眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

プレゼント

2020-09-26 | 
あの日あの時間違えた別れ道で
 僕はいつだって憂い
  煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
   何時かの微笑
    困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
 
     ねえハルシオン
      どうして僕は現世にいるのだろう?
       もう誰も居なくなってしまった世界で
        どうして僕は楽器を弾いているんだろう?

        黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
         それから一枚のタロットをめくった
          「道化」
           くすくす微笑んで
            黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
             僕は途方に暮れて空を見上げた
              あの日に少しだけ似た
               重く垂れ込めた灰色の世界
                地団太の孤独
                 少年時代から出遅れた足音
                  オルゴールが鳴り始め
                   世界が終焉を迎える頃
                    あの日あの時の一瞬
      
                    僕はギターを弾いていた
                     カルリの練習曲を弾き
                      回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
                       中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
                        お調子者らしく
                         エリック・クラプトンは弾かないのかい?
                          と口笛を吹いた
                           「ティアーズ・イン・ヘブン」
                            その頃
                             みんなこの曲に浮かれていた
                              僕は黙って
                               ランディーローズの「Dee」を弾いた
                                退屈そうにみんな中庭を去った
                                 僕は黙々と楽器を弾いていた
                                  とてもとても寒い冬の日だった

                                  寒くないの?
                                 声に驚いて顔を上げると
                                先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
                               口にした珈琲がとても暖かかった
                              寒くないの?
                             彼女はもう一度確かめるように尋ねた
        
                            寒いですよ、もちろん。

                           手袋をすればいいのに。

                          手袋をしたらギターが弾けないんです。
                         僕の答えに彼女は
                        それもそうね。
                       と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
                      僕の首に巻いてくれた

                     暖かいよ、それ。

                    でも先生が寒いでしょう?

                   大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
                  それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
                 あとね、
                煙草は控えめにね。

               そう云って彼女は建物の中に姿を消した
              残された緑色のマフラーはいい匂いがした

             先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
            僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
           曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
          それから
         また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
        不思議な先生だった
       でも僕はその先生となんとなく気が合った

      こんにちは。

    そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った

   今日は忙しくないんですか?

  私、今日お休みなの。

 休日出勤ですか?

そんなところ。
 ね、良かったら何か聴かせて。

  僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
   曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
    それからキャンデーを僕にくれた
     煙草のかわり。
      そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ

       不思議よね。
        どうしてそんなに指が動くのかしら?
         私の指も練習したらそんなに動くのかな?

          出来ると想いますよ。

           彼女は笑って無理よと呟いた。

           私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
            
           僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ

          先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
         僕等は二人でくすくす笑った

        先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?

       どうして?

      いつも此処にいるから。

     そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
    それに他の先生たちとは大学が違うから

   そういうの関係あるんですか?

  それはやっぱり人間関係だから。

 なんだかままならないですね。

そうね。ままならないわ。
 そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
  花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
   お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。

    ごめんなさい。
     僕が謝ると、
      嘘よ。信じないで。
       と可笑しそうにくすくす微笑んだ

        此処を出たら大学に戻るの?

         キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
          僕は途方に暮れて空を眺めた
           
           あなたはたぶんもう大丈夫。
            何処に行ってもね。

             僕は先生にマフラーを返そうとした

              いいの。あげる。

               いいんですか?

                うん。
                 あなた今日何の日か知ってる?

                  知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。

                   クリスマスよ。
        
                    プレゼント。それ。
                     いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
                      

                      ね、いつか私にも教えてくれる?


                       何をです?

 
                       ギター。


                      教えてね。


                     そう云って先生は建物の中に入っていった

      
                    三日後


                   僕は其処を去った


                  先生に挨拶をする事は叶わなかった


                 ねえハルシオン。


                先生ギター弾いているかな?


               懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた


              冬の日


             掠れかけた記憶の残像


            クリスマスプレゼントの想い出
























         
                        
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100万回

2020-09-22 | 
空が高かった頃のお話
 白色の浮雲が青い空間を遊泳し
  浮き輪に掴まりながら空気の波に流される午後
   僕らの肥大した想像力は
    残暑の熱気で気球を草原から飛び立たせる
     やがて気球は地上から離陸し
      混沌とした思考から乖離する
       猫があくびをし
        人々がグラスを掲げて乾杯した

        蝉の声が鳴り止まない
         神社の階段に座り込み
          はっか煙草に灯を点けて
           ビールを飲む
            麦藁帽子を被り
             さんだるをぱたぱたとさせた
              気球が遊覧する
               Tシャツのジム・モリスンが微笑む
                ストレンジ・デイズ
                 知覚の扉

         図書室で貸し出された本達
        「100万回生きた猫」を眺めていた
       100万回生きれたら
      僕等は100万回泣くのだろうか?
     生まれ変わりが本当なら
    また地上に於いて
   混乱し路に迷うのだろうか?
  100万本の煙草を消費するのだろうか?
 
 残暑の午後
白い壁と白いシーツの病室で
 点滴がぽたりぽたりと時を刻む
  まだ三才の男の子はじっと歯を食いしばっている
   僕はベットの端に座り
    絵本を読んだ
     物語が終わると
      少年は不安そうにこっちを向いた

       ねえ、もう一回読んで。

       僕は絵本を最初から音読する
        繰り返し繰り返し音読する
         100万回読み聞かせる
          面会時間が終わるまで

          お外は暑いの?

          空が青いよ。
           僕が君くらいの頃には空はもっと高かったけどね。

          アイスクリーム食べたい。

          だめだよ。かわりにキャンディーをあげるからさ。

         僕等はレモンキャンデーを舐めながらくすくす笑った

        どうして洋服の叔父さん怒っているの?

       ジム・モリスンの顔に興味深々だ

      たぶん世界の不条理に怒っているんだよ。

     ふ~ん。笑えばいいのにね。

    僕は苦笑いした

   そうだね。

  ねえ、もう一回読んで。

 いいよ。

僕は物語のねじを巻き最初から世界を再構築する


  呆気ない出来事
   空の話
    病室の窓の風景
     調整された室内温度
      蝉の鳴き声

       少年は眠ってしまった

        僕は物語を読み続ける

         君が起きたら

         君が起きたら 

       いっしょにアイスクリームを食べようね


      

              

    

  
                   
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中国茶

2020-09-20 | 
大好きなチョコチップクッキーなの。
 少女が嬉しそうに中国茶を淹れた
  ジャスミンの華やかな香りが部屋中に溢れた
   カップに注いで
    少女は椅子のうえに膝を抱えてすわり
     僕は窓辺に近ずいて煙草に灯をつけた
      少しだけ暖かくなってきた陽気は
       帽子の記憶を想い出させた

       その帽子似合うよ。
      学食で僕はランチを食べながらそう口にした
     他に云うべき言葉が見つからなかったのだ
    ショートカットの後輩は
   まんざらでもない表情で僕が食事をする風景を
  飽きもせず眺めていた
 サラダ、嫌いなんですか?
突然僕の席の前に座り込んだ後輩の女の子がおもむろに尋ねた
 どうして?
  先輩、いつも野菜に手をつけないから。
   野菜じゃなくてさ、ドレッシングが駄目なんだ。
    ドレッシング?
     そう。乳製品アレルギーなんでね。
      ふ~ん。
       ねえ、本当にこの帽子似合っていると想います?
        うん。悪くない。
         それにあたらしい髪型も似合っている。
          後輩は複雑そうな微笑を浮かべて
           僕の皿からサラダを奪い取って食べた

          後輩は長い髪がとても綺麗な子だった
         みんなが彼女に憧れ
        見知らぬ学生達からよく声をかけられていた
       それで彼女が髪を切ったという噂は
      瞬く間に皆に知れ渡った
     失恋しただの、モデルの仕事のためだのただの気分転換だの。
    いろんな情報が飛び交ったのだが
   そのどれが真実なのかはわからなかった
    
  彼女が僕と話しをする機会なんてめったに無かった
 僕は伸ばし放題の髪をうっとうしく結んで
レノンの真似をした丸眼鏡をかけいつも酔っぱらっていた
 後輩が興味を持つような洒落たファッションセンスから程遠い距離にあった
  それで僕は彼女がわざわざ学食まで僕を捜索したのが
   不思議でならなかった

    ギター教えて欲しいんです。
     ギター?
      はい。どうしても弾きたい曲があって。
       ふ~ん。いいけどさ、おいら下手だよ?
        先輩、この曲弾けます?
  
