詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

宮川朔「祖母の年譜」

2019-08-27 08:21:52 | 詩(雑誌・同人誌)
宮川朔「祖母の年譜」(現代詩手帖、2019年09月号)

 宮川朔「祖母の年譜」は「現代詩手帖」の投稿欄の作品。阿部嘉昭、野木京子の二人が選んでいる。投稿欄には、ときどき、あ、これで次の「手帖賞」はこのひとだな、と思う作品がある。そう思って、私の予想が外れたのは和田まさこだけ。彼女は、その後、人気が出たが、私は投稿時代の2篇の作品を上回るものを書いていないと読んでいる。
 前置きが長くなった。宮川の作品は、こう始まる。

昭和三十二年。二十一歳。東京の専門学校で
資格を取って、帰郷。栄養士になると思って
いたが、知人のすすめで算盤と作文の試験を
受け、ミドリ中学校の事務員になる。自己流
で学んだ算盤の成績は一番で、後に生徒にも
教えた。

 淡々と進む。森鴎外の文章のように無駄がない。言い換えると、かざったところがない。必要なことを書けば、それがそのまま人間の運動になる。

    十名ほどの先生の給与計算はすぐに
終わり、暇だった。運動会では、丘の上で女
事務員たちがダンスをした。校長は午後三時
になると魚屋に刺身を持ってこさせて日本酒
で一杯やった。魚屋に借金が三万あった。若
かったので不安になったが、副校長に校長は
山を持っていてあれを売れば大丈夫、となだ
められた。初任給六千九百円の時代。ときど
き罠にかかった動物を調理した。いのしし?

 「祖母」から少し逸脱していくが、それにしたがって「まわり」が見えてくる。この感じも、こう書くとちょっと大げさになってしまうが、鴎外の「渋江抽斎」の抽斎が死んだ後の散文のようでおもしろい。主人公はいないのに、主人公(祖母)が見える。
 「不安になった」「なだめられた」の「主語」は「祖母」なのか。「祖母」がなぜ、校長の金のことまで心配しないといけないのか。まあ、算盤をやっていたので、どうしても計算してしまうというのだろう。そこに「じんわり」と「祖母」が顔を出すのが説得力がある。「山」から「いのしし」へと思いがけない展開をするのも楽しい。
 散文体はここで終わり、二連目は、一転して行わけになる。「祖母」ではなく、作者が描かれる。

原稿用紙にここまで書いて、鉛筆を置いた。
夜も更けたので風呂に入る。
湯船につかり、ゆっくりまぶたをあけとじ。
壁になめくじがいるのに気づき
からだがこわばる。The only thing
We have to fear is fear itself.
ルーズベルトの演説の文句を、唱えて耐え
 た。
年譜のことば運びにも、筆者の主観が混ざ
 る。
反省をして早くに寝る。明日は昭和三十三
 年。

 行わけだが、リズムは散文を守っている。ただし、一行一行の飛躍は大きくなる。行間が広くなる。そして、その飛躍が「余白」の大きさを感じさせる。「余白」なのだけれど、そこに何もないわけではなく、作者の「気」が静かに広がっている。「fear」(恐れ)ということばが出てくるが、「畏怖」に通じる何か「確かさ」のようなものがある。
 「知っている」ことと「わかっている」ことを明確に区別し、「わかっている」ことだけをことばにする、その「肉体」の「確かさ」に、私は立ち止まるのである。「肉体」を「知性(思想)」と言い換えてもいいが、私はあえて「肉体」と書いておく。
 「原稿用紙」「鉛筆」が、そういう印象を引き起こすのかもしれない。手を動かしてことばを動かす(書く)。おのずと抑制、制御され、ととのえられていくものがあり、それが「ことばの肉体」にもなっている。宮川が手書きで詩を書いているかどうかは知らないが、手でことばを書いた記憶が静かに残っている。



*

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