎劇。
 設定上、クレアは冷酷でジコチュウで欲しい物を手に入れるために手段を選ばない人物として描かれ、アイリーンは正直に黒人としてアイデンティティを保つ人物とされています。そういう設定で黒人の作者が書いた作品ですから、クレアは裏切り者で、アイリーンは正義の人物となるのが通常のパターンですが、この作品はそう単純には行きません。
 クレアが出産するときの、黒い肌の子が生まれて黒人とばれるのではないかという恐怖が描かれ、クレアの地位の不安定さが前半で強調されていますし、最後にクレアが死ぬことも、クレアの生き方を否定的に示しているとは言えます。しかし、クレアは女性として魅力的に描かれ、黒人集落を訪れても人びとを惹きつけます。他方、アイリーンは、ブラジルに新天地を求めたい医師の夫にニューヨークから去ることに反対し続け、夫が子どもたちに黒人差別の実情を教えることに反対し、むしろ隔離された黒人集落内での成長・発展を拒否した安定を強く指向する人物として描かれます。そして、(アイリーンの頑なさに嫌気がさした)夫とクレアの親密さを感じ取り不倫を疑い始めてからは、クレアを追い出すためにクレアの夫にクレアが黒人だと知らせようかと悩み、クレアの夫と偶然出会った後はクレアが開き直って離婚してハーレムに住みついてアイリーンの夫を奪うことを恐れてクレアの夫と出会ったことを隠したりさらにはクレアの死を願うに至ります。後半での心情は、むしろアイリーンの方が裏切り者的です(裏切りきれずに逡巡を重ねるのですが)。
 黒人であることを隠して(それをPassing、日本語版では「白い黒人」と呼んでいます)欲しい物を手に入れるクレアの生き方の自由と活力にも魅力があり、他方黒人としてカムアウトして正直に生きる者にも小心な安定指向や身勝手さが潜んでいるのではないか。紋切り型ではなくそういった少し考えさせるテーマをはらんだ作品だと思います。
 最後に付された解説が、アイリーンとクレアの同性愛指向を指摘しているのは、私は違和感を持ちました。クレアに魅力を感じるアイリーンの描写にそれを暗示するところはありますが、アイリーンはクレアに夫を取られまいとしてクレアを追い出そうとしているわけで、全体として同性愛を読み込むのはうがちすぎだと思います。


原題:PASSING
ネラ・ラーセン 訳:植野達郎
春風社 2006年12月26日発行 (原書は1929年)
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学園のパーシモン

2007-02-27 07:45:13 | 小説
 名門私立高校を舞台に、演劇部の美少女勝堂真衣、過去のある美少年岩崎恭、絵画力のある少女迫木綿子、落ちこぼれ美術教師磯貝努らが送る日常のけだるさに満ちた小説。
 ストーリーは、メインの主人公をおかずにこの4人を順次動かして展開しています。4人とも家庭に問題を抱え、木綿子は学校で仲間はずれにされながら絵に打ち込むことで、真衣と磯貝、恭は愛情もなく性関係を持ち続けることで、閉塞感に満ちた学園生活をしのいでいるといった風情です。一応、木綿子は絵に、真衣は演劇に打ち込む姿が書かれているのですが、それで何かを切り開くとか、力強さは感じられません。明るい展望は描かれず、けだるさ・かったるさを振り払うのではなくしのいでいるという感じです。学園で数々の噂が話題になりながらその真相が見えないのも、真実を明らかにしようという意欲が学園にも登場人物にも感じられないからでしょう。
 園長の病気の進行が表の軸とされているのに対して、ジコチュウで高慢な、そして傷つきやすい美少年恭がトリックスター的に舞台回しをして、自己崩壊していくのが、ストーリーの対抗軸になっていると読みました。その中で、相対的に強く見えた真衣が、どうも主体性が見えませんでした。冒頭では美少年恭の誘いを無視して磯貝を選びながら、後半では恭に振り回され、その心理の変化なんかは読み取れません。一人くらい高慢な美少年恭を正面からはねつける存在がいて欲しかったという意味でも、真衣は毅然としていて欲しかったんですが。
 結局は、穏健な道を歩んだ木綿子にほのかな期待を感じさせて話は終わりますが、スッキリした解決は何もなく、けだるいままです。ただ、けだるさ・閉塞感に満ちているのですが、それほど重苦しくないのが救いというか不思議な感じです。
 タイトルの「学園のパーシモン」は生徒の一人が主宰していた自殺愛好会サイトの名称から。それ自体はストーリーの中でそれほどの位置づけではないのですが。


