眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

風に吹かれて

2023-01-28 | 
ストーブの前に座り込み
 少女はソーダで割ったウイスキーを舐めている
  僕はそうっと昔のレコードを流した
   ボブ・ディランが「風に吹かれて」を唄った
    どれだけ時が流れたのだろう
     僕はただぼんやりと天井を眺めていた
      
     どうしたの?

     少女が呟く
    僕は答えずにストレートでウイスキーを喉に流し込んだ
   少女はそれ以上何も云わず
  黙ってはっか煙草に灯をつけた
 明かりを落とした部屋に煙がゆらゆらと立ち昇る
少女の呼吸に合わせて煙がたなびく
まるで過ぎ去った記憶の残像の様に
 僕等は黙って煙の行方を眺めていた

  君の後姿を忘れない
   寒い冬の夜
    僕等は石畳の坂道の途中にいた
     君は僕を見つめてこう云った

     何も出来ないから応援だけするよ

     それだけ呟いて
    君は面倒臭そうに吸いかけの煙草を咥えて
   コートに片手を突っ込んで歩き出した
  僕は黙って君の後姿を見送った
 最後に
君は片手を上げてひらひらと手を振った
 雨がぽつりぽつりと落ちてきた
  僕は一歩も動けずに消えてしまった君の残像を必死で探した
   それが最後だった
    雨音が
     どんな哀しい音楽よりも
      僕の心を痛めつけ暖めてくれた
       何もかもが夢だった
        夢が終わりを告げる
         それは哀しくて苦しくても誰もが経験しなくてはならない儀式だ
          あの時
           僕らの時代は永遠に封印されたのだ

           お酒が飲めない君は
          薬が回るとろれつが回らない舌で
         何度も昔の話をした
        そうしてしばらくすると床の上で寝息を立てた
       君が苦しみから解放されて眠りにつく時だけ
      僕は安心して酒を飲んだ
     喉元を通り過ぎる酒が胃を焼いた
    僕は君の寝息を観察しながら
   空っぽの胃袋に酒を流し込んだ
  やるせない気持ちと迫りくる時の流れに混乱していた
 毛布に包まり
黙って酒を飲んだ

 僕には僕らの暮らしを解体して修理することが出来なかった
  必要とされる部品や道具もなかったし
   僕等はどうしようもなく壊れ物で
    まるで修理の施しようが無かった
     誰かがどうにかしろよと責め立てた
      そんなんじゃ駄目になると
       心配のあまり声を荒げた
        君は何も云わなかった
         ずうっと黙っていた
          僕は苦しくて部屋の隅っこで永遠を想った

          ラジオからボブ・ディランが流れていた

          僕には君にしてあげられることが何も無かった
         それが苦しくてやりきれなくて
        滅茶苦茶に酒を煽った
       朝まで酔いが回り
      青い月夜になる頃パンを齧った
     遠い記憶
    決して消えない記憶
   咀嚼しきれない哀しみは
  いつか懺悔しなくてはね
 君の後姿が闇夜に消えた
僕はただ何時までも立ち尽くしていた

 暮らしは流れるのだ
  日常が容赦なくその後の人生を羅列し因数分解した
   公式を忘れた僕は
    休日には酒を飲み惰眠を貪った
     疲れたのだ
      呆れるほど続く日常や
       記憶を探す深夜三時の孤独に
        いつも同じ時間に頭痛が止まない
         ボルタレンをお菓子代わりに酒を飲んだ
          君がいないから
           いくら酔っ払っても安心だった
            そんな自分に自己嫌悪して何度も吐いた
             ただ切なくて消えた君を想った


             ね、
            歌ってあげる。

           少女が古ぼけたギターを調弦した
          僕はマールボロを口にして
         紫の煙を深く深く吸い込んだ
        少女が小さな声で歌った
       まるでいつかの雨音のように優しくて切ない歌声だった

