プレゼント
2024-12-25 | 詩
あの日あの時間違えた別れ道で
僕はいつだって憂い
煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
何時かの微笑
困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
ねえハルシオン
どうして僕は現世にいるのだろう?
もう誰も居なくなってしまった世界で
どうして僕は楽器を弾いているんだろう?
黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
それから一枚のタロットをめくった
「道化」
くすくす微笑んで
黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
僕は途方に暮れて空を見上げた
あの日に少しだけ似た
重く垂れ込めた灰色の世界
地団太の孤独
少年時代から出遅れた足音
オルゴールが鳴り始め
世界が終焉を迎える頃
あの日あの時の一瞬
僕はギターを弾いていた
カルリの練習曲を弾き
回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
お調子者らしく
エリック・クラプトンは弾かないのかい?
と口笛を吹いた
「ティアーズ・イン・ヘブン」
その頃
みんなこの曲に浮かれていた
僕は黙って
ランディーローズの「Dee」を弾いた
退屈そうにみんな中庭を去った
僕は黙々と楽器を弾いていた
とてもとても寒い冬の日だった
寒くないの?
声に驚いて顔を上げると
先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
口にした珈琲がとても暖かかった
寒くないの?
彼女はもう一度確かめるように尋ねた
寒いですよ、もちろん。
手袋をすればいいのに。
手袋をしたらギターが弾けないんです。
僕の答えに彼女は
それもそうね。
と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
僕の首に巻いてくれた
暖かいよ、それ。
でも先生が寒いでしょう?
大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
あとね、
煙草は控えめにね。
そう云って彼女は建物の中に姿を消した
残された緑色のマフラーはいい匂いがした
先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
それから
また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
不思議な先生だった
でも僕はその先生となんとなく気が合った
こんにちは。
そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った
今日は忙しくないんですか?
私、今日お休みなの。
休日出勤ですか?
そんなところ。
ね、良かったら何か聴かせて。
僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
それからキャンデーを僕にくれた
煙草のかわり。
そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ
不思議よね。
どうしてそんなに指が動くのかしら?
私の指も練習したらそんなに動くのかな?
出来ると想いますよ。
彼女は笑って無理よと呟いた。
私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ
先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
僕等は二人でくすくす笑った
先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?
どうして?
いつも此処にいるから。
そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
それに他の先生たちとは大学が違うから
そういうの関係あるんですか?
それはやっぱり人間関係だから。
なんだかままならないですね。
そうね。ままならないわ。
そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。
ごめんなさい。
僕が謝ると、
嘘よ。信じないで。
と可笑しそうにくすくす微笑んだ
此処を出たら大学に戻るの?
キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
僕は途方に暮れて空を眺めた
あなたはたぶんもう大丈夫。
何処に行ってもね。
僕は先生にマフラーを返そうとした
いいの。あげる。
いいんですか?
うん。
あなた今日何の日か知ってる?
知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。
クリスマスよ。
プレゼント。それ。
いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
ね、いつか私にも教えてくれる?
何をです?
ギター。
教えてね。
そう云って先生は建物の中に入っていった
三日後
僕は其処を去った
先生に挨拶をする事は叶わなかった
ねえハルシオン。
先生ギター弾いているかな?
懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた
冬の日
掠れかけた記憶の残像
クリスマスプレゼントの想い出
僕はいつだって憂い
煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
何時かの微笑
困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
ねえハルシオン
どうして僕は現世にいるのだろう?
もう誰も居なくなってしまった世界で
どうして僕は楽器を弾いているんだろう?
黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
それから一枚のタロットをめくった
「道化」
くすくす微笑んで
黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
僕は途方に暮れて空を見上げた
あの日に少しだけ似た
重く垂れ込めた灰色の世界
地団太の孤独
少年時代から出遅れた足音
オルゴールが鳴り始め
世界が終焉を迎える頃
あの日あの時の一瞬
僕はギターを弾いていた
カルリの練習曲を弾き
回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
お調子者らしく
エリック・クラプトンは弾かないのかい?
と口笛を吹いた
「ティアーズ・イン・ヘブン」
その頃
みんなこの曲に浮かれていた
僕は黙って
ランディーローズの「Dee」を弾いた
退屈そうにみんな中庭を去った
僕は黙々と楽器を弾いていた
とてもとても寒い冬の日だった
寒くないの?
声に驚いて顔を上げると
先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
口にした珈琲がとても暖かかった
寒くないの?
彼女はもう一度確かめるように尋ねた
寒いですよ、もちろん。
手袋をすればいいのに。
手袋をしたらギターが弾けないんです。
僕の答えに彼女は
それもそうね。
と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
僕の首に巻いてくれた
暖かいよ、それ。
でも先生が寒いでしょう?
大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
あとね、
煙草は控えめにね。
そう云って彼女は建物の中に姿を消した
残された緑色のマフラーはいい匂いがした
先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
それから
また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
不思議な先生だった
でも僕はその先生となんとなく気が合った
こんにちは。
そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った
今日は忙しくないんですか?
私、今日お休みなの。
休日出勤ですか?
そんなところ。
ね、良かったら何か聴かせて。
僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
それからキャンデーを僕にくれた
煙草のかわり。
そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ
不思議よね。
どうしてそんなに指が動くのかしら?
私の指も練習したらそんなに動くのかな?
出来ると想いますよ。
彼女は笑って無理よと呟いた。
私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ
先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
僕等は二人でくすくす笑った
先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?
どうして?
いつも此処にいるから。
そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
それに他の先生たちとは大学が違うから
そういうの関係あるんですか?
それはやっぱり人間関係だから。
なんだかままならないですね。
そうね。ままならないわ。
そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。
ごめんなさい。
僕が謝ると、
嘘よ。信じないで。
と可笑しそうにくすくす微笑んだ
此処を出たら大学に戻るの?
キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
僕は途方に暮れて空を眺めた
あなたはたぶんもう大丈夫。
何処に行ってもね。
僕は先生にマフラーを返そうとした
いいの。あげる。
いいんですか?
うん。
あなた今日何の日か知ってる?
知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。
クリスマスよ。
プレゼント。それ。
いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
ね、いつか私にも教えてくれる?
何をです?
ギター。
教えてね。
そう云って先生は建物の中に入っていった
三日後
僕は其処を去った
先生に挨拶をする事は叶わなかった
ねえハルシオン。
先生ギター弾いているかな?
懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた
冬の日
掠れかけた記憶の残像
クリスマスプレゼントの想い出