眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

飛行船

2024-07-30 | 
  微細な設計図を眺めながら
   僕はグラスのウイスキーを舌先で転がした
    或る冬の日の幻影
     瑣末な事象を語るなら
      あの街角は多分雪で覆われていたはずだ
       煙草を回しのみしながら
        僕等はあの飛行船の末路を想像していた

        建物の2階の窓辺から空を眺めた
         灰色の空が灰色の僕らの主張をねじ伏せたあの日
          ツェッペリン号はその機体を空にたなびかせた
           僕等はディストーションで歪んだギターを掻き鳴らし
            たぶん君が難解なフレーズを
             物凄い速さで展開してゆく様を
              僕はぼんやりと眺めていた
               指先は魔法のように指板の上を行き来した
                僕は伴奏を諦めてウイスキーを飲んだ
                 君がくすくす微笑みながら
                  アランホールズワースの様な旋律を
                   信じられないレガートで弾き流した
                    まるで指が六本あるような難解さで

                    飛行船は落下したよ
                   
                   アンプの目盛りを調整しながら
                  君はまるででたらめな記憶を辿るように呟いた
                 真空管のアンプは
                暖まるまで時間がかかる
               まるでへそを曲げた野良猫の様な気品で
              饒舌な演説が嫌いな僕は
             ただペンタトニックスケールを悪戯して
            一音ブルーノートを入れて旋律に終止符を打った

           どうして止めるのさ?

          君がいかにも不思議そうに僕の指先を告発する

         ねえ
        もう3時間もこうしてギターを掻き鳴らしているんだ
       ジェフ・ベックだって飽きるよ
      それに
     それに酒も煙草も底を尽いたよ
    
    買出しに行こう

   君は嬉しそうにマフラーを首に巻いて
  アパルトマンの階段を駆け下りた
 僕は財布の紙幣の枚数を確認してから重い腰を上げた

街中は雑踏で溢れ返っていた
 飛行船が墜落した現場はあの森の向こうの草原だったからだ
  人々は驚きや失望や空虚な狭間の世界で
   そのニュースに沸いていた
    そんな午後の2時
     空は相変わらず重く垂れ込めた灰色をしていた
      君はのんきに紙袋のワインを飲んでいる
       水の無い噴水のベンチに腰掛けて
        僕等は人々の狂乱を眺めていた
         
        君はどう想像してたんだい?

         可笑しそうに尋ねる君に僕は答えた

          理論上飛行船は飛ばない
           そうだろう?

           ホットドックを齧りながら君は満足げにうなずいた
            
            空を飛ぼうなんて話は彼等の幻想さ
             灰色の空は誰の干渉も受けない
              空の上を目指して創られた塔は
               設計段階から無残に破壊される事を内在しているんだ
                飛ばない船が飛行船になれる要素なんて
                 一つも在りはしないんだよ
                  誰も気付かないふりをしているだけさ

                  どうしてこんな茶番を演じるんだい?

                 君はまことしやかに告げた

                経済という魔法の干渉に於いてだよ
               飛行船の計画には人手がいる
              利害が一致した経営者と労働者の産物なのさ

             それは飛行船が落下する確率を知っていてもかい?

            もちろん計算済みの行為だよ
           計算された賃金が相対的に支払われるんだ
          誰も損をしない魔法の類さ
                 たちの悪い取引さ