      あれからどれくらいの時が流れたのだろう

     青い月と少女の優しい声

    記憶の断層に足を取られる時

   いつだって酒と煙草と音楽に塗れた

  
  君は大切な友達だった


 僕は僕の人生と君の人生を区別できないんだ


ねえ

 苦しいよ


  君の後姿を忘れない



   けっして


    煙草に灯を点ける


     煙が風に吹かれた


      容赦なく


   
        ごめんね


           
         許されはしないけれども



          救って



          壊れそうだ


























































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風邪

2023-01-10 | 
朝晩の気温の変化の激しさと、日頃の行いの悪さで風邪をひいた。
寒気はするし頭は割れるほど痛い。
あるだけの薬をワインで飲み干して寝た。
ベットの上で目覚めると、少女の心配そうな顔がぼんやり見えた。

  「あなたね。
   どうして風邪ひいてるのにお酒なんか飲むのよ?」

  「玉子酒が利くっていうからさ。」

  「お酒が良いわけないわ。だいいちワインに卵なんかはいっていないじゃない。」    

彼女が呆れた顔をする。
   でも・・・。
言い訳しようとする僕に、少女は、さっさっと寝なさい、と言った。

朝方にもの凄い寒気で目が覚めた。
少女は林檎を小さく切って、僕の口にほうり込んだ。
冷たくて美味しい。
また眠気が襲ってきた。

   どれくらい寝たのだろう?

    起きると、少女はじっとこちらを見ていた。
    
     寝てないの?
    あなたがわたしの分まで寝たわ。

   コップに水を汲んでくれた。

    いまは何時?
   朝よ。まる一日眠っていたわ。

 気分は?
  
   悪くない。熱も下がっているようだ。
    彼女は僕の額に手をのせた。
  もう大丈夫よ。
   彼女がそういうと、人生の何もかもが上手くいきそうな気がした。

 だいいち、
  「あなたね、お薬ばかり飲んじゃだめよ。」

  パンとサラダを僕の口につっこみながらつぶやいた。
   今のひとはみいんな、そうよ。
  そして、おおきなグラスを持ってきた。
 よくわからない緑色の液体がなみなみと入っている。

   なに、これ?

  「ヨモギよ。これで風邪なんかすぐ治るんだから。」
   まじめな顔で少女はじっと僕の目をみた。
    一口飲んでみると、すごく苦い。
  「これ、ぜんぶ飲まないといけないのかな?やっぱり。」
   あたりまえでしょ。
  昔は、これでからだの悪いものよくしたのよ。おばあちゃん達がいつも云ってるわ。  
   苦いんだけど。
  そう云うと
   あんまりわがままいうんだったらバケツいっぱい飲ませるわよ。
    というので、しょうがなくグラスの緑色の液体を飲み干した。

  これで。
   良くなるわ、眠りなさい。

     僕は深くねむった。

  つぎに目が覚めると、風邪は良くなっていた。
少女は、椅子で毛布に包まって本を読んでいた。

   何を読んでるの?
    童話よ。それより風邪、治った?
   うん。だいぶいい。
    よかったわね。

   窓の外は柔らかな日差しをはこんでくれた。

   僕らはならんで、はっか煙草を吸った。
    一本だけよ。
     彼女は今日一日、僕を監視するつもりらしい。

    お薬なんかより。
   おばあちゃん達のほうが治し方知ってるのよ。
    
   そういって、またヨモギ入りのグラスを僕の目の前に置いた。

    飲みなさい。治っちゃうから、わるいところぜんぶ。

     今度は僕も黙って飲み干した。

     わるいところぜんぶ治るから。

      少女はとても優しい笑顔を浮かべている。










   
  
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遠い記憶

2023-01-01 | 
それは遠い記憶
 薄っすらとした白い息が
  少し開いた君の呼吸を確認させてくれる
   ねえ
    生きているの?
     少女の問いに答えず僕はレモン水をコップに入れて差し出した
      少女は赤い舌でレモン水を少しだけ舐めた
       甘い。
        ハチミツが入っているんだ。
         僕は煙草に灯をつけ
          緑色のソファーで横たわる彼女を見つめた
           ソファーは使い古しの古道具屋から譲り受けた物で
            色褪せ
             或るいはスプリングが絶望的なままに
              飛び出していた
               それでもその緑色のソファーは
                数少ない仲間内では特別な存在で
                 そこで深い眠りにつく誰しもが
                  柔らかで優しい夢を見た
        