         ギルバート・オサリバンの「アローンアゲイン」だった
          どうしても弾きたいの。
           綺麗な顔立ちから冗談が消えていた

           それで僕らは週に2回
            夜の公園のベンチで曲の練習をすることになった
             その頃僕は毎日酔っぱらっていて
              暇な時間には事欠かなかったのだが
               後輩はいそがしい人物だったので
                夜しか時間が取れなかったのだ
               僕はポケットに忍び込ませたウィスキーを
              大事そうに舐めながらぼんやり彼女を待った
             ギターケースを担いだ彼女が
            息を切らせて小走りにやって来るのを待った
           夏の日の月明かりの出来事だ
          月明かりの下で並んでギターを弾いた

         先輩は誰か好きなひといるんですか?
        僕が煙草を吸い終わる間に
       ぽつりと彼女が呟いた。
      う~ん。好きな人はいるけどね、ちゃんと彼氏がいる。
     諦めるんですか?
    君ならどうするのさ?
   あたしは、さっさとその人のこと忘れて次の恋を探しますね。
  だって、
 時間の無駄だもの。
夜中に酔っ払いとギター弾いている時間が果たしてどう無駄じゃないのか
 とても不思議だった
  そうしていそがしい彼女と違って
   僕の時間の流れは或る瞬間をさしたまま動かなかったのだ。
    積極的な思考停止。
     僕は考える事に少々疲れていたのだ。
      個人的な問題をいくつも抱え込み
       僕の時間は前には進まなかった。

        後輩は二ヵ月半くらいで曲の運指を憶えた
         もともとピアノも弾けたし楽譜を読むのも
          僕なんかより十分速かった、

         あとさ、自分でできるよ。
        そう云った次の週に彼女は
       綺麗な缶に入った中国茶をくれた。
      お礼です。
     そう云って深々と頭を下げた
    彼女が姿を見せなくなっても僕は何故か
   時間になると公園で煙草を吹かしギターを悪戯した
  それからぱったりと彼女の姿がキャンパスから消えた
 そうしてまたいろんな情報が飛び交った

僕の部屋に彼女にもらった中国茶の缶が残った
 夕暮れ時にそのお茶を淹れ
  一人暮らしのアパートの窓辺で
   洗濯物を干し終わった後に飲んだ
    すごく懐かしい香りのするお茶だった
     
     少女がチョコチップクッキーを指差した
      食べる?
       いらない、君の分け前が減る。
        それもそうね。
         少女はクッキーをかじりながらお茶を飲んだ。

          懐かしい匂いがするね、このお茶。

           そう?

          いい香りがする

         少女は熱心にクッキーをかじっている

        僕は僕の目の前から姿を消した後輩のことを思い出した

       いま、どうしているのだろう?

      どうして「アローンアゲイン」だったのだろう?

     




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後輩

2020-09-16 | 
君の哀しみと虚無と絶望に
 僕は答える術を持たなかった
  夕暮れ時の赤い太陽が沈む頃
   黒猫のハルシオンと戯れながらビールを飲んだ
    何気ない日常
     何気ない生活

     切り取られた記憶の一部で君が微笑んでいる
      昨日の作為的に虚飾された現存で
       君が泣いていた様な気がしていた

        先輩、シャワー貸して。

         ショートカットの君が
          いつもの様に深夜に僕のアパートに辿り着いた
           ウイスキーを舐めながらギターを悪戯していた僕は
            半場呆れ返りながら少女の訪問を受諾する

             ご勝手に。

              後輩は勝手知ったシャワールームの温度調節に余念がない
               歯ブラシを咥えながら
                ビートルズのMr、ムーンライトを口笛で吹きながら
                 僕の存在を無視し
                  まるで自分の部屋の様にバスタブにお湯を張った
                   僕にはまるで分らない
                    ネパールの塩という怪しげな物体を湯船に撒き散らかした

                    ねえ、 
                     どうして君はいつもこの部屋にいるのさ?

