眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

中国茶

2024-06-07 | 
大好きなチョコチップクッキーなの。
 少女が嬉しそうに中国茶を淹れた
  ジャスミンの華やかな香りが部屋中に溢れた
   カップに注いで
    少女は椅子のうえに膝を抱えてすわり
     僕は窓辺に近ずいて煙草に灯をつけた
      少しだけ暖かくなってきた陽気は
       帽子の記憶を想い出させた

       その帽子似合うよ。
      学食で僕はランチを食べながらそう口にした
     他に云うべき言葉が見つからなかったのだ
    ショートカットの後輩は
   まんざらでもない表情で僕が食事をする風景を
  飽きもせず眺めていた
 サラダ、嫌いなんですか?
突然僕の席の前に座り込んだ後輩の女の子がおもむろに尋ねた
 どうして?
  先輩、いつも野菜に手をつけないから。
   野菜じゃなくてさ、ドレッシングが駄目なんだ。
    ドレッシング?
     そう。乳製品アレルギーなんでね。
      ふ~ん。
       ねえ、本当にこの帽子似合っていると想います?
        うん。悪くない。
         それにあたらしい髪型も似合っている。
          後輩は複雑そうな微笑を浮かべて
           僕の皿からサラダを奪い取って食べた

          後輩は長い髪がとても綺麗な子だった
         みんなが彼女に憧れ
        見知らぬ学生達からよく声をかけられていた
       それで彼女が髪を切ったという噂は
      瞬く間に皆に知れ渡った
     失恋しただの、モデルの仕事のためだのただの気分転換だの。
    いろんな情報が飛び交ったのだが
   そのどれが真実なのかはわからなかった
    
  彼女が僕と話しをする機会なんてめったに無かった
 僕は伸ばし放題の髪をうっとうしく結んで
レノンの真似をした丸眼鏡をかけいつも酔っぱらっていた
 後輩が興味を持つような洒落たファッションセンスから程遠い距離にあった
  それで僕は彼女がわざわざ学食まで僕を捜索したのが
   不思議でならなかった

    ギター教えて欲しいんです。
     ギター?
      はい。どうしても弾きたい曲があって。
       ふ~ん。いいけどさ、おいら下手だよ?
        先輩、この曲弾けます?
  
         ギルバート・オサリバンの「アローンアゲイン」だった
          どうしても弾きたいの。
           綺麗な顔立ちから冗談が消えていた

           それで僕らは週に2回
            夜の公園のベンチで曲の練習をすることになった
             その頃僕は毎日酔っぱらっていて
              暇な時間には事欠かなかったのだが
               後輩はいそがしい人物だったので
                夜しか時間が取れなかったのだ
               僕はポケットに忍び込ませたウィスキーを
              大事そうに舐めながらぼんやり彼女を待った
             ギターケースを担いだ彼女が
            息を切らせて小走りにやって来るのを待った
           夏の日の月明かりの出来事だ
          月明かりの下で並んでギターを弾いた

         先輩は誰か好きなひといるんですか?
        僕が煙草を吸い終わる間に
       ぽつりと彼女が呟いた。
      う~ん。好きな人はいるけどね、ちゃんと彼氏がいる。
     諦めるんですか?
    君ならどうするのさ?
   あたしは、さっさとその人のこと忘れて次の恋を探しますね。
  だって、
 時間の無駄だもの。
夜中に酔っ払いとギター弾いている時間が果たしてどう無駄じゃないのか
 とても不思議だった
  そうしていそがしい彼女と違って
   僕の時間の流れは或る瞬間をさしたまま動かなかったのだ。
    積極的な思考停止。
     僕は考える事に少々疲れていたのだ。
      個人的な問題をいくつも抱え込み
       僕の時間は前には進まなかった。

        後輩は二ヵ月半くらいで曲の運指を憶えた
         もともとピアノも弾けたし楽譜を読むのも
          僕なんかより十分速かった、

         あとさ、自分でできるよ。
        そう云った次の週に彼女は
       綺麗な缶に入った中国茶をくれた。
      お礼です。
     そう云って深々と頭を下げた
    彼女が姿を見せなくなっても僕は何故か
   時間になると公園で煙草を吹かしギターを悪戯した
  それからぱったりと彼女の姿がキャンパスから消えた
 そうしてまたいろんな情報が飛び交った

僕の部屋に彼女にもらった中国茶の缶が残った
 夕暮れ時にそのお茶を淹れ
  一人暮らしのアパートの窓辺で
   洗濯物を干し終わった後に飲んだ
    すごく懐かしい香りのするお茶だった
     
     少女がチョコチップクッキーを指差した
      食べる?
       いらない、君の分け前が減る。
        それもそうね。
         少女はクッキーをかじりながらお茶を飲んだ。

          懐かしい匂いがするね、このお茶。

           そう?

          いい香りがする

         少女は熱心にクッキーをかじっている

        僕は僕の目の前から姿を消した後輩のことを思い出した

       いま、どうしているのだろう?

      どうして「アローンアゲイン」だったのだろう?

     





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