眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

お茶会

2024-02-23 | 
破片が零れ落ちる時
 僕は礼拝堂の中でぼんやりと意識を流していた
  ただ静けさだけが其処にはあって
   僕は祭壇の前でただ無実である様に祈った
    誰にも届かない苦杯を
     静かに飲み干せる様に
      ただ意識を流していた
       
       空は綺麗なはずだった

       世界に哀しみが舞い降りる

        午後

       僕らはお茶会の準備を始めた
        少女がクッキーの焼き加減に集中し
         僕は紅茶の葉をどれにしようか悩んでいた
          いくつかの小瓶を眺めて
           どれにすればいいのか混乱した

           ねえ
            お茶は何にすればいいんだろう?

           少女の背中に声をかけると

          うるさいわね、今、クッキーを焼き上げているとこなのよ。
         邪魔しないで。

       と返事が返ってきた

      僕は硝子の小瓶からウバの葉を選んでぼんやりと空を眺めた

     静かな世界だった
    呆れるほどに
   其処には街頭演説も無ければ戦闘機の爆音も存在しなかった
  しあわせな歌声や甘美なパレードの音楽も無かった
 ただ静かだった
僕はそっと目を閉じた

 早く逃げよう。

  少年の声が聴こえた
   帽子を深くかむった少年が僕の身体を揺すった
    僕はぼんやりとしていた

     どうしたんだい。じきに奴等が来る。
      もう此処にもいられないんだ。
       だからさ、急ぐんだ。

       アパートの二階の部屋から外を眺めると
        二台の車と黒ずくめの影がぼんやりと見えた
         
         急ぐんだ。
          簡単なことさ。あんたを車に積み込むだけだ。
           あとは全部捨てていくんだ。

           捨てていく?

            そう、全てを。
             あんたの記憶や本やら古ぼけた楽器やレコードたちを。

              階段を駆け上がる足音がする。


               ね。
                どうしちゃったんだい?急ぐんだ。

               少年は泣きそうな声をしていた。
              
              あんたと僕はいままで上手くやってきたじゃないか。
             これからだってそう。ずっと上手くゆくんだ。
            だから早く逃げよう。
           全てを捨てて。

          僕は何も考えられなかった
         ただぼんやりと窓の外を眺めていた

        もういいんだ。

       僕はそう呟いた
      
      もういいんだよ。

     少年が泣きながら窓から飛び出した

    涙の破片が零れ落ちた

  もういいんだよ。

 僕はじっと少年の後姿を見ていた

夜空に赤い月が見えた


 それで。
  
  それでお茶は何にするのか決めたのね?

   少女が焼きたてのクッキーを
    大きめのお皿にならべて運んでいた

     お茶?

      そうよ。あなた大丈夫?眠ってたんでしょう。
       ぼんやりしているわ。
        悪い夢でも見たみたいよ。

        悪い夢

       少女は硝子の小瓶を手にして嬉しそうに微笑んだ

      ウバね。ちょうど飲みたかったお茶だわ。

     空が綺麗だった

    僕らはお茶会を始めた

   僕らは静かにお茶を飲み焼きたてのクッキーを齧った

  静かだった

 まるで誰かがこの世界から旅立った日のように

静かな哀しみが郷愁を揺らす

 少女が僕の手を取り優しく語りかけた

   大丈夫。

    なにも心配することなんかないわ。

     私たちは此処でお茶会をしているだけよ。

      大丈夫。

       それから白いハンカチで僕の顔をなぞった

        僕は泣いていた

         破片が零れ落ちる時

        ぼんやりと意識を流していた



         大丈夫。

       少女の焼いたクッキーがとても美味しかった




















              

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 冬の日 | トップ | 眼鏡屋 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (まかろん)
2022-05-28 05:27:00
今日は。
今回もとても余韻がのこる不思議な作品でしたね。

この少年は誰なのでしょうね。
なにから逃げようとしてたのか。

逃げないことを選んだ“僕”は、
少女とのお茶会にはまりこんだまま、
どこかで何かを壊されているのでしょうか。

少年だけでも逃げられてよかったです。

良い週末を、“僕”と少年に。
返信する
Unknown (sherbet24)
2022-05-29 11:01:35
まかろんさんコメントありがとうございます。励みになります。いつも物語を深く読んで下さり感謝です。
「僕」は「世界」に取り残されたのです。僕は「此処」でもう帰らない人びとをずっと待っているのです。長い長い時間が流れました。そしてまかろんさんの様な方がたまにこの「世界」にふと足を停めて下さるのを本当に嬉しく想います。まかろんさんこれからも気が向いたときにでも覗きにいらっしゃって下さいね。お待ちしています。
返信する

コメントを投稿