       僕等は街角のカフェで酸味の強い珈琲を飲みながら
      蒸気機関の煙突の様に煙草を吹かした
     紫色の煙が宙空にゆらゆらと漂った
    
    彼らは空と想像力を金貨に換えようとしたんだ

   君の声が皮肉に木霊した

  僕等は煙草とお酒をたっぷり買い込み
 僕らの世界に於いて音楽を紡ぎ続けた
世界は重く垂れ込めた灰色の空虚さを讃えた
 
 僕等はただ楽器を悪戯していた
  あの日あの時
   或る冬の日の幻想
    飛ばない船を空に浮かべようとしたあの日

     彼らは空と想像力を金貨に換えようとしたんだ

      君が静かに囁いた

       彼らは空と想像力を金貨に換えようとしたんだ

        或る冬の日の幻想

         主張する趣味を持たない僕らの魂は

          やがて分別され記憶となり現実から乖離する

           緩やかな飛行は

           燃えない夢の類だった

            或る冬の日

           僕らのアパルトマンの一室で

          僕等は音楽を奏でた

         虚空に向けて

        理論上は飛行船は飛ばないんだよ
      鉛筆をくるくるしながら君が僕に告げた

     あの日の君がくすくす微笑んだ














        
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愛煙家

2024-07-24 | 
寛さんはいつも窓際の席でぼんやり煙草を吹かしている
 通りがかった僕に「ちょっと来い」と命令する
  僕は、忙しいのでという言い訳を口にするが
   お前の愚らない人生に忙しい事なんかあるもんか、といきなり全否定だ
    書類を抱えながらため息をこぼしつつ彼のそばに座る
     若い看護士が訪れ
      煙草は身体に悪いですよと苦言を呈す
       身体に悪いと死ぬのかと寛さんは僕に尋ねる
        たぶん健康には良くないでしょうね、と答える僕に
         死んだら吸えないのだから生きてるうちに吸えと
          滅茶苦茶なことを云って
           ピースを一本差し出す
            一服した僕の顔を眺めて
             美味いか?と尋ねる
              美味いですよ、もちろん。
               そう云う僕に満面の笑みを浮かべて
                そうだ。それでいい。
                 と満足げに微笑む
                  僕は苦笑しながらライターで
                   彼の煙草の先に灯を点けた
            
                   大体煙草が悪いと誰が決めたと不機嫌だ
                  さあ?誰でしょうね。
                 天皇陛下か?
                其処の所はよく分かりません。
               わしらが若い時分には
              煙草を吹かすのは大人になった証拠だった。
             皆得意げに煙草を吹かしたもんだ。
            戦時中も戦後間もない頃も煙草は貴重品だったからな。
           寛さんは呟き紫の煙を吐いた
          召集令状が来てな
         いきなり長崎に連れて行かれたんだ
        海軍に入隊したんだ
       当時沖縄の連中は方言のなまりがひどくてな
      お前等、日本語も話せないのかと上官にこっぴどくやられたよ
     外出の日でも憲兵がうるさかった
    翌朝、酒の匂いがする奴は上官に死ぬほど殴られたもんだ
   お前等酒を飲んでどうやって国を守れるのかってな
  酷い所だったよ
 終戦を迎えたのも長崎だった
今日から諸君は民間人と一緒だ、と
 飛び上がるくらい嬉しかったな
  飛行機が無かったから船で宮古島に帰った
   波止場には村中の人々が集まって出迎えてくれた
    嬉しかったね
     酒を飲んで煙草を吹かした、想い存分な
      誰かが三味線を弾いて歌ったよ
       「なりやまあやぐ」だ
        懐かしかったね
         お前は三味線は弾かんのか?
          駄目な奴だ
           三味線はいいぞ
            子供の頃には
             登川誠仁が近くに住んでいてな
              いつも
               寛兄さん、寛兄さんと遊びをせがんでいたよ
                あいつは子供の頃から上手かった
                 天才というのは確かにいるんんだな
                  あいつのは速弾きは凄かったもんな。
                   ところで今は何月だ?

                   そう云って
                  寛さんは黙り込み目を閉じた
                 煙草の先が灰になり
                ぽとり、と落ちた

               僕が声をかけると
              うるさい、と呟いた
             何を考えているんですか?と尋ねると
            昔のことを思い出しているんだ
           無粋な奴だ
          と目を開けた

         世間は平和か?

        そうでもないですよ。

       そうか。
      昔もそうだった。

     気をつけろ。

   僕はウィンストンを引っ張り出し
  一本咥え火を点け
 寛さんにも勧めた

懐かしい煙草だな

 お前は何時から煙草を呑んでるんだ

  さあ?15歳くらいですかね。

   寛さんは苦笑いした

    立派な不良だな

     僕等は並んで煙草を吹かし続けた

      窓の外の世界に

       煙がゆらゆらと舞った

        皆いなくなったよ

         十分気をつけろ

          煙がゆらゆらと踊った

           まるで


           まるで何処かの国の様に













               
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ソファー

2024-07-18 | 
部室はふたつに分かれていた。
広い部屋にはピアノがあったので、ジャズ畑の先輩達の隠れ家。
僕らは狭い部屋に、ドラムセットとアンプの山に囲まれて好き勝手やっていた。
講義をさぼって、広い部屋に上がる。
その頃、僕はどうしようもないほど目的意識を見失っていた。
教室や講義のなかには僕の居場所なんて無かった。
それで部室と学食と喫茶店をさまよい歩いていた。
  
  まるで幽霊みたいだった。
   行き場所を捜し歩く。

広い部屋にはソファーがあるのだ。
僕は二日酔いの頭を抱え込んでそこでつかの間の安眠をむさぼろうと企んでいた。
 しかし、その野望はいつだってあえなく断念させられた。