                      不思議に尋ねる僕に
                       ドライヤーで髪を乾かしながら君は答えた

                       だって
                        寮の門限が早すぎるのよ。
                         おちおちビールも飲めやしないんだから。

                          そう云って勝手に冷蔵庫から冷えたビールを取り出した

                           それに
                            先輩、あたしが来なければまた独りぼっちでお酒飲んでたんでしょう?
                             寂しいよ、それ。
                              大丈夫。
                               あたしが一緒に飲んであげるから。

                                実に勝手な言い分で君は三本目のビールの蓋を開けた

                                 大抵後輩は酔っぱらっていた
                                  もちろん僕も負けずに酔っぱらっていた
                                   ビールを飲みながら
                                    窓から零れる青い月明かりに照らされた

                                    後輩は付き合っている彼氏の文句をぶつぶつ云いながら
                                     僕からギターを奪い取って勝手気ままに弾き始める
                                      中学からクラッシックを習っていた後輩の指先を
                                       感嘆の面持ちで眺めながら
                                        僕はお酒を飲み続けた

                                         後輩はビートルズの曲を
                                          片っ端から弾き飛ばした
                                           当時の僕には理解できない
                                            難解なジャズコードで
                                             信じられないくらい
                                              難解な運指を披露した

                                             どうしてさ、
                                            そんな難しい曲が弾けるのさ?

                                           呆れ返る僕の言葉に
                                          後輩は鼻で笑って、簡単よこんなの。
                                         とすっとぼけてた

                                        ある日の深夜二時の出来事だった
                                       秘蔵のウイスキーのボトルを出して
                                      僕は後輩にレッスンをお願いした
                                     後輩は悪戯っぽく微笑みながら
                                    はっか煙草を口に咥える 
                                   その煙草に愛用のジッポで灯をつけた
                                  美味そうに煙を吸い込み
                                 君は僕にテンションコードの理屈を説明してくれた

                                先輩はどうしてギター弾いてるの?

                               う~ん。
                              他にやることもないし。
                             学校の講義にも興味は惹かれないし。
 
                            それだけ?

                           音楽は好きだよ、わりと。

                          女の子には?

                         どうかな?
                        相手にも相手の都合があるだろうし。

                       先輩、好きな人いないの?

                      後輩は不思議そうに云った

                     いるよ、もちろん。
                    でもしっかり彼氏がいるしね。

                   それでもその人の事、好きなの?

                  割とね。

                 ふ~ん。

                つまらなさそうに後輩は煙に目を細めた
 
               君はどうしていつも一人でギター弾いてるのさ?
              そのくらい腕があるならおいらだったらプロを目指すけどね

             後輩は退屈そうにあくびをした

            プロって職業的音楽家のこと?

           まあ、そうだね。

          興味ない。

         後輩はグラスのウイスキーを一息で飲み干した
        
        あたしの音楽はこんな感じ

      そう云って少女は歌い始めた

     スザンヌ・ヴェガの曲だった

    青い月夜が濡れる

   少女の切ない歌声に包まれた夜

  君は眠れない夜を音楽とお酒で紛らわせていた

 僕が酔い潰れて眠りにつく朝に
君は優しく歌い続けてくれた
 難破船がやっと港にたどり着いく様に
  苦しみを抱いて
   君はこの部屋に辿り着いていたんだ
    
    だから
     眠らない君の記憶の為に
      僕は今でも歌い続けるんだ

       ごめんね

        君の哀しみと虚無と絶望に

         無頓着だった僕を

          どうか許してね

           ごめんね

            ごめんなさい

             青い月夜

              届かない

               記憶の羅列


                何気ない日常

         
                 何気ない夜に






















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お茶会

2020-09-02 | 
破片が零れ落ちる時
 僕は礼拝堂の中でぼんやりと意識を流していた
  ただ静けさだけが其処にはあって
   僕は祭壇の前でただ無実である様に祈った
    誰にも届かない苦杯を
     静かに飲み干せる様に
      ただ意識を流していた
       
       空は綺麗なはずだった

       世界に哀しみが舞い降りる

        午後

       僕らはお茶会の準備を始めた
        少女がクッキーの焼き加減に集中し
         僕は紅茶の葉をどれにしようか悩んでいた
          いくつかの小瓶を眺めて
           どれにすればいいのか混乱した

           ねえ
            お茶は何にすればいいんだろう?