                ねえ
               生きているの?
              少女が身を起こしコップをかざしながら尋ねた
             僕は空になったコップにそおっとレモン水を注いだ
            ねえ
           生きているの?
          僕のことかい、それとも君のこと?
         僕は煙草の灰を灰皿にしていた白い小皿に
        飛び散らないようにゆっくり落とした
       まるで大切な記憶が欠落してゆく様に
      君のことならたぶん生きているよ。
     頭が痛い。
    少女は短く切りそろえた髪の毛に手を突っ込んでそう呟いた
   飲みすぎたんだよ、少しばかりね。
  みんなは?何処にいったの?
 広い部屋を見渡して彼女が呟いた
みんな、それぞれ自分の世界に帰ったよ。
 僕は答えて天窓の方を見上げた
  青い月夜だった
   冬の名残の夜の冷たい空気がとても清潔だった
    まるでアルコール消毒された注射器の針のようだった
     どうしてあなたは此処にいるの?
      少女が不思議そうな口調で尋ねた
       
       どうして僕は此処にいるのだろう?

       たぶん帰れる処がなかったからだ
      それに少女ひとりを残してこの世界を黙って去る訳には
     いかないような気がした
    ただそういう気持ちがしただけだったのだ
   それが理由だよ。
  僕がそう云うと少女は白い息でため息をついた
 まるで存在そのもに重さがない様な羽毛のようなため息だった
ありがとう。
 コップを僕に手渡しして彼女は僕に煙草が吸いたいと告げた
  僕はフィリップモーリスに灯を点けてから
   彼女に煙草を渡した
    彼女は深く深呼吸をするように煙を吸い込んだ
     吐き出した薄っすらとした白い息が宙空にぼんやりと浮かんだ
      誰もいないのね?
       少女がもういちど確認するように僕の顔をみつめた
        うん みんな帰ったよ。
         僕は煙草を白い小皿でゆっくりと揉み消した
          君と僕が残ったんだ。
           あるいはわたしとあなたが残されたのね?
            レモン水美味しかった。
             それはよかった。
              ハチミツを入れると酔い覚ましになるんだ。
               そう。
              
              少女は緑色のソファーから立ち上がって
             古臭くてだだっ広いだけの部室を一瞥し
          軽音楽部の部室の真ん中のアップライトピアノに向かった
           そうして大切な何かを優しく撫でるように蓋を開けた
          ピアノの前の椅子にゆっくり腰掛け
         それから天窓からのぞく青い月を見上げた

        青い月夜ね

       少女はそう呟いて鍵盤を何度も愛おおしそうに撫でた
      彼女の大切なものが何なのか僕にはさっぱり想像できなかった
     
     青い月夜ね

    もう一度呟いて煙草を床に投げ捨て
   ブーツの踵で吸殻を踏み潰した
  僕には何をどうしていいのか分からなかった
 どうして少女がそんなになるまでお酒を飲むのか
どうして大切なものに触れるかのようにピアノの鍵盤をなぞるのか
どうして吸えもしない煙草をブーツの踵で踏み潰したのか
 

  考え込む僕の耳元にピアノの音が柔らかく響いた
   戦場のメリークリスマス
    青い月の光が少女とピアノに降り注いだ
     まるで一枚の絵画のようだった
      まるで奇蹟のように
     僕は部屋に残されたウイスキーの瓶に口をつけた

     ただ真夜中に哀しい音楽が響き渡った

     どうしてあなたは此処にいるの?

     少女の問いかけが耳に木霊した

     旅に出る仕度をしなければ

     たぶんもう此処にもいられなくなる

    あれから気の遠くなるような時間が流れた
   もう彼女が何処で何をして暮らしているのかも
     もちろんわからない
   みんなと同じように自分の世界を見つけられただろうか?
     
      揺れていた時代の 
     
     薄っすらとした遠い記憶







    
       
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