井上荒野 文藝春秋 2007年1月30日発行
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キララ、探偵す。

2007-02-26 07:06:51 | 小説
 アイドル研究会所属の20歳男子学生のところに、従兄の博士から送られてきた美少女メイドロボットが、ご主人様に奉仕したり助けたりしつつ、殺人事件や誘拐事件、アイドルのストーカー事件を推理して解決する小説。アキバ系オタクの願望・妄想に沿った物語。
 たぶん、オタク系の若者のニーズにこたえるために何でも言うことを聞く美少女メイドロボットという設定をしたけど、いちゃいちゃさせてその願望を満たすだけでは話が持たないこともあって探偵物にしたってところでしょう。
 持ち歩いて読むにはかなり恥ずかしい。
 読んでいる間は、当然作者は30代、初出は「アニメージュ」とか、でなきゃWEB小説なんて思っていたんですが、巻末の記載を見てビックリ。初出の媒体が「別冊文藝春秋」で、作者が私より年上の50代って・・・。文藝春秋を手に取る世代にもオタクニーズが結構あるんでしょうか。美少女ロボットよりも、その点に頭がクラクラします。


竹本健治 文藝春秋 2007年1月30日発行
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老醜の記

2007-02-25 10:33:04 | 小説
 59歳男性作家が、2度の離婚の末、21歳銀座のホステスを愛人にしつつ、再婚はしないで囲っていたが、ホステスに愛人ができて三角関係になり、体で満足させられなくなったと悟り、肉体関係を持たずに愛人関係を続けようとするに至る13年間を描いた小説。
 前半は、老人男の願望を絵に描いたような話で、38歳年下のホステスとの赤裸々な肉体関係の話。そうしながら結婚したいというホステスを、老い先短い身だから若い女性を拘束しちゃいけないなどと、白々しい理屈でかわし続けます。そうしているうちに寂しくなったホステスに愛人ができると嫉妬に煩悶します。タイトル通りの老醜ですね。それでも若いホステスへの未練が募って三角関係の下で肉体関係を続けるのですが、ホステスが愛人からSM嗜好を植え付けられ、それを望むようになったのを知り、自分はホステスを満足させられないと悟って肉体関係は絶つことにします。しかし、それは性欲が抑えられたからではなく、敗北を再確認することを自尊心が許さないため。
 主人公が時折語るきれいごとと実態が終盤まであわず、人間、いつまでたっても老いてもきれいに悟ることはできず見苦しく妄執を持ち続けるもの、というのがテーマでしょうか。主人公の生き方には、ここまで言うのなら、最初の段階で再婚してしまうか、さっさと身を引けばいいのにと思い、読んでいていらだたしいですが、それができないのが人生なんだよって、作者は言いたいんでしょうね。


勝目梓 文藝春秋 2007年1月30日発行

追伸:朝日新聞が4月29日付で書評掲載
「最後は実にしみじみと綴られていて静かな感動を覚えるほど」「見逃すな!」と絶賛しています。そんなに媚びる価値ありなんでしょうか。
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ぼくらの七日間戦争

