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「古いものは無くなる」でいいのか

2018-06-20 08:24:26 | 歴史から学ぶ

@「古いものは滅びる」という風の言い方が支配していた明治初期。賊軍(天皇の偽勅、偽の錦旗)が官軍となり「幕府を滅ぼす」軍事クーデターを薩長を中心に変革をしたのが明治維新だ。外国からの武器密輸から幕府の掟を悉く破り、幕府側は対抗する統制力も弱体化、遂には「大政奉還」となり軍事クーデターが成功する。攘夷と言っていた薩長は盛んに古いものを捨て、海外の近代化に目を向け事になる。様々なものがこの時代に無くなる、士農工商という身分、帯刀禁止などもあるが、多くの文化的な施設・規則が一気に近代化、さらに軍国主義的な思想が優越していった。何より、幕府の優秀なブレーン「幕末の3傑+1」の惨殺、失脚である。ここでは海外の情報をよく理解していた水野忠徳、小栗忠順が外国との貨幣交換交渉に尽力した。将来の貿易の基礎(為替)を築き奮闘したことは大きな功績であったが、あまり脚光を浴びていない。それどころか小栗が隠したと言われる幕府の埋蔵金の謎が今でも広く興味を引くところだ。(果たしてその埋蔵金はあるだろうか) 

『官賊と幕臣たち』原田伊織

  • 列強の日本侵略を防いだ徳川テクノラート
  • 幕府官僚が一致していたことは勝てない戦争はやってはならぬということ。攘夷派は逆に、勝てない戦であっっても夷狄を神国に入れてはならぬという精神論しか持ち合わせていなかった。
  • 「戦国時代の奴隷」イエスズ会が日本人奴隷の約10万人をマニラ、マカオ、シンガポール、シャムなどに売買していた。1578年時点での奴隷の価格は160貫文。豊臣秀吉がそのポルトガル人の宣教師コエリョが答える「ポルトガル人が日本人を買うのは、日本人がポルトガル人にそれを売るからである」と。秀吉は「騙される方が悪い」といった。
  • 「キリスト教による廃仏毀釈」当時キリスト教という宗教は、一元主義の排他性の強い宗教であり、その特性通り彼らは仏教をはじめとする他の宗教を徹底的に弾圧した。百姓領民はことごとく伴天連に改宗させられ、その数4万人に達した。現在でも長崎南部では「廃仏毀釈」で破壊、焼き討ちの結果として当時の仏教石像物、寺社建設物は存在しない。
  • 「清のアヘン戦争」イギリスは銀の国外流出を制限し、アヘンでの清からの対価を銀とした。その理由はアメリカ独立戦争の戦費調達であった。(清とのアヘン戦争にはイギリスは軍艦16隻、輸送船約30隻、陸軍6千名を送った)
  • 「メキシコとアメリカ領土」1836年メキシコからテキサス共和国が独立、1846年アメリカはテキサス共和国を併合、その後、アメリカは$2千万ドルでカルフォニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラドをメキシコか購入、メキシコの領土は3分の1を失った。
  • 「老中阿部正弘の決断」「瓢箪ナマズ」と言われた阿部が恫喝的なペリー来航で日米通商条約(和親条約)を結ぶ。諸大名等から多くの意見(250)、幕臣(500)を聞き「要求の受け入れやむなし」「できるだけ引き伸ばすべし」と決断。幕府には軍事的に対抗できるものがなかった。ここに「鎖国」の終焉をさせた。1853年ペリーとの交渉は大学頭林復斎が中心となった。
  • 1ヶ月後のロシア・プーチャーチンとの交渉は海防奉行の川路聖謨が日露和親条約を締結した。川路の評価は高く信頼関係も生まれ、ロシアとの親和から恫喝的なアメリカを避ける意見も多かった。
  • 阿部の失策は外様大名等にも参画を開いたことで外様が朝廷への発言が強まる結果を招いた。それを打開するため井伊直弼(公家との親戚関係から)は腹心の長野主膳義時を遣い公家への裏工作を仕掛けるが実らず失敗、その後長野主膳は惨殺される。
  • 江戸幕府の「大老4家」とは、近江彦根藩井伊家、上野前橋藩・若狭小浜藩・播磨姫路藩の酒井家、下総古河藩土井家、上野安中藩堀田家である。過去井伊家からは6名、酒井家4名、土井・堀田家1名選出
  • 「一期一会」を最初に使ったのは井伊直弼であった
  • 1797年以降アメリカの交易船が長崎・出島に来航した回数は少なくとも13回、「黒船」はペリー艦隊以前からポルトガル船も黒船、ペリー来航は直接東京湾に入り込んで江戸城が砲撃を受ける可能性があった。
  • 初代駐日領事はタウンゼント・ハリスであり、お世話をしたのは「唐人お吉」である。通貨交換による私腹を肥やす事に専念した。
  • 「幕末の3俊」岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順それに川路聖謨。
  •             水野は通貨交換でハリスとオールコックから強烈な反対に会う
  • 通貨交換価値を$1=1分、$1=3分での掛け引きが熾烈であった
  • 国際的な金銀比価は1対16である。金1g=銀16g、ところがその当時金5gを上海に持ち込むと銀16gとなり、さらに横浜にも持ち帰ると金3gとなっていた。(ハリスの私腹はここにある)
  • 水野忠徳は薩長尊攘派から小栗忠順と共にもっとも恐れられたが優秀な存在だった。共に病死と惨殺された。
  • 岩倉具視、大久保利通、西郷隆盛等の軍事クーデターにより「大政奉還」、「鳥羽・伏見の戦い」へと賊軍が偽勅により官軍となった。「天誅」として下級テロリストは「ハクを付ける」為だけに多くの人材に恐怖を与え殺害した。「勤皇」と叫びながら孝明天皇の拉致計画、京都守護職松平容保暗殺計画等は謀反というべき行動だった
  • 長州は米を薩摩に、薩摩は代償として武器をグラバーから仕入れ、長州に送った。その数小銃4千挺、火薬は5万両を超えた。「死の商人」の営業として動いたのが坂本龍馬であった。「薩長同盟」なるもの・資料は存在していない。グラバー商会はジャーディンマセソン社に対して38万ドルの負債を抱えていたが、伊藤博文、井上多聞が幕府からの資金を流用した形跡があり、幕府の発注した大砲35門、6万ドルが手付金を支払っただけで引き渡しはされなかった。その後イギリスの対日方針が180度転換(ラッセウル新内閣となる)密輸は停止された。
  • アメリカの社会学者チャーチル・ティリーは「明治維新は革命ではなく、単なるクーデターである」と断定している
  • 小栗忠順の言葉「一言以て国を滅ぼすべきものありや、どうかなろうと言う一言、これなり」
  • 佐幕派の面々
  •             新選組副長 土方才蔵
  •             幕府遊撃隊 伊庭八郎
  •             桑名藩主 松平容保
  •             老中 板倉勝静
  •             唐津藩主 小笠原長行
  •             会津遊撃隊 諏訪常吉
  •             外国奉行 永井尚志
  •             フランス軍 ブリューネ少尉

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