3月 9日(土) 15/-4℃
朝景色が白っぽく見えました
霜?
今朝の最低気温は―4℃
寒い・・・
福寿草もグッタリです
東京で暮らす〇〇ちゃん、幼稚園を卒業しました
皆勤賞
ガンバリ屋で、弟▢▢君の面倒見もよく、jiiji baaba自慢の孫NO1です
4月からはピカピカの小学生・・・
ランドセルの準備はOKのようですが、学習机は?
パパ、ママの時代は定番でしたが最近の住宅事情や子育て観からはどうするのか、そこはjiiji baabaの出番ではありません
いずれにしても孫、5人
〇〇ちゃんが先例となりますから、できるだけ甲乙がでないよう、jiiji baabaはそこに気を使います
まぁ、何でも5倍!!
(両陛下の、初の「私的旅行」をお迎えしたのはもう6年前です)
嬉しい悲鳴です
「不寛容社会」・・・・
昨今の日本社会をさして、言い得て妙――ですね
《不寛容社会、除夜の鐘や風鈴にも「うるさい」とクレーム》 (2月26日NEWSポストセブン/女性セブン)
「・・・毎日のように報道される芸能人や企業の不祥事。二宮金次郎銅像にまで、児童労働や歩きスマホを想起させる!とクレームが。この不寛容社会はどこまで深刻化するのか?不寛容さは会社内でも波紋を呼んでいるという。パワハラ、セクハラ、モラハラ、アルハラ、マタハラなど、ハラスメントが蔓延中」
60年安保で倒れた、岸信介政権に替わって誕生した池田隼人政権(1960年7月~64年11月)
池田首相が掲げたキャッチフレーズは「寛容と忍耐」でした
“所得倍増論” とあのダミ声とともに記憶に残ります
その「寛容と忍耐」はどこから来たか?
ウィキペデイアによると
「・・・宮澤は回顧録で「大平さんが池田さんに、とにかくここは"忍耐"しかないですね、と言ってそんなことから"忍耐"を一つスローガンにする。もうひとつ私が、ジョン・スチュアート・ミルがよく"tolerance"ということを言っていたから"寛容"というのはどうですか、と私が言って、それでスタートした」と話している」 (宮澤:宮澤喜一さん、大平:大平正芳さん)
今思うと、池田・大平・宮澤・・・
官僚あがりの、有能な政治家でした
「不寛容社会」はギスギス
もう一度、池田隼人さんの「寛容と忍耐」を噛みしめてもいいですね
今日3月9日は、誰にも分る語呂合わせでサン(3)キュー(9)の「感謝の日」・・・
5人の孫に恵まれたことに感謝です
嫁サマはじめ娘たち、すばらしい孫たちを生んでくれたことに感謝です