  先約がいるのだ。

その先輩はどんな時間帯であっても、必ず唯一部室にある一客のソファーで惰眠をむさぼっていた。僕は、またやられた、と思いながら機材入れの棚にまるでドラえもんのように潜り込んで毛布を頭からかぶる。ソファーに眠る彼をうらやましく眺めながら扉を閉めた。

  おやすみなさい。

夜、ジャズバーで演奏して学費の足しにしている彼は半分プロみたいなもんだった。もちろんどこにだって、この種の「半プロ」という人達はあぶれていたのだが、そのテクニックと膨大な知識は大学に入りたての小僧には憧れるに余りあるものがあった。それで僕は何度かこの先輩と交信しようとこころみた。

  「  サン、どんなミュージシャンが好きなんですか?」
  彼は眠そうにまぶたをこすりながら、
   グラント・グリーン
  と、呟いてめんどくさそうに煙草に灯を灯けた。
   そうですか・・・
  話が続かない。
ピアノ屋の彼が口にした名前だったので、僕は「グラント・グリーン」なる人物はてっきりジャズピアニストだとばかり思い込んでいた。ギタリストだったなんて知ったのはずうっ~と後になってからだ。

  スプリングの飛び出た緑色のソファーがとても柔らかそうだったのを
      憶えている。

彼が通うジャズバーは洒落ていた。演奏をききに店を訪れた僕に先輩はめずらしく一杯おごってくれた。バーボン片手に譜面をテーブルに散らかしながら煙草を吹かした。僕も煙草に灯をつける。
無口だ。本当に無口だ。

  お前さ、あの人知ってるか?
   突然、彼が話しかけてきた。
    カウンターでマスターと話してるひとだよ。
    
    知りません。
   ・・・っていうドラマ知ってるか?
    見たこと無いですね

    そのドラマの音楽作ってるひと、あのひと。
そう云ってまた黙り込んだ。
他のメンバーはこのドラマの人が急遽、次のステージで二、三曲ピアノを弾くことになったのでなんだか少し慌ただしかった。

   よくみとけよ。
 先輩が呟いた。
ステージでは、「こまったな・・・、ジャズ演った事無いんですが」と前置きして演奏が始まった。
演奏のあいだ、先輩は食い入るようにステージを見続けていた。

   凄いな~、カッコいいな。
  演奏が終わると、先輩は独り言を云った。

残りの時間は彼がピアノを弾かなくてはならない。楽しみにしてますよ、と声をかけると、

   馬鹿云え。あんな演奏のあとに何やればいいんだよ。

  と、言い残してピアノに向かった。

次の日、やっぱり彼はあのソファーで眠っていた。
卒業して彼の行方は分らない。
一回、会社勤めをして、後輩と結婚したそうだ。
それから、会社を辞めた。
ピアノが弾きたかったんだって。
そんなウワサが風に舞った。
   
  それにしても。
   あの緑色のソファーはもちろん粗大ゴミになったのかな?

   しかたない。
   もともと粗大ゴミ置き場から拾ってきたモンだったしね。




  
 
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パスタとワイン

2024-07-12 | 
僕は僕で或る事に嫌悪するんだ
 僕には僕自身が分からないし
  僕で或る存在価値を少しも見出せないんだ

  窓際ではっか煙草に灯を点けて
   君は呟き存在の虚無と孤独について
    ぽつりぽつりと語った
     雨が降り出した午後
      窓辺から街の風景を眺めながら
       僕等は煙草を吸った
        景色の重く垂れ込めた雲の下の街角は
         誰も知らない街角だった
          いつか君が歌った街角の様に
           絶望と虚無が訪れたのは
            何もかもが上手くいくと錯誤した夜の後に訪れた
             哀しみの淵で
              僕等はグラスのスコッチを胃袋に流し込んだ
               君の長すぎる前髪を黙って見ていた

               もし僕が君の存在を必要としても
                君の存在価値は見出せないのかい?

                僕の言葉に苦笑しながら君は答えた

               僕もあんたも似たもの同士なんだ
              二人とも壊れ物なんだよ
             世界は壊れ物に酷く冷淡なんだ

            壊れ物

           暑い夏の訪れと共に
          僕は庭に椅子を用意し
         とっておきの葉巻を咥えジントニックを飲んだ
        青い空の下
       太陽のじりじりとした暑さで
      脳と思考と精神を消毒したかった

     少女が大量のパスタとワインの瓶をテーブルに運んだ

    大抵の自己嫌悪はね
   おなかいっぱいパスタを食べてワインを飲めば消えていくのよ

  本当に?

