30 盗人猫
ときどきまやかしの静寂を披露する
首を伸ばして虚空をみつめる
尻尾で床を磨いているが
動かしている自覚がないので
止めることができない
見られていることには気づかない
何をしていいかわからず
ちょっと爪を研いでみる
きょうの線はきれいに引けたと悦に入る
上調子にひらめいてしまう
おもむろに声を出してみる
「意識はいくつもの層にわかれている
いま引いた一本の線を一つの層と仮定する
もう一つはこれだ
少し離れたところにある
それはけっして交わらない だから
跳びうつる間を測ることが大事なのだ」
とんでもない話だ
いったい何を引用しているつもりなのだ
正確な記憶がないから
脈絡のある話ができないだけなのに
自己弁護を交えてことばをつないで
先手を打ったつもりでいる
思いつくままというやつだ
信用されていないのに
深い感銘を与えたと思い込む
図に乗って先に進む
ごみ箱に足をひっかけたかと思うと
ブロック塀に跳び乗る
だれもあとをつけられないのは
歩みがオリジナルだからだと錯覚してしまう
さらに唐突になって
「ひとつ教えてやろう
芸術とは対象との一定の距離だ
つかず離れず渡り歩くことだ
距離を精密に測れるよう
敏感な髭を生やしたまえ」
昨夜の恋狂いで荒れた声で
どこへでも出入りする
とがめられないのは重要視されていないためだ
という考えは思いつかない
責任がないことを自由と思い込む
無視されたことを受諾と勘違いし
言うだけ言うと離れていく
屋根に移り木に移ろうとするが
自分の話に酔ってしまっているので
爪をひっかけることができない
くるっとまわってアスファルトに落ちる
しかし何が起きたか理解できない
痛さにうめくことがないので
綱渡りをしたという反省がないばかりか
失敗したことに気がつかない
日向をさがしてゆっくりすわる
体をなめまわす
きれいになったところで
集まってきた新入りに話を聞かせる
「恋のために磨くんじゃない
ノミや抜け毛、あらゆる汚れを
のみこみ消化してこそ
しなやかな対応ができるようになる」
だがクロやミケやブチの
垢でしめった耳にはなじまない
目を細めてくすぐったそうな顔をするだけだ
鼻の頭にミルクの滓をつけた奴
帰る場所を知ってる奴だけがニヤリと笑う
「私がきのう読んだ本に
鴎は塩からい魚の肉ばかりで暮らしている
という一行があって笑ってしまった
ほんとうのことはいつでも滑稽だ
あんたの話にはユーモアが欠けるなあ
ホンモノとは言えない
猫をかぶってだれにといりるつもりかな」
しばらく目のなかをのぞきこむが
大きな欠伸をすると首を伸ばして虚空をみつめる
いま聞いた話を聞いてくれる相手を探し始める
(アルメ250 、1987年06月25)
ときどきまやかしの静寂を披露する
首を伸ばして虚空をみつめる
尻尾で床を磨いているが
動かしている自覚がないので
止めることができない
見られていることには気づかない
何をしていいかわからず
ちょっと爪を研いでみる
きょうの線はきれいに引けたと悦に入る
上調子にひらめいてしまう
おもむろに声を出してみる
「意識はいくつもの層にわかれている
いま引いた一本の線を一つの層と仮定する
もう一つはこれだ
少し離れたところにある
それはけっして交わらない だから
跳びうつる間を測ることが大事なのだ」
とんでもない話だ
いったい何を引用しているつもりなのだ
正確な記憶がないから
脈絡のある話ができないだけなのに
自己弁護を交えてことばをつないで
先手を打ったつもりでいる
思いつくままというやつだ
信用されていないのに
深い感銘を与えたと思い込む
図に乗って先に進む
ごみ箱に足をひっかけたかと思うと
ブロック塀に跳び乗る
だれもあとをつけられないのは
歩みがオリジナルだからだと錯覚してしまう
さらに唐突になって
「ひとつ教えてやろう
芸術とは対象との一定の距離だ
つかず離れず渡り歩くことだ
距離を精密に測れるよう
敏感な髭を生やしたまえ」
昨夜の恋狂いで荒れた声で
どこへでも出入りする
とがめられないのは重要視されていないためだ
という考えは思いつかない
責任がないことを自由と思い込む
無視されたことを受諾と勘違いし
言うだけ言うと離れていく
屋根に移り木に移ろうとするが
自分の話に酔ってしまっているので
爪をひっかけることができない
くるっとまわってアスファルトに落ちる
しかし何が起きたか理解できない
痛さにうめくことがないので
綱渡りをしたという反省がないばかりか
失敗したことに気がつかない
日向をさがしてゆっくりすわる
体をなめまわす
きれいになったところで
集まってきた新入りに話を聞かせる
「恋のために磨くんじゃない
ノミや抜け毛、あらゆる汚れを
のみこみ消化してこそ
しなやかな対応ができるようになる」
だがクロやミケやブチの
垢でしめった耳にはなじまない
目を細めてくすぐったそうな顔をするだけだ
鼻の頭にミルクの滓をつけた奴
帰る場所を知ってる奴だけがニヤリと笑う
「私がきのう読んだ本に
鴎は塩からい魚の肉ばかりで暮らしている
という一行があって笑ってしまった
ほんとうのことはいつでも滑稽だ
あんたの話にはユーモアが欠けるなあ
ホンモノとは言えない
猫をかぶってだれにといりるつもりかな」
しばらく目のなかをのぞきこむが
大きな欠伸をすると首を伸ばして虚空をみつめる
いま聞いた話を聞いてくれる相手を探し始める
(アルメ250 、1987年06月25)