           少女の背中に声をかけると

          うるさいわね、今、クッキーを焼き上げているとこなのよ。
         邪魔しないで。

       と返事が返ってきた

      僕は硝子の小瓶からウバの葉を選んでぼんやりと空を眺めた

     静かな世界だった
    呆れるほどに
   其処には街頭演説も無ければ戦闘機の爆音も存在しなかった
  しあわせな歌声や甘美なパレードの音楽も無かった
 ただ静かだった
僕はそっと目を閉じた

 早く逃げよう。

  少年の声が聴こえた
   帽子を深くかむった少年が僕の身体を揺すった
    僕はぼんやりとしていた

     どうしたんだい。じきに奴等が来る。
      もう此処にもいられないんだ。
       だからさ、急ぐんだ。

       アパートの二階の部屋から外を眺めると
        二台の車と黒ずくめの影がぼんやりと見えた
         
         急ぐんだ。
          簡単なことさ。あんたを車に積み込むだけだ。
           あとは全部捨てていくんだ。

           捨てていく?

            そう、全てを。
             あんたの記憶や本やら古ぼけた楽器やレコードたちを。

              階段を駆け上がる足音がする。


               ね。
                どうしちゃったんだい?急ぐんだ。

               少年は泣きそうな声をしていた。
              
              あんたと僕はいままで上手くやってきたじゃないか。
             これからだってそう。ずっと上手くゆくんだ。
            だから早く逃げよう。
           全てを捨てて。

          僕は何も考えられなかった
         ただぼんやりと窓の外を眺めていた

        もういいんだ。

       僕はそう呟いた
      
      もういいんだよ。

     少年が泣きながら窓から飛び出した

    涙の破片が零れ落ちた

  もういいんだよ。

 僕はじっと少年の後姿を見ていた

夜空に赤い月が見えた


 それで。
  
  それでお茶は何にするのか決めたのね?

   少女が焼きたてのクッキーを
    大きめのお皿にならべて運んでいた

     お茶?

      そうよ。あなた大丈夫?眠ってたんでしょう。
       ぼんやりしているわ。
        悪い夢でも見たみたいよ。

        悪い夢

       少女は硝子の小瓶を手にして嬉しそうに微笑んだ

      ウバね。ちょうど飲みたかったお茶だわ。

     空が綺麗だった

    僕らはお茶会を始めた

   僕らは静かにお茶を飲み焼きたてのクッキーを齧った

  静かだった

 まるで誰かがこの世界から旅立った日のように

静かな哀しみが郷愁を揺らす

 少女が僕の手を取り優しく語りかけた

   大丈夫。

    なにも心配することなんかないわ。

     私たちは此処でお茶会をしているだけよ。

      大丈夫。

       それから白いハンカチで僕の顔をなぞった

        僕は泣いていた

         破片が零れ落ちる時

        ぼんやりと意識を流していた



         大丈夫。

       少女の焼いたクッキーがとても美味しかった




















              
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風に吹かれて

2020-08-16 | 
ストーブの前に座り込み
 少女はソーダで割ったウイスキーを舐めている
  僕はそうっと昔のレコードを流した
   ボブ・ディランが「風に吹かれて」を唄った
    どれだけ時が流れたのだろう
     僕はただぼんやりと天井を眺めていた
      
     どうしたの?

     少女が呟く
    僕は答えずにストレートでウイスキーを喉に流し込んだ
   少女はそれ以上何も云わず
  黙ってはっか煙草に灯をつけた
 明かりを落とした部屋に煙がゆらゆらと立ち昇る
少女の呼吸に合わせて煙がたなびく
まるで過ぎ去った記憶の残像の様に
 僕等は黙って煙の行方を眺めていた