2007-02-25 08:42:44 | 小説
 全共闘世代(団塊世代)ジュニアの中学生が夏休みに閉鎖された工場跡に立てこもり「解放区」として、学校や親たちの説得に抗して7日間の籠城戦・ゲリラ戦を闘うというストーリーの小説。1985年に角川文庫で発表されて大ヒットし、「ぼくらシリーズ」が29冊も生み出される元になった作品の新装版。
 立てこもった子どもたちの闘争宣言が、ミニFM放送で発表され、そこで日大全共闘の詩や安田講堂の落書(「連帯を求めて孤立を恐れず」ではなく、「我々は玉砕の道を選んだのではない。我々のあとに必ず我々以上の勇気ある若者が、解放区において、全日本全世界で怒濤の進撃を開始するであろうことを固く信じているからこそ、この道を選んだのだ」)が引用されたり、「練監ブルース」が唄われたりするあたり、いかにも70年代っぽい。そのあたりから見ても、作者は子どもに向けてよりも全共闘世代向けに書いているように感じます。
 政治的な思想の背景なく、子どもが何でも言うことを聞くと思っている大人=権力と闘うということだけで、さらにいえば何かおもしろそうだからレベルで闘いを始めるというあたり、本家の全共闘をどう捉えるかにより全共闘へのエール・賛歌とも全共闘のパロディ・アイロニーとも読めますが。
 権力を身近なレベルで(大人=権力とか)捉えることは、本来の権力(国家権力とか)を相対的に見えにくくして免罪するという側面と、プチ権力との闘いを日常的に繰り返すことで闘争への踏み出しを容易にし実践に結びつけやすいという側面があります。多田謡子反権力人権賞選考委員としては、後者の視点を大切にしたいと思いますけど。この作品については、籠城戦を主旋律にしつつ、誘拐事件の解決とか汚職事件の告発とかを入れてエンターテインメントの側面を強めていますし、クラスの男子全員が一糸乱れず結束し、敗北する場面も一切なしで、主人公に感情移入して読む限り痛快で、都合よ過ぎるくらい。実践を勧めている・考えさせようというよりは、読んでカタルシスに、という感じがします。
 古い道具立てにもかかわらず中高生に人気(うちの子どもも絶賛してます)なのは、読み物としての痛快さに加えて、子どもを抑え込もうとする大人たちとの闘い、日頃抑え込まれておもしろくない・何かおもしろいことしたいという思いにマッチするからでしょう。続編のぼくらシリーズはその思いをすくい取れているのでしょうか。


宗田理 ポプラ社 2007年1月発行 (角川文庫版は1985年)
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ゴヤ

2007-02-24 09:13:42 | 人文・社会科学系
 スペインの画家ゴヤの解説付き画集。
 ゴヤは宮廷画家として成功し、作品の多くは貴族の肖像画です。しかし、ナポレオン戦争後のフランスからの独立戦争を描いた戦争画では民衆が主人公となっていますし、貴族のために書いた絵でも時々民衆の労働がテーマになったりしています。貴族を描いた絵の方がテクニックとしてはきれいに書かれていて民衆を書くときはラフなタッチが多いように感じます。そのあたりは意図的に使い分けているんでしょうか。


大保二郎 小学館(西洋絵画の巨匠シリーズ) 2006年11月10日発行
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フェルメール

2007-02-24 09:13:12 | 人文・社会科学系
 17世紀のオランダの画家フェルメールの解説付き画集。
 フェルメールは寡作の画家で作品として知られているのは三十数点ですから、さすがに全部収録されているようです(本では全部とは宣言していませんが)。
 フェルメールの絵は、テーマへの共感とかは感じませんし、人物の表情もどこかキリッとしないのですが、描写力、特に光の使い方の巧さに感心します。17世紀の油絵ということもあってか、ひびが多数走っているのが残念というか、痛々しいんですけどね。特に人物画で顔がひびだらけなのは。
 これまで人物画しかみていなかったのですが、風景画の「デルフトの眺望」もいい絵です。
 室内画は、並べてみると、ほとんどが窓の位置、家具の配置、壁の絵の位置一緒です。同じアトリエでそのまんまの構図で書いているんでしょうね。
 描写の技巧でいうと、今回初めて見たんですが、対比のために86頁で紹介されている同時代のオランダの画家ハブリエル・メッツーの方がうまい。こちらの画集も探してみようかな。


