プロローグ
和音は、テーブルの上のカトレアの花を眺めながらワインを飲んでいた。
そのカトレアは、苗から5年育てて、花を咲かせたものだった。
そのカトレアの名前は、チアリンシンシンで96年の世界ラン展でグランプリを
獲得している。
和音は、そのメリクロン苗(動物のクローンのような技術から生産された苗)を
購入したのだ。数十年前までは、カトレアは非常に高価なものだった。一つで、
家一軒購入できるものだった。グランプリを獲得したカトレアなら価格をつけられ
ないほど高価である。それは、その当時株分けでしか増やせなかったから、一年で
一つのものを二つにしかできなかったからだ。
チアリンシンシンは、交配の片親が黄色の花の為、蕾から咲き始めは黄色がかって
いるため、けっして美しい花ではなかった。
真っ赤な花を楽しみにしていた和音は、がっかりして最初捨てようと思った。
ところが、数日経つと紫色に変化して、そしてさらに数日経つと真っ赤に変身した
のだ。そして香水のような芳香を放ち始めた。
まるで、童話のみにくいあひるのようである。
まるで、グラン・ヴァンのようだと和音は思った。最初は、酸味と渋みが強いワイ
ンが数年の熟成以降は、すばらしいワインに変身するのだ。
真っ赤なカトレアの花と赤ワイン。カトレアの芳香とワインのアロマとブーケ。
和音は、時の経つのを忘れた。
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