  君の後姿を忘れない
   寒い冬の夜
    僕等は石畳の坂道の途中にいた
     君は僕を見つめてこう云った

     何も出来ないから応援だけするよ

     それだけ呟いて
    君は面倒臭そうに吸いかけの煙草を咥えて
   コートに片手を突っ込んで歩き出した
  僕は黙って君の後姿を見送った
 最後に
君は片手を上げてひらひらと手を振った
 雨がぽつりぽつりと落ちてきた
  僕は一歩も動けずに消えてしまった君の残像を必死で探した
   それが最後だった
    雨音が
     どんな哀しい音楽よりも
      僕の心を痛めつけ暖めてくれた
       何もかもが夢だった
        夢が終わりを告げる
         それは哀しくて苦しくても誰もが経験しなくてはならない儀式だ
          あの時
           僕らの時代は永遠に封印されたのだ

           お酒が飲めない君は
          薬が回るとろれつが回らない舌で
         何度も昔の話をした
        そうしてしばらくすると床の上で寝息を立てた
       君が苦しみから解放されて眠りにつく時だけ
      僕は安心して酒を飲んだ
     喉元を通り過ぎる酒が胃を焼いた
    僕は君の寝息を観察しながら
   空っぽの胃袋に酒を流し込んだ
  やるせない気持ちと迫りくる時の流れに混乱していた
 毛布に包まり
黙って酒を飲んだ

 僕には僕らの暮らしを解体して修理することが出来なかった
  必要とされる部品や道具もなかったし
   僕等はどうしようもなく壊れ物で
    まるで修理の施しようが無かった
     誰かがどうにかしろよと責め立てた
      そんなんじゃ駄目になると
       心配のあまり声を荒げた
        君は何も云わなかった
         ずうっと黙っていた
          僕は苦しくて部屋の隅っこで永遠を想った

          ラジオからボブ・ディランが流れていた

          僕には君にしてあげられることが何も無かった
         それが苦しくてやりきれなくて
        滅茶苦茶に酒を煽った
       朝まで酔いが回り
      青い月夜になる頃パンを齧った
     遠い記憶
    決して消えない記憶
   咀嚼しきれない哀しみは
  いつか懺悔しなくてはね
 君の後姿が闇夜に消えた
僕はただ何時までも立ち尽くしていた

 暮らしは流れるのだ
  日常が容赦なくその後の人生を羅列し因数分解した
   公式を忘れた僕は
    休日には酒を飲み惰眠を貪った
     疲れたのだ
      呆れるほど続く日常や
       記憶を探す深夜三時の孤独に
        いつも同じ時間に頭痛が止まない
         ボルタレンをお菓子代わりに酒を飲んだ
          君がいないから
           いくら酔っ払っても安心だった
            そんな自分に自己嫌悪して何度も吐いた
             ただ切なくて消えた君を想った


             ね、
            歌ってあげる。

           少女が古ぼけたギターを調弦した
          僕はマールボロを口にして
         紫の煙を深く深く吸い込んだ
        少女が小さな声で歌った
       まるでいつかの雨音のように優しくて切ない歌声だった

      あれからどれくらいの時が流れたのだろう

     青い月と少女の優しい声

    記憶の断層に足を取られる時

   いつだって酒と煙草と音楽に塗れた

  
  君は大切な友達だった


 僕は僕の人生と君の人生を区別できないんだ


ねえ

 苦しいよ


  君の後姿を忘れない



   けっして


    煙草に灯を点ける


     煙が風に吹かれた


      容赦なく


   
        ごめんね


           
         許されはしないけれども



          救って



          壊れそうだ


























































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空の話

2020-08-05 | 
  
    「空の話」

    空の話をしよう  
    とても綺麗で
    こわれやすくて

    空の話をしよう
    なくした記憶の  
    いちばんすみっこにある
    小さなお話

    君が街を歩いているから
    僕は嬉しくて
    何かに感謝する

    君がいてくれて
    嬉しい だから
    空の話をしよう
    小さなお話

    永遠があるなら
    君といっしょに
    いたかった

    少年は路上に落ちてる
    石を眺めて
    同じと思った

    君が
    しあわせになれるなら
    僕は僕の石を 
    君にあげる

    君がしあわせになれるなら
    僕は僕の意思を
    君にあげる


    そうして
    そして
    あの空の話をしよう

    夢見たものは
    うそか本当かわからないけど
    あの気持ちは
    たしかに 残った

    君がそばに
    いてくれるといいな

    空の話をしよう
    小さなお話





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しゃぼん玉

2020-08-01 | 
君の琥珀に触れた時
 君の為にしてあげられることが
  なにひとつ無かった真夏の午後
   炎天下の日差しの中で僕はただ
    哀しみを咀嚼していた
     口の中で苦い記憶がこびりついて取れない
      ポケットウィスキーの瓶でうがいをした
       虚脱した僕の存在
        いつかの少年の時間
         君の為にしてあげられることが
          なにひとつ無かった

