眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

物語

2022-07-23 | 
さよならの向こう側に向ける風景を考えていた
 郷愁が絶望的な美しさで深夜を徘徊し
  青い街灯の下で
   予感を予測し
    ただ静かにたたずむのだ
     あの公園の池の水面に写る
      ピエロの仮装を拭い切れず
       ただ廃墟の空間に於いて
        微弱な呼吸音に耳をそばだてる
         脆弱で儚い夢
          あの永遠への考察によって
           平均的な音階が浮かび上がり
            やがて異端の旋律は不可逆的に消え去るのだ
             さよならの向こう側
              僕らは哀しく微笑み
               ただ涙を零すのだ
                ごらん
                 誰かが泣いている
                  急速に下降し続ける小さな瓦礫の様に
                   落ちてゆく
                    堕ちてゆく
                     
                    重力の仕業だね

                   君は呟き夜空の天体を観測す
                  微量な希望的観測は
                 しょせん希望的観測でしかないのだ
                君は其の事を十分認知していたのに
               まるで何かの童話の様に
              幸せすぎる幻視の世界を僕に語ったのだ
             安易な日常に騙されない様に
            気をつけるんだね
           そんな類の言葉を舌先で転がし
          世界を分解し再構築しようとした
         何かが変革する様に

       だけどね

      其れはやはり唯の廃墟なのさ

     皮肉に微笑み
    静かな夜にだけこっそり窓から忍び込む
   街から全ての灯りが消え去る時
  君は僕を廃墟の世界に連れ出し遊んだ
 
 静電気の仕業だね

事もなげに云って
 君は遥かな理想郷を赤い林檎に例えた
  ゆっくりと変化してゆく林檎を眺め
   移ろう時間の流れの余った部分にだけ意味を与えた
    
    きっと来るよ

     何がさ?

      美しいパレードだよ

       本当に?

        もちろんさ。その為に僕はこの廃墟の住人になったんだ


         美しいパレードだよ


          もう一度云って君ははっか煙草に灯を点ける

           でもパレードはついにやって来なかった
            君が予測していたように
             最初から
              君は分かっていたのだ
               美しいパレードや美味しいお菓子の匂いや
                そういう甘ったるい郷愁が存在しない事を
                 最初から
                  君は分かっていたのだ

                  やがて記憶された時間が化石になる頃
                 僕はパンとワインのボトルを抱えて
                ゆっくり立ち上がった
               君は愉快そうに目を細め
              煙草を咥えながらこう云った

             忘れ物はないかい?

            僕はパンとワインと煙草を確認してうなずいた

           これを君にあげるよ

          そう云って青い文字盤の懐中時計を僕に手渡した
         いいかい
        僕がこの世界から消えるんじゃない
       君がこの世界を忘れてゆくんだ
      ゆっくりとね
     ゆっくりと

    僕は部屋の扉を閉め
   うっすらと白く見える外の風景を眺めた

  届かない郷愁

 廃墟の想い出

連鎖する世界

 美しいパレードはやって来なかった

  美しい世界はやって来なかった

   何も変化しなかったのだ

    林檎は林檎のままでスーパーの棚に陳列され

     それは決して白い余白を与えなかった

      僕は

       いつかあの懐中時計を眺めた

        何度見ても時計の針は動かなかった

         午前零時を指したまま

          動かなかった




         絶望的な郷愁を持って






















  
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音階

2022-07-21 | 
あの人さ、行っちゃったじゃない?

 つまんなさそうに鉛筆をくるくるしながら少女が呟く
  僕はあいも変わらず煙草を咥えて
   最近手に入れた6弦ベースを悪戯していた

   君さ
    あの人のこと好きじゃなかったんじゃないの?

    少女は古めかしい鉛筆削り機に2Bの鉛筆を突き刺して
     影も形もなくなるくらいまで鉛筆を削った
      まるで鰹節みたく

     あたしはあの人のことなんて好きでも嫌いでもないわよ

     少女は煙たそうに僕の煙草の煙に目を細めて
      僕の口からシガレットを奪い取り
       苦々しそうに一服した

      そう?
       君はあの人がいるときいつも皮肉っぽかったじゃない?

