眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

月光

2024-06-26 | 
あの日失われた衝動に意義はなかった
 現実と空想の境界線に於いて
  僕等は白線を引いたのだ
   それは否応なく訪れる
    日々は流れゆき
     狂騒のなれの果てに深夜の缶ビールに在りつくのだ
      誰もいない空間
       物音ひとつしない応接間の余韻
        何が正しさなのか
         誰が正しいのか判別に苦しむ夜
          いつか誰かがその正しさで僕を罰してくれることを願うのだろうか?
    
          安穏と孤独を肴にウイスキーを煽っていると
           自然とお腹が空いた
            冷蔵庫から卵を二つ取り出し
             フライパンにオリーブオイルを敷いて焼いた
              ご飯の上に半熟の卵焼きを載せて醤油を垂らして食べた  
               生きているのだ
   
               僕等が生きるという事を考察した冬
                僕等をあざ笑うかのように
                 青いブラウン管の中で
                  知らない国の知らない戦争のニュースが流れた
                   誰かがそっとTVのスイッチを切り
                    静かに煙草を吸った 
                     紫色の煙が虚空に流れた
                      僕等はそうして白線を引いたのだ
                       生きるにはあまりに脆弱で
                        祈るには俗に塗れすぎていた
                         
                        目の前から誰かがいなくなる

                        そんな想いにかられたのはいつからだろう

                         そっとサーカスのテントが方付けられ
                          ライオンや象に最後の食事が与えられた
                           臆病な猿が気配を察し
                            訳知り顔のカメレオンがその色を沈黙の白に変えた
                             全てが終わるのだ
                              次の瞬間
                               いっそ全てが失われるのだ

                               貴女の優しい笑顔や
                                君の憂いに満ちた頭痛や
                                 いつかの街角のいつかの哀しみ

                                  街角にたたずんでいると
                                 駱駝がやって来てこう告げるのだ
                                
                               「誰が十字架に薔薇をつけ加えたのか」

                              世界にはたくさんの不条理が存在していて
                             そのひとつひとつに無力な僕は
                            何ひとつ守れなかった
                           やがてその傷跡にはかさぶたが出来た
                          激しいかゆみでかきむしると
                         想ったよりも出血がひどくて腕から指先に赤い血が流れた
                        僕は黙っていた
                       あの日君がそうした様に

                      ねえ


                     いなくならないで

                    突然消えてしまわないで

                   祈りはきっと無力だった

                 だから

               失い続けるのだ

  
              どうしようもなく


             永遠に





           いつか君の正しさで僕を罰して





         青い月明かりの下で


























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散髪

2024-06-23 | 
陽射しが眩しい
 僕は緑色のソファーに寝転がり
  ビールを飲みながら壊れたラジオを悪戯していた
   チューニングの合間から
    ノイズに混ざった奇想曲が流れる
     すごく技巧的なヴァイオリンだった
      指使いを考えて
       あたまがこんがらがって考えることを放棄した

       少女がつまらなさそうに絵本を開き
        ぱたん
         と閉じて
          ラジオで遊ぶ僕を冷静な視線で眺めている
           
           アイスキャンデー舐める?

           試しに云ってみた

          いらない。

         少女は手短に答えはっか煙草を咥えた

        僕はソーダー水のアイスキャンデーを舐めながら
       古臭い骨董品のラジオを調整した
      少しつまみを触るごとにニュースやらゴシップやらが
     離れ島に漂流した塵くずの様に散乱した
    僕はその話が自分の国の話なんだ、と認識するのに
   もの凄く手間取った
  まるであの超絶技法のヴァイオリンの運指の様に難解すぎたのだ
 そうして陽射しが眩しすぎた

  決めたわ。

   唐突に少女が宣告した
  
    何を?

     あなたの髪を切るのよ。

      あまりに突然の状況に僕は混乱した

       髪を切るの?

        そう。

        誰のさ?

       もちろんあなたのよ。

      彼女は立ち上がって屋根裏部屋に駆け上がり
     はさみとコートを探し始めた
    ばたん、ばたんと音がする
   ラジオのノイズよりもひどい音がだった

  ね、椅子を持って庭に出てて
 あたしが準備する間に。

本気なの?

 はやくしなさい。

  少女は冷酷に言い放った
   まるで撤回できない公的文書のような表現だった
    僕はビール瓶とラジオと椅子を引きずりながら庭へ向かった
     他に選択肢が見つからない危機的状況だった


      


      空が青い

     僕は緑色の瓶を片手に
    コートを首に巻いて庭の真ん中で椅子に座り
   ぼんやりと流れる白い雲を眺めている

  ねえ
 どうして僕の髪なのさ?