          僕は馬鹿で冷淡で皮肉屋で無知だった
           
          レストランのステーキのソースが美味しかった
         君はゆっくりと肉を咀嚼し嚥下する
        僕は夢を咀嚼しワインで飲み干した
       店を出て
      僕らは路面電車に乗り込んだ
     石畳の街並みに電車は各駅停車した
    その度に
   僕らは旅を降りるべきか考察し
  結局街の何処にも降りることは無かった
 路面電車の中には乗客が居なかった
夜が知覚され用意周到に僕等は最果ての国に到着した

 握った手を離さないで と君が囁く
  街の中では握った手は離しちゃいけないの
   手を離すと貴方は迷子になって
    永遠に会えなくなるの。

    永遠?

     そう。永遠。

      僕は永遠を見た事がないよ
       それに永遠よりはプラネタリウムの星空が好きだよ。

       好き嫌いではどうしようもないのよ。
        好むと好まざるにかかわらず
         貴方は永遠を知るのよ。

        でも、僕は牛乳が飲めないしチーズも嫌いなんだ、
         たぶん「永遠」もあまり好きじゃない。

         皮肉屋の僕の言葉を無視して
          君はもう一度云った

         人はすぐに消えるわ。
          手を離すと貴方は迷子になる。
           そうして私達は永遠に会えなくなるの。

           人はそんなに簡単に消えるのかい?
            僕ははっか煙草に灯をつけた

            そう、まるでしゃぼん玉のようにね。

            君がそっと歌った

           しゃぼん玉とんだ
          屋根までとんだ
         屋根までとんで
        壊れて消えた

       それが僕らだった

      まだ少年の頃

     僕には君にしてあげられることがなにひとつ無かった

    握った手を離さないで

   耳元で君の声が木霊する

  いまでも





         
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赤い花

2020-07-14 | 
凝縮させた記憶の場所に
 赤い花が咲いた
  如雨露で水をかけ
   しばらくぼんやりと煙草をふかした
    庭園は世界の果て
     懺悔した我々の密やかなる夢 
      君が残し
       僕が受け継いだ意思の下
        誰にも聴こえない歌を歌った今日と昨日と明日
         古臭いギターケースから楽器を出して
          哀しいけれど少し歌った
           ラムネの甘ったるい記憶
            風鈴がちりんと鳴った

            赤い花
         
           君はあの時代そう呼ばれ
          ふてくされた表情ではっか煙草を咥え
         つまらなさそうにギターを弾いた
        僕はグラスのウイスキーを舐めながら
       こんな時間が永遠に続くといいと想った
      このままが
     このままが
    真夏の昼下がり
   風鈴の歌

  ねえ
 僕らは十年後にどうしているだろうね?

ぼんやりと酔いのまわった頭で僕は彼女に尋ねてみた
  
 赤い花は珍しく優しい声で答えた
 
  あたしは赤い花のままだわ。

   いつまでもね。

    僕は?