       どうでもいいのよ。

        そう云って彼女は少しばかり眩しくなった陽光に手をかざした

         陽光が部屋の水槽の水をきらきらと泳いだ

          僕はコントラバスギターの調弦に四苦八苦していた
           12フレットの音がかなりずれている
            たぶんネックが反っているのだ
             僕は不安定なハーモニクスを出して
              楽器の弦を緩めケースに仕舞いこんだ

              ね
             あの人の楽器はどうなったの?

            少女が灰皿ではっか煙草を揉み消しながら
           上目使いで僕を覗いた
        少女の視神経には僕は魚眼レンズの類として読み取られたのだろうか? 
       壁に立てかけた六本の楽器のケースの横に
      僕はあたらしい茶色のケースをかたずけた

     君さ。

    なによ。

   君がこの世界を離れなくちゃならないとき誰に君の楽器を預けるつもり?

  少女は有田焼のカップでレモネードをごくり、と飲み干した

 誰にも預けない、この子はあたしの一部なんだから。

臆病そうな表情で一瞬目を伏せながら
 彼女は古臭いシュタウファーを抱きしめた
  そうして僕に珈琲を淹れろと命令した

   卑怯よ、そんな質問。

    濃ゆめのマンデリンにウイスキーを零しながら
     少女の機嫌は最高潮に悪かった

      でもさ、
       そういう瞬間ってふいに訪れるよ。
        どうしようもなくつらい事柄だけれど。

        あなたにはそんな経験あるの?

       少女は僕を皮肉に見つめた

      あるよ。

     僕は壁に並んだ六本の楽器を眺めながら珈琲を飲んだ

    そうしてあれからまだ一度も開けていない楽器のケースを遊覧した
   少女はその視線の先に気付いて不思議そうに尋ねた

  そういえばあのケース開いたことないわよね?

 小さな水槽の中で魚が泳ぐ
眩しい斜陽に青い魚たちが躍っていた
 くるりくるりと

  あのケースの中には何が入っているの?

   少女はお酒でまどろみながら僕に尋ねた

    記憶さ。

     記憶?

      そう。遠い記憶。

       

       あの時あの人は僕に一本の楽器を託したのだ
        それがあの人の夢だったのか抵抗だったのか遺言だったのか
         今となっては解らない
          ただ今の僕にはそれらは遠い記憶なのだ

           僕は21歳で魂の行方を知らなかった
          あの人の意思と無関係に音楽を無造作に扱い
         戯言と虚偽の記載で現実を粉飾していたのだ
        あの時こんな瞬間が訪れるなんて想像も出来なかった
       遠い記憶なのだ

      ぱしゃり
     と魚が水面の表面を微笑むように撫でた

        

    ね
   君、音楽好きかい?

  怪訝そうな表情で少女は僕の意思を値踏みした

 あたりまえじゃない。
音楽がなかったらどうにかなっちゃうわ。

 僕は微笑んだ

  たぶんさ
   たぶんそういう人に預けるんだと思うよ。楽器。

    少女は不服そうに僕に何かを云いかけ
     そっと黙り込んで緑色のソファーに横たわった
      眠いのだ

       たぶん

        たぶんあの人もそんな風に想って
         楽器を手放したんだよ

          少女が軽い寝息を立てた

           僕はその呼吸音を聴きながら
            まだ開けられない楽器のケースを眺め
             そっと煙草に灯を点けた


              今はいない


              君を想って


              音楽止めんなよ

             
             遠い声が聴こえた様な気がした

             

             陽光がさんざめく


            きらきら


           きらきら



          無数の音階が世界を満たした



         君の生まれた日と旅立った日

   
        輪廻する魂の階層に於いて

       
      祝福を


     汝の手に無限を


    ひと時の中に久遠を


   きらきら


 きらきら






















 

 
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