  3種類のはさみを鑑定しながら彼女は答えた

   これからもっと暑くなるわ。
    あなたの髪じゃあ、すごく汗をかくのよ。
     涼しげに過ごす為には散髪は必要不可欠なの。
      大体、
       大体、あなた最後に髪を切った記憶は何時なの?

       論理的で分り易い説明だった
        夏が来るから髪を切る
         反対意見の入り込む余地は無かった

         ちょき、ちょきと音がする

         僕の長過ぎる前髪が無残に切り落とされてゆく


        君さ

       誰かの髪、切ったことあるの?

      ないわよ。

     事も無げに云って少女は切れの悪いはさみと格闘している
    すっかり諦めた僕は緑のビール瓶を揺らしながら
   ラジオのスイッチを悪戯していた

  遠い何処かの国のニュースが流れた
 いなくなった誰かが暮らす何処かの街角の噂話だったのかも知れない
僕はぼんやりと空を眺めた
 何処かに繋がっている筈の世界を想像した
  
  どうしてこんなにひどい癖毛なのよ。

   僕の髪を指でくるくる巻きながら少女が厄介そうに問いかけた

    性格と一緒じゃあないの?

     ふ~ん。

      奇妙に納得して彼女ははさみを動かし続けた
       ラジオから知らない戦争の話が流れた

        消して。

         静かに少女が呟いた
          記憶が鮮明すぎるのだ                                                                                                   僕はラジオのスイッチを切って庭に放り投げた
            外界から遮断された緑の庭で
             風の音を聴きながら僕等は散髪を続けた
              まるで慰霊の日の儀式の様に


              少女が木漏れ日のように歌を口ずさんだ
             聞き覚えのある歌だった

            何処で憶えたの?

           屋根裏部屋のあなたのレコードの曲よ。

          思い出した
         ピンクフロイドの曲だ
        
        「あなたがここにいてほしい」

        そういえば晩年のシド・バレットの記憶が無い
       彼は何を想い長い空白の時間を過ごしたのだろう

      少女の歌声が優しく流れた

     ぼんやりと酔いが回り始める


    あなたがここにいてほしい




   まるで届かない祈りのように歌が風に吹かれた







  


     



         
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安息の日

2024-06-13 | 
風が吹き抜けた路地で
 黒猫がそっと語りかける
  レンガ作りの壁には忘れ去られた虚構の舞台のポスターが張られている
    地面に落ちていた案内の紙切れには
     何故だか分からない懐かしさで
      君や僕や彼等彼女等の名前が刻印されているのだ

       また風が流れた

        紙煙草に灯を点け
         無心にただ待っている
          路地を抜けると小さな公園があって
           誰もいないベンチに座り
            昔話を想い出した

            君の青い郷愁に便乗し  
             不確かな確立の中で
              きっと再会を約束した
               音や言葉や匂いで
                ざらつく世界の果てに
                 在りもしない安息の日を想った
    
                 ね

                 また手紙がついたわ

                少女が僕の手元に手紙を置いた
               僕は珈琲の黒の中に埋没し
              決して手紙を見ようとはしなかった
             憐れみに似た視線で僕の手元を観察し
            少女ははっか煙草に灯を点けながらこう告げた

           いつもの様にあなたは手紙を読まないのね?

          僕は黙って珈琲を飲んだ

         新聞も読まなければラジオも聴かないのは何故なの?

        安息の日なんだ。

       僕は珈琲の無くなったカップにバーボンを注いだ

      安息の日?

     怪訝そうに少女が僕の顔を覗き込んだ
    茶色の瞳の中に吸い込まれそうになる
   僕はバーボンを胃袋に流し込みながら話し始めた

  そう。
 氾濫した情報の波に溺れそうになるのが不安なのさ。
だから僕は手紙も新聞も読まない。
 ラジオのニュースも必要ないんだ。

  僕に必要なのは
   優しい眠りと特別な音楽だけなんだ。

    特別な音楽って?

