せっけい日和

MKデザインスタジオ一級建築士事務所柿本美樹枝のブログです。設計者として、生活者として、多用な視点で綴っています。

北海道と北東北を巡る〜日本の住まいの源流を訪ねる旅04〜

2021年12月31日 | 子ども・環境


2021年12月29日~2022年1月4日まで
冬季休業です。

アイヌ文化に触れた感動のまとめが、
結局、年末になってしまいました。

どうしても、今年の感動は今年中にと、
休業中ですが、ブログに綴ります。

オリンピックだった今年、
2020+として開催されました。

北海道へ旅する前に
私自身、開会式は見ていました。

映像でアイヌ民族の踊りが映りましたが
すぐに全国の踊りに切り替わって
じっくりと見ることができませんでした。

それが、旅のあと、
北海道では、生でお披露目があり
さらにドキュメンタリーで
アイヌの方々のお披露目の踊りの準備が、
その陰で、続けてこられたことを知りました。

チセを見学した時に、中で実演されている方から
アイヌの言葉『イランカラプテ』と挨拶されました。

その言葉の意味は、

1)「あなたの魂に触れさせてもらえますか?」

だそうです。

挨拶を交わす行為は、「私はあなたの敵ではありませんよ」
というアピールの意味があるというのは、知っていましたが
アイヌの挨拶は、もっと、素敵に深いと感動しました。

この挨拶が、オリンピックで披露された
舞踊の3つのテーマの一つだったそうです。

そして、残り2つのテーマにも
私たちが旅してきた北海道で出会った
アイヌの方々の思想や哲学の真髄をみました。

下記のサイトで舞踊の動画も紹介されています。

簡単に紹介しますと

2)天から降ろされたものには、すべて役割があるということ
(人も、生き物も、自然も)

3)世界は、すべて育て合う大地である、ということ。

根底には、平和への願いがあります。

自然と共に暮らし、生き物同士、動物も人も
互いを尊重しあった暮らし、そういった中に
平和の心というものは、生まれるのでしょうね。

目に見える自然災害から、
目に見えないウィルスという自然の脅威にさらされている昨今。
いつの時代も様々なことがあります。

人が生き抜いていくには、育て合う大地の地球で
平和への願いと祈り、
そういったことを意識した暮らしが欠かせないなと、
改めて感じ入った旅とその後でした。

ということで、

2022年の神棚お正月バージョンが
アイヌ文様コースターになった次第です。
(上記写真)

実は、ここでの学びと同じようなことが、
オンライン参加した熊本の公害問題、
水俣フォーラムにもありました。

この学びを、来年の暮らしに活かして参ります!

今年も一年様々な方にお世話になりました。
誠にありがとうございました。

どうぞ、良いお年をお迎えください。

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暮れに想う。ひとりぼっちにしない、ならないことが肝要

2021年12月27日 | 子ども・環境


昨年に続き、こども環境学会関連のイベントやセミナーは
オンラインで参加しています。

学会に参加した際にも、新しい教育の取り組みや
森の中での子どもたちの活動の様子など、
発表を拝聴して、いろいろと考えさせられました。

まだ、そのレポートもアップできていない中、
なんとか暮れの締めに、これだけはと、
子ども環境のことを綴ります。

今年、映画館では観そびれたひとつの映画があります。
「子どもたちをよろしく」です。

企画者は元官僚の方。
ですが、そこを飛び出して、
子ども環境の改善に取り組んでおられる面々です。

今回のセミナーの主催者は、学会で私も交流のある
スクールコミュ二ティを実践されている方。
映画を観る機会を逃したわ私たちに
ZOOM配信してくださり、

その後、子どもの環境に関わってこられた面々の
トークショーがあるとのことで、参加しました。

『子どもが置かれている辛い現状から目をそらさない』

映画の内容は、子どもの貧困(というけど実際は親の貧困)、
いじめ、性犯罪など、重苦しいものです。

一番の課題は、追い詰められる中学生の子どもらに
学校や、地域の関わりがいっさい描かれていないこと。

そこが、この映画の恐ろしいところでもあり
制作の意図でもあると感じました。

いったい、周りは何をやっていたの?
気がつかなかったの?
手助けできなかったの?

と、大人として、
ひどく落ち込むつくりとなっています。

これが今、子どもが置かれている
一つの象徴的な状況であるということ
それが重く私たちに伸し掛かってきます。

今年は、過去最高の子どもの自殺者数と、
虐待件数という報告もあり、本当に辛くなってきます。

では、どうしたらいいのか?
何ができるのか?