 そう。経験則にもとずいてね。
星座占いによく似ているの。

 大量のぺペロンチーノを食べながら僕は不思議に想った

  ねえ、
   どうして僕が自己嫌悪に陥ってると想ったの?

    分かるわよ。
     もうあなたは三日間眠っていないし食事も取ろうとしなかった。
      私がどれほどあなたの事心配したか分からないでしょう?

       ごめん。

        やっとそれだけ口にして僕はチリ産のワインを飲んだ

         ね、
          哀しいことでもあったの?

          少女が心配そうに聞いてきた

           たぶんね。

            僕は僕自身の存在意義を見出せないんだ。

            少女がくすりと微笑んだ

           食事が美味しくてお酒がたっぷりあって
          この空はとても青いのにあなたはどうしてそう想うの?

         あなた、私の事大切に想う?

        少女の茶色い瞳が僕を覗き込む

       もちろん。

      じゃあそれだけで十分だわ。
     あなたの存在意義は証明されたわ。

    僕は急に泣き出したくなった
   あの時君に僕が少女の言葉を云っていたならば
  君を永遠に失わなくてすんだのだろうか?

 私もあなたを大切に想うわ。

そう云って少女は僕の頭を撫でた

 大丈夫。
  大丈夫。

   少女はそう呟いて僕の長すぎる前髪を撫でた
    彼女にそう云ってもらえると
     人生の全てが大丈夫な気がした

      美味しいものをいっぱい食べて 
       美味しいワインをがあればきっと世界は幸せなのかも知れない

        世界はそう悪くないわ。
 
         僕は僕自身が分からないんだ

          君が耳元で呟いた

           大丈夫。

           少女が呟いた

            大丈夫。
























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白線

2024-07-06 | 
喧騒から逃れ
 逃げ込んだ部屋の一室に
  酒瓶に飾り付けられた一輪の野花の
   夢を見る

  今日は
 良い日だっただろうか?
太陽の日差しと気紛れな雨の交差
 斜線に入るもどかしさは
  たとえ飛行機が上手く飛ぼうとも
   
  一日
   黒板にチョークで白線を引く
    こちら側とあちら側
     空気の優越感にあつらえられた一角は
      どちらの部類に属すのだろう

    銀のスプーンを大事そうに仕舞う

   教室から飛行機は見えない
  君の到着も
 別れも
館内放送では知らされない
 いつも無言の情報の欠如を思い知らされ
  いつか街角で振り向いた瞬間
   思い出す出来事

     雑居ビルの屋上
      ステンドグラスの窓
       容赦なく照り返す日差し
        戦闘機の爆音と
         
     トマス・モアの「ユートピア」では
    ある種の存在はある種の役割しか
   与えられない

  白線のこちら側とあちら側
 明確に確実な意識を持って
線を引ける者は果たして誰なのか?
 名うてのシャーロキアン達が頭を悩ませる
  数学者のメモ用紙には
   肝心の数値がそっくり抜け落ちているのだ

    白線のこちら側で果物を剥く仕草

     可愛いよね
      子猫がアイスキャンデーを嬉しそうに舐める

      世界の舌触りは
       奇妙にざらついている

        白線は


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風の音

2024-07-04 | 
恐竜の化石って何処にあるの?
 少年が尋ね
  僕は煙草を深呼吸する様に深く吸った
   井戸の底に眠っているんだよ
    井戸の底?
     そう、
      そこで鳥の化石が眠っているんだ

      哀しみの向こう側で汽笛が鳴った
       乗車した君を見つめ
        発車する夜行電車を眺めた
         君は君である可能性を示唆し
          僕は僕である地獄に徘徊した
           月明かりがとてもとても綺麗だった

           風の音を忘れたのかい?

           黒猫のハルシオンが皮肉に髭を伸ばした
            あくびする彼を尻目に
             僕はギターの弦を交換する作業に埋没する
              ランプの灯りの下の手作業は事の外難しい
               ぱちん、と
                余った弦をニッパーで切った

                風の音を忘れたの?

               少女が優しく微笑んだ
              僕らは草原に立ち尽くしていた
             誰かがその影を白黒のフィルムに刻印したのかもしれない
            影の中の陰影は
           まるで生と死の境界線の様だった
          僕と少女の日常が切り取られ
         白い冷蔵庫の扉に展示された
        磨耗してゆく白線を流し
       生きるという事に途方に暮れた深夜
      やはり今日も夜行列車は走ったのだ
     君と僕の記憶を乗せ
    風の音を聴いていた昨日と今日と未来
   汽笛が鳴った

  ねえ、ハルシオン。
 風の音は何処から聴こえてくるの?