     少女が不思議そうに質問した

      君が弾いてくれる音楽のことだよ。
       
       そして少女にギターを手渡して何か弾いてくれる様にお願いした

        少女は楽器を手にしてソファーに座り込んだ
         それから音楽を大切そうに弾いてくれた

          僕はお酒がまわってぼんやりとしていた

           送られてきた手紙には
            きっと
         忘れ去られた虚構の舞台の案内が描かれているはずだ

        けれども今の僕には
       あの風が吹き抜ける路地に辿り着く事が出来ないのだ

      哀しいけれど

     再会は果たされないのだ

    消費され磨耗されいずれ消え行く想い出たち

   少女のギターの音色に包まれて

  自然に涙が流れ始めた


 戻れない日々を想い懺悔した


  約束は果たされなかった


    永遠に































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緩やかな飛行

2024-06-10 | 
澄んだ空気は、今が朝だと教えてくれる。
まだ時間は早い。もうすぐ夏だというのに、まだお日様の出ていない空気はうっすらと冷たかった。
「sherbet、ちゃんと起きてる?」
「起きてるけど、すこし寒いんじゃないかな?」
僕がそういうと、少女は不機嫌そうに僕のあたまを、こつん、と叩いた。
「寒いなら煙草で暖まればいいじゃん。」
そういって、ハッカ入りの煙草を差し出した。僕はガスの少なくなったライターで煙草に火をつけた。少女は口にくわえた煙草に、マッチで丁寧に火をつけ深くすいこみながら草原を見渡す。
「ねえ、ほんとうに気球はくるのかい?」
彼女は黙って、昨日の新聞を僕の目の前にひろげた。
そこには、「熱気球大飛行大会」と書かれていた、気球のイラスト入りで。

「ね、ちゃあんとのってるでしょう?大気球大会。」
嬉しそうに云って、少女は僕の短くなった煙草を奪い取って携帯用の吸殻入れにいれた。
この草原がいちばん気球が見やすいんだから、と付け加えた。
「でも空は広いし・・・」
「うるさい、あなたいっつもそんなんだから人生間違うのよ。懐疑的な人生なんてだれも好きになんてならないんだから。」
それからバッグから地図を取り出し、飛行経路は調べておいたのよと自慢げだ。

すこしだけ日が射した、もうすぐ夜明けだ。
僕らは黙って静かに空を見渡した。

遠くの方からぽつり、ぽつりと点のようなものが見えた。
それはだんだんと大きくなった。熱気球の飛行隊だ。
「すごい!」おもわずつぶやくと、少女は勝ち誇ったように「早起きして正解だったでしょう」と嬉しそうに僕の顔を覗き込んだ。

気球はゆっくりとしたはやさで飛んでいる。
ゆっくり飛ぶところがだいごみなの、彼女はそう云った。

     
     緩やかな飛行。








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降りしきる雨

2024-06-01 | 
雨が降りしきる
 薄暗い街の風景を
  青い街灯が浮かび上げる
   コートの襟を高くして歩き回った
    何処かの街
     何処かの人々

     微熱で放射される体温の行方
      ホテルの部屋に転がり込んで
       ベットの中でウィスキーを舐めていた
        カーテンを開けると
         雨の街並みが灯る頃合
          僕は君の幻影を想い
           途方に暮れるのだ
            地上35階の部屋から
             僕は叶わぬ夢と現実の香りに包まる
              果たして明日はやって来るのだろうか
               
              開いたトランプのカード
             女王と兵士が語り始める
            兵士は云う
           貴女の為に戦争はしたくない、と
          オルゴールが鳴り響いた
         たぶんホテルのロビーからだ
        こんなに巨大なホテルなのに
       僕は僕以外の人々を見ることが無かった
      処理された記憶
     破棄された道化の面影
    僕等は歌い続けていたんだ
   あの雨の降りしきる街灯の下で
  永遠を見ていたのだ

 ねえ
星が見えるよ
 君がギターを置いて煙草を一服しながら呟いた
  それにしても
   寒いよね
    マフラーを首にしっかり巻いて
     ふたりで煙草を回し飲みした
      歌は誰にも届かなかった
       それでも僕等は
        街角で歌い続け
         安物の録音機材に記憶を封印した
          僕等は世界を封印しようとしたのだ
           いつまでも永遠が続くように
            毎日がこのままでありますように
             願い続けていた

            水が割れる

           朝日が昇るのを嫌った
          僕等は星空が好きだったし
         街角の空間の寒さを愛した
        
        愛している
       そう口に出来なくなったのは
      果たして何時頃からだろう
     僕は溜息の数だけ大切な物を失った

    君は暮らしの中で
   ひきつった微笑みの数だけ大切な何かを失う
  まるで僕と同じように
 壊れ物の世界
安いハンバーガーを
 まるで粘土を飲み込むように詰め込んだ
  世界が割れる
   ごらんよ
    そこらかしこにしあわせやふしあわせが散らばっている
     白紙には僕らのサインだけが記入されている
      ホテルの部屋で
       記憶を舐めながらギターを弾いた
        君が歌った筈の歌
         もう忘れてしまった夢の名残
          永遠を忘れてしまったのだ

           ね

          お願い

         繋がっていて

        お願いだ

       繋がっていて

      雨の降りしきる街角で

     
       泣いた誰かの肖像





        お願い

















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