空間の余白に白線を引いた
そこからここまでは君の領域
このまるい部分は僕の世界
少年は冷たく言い放ち
優しさのかたちをした十字に
赤いワインの一滴を零す
赤い線が流れる
世界の境界線
僕が正常だと定義し
君が良識の範疇外に指定した虚脱の空間
僕はただワインを舐めている
僕は世界を舐め回している
あんたが指定した座席に
全体どんな存在意義が或るのさ?
野良猫が鉄柵の上で憐れむ視線で僕を認識する
待ってよ、ハルシオン
違うんだ。そうじゃないんだ
黒猫の口元が皮肉に舌なめずりをした
違う?
違うって何が違うのさ
あんたはそういう言葉を使ったんだ
言葉は魔法の第一定義なんだ
いいかい。誰かが世界の始まりに「光あれ」と云った
そうして世界に光が存在したんだ
あんたは
あんたはその言葉を使ったんだよ
意味を知らなかったのか邪気だったのか
そんな事は問題じゃない
あんたはこの世界で言葉を使ってしまったんだ
消えない唯一の事実さ
ハルシオンの赤い舌が髭を舐めた
僕は僕の限りに於いて
優しさのアリバイに執着した
言葉で優しさを表現しようとして
無数の失敗を繰り返した
失敗?
違うよ。あんたの生き方の問題さ。
違うかい?
黒猫が爪で楽器の弦を引きちぎった
世界の終わりの音がした
クレーン車が空き地に佇んでいる
孤独なクレーンが青い月と重なった
僕はただ独りで青の中ビールを飲んでいる
そこには虚無の感覚だけが残された
全てが零れ落ちた
何も無かった
手のひらには何も残らなかった
僕は愚らない虚無だけを大切に握り締めていた
大切な何かを今度も失った
愚かさの代償に
詭弁と自尊心の滑稽さが舌を出す
赤い舌
云い訳の効かない劇薬
其れを小瓶から出してワインに零した
あんたさ
何時までそうやって生きてつもり?
フィリップモーリスを咥えて誰かが云った
広い部屋には誰もいなかった
誰かが重たげに煙を吐き出す音がした
時計の在る場所を求めたけれど
暗闇で何も視界に入らなかった
雨の音がした
降りしきる雨が止まない
僕は大切な何かに果物ナイフを突きつけたのだ
青臭い林檎の香りがした
唐突に音楽が途絶えた
僕はやはりこの現世に戻ってくるべきでは無かったのだ
どうしようもないよ
ハルシオンが面倒臭そうに呟き
僕はただ自堕落に酒に溺れた
水面に光が射したような気がしたけれど
全ては気のせいだった
どうしようもないのだ
僕自身が愚かさに塗れた粉飾された
虚偽の記載事項だったからだ
時間だけが過ぎ行く
しかし時計の針は見当たらない
それでも
それでもあんたは言葉を紡ぎ続けるんだね?
黒猫が尋ねた
帰って来やしない者の為に
大切な物を失ってもまだ
あんたは言葉を使って世界を続けてゆくんだね?
僕は酔いどれた頭で何度も転んだ
もはや悔い改めることなど出来ない
出来れば冷淡な苦笑を
蔑みのスープの生暖かさで
馬鹿にしてもらえれば
少しは笑って見せられる
僕は