黒猫は静かに煙草を揉み消して
 それから面白そうに僕を眺めた
  
  あんたさ、
   あんた本当に忘れちまったのかい?
    風はただ流れるんだ
     そこには何処も此処もないんだよ。
      それを考察するのは無意味だよ。

      それに
       風の音が全体何の事なのか本当に忘れちまったのかい?

        本当に忘れたの?

         少女が哀しそうに呟いた

          ねえ、風の音は何処から聴こえてくるんだい?

           井戸の底よ。

            井戸?

             そう。記憶の井戸の底。
              そこに鳥の化石が眠っているわ。
                
               鳥の化石?

                忘れたの?
                 あなたの友達の記憶たちを。

                 草原に強い風が吹いた
                  きっと嵐になる

                 ハルシオンが忠告した
                あんたは
               あんた自身のレ・ゾンデートルを失った
              もはや
             あんたはあんた自身であったあんた自身では無い
            消去されたんだよ
           あの螺旋状の記憶の断層に於いて
          
          夜が繰り返される
         幾度となく
        眠れない夜が訪れる
       深夜
      僕は夢を見たんだ
     あの黒テントの夢
    飛べない鳥達の化石
   ねえ
  見たんだ

 風の強い日には想い出すだろう
あの物語と
 物語の終焉を
  終わりが在る事は救いだよ
   魂が昇華され
    全てが白紙のノートに分別される
     君はそう云って煙草を吹かせた
      ねえ
       見たんだ
        永遠の羅列を
         風の歌を
          容赦なく照りつける蛍光ライトの下
           井戸の底の鳥の化石たち
            僕の大切な友達
             
             ねえ
              見たんだ













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遠い夏休み

2024-07-02 | 
変わり行く景色の中で
 僕らはただ口笛を吹き続けてみせた
  誰かの影がグランドの夕映えに長く伸び
   校舎の窓から風が吹き抜けた
    誰もいない図書室
     氷点下まで下げられた温度で
      古びた本たちの背表紙をそうっとなぞった
       誰もいない廃墟
        誰もいない世界
         前言撤回された日記帳は
          白紙の言い訳をさらし
           空をなぞったファインダー越しに
            一眼レフのシャッターが空間を切り取ったのだ

           胃の調子がおかしかった
          冷たい物の取りすぎだね
         君が可笑しそうに笑った
        ソーダー水のアイスキャンデーを舐めた
       みんな何処に消えたんだろうね?
      君は微笑み、どうしてさ?と不可思議な表情を浮かべる
     だってさ、
    あんなにたくさん居た奴等も誰一人居なくなっちゃったんだよ。
   違うよ。
  君が訳知り顔でこう答えた
 始めから存在していなかったんだ。
美術室の静物画のデッサンが可笑しそうに笑った
 始めから?
  そう。始めから何も存在していなかったんだ
   確かなものなんて此処には存在しないんだ。
    用意された未来なんて最初から無かったんだよ。

     点滴が零れ落ちた
      病室のベッドの上で白いシーツに包まる
       古ぼけた時計が時を刻む
        あの音だけは。
         あの時計の指し示す時間の音だけは変わらないね。
          君は僕の脈拍と体温を
           手馴れた手つきで調べた
            熱があるよ。
             熱?
            そう。君の体温。
           アンリ・ミショーの詩集を閉じて
          君はジャン・コクトーを開いた
         過去を閉じ
        未来を開こうとする
       ホルへ・ルイス・ボルフェスの夢魔たちが笑った
      笑われてばかりだね。
     誰に?
    友達やら同級生やら通行人やら背景やら
   白い壁やらかすんだ視界やら運命やら
  やがて薄れ行く記憶やらぼんやりとした意識領域やら
 赤いワインの一滴たちに於いて。

小説の一ページを破りとって
 君は丸めて僕に投げつけた
  これで世界は封印された。
   厳かに君がつぶやく

    その破かれた本は
     駄文をしたためた僕のノートだった

      君の記憶が紛失したんだよ
       君がくすくす微笑んだ

        当たり前の顔をしてなくっちゃ駄目だよ

         世界が未分化で不完全な物だなんて

          委細承知のことだっただろう?

           確かなものなんて

            存在しないんだ

             始めから


            呼吸の位置を調べたい

         
         マイヤーズ・ラムをコーラで割った


          コークハイの哀しげな郷愁
       


             遠い夏休み



         







   
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