     あなたはたぶん名前を忘れるわ。

      そしてあたしの顔も髪型も影の形も忘れるの。

       どうして?
        君のこと忘れるはずが無いよ。
         それに僕は君のそばにずっといるんだよ。

         赤い花は可哀想に僕を見つめた

          あたしはこの場所に残るわ。
           あなたは此処から旅立っていくの。

            僕だって何処にも行きはしない。
             この場所に残るよ。

             決まりなの。
              あなたの十年後はこの場所ではないのよ。

               風鈴が哀しくささやいた

                ちりん

               哀しい時には歌って。

              それで哀しみを分かち合えるわ。

             僕は残ったウイスキーを飲み続けた

            永遠はいつまでたっても訪れなかった

           時代が変わり世界が通りすぎ僕は縁側でビールを飲んでいる

          スピーカーから戸川純の歌が流れた
   
         「蘇洲夜曲」

         泣きたくなる青い空の下

        赤い花が綺麗に咲いた













 
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ソファー

2020-07-07 | 
部室はふたつに分かれていた。
広い部屋にはピアノがあったので、ジャズ畑の先輩達の隠れ家。
僕らは狭い部屋に、ドラムセットとアンプの山に囲まれて好き勝手やっていた。
講義をさぼって、広い部屋に上がる。
その頃、僕はどうしようもないほど目的意識を見失っていた。
教室や講義のなかには僕の居場所なんて無かった。
それで部室と学食と喫茶店をさまよい歩いていた。
  
  まるで幽霊みたいだった。
   行き場所を捜し歩く。

広い部屋にはソファーがあるのだ。
僕は二日酔いの頭を抱え込んでそこでつかの間の安眠をむさぼろうと企んでいた。
 しかし、その野望はいつだってあえなく断念させられた。

  先約がいるのだ。

その先輩はどんな時間帯であっても、必ず唯一部室にある一客のソファーで惰眠をむさぼっていた。僕は、またやられた、と思いながら機材入れの棚にまるでドラえもんのように潜り込んで毛布を頭からかぶる。ソファーに眠る彼をうらやましく眺めながら扉を閉めた。

  おやすみなさい。

夜、ジャズバーで演奏して学費の足しにしている彼は半分プロみたいなもんだった。もちろんどこにだって、この種の「半プロ」という人達はあぶれていたのだが、そのテクニックと膨大な知識は大学に入りたての小僧には憧れるに余りあるものがあった。それで僕は何度かこの先輩と交信しようとこころみた。

  「  サン、どんなミュージシャンが好きなんですか?」
  彼は眠そうにまぶたをこすりながら、
   グラント・グリーン
  と、呟いてめんどくさそうに煙草に灯を灯けた。
   そうですか・・・
  話が続かない。
ピアノ屋の彼が口にした名前だったので、僕は「グラント・グリーン」なる人物はてっきりジャズピアニストだとばかり思い込んでいた。ギタリストだったなんて知ったのはずうっ~と後になってからだ。

  スプリングの飛び出た緑色のソファーがとても柔らかそうだったのを
      憶えている。

彼が通うジャズバーは洒落ていた。演奏をききに店を訪れた僕に先輩はめずらしく一杯おごってくれた。バーボン片手に譜面をテーブルに散らかしながら煙草を吹かした。僕も煙草に灯をつける。
無口だ。本当に無口だ。

  お前さ、あの人知ってるか?
   突然、彼が話しかけてきた。
    カウンターでマスターと話してるひとだよ。
    
    知りません。
   ・・・っていうドラマ知ってるか?
    見たこと無いですね

    そのドラマの音楽作ってるひと、あのひと。
そう云ってまた黙り込んだ。
他のメンバーはこのドラマの人が急遽、次のステージで二、三曲ピアノを弾くことになったのでなんだか少し慌ただしかった。

   よくみとけよ。
 先輩が呟いた。
ステージでは、「こまったな・・・、ジャズ演った事無いんですが」と前置きして演奏が始まった。
演奏のあいだ、先輩は食い入るようにステージを見続けていた。

   凄いな~、カッコいいな。
  演奏が終わると、先輩は独り言を云った。

残りの時間は彼がピアノを弾かなくてはならない。楽しみにしてますよ、と声をかけると、

   馬鹿云え。あんな演奏のあとに何やればいいんだよ。

  と、言い残してピアノに向かった。

次の日、やっぱり彼はあのソファーで眠っていた。
卒業して彼の行方は分らない。
一回、会社勤めをして、後輩と結婚したそうだ。
それから、会社を辞めた。
ピアノが弾きたかったんだって。
そんなウワサが風に舞った。
   
  それにしても。
   あの緑色のソファーはもちろん粗大ゴミになったのかな?

   しかたない。
   もともと粗大ゴミ置き場から拾ってきたモンだったしね。




  
 
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