尾崎彰宏 小学館西洋絵画の巨匠シリーズ 2006年7月10日発行
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ふれていたい

2007-02-24 08:59:22 | 小説
 19歳の元フィギュアスケート選手(15歳で世界選手権5位だって)佐藤可南子が、元ペアの流との想い出を引きずりつつ、粗雑で包容力のある関西弁水泳選手宗治との交際を進める乙女チック純情恋愛小説。
 純愛路線というより純情路線というべき、少女漫画でホッペに横線と汗、まわりに花とか猫とかが泳いでいそうな、純情な10代少女のときめきという線でまとめられています。
 京都の大学に行って別れた流とバリ島で再会するとか、いかにもの設定で、バリ島で帰国する日に何時間もかけてバスに乗って会いに行く(普通にはこういうのは執念とか意地の領域でしょ)のに雨が降り続ければ会えない・だから降りやまないで、会いに行くのに迷いはなかった「なぜなら、雨がやんだから」(185~187頁)とか(スコールなんだから当然30分も降ればやむでしょ)、白々しい言い訳したり、付いていけないなと思いますが。まあ、かっこいい流君は実のところ引き立て役で、どっちかというと風采の上がらない関西人が恋の勝者になるのは、ちょっと溜飲が下がりますが。
 それにしても、こういう純情小説を書く人って若いのかと思ったら、私より年上ってビックリ。職人的に書いてるんでしょうね・・・。もっとも、若い作者だったら、こんな純情な行動とらせないでさっさと両方とHさせてるか・・・


小手鞠るい 求龍堂 2006年12月4日発行
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アルフォンス・ミュシャ

2007-02-23 08:35:31 | 人文・社会科学系
 アール・ヌーヴォーの旗手アルフォンス・ミュシャの解説付き画集。
 ミュシャといえば、サラ・ベルナールの演劇のポスターが有名で、それと装飾用パネルの連作を中心に紹介されるのが普通のパターンですが、この本では、ミュシャの出版した本「主の祈り」「装飾資料集」「装飾人物集」を中心に紹介しています。後の2つはイラスト集で、これを見ていると、改めて、ミュシャは「画家」というよりもイラストレーター、商業デザイナーとして成功した先駆者だなと感じます。線の整理されたポスターからの印象とは少し違うデッサンの作品を多数見られただけでも、私としては収穫でした。


島田紀夫 六耀社アートビュウシリーズ 1999年12月10日発行
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とっさの家庭医学 基本のき

2007-02-23 08:13:34 | 実用書・ビジネス書
 ありがちな症状や俗信について医師の立場から説明した漫画付き解説本。世間で言われている健康情報の多くは間違っているという観点から書かれています(プロローグ)ので、へえってことも多く、それなりにおもしろく読めます。
 けがをしたときは水で洗う必要はあるが消毒はするな(20頁)とか、風邪の自覚症状が出始めたらその後は薬を飲んでも飲まなくても病院に行っても行かなくても治り方にあまり差はない(33頁)とか、血液のサラサラ度チェックなんて機械で判定できないし意味がない(82頁)とか、酸素バーなんて疲労回復に意味がなくて老化を進める恐れあり(91頁)とか、まあ言われていることではありますが、医師の立場で断言してくれると気持ちいい。無理な早起きは体に悪い(89頁)とか・・・。
 でも、風邪をひかない方法で、手洗い、うがい、湯冷めをしない、睡眠をしっかりとるはいいんですが、室内では加湿器を使い、外出時はマスクをする、満員電車はウィルスの巣窟なので使わずタクシーを頻繁に利用するが「以上のような当たり前のことをするだけでカゼと無縁の生活を送ることができます」(33頁)って、医者にはそれが当たり前の生活なんでしょうか。朝起きたら常温の水を500ミリリットル飲む(188頁)ってのも・・・コップ1杯ならわかりますが、2杯半も飲める?


米山公啓 世界文化社 2007年2月10日発行
コメント (1)
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