眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

哀しみの礼拝堂

2017-10-01 | 
秋になった
 それぞれがそれぞれに想う程
  世界が変わった訳ではないけれど
   日差しに哀しみの成分が微妙に調合され
    風が優しさを運ぶように空気の色合いを少しだけ変えた
     公園の水の無い噴水に座り
      僕はギターを弾いた
       公園には僕以外誰一人いなかった
        楽器を弾くのに飽きると
         はっか煙草を咥えて
          ポケットの手紙を出して読んでみた
           空虚な世界
            乾燥した落花生の殻の様に
             僕の感情は無味乾燥に鈍麻していた

             「宙空の庭園
               安寧の寝床
                枯葉の賛美
                 黙示録の言葉に従い
                  歩みなさい
                   青い月夜の晩
                    葡萄酒を忘れずに」

                    手紙の文面は其処で途絶えていた
                     世界の始まりと終わり
                      あの最果ての国への道標は
                       不完全で不備だった
                        その案内文はまるで
                         壊れ物の僕の存在の様だった
          
                         煙草
                          手紙
                           葡萄酒

                            僕は忘れ物をしない様に
                             古びた手帳に記入した
                              けれど
                               其処に記入すべき自分の記憶が相変わらず曖昧だった

                                微熱があるんだね

                                声がした
                               振り向くと
                              前髪の長い少年が僕をみてくすくす微笑んでいた

                             君は誰だい?

                            僕のこと?それともあなたのこと?

                           少年は興味深そうに僕の表情を伺っていた
                          少年の瞳はとても澄んだ琥珀色をしていた

                         君、名前は?

                        僕には名前なんて無いよ
                       あなたと同じようにね。

                      少年に云われて僕は僕自身に名前が無いことに気ずいた

                     名前。名前は何処に行ったんだい?

                    失われたんだよ。
                   すべからく世界の終焉がそうであるように。
                  あなたの指し示す記号性はその記憶とともに摩耗されたんだよ。
                 あなたはもう誰でもない。
                あなたはもういないんだ。
               だからあなたはこの宙空の公園に来たんだ。
              あなたが手にしているものは

             煙草と手紙と葡萄酒だけだね?

            僕が答えると少年は
           そう。と微笑んだ
  
          彼等彼女らは何処へ行ったんだい?
         あの舞台の幕は開いたのかい?

        其れは彼等の世界の物語だよ。
       もうあなたには関係の無いことなんだよ。
    
      僕はひどく混乱し失望した
     少年は憐れむ様に僕を見つめた

    ひとつだけ伝えるよ。
   舞台の幕は上がらなかった。
  物語は始まらなかったよ。
 だからあなた達が願った様には世界は変わらなかった。
世界は世界のままでそのまま在り続けたんだ。
 革命なんて起こらなかったんだ。
  其処に在ったのは狂乱の革命前夜だけだったんだ。

   僕はぼんやりと煙草を吸った
    白い煙が白線の様に空にたなびいた

     結局のところ
      世界はその在り様を変えない
       ただ季節が移ろい秋になったんだ
        消失した記憶と共に

         鎮魂歌は歌わないの?

          少年は僕の楽器を指さした
        
           ずいぶんと古い楽器だね。
            120年前にドイツで其れを弾く人を見かけたよ。
  
             その人も国を失ったけれどね。


              僕は葡萄酒を飲み
               煙草を消してギターを構え直した
                それから深呼吸をして
                 曲を演奏した


                  変わらなかった世界に向けて


                   居なくなってしまった彼等彼女らに向けて


                    哀しみの礼拝堂だね。
                     良い曲だね。


                     演奏が終わると少年は小さく拍手した


                      僕はこれからどうすればいいんだろう?

         
                       少年は答えた


                        歌うんだよ。
   
                        
                         永遠に。


                         忘れ去られた記憶の受戒に於いて


                          そうして最果ての国を目指すんだ

    
             
                           
                           「宙空の庭園
                             安寧の寝床
                              枯葉の賛美
                               黙示録の言葉に従い
                                歩みなさい
                               青い月夜の晩
                              葡萄酒を忘れずに」





                            秋になった






































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