眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

あん摩師

2013-04-17 | 
高すぎる空を眺めて
 不安という名の未来を凝視した
  空気は透明で色をつけた雨が哀しげに微笑む
   午後
    行き場の無い想い
     今日はもう疲れた
      早く帰ろう

      診察台に横になり
       あん摩師が全身の凝りを揉み解す
        まるで絡まった糸の束を解く様に
         ゆっくりと広背筋をさすってゆく
          僕は浅く呼吸し
           先生の指先に意識を集中させた
            筋肉に意識を集中させる
             硬くなった体と心が安らかに解かれた
              可愛そうに
               僕の肩に触れながら
                中年の女性のあん摩師が呟いた
               無口なその先生が僕は好きだった
              緊張して筋肉を硬くすると
             大丈夫。
            とささやいた
           彼女に大丈夫と云われると
          心まで温かくなって心配事が無くなるような気がした
         弱視の先生は無駄口を一切叩かない
        ただ心を込めてあん摩する
       夜
      診療所の蛍光灯がじじじ、と音を出している

     呼んでる。
    先生が突然云ったので僕にはなんのことだか分からなかった
   いいの、出ないで?
  マナーモードにしておいた僕の携帯電話の音だった
 僕の携帯ですか?
そう、聴こえないの?
 奇妙に不思議そうに先生が呟いた
  呼んでる。
   その言い方が何故か不思議な感触を漂わせた
    浮遊する誰かが僕を呼んだのだろうか?
     僕の名前を憶えてくれる人が果たして存在するのだろうか?
      大体、僕の名前は何だったのだろう?
       雨の音が聞こえてくる
        優しい音
         
         先生が云った

          はい、おしまい。
           
           大丈夫だから。


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さよなら

2013-04-07 | 
さよならを分解して構成物質を考察した
 僕らはいつさよならと云うのだろう
  よくよく考えた縁側で
   煙草を吹かして紫色の煙の行方を眺めた
    長すぎる前髪がじりじりと燃えた
     ため息を吐いて考えるのを諦めた
      さよならの具合は難しい
       まるで
        スープに入れる最後の調味料の様に
         隠し味は誰もが秘密にするから
          他人には分量の加減が難しいのだ
           ため息の深夜  
            一週間ぶりにウイスキーを舐めた

            雨が断続的に続く深夜
             雨音の激しさに驚き
              部屋の明かりを消して音楽を流した
               バッハのリュート組曲を聴いている   
                最近の僕はバッハがお気に入りだ
                 あるいは
                  お酒が忘れさせてくれる痛みを
                   表現しているのかも知れない
                    
                  痛みは何時頃から僕の中に内在したのだろう?
                 いつか気付いた界隈は
                夕映えのグランドの長く伸びる影
               少女の影を追い求め
              何時しかそれは痛みになり
             ほどなく甘美な記憶となった
            甘く腐敗した熟れた果実の様だ
           様変わりした日常に右往左往し
          雨音が不穏状態の僕を責め立てる
         かつての罪と罰がかき混ぜられ
        それを口にする眠れない夜
       優しい哀しみと倦怠感
      大切な人々の名前を羅列し呟き
     何度か現世に留まろうとする
    アルコールで弛緩させた精神
   だがしかし
  さよならの成分が何なのか
 僕には皆目見当がつかない

 生きていなさい。

 君がそう云って
  僕の前髪に触れた
   大学のキャンパスのベンチで君は僕を見つめた
    静かな昼下がりだった
     僕らはベンチに腰かけ
      一時間ほど会話した

      ね
       哀しみの成分って何なんだい?

        少女ははっか煙草を口にしながら優しく答えた

         優しさと哀しみよ。
  
          苦しみはやがて消え去るわ。
           優しさと哀しみだけが其処に残るのよ。

           それはつらいことなのかな?

           君は哀しみに満ちた瞳で僕を見つめた

            大丈夫。
             心配しないで。
              あなたはさよならの成分がまだ分かっていないのよ。
               だから
                だから生きていなさい。
                 そうして
                  さよならの成分が分かったら
                   あなたはさよならを云えるようになるわ。

                  少女の手首の傷に僕は知らない振りをした
                 少女は優しい微笑みを浮かべている
                僕は静かに立ち上がって
               ジーンズに付いた埃をはらい
              もう一度少女に尋ねてみた

             さよならの具合は難しいのかい?

            そう。
           おむすびの塩加減くらい繊細だわ。

          眠れない夜が優しく世界を包み込む

         夜が終わらないよ

        違うわ。朝がやってこないのよ。

       悪夢の様な繰り返される日常
      それを皆が平穏と呼んだ
     
     僕はおむすびを握りながら
    塩加減に四苦八苦していた
   
   出来上がったおむすびは
  少し塩辛かった
 僕はおむすびを食べながらため息を吐いた

ピクニックに行く時間だ

 おむすびをリュックサックに入れ
  僕は旅の準備を始めた
   そうしてあてどなく彷徨い続けるのだろう
    旅は続くのだ

     甘く腐敗した熟れた果実の様だ

      静かな夜

      リュートの音色がとても親密だった


       眠れない夜


      さよならの具合は難しい



       いつか

















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