トークショーでは、
学校の先生から

「とにかく、子どもを一人にしない(心の問題も)」

SDGsでは、誰一人として取りこぼさない
というけれど、

その方は、その取り組みを教育としては
ずっとやってきているというお話でした。

今月は、生徒が殺めてしまう事件や
多くの人を巻き込んでの自殺行為など
辛い事件が後を絶ちません。

加害者の孤独、深い闇、それを生み出している社会背景。

つくづく、人は人とうまく関わり、折り合いをつけられないと
生きていけない生き物なのだなと、思うのです。

それには、安心できる居場所が必要です。
家庭や学校、仕事場など、
さまざまな人との関わりの場ですよね。

学校という子どもの居場所が、
多くが、安全基地になっていない現状。

それはなぜか?という問いには、

1)学校の位置付けが古い体勢のまま

制度的には、学校は自治体のもので
地域運営で、国の出先機関ではない!

ところが、学校の位置付けが、戦前をひきずっていて
軍隊的な要素が抜け切れていないという問題。
(規律を重んじるということも
含まれてしまているのがおかしいという指摘、
もっと自由で良いの考え)

2)教員養成への縛りがある

学校の先生、教員の方の免許取得の学びへの縛りがある
学びの自由を教える立場の人に自由な学びがないという現状。

3)地域との関わりがない

学校って、週休2日で、部活を除けば
18%しか駆動していない。のこり82%が使われない施設。

そこで、地域の大人も子どもも活用する
スクールコミュニティ(地域の学びの場へのシフト)
の手法の重要性が出てくる訳です。

など、トークショーでは
学校のあり方についての、課題が少し整理されました。

<少し余談>

教育委員会と学校との関係にも話が及んだ時、
熊本市の例が出されました。

教育委員会で議論が活発との高評価でした。
議題はコロナ禍での子どもの夏休みのあり方だったようです。

実は、今、熊本市の教育関連施設の審議委員をしています。

その会議の時に、こども環境学会の活動の中で
「『熊本は教育熱心』という評価のお声かけをいただくのですよ
教育委員会のみなさまのご尽力のおかげです。」と
話したことがあるのですが、

また、ここでも話題に挙がったので、
ああやはり外から見ると
そういう評価なのか、と笑みがこぼれました。

ふるさとが褒められるのは嬉しいものです。
実情がどうであれ、笑。

年が明けたら、教育委員会の方に、
真相を訪ねてみようと思います。

<光と闇>

最後に、私が一番印象に残った言葉をご紹介します。

それは、先の校長先生が、
自身が差別を受けてこられた地域の方から
「闇に目を向けて欲しい」
と言われたというエピソードでした。

「闇があるところから、光は見えるけれど
光のある方から、闇は見えない。」

「光が当たっている子どもがいれば、
当たっていない子どもがいる」

「光が強くなればなるほど、闇は暗くなる」とも。

暗い部分をちゃんと見るってことを
確かに意識することは、少ないのではないか?と、
ハッとさせられました。

それを考えると、子どもって元来明るいけれど
一方で、わがままでズル賢いかったりもします。
いろいろな心の葛藤もあるはずです。

お話を伺って、抱えている心の闇の部分にも
少し触れてあげないとならないなと
感じ入りました。

この映画&トークショーに私が参加している間、
我が子は友達とクリスマスパーティーでした。

賑やかで楽しそうでした。

まさに、光の部分だなと。

私自身が今は、教育者の立場ではないので
多くの子どもと直接接するわけではありません。

それでも、建築士×こども環境アドバイザーとしては
関われるこども達の、心の闇の部分に目をつぶらないで
接していきたいなと思いました。

そして、想像しようと思います。

人の本質を知るには、
その人の闇の部分も理解することだと。

自分自身の心の問題も含めて、
向き合っていきたいと思います。

<社会の理想は?>

強すぎる光と、深い闇が真に良い世界なのか
(格差社会!?)

均等に光は当たっているけれど、眩しすぎないのが良いのか。
(没個性で、つまらない?!)

私自身の理想は、、、、

昼と夜のように。
均等に、光が当たる時と、
闇になる時と
両方チャンスがあるといいなと思っています。

表舞台に立つ時と、影で支える役割と
時に交代するような。

互いの立場を理解して、大変さもわかります。

そうすると、一人取り残す
という社会ではなくなると思うのです。

子どもには、両方のチャンスを!!!

良い学校って、そうなんじゃないかなと
子育ての体験で思います。

来年は、
意識して闇をみつめて、
光を当てていくことを心がける子育てと、
人間関係を築いていこう!

そんな気づきをもらった暮れです。
企画登壇のみなさま、開催を有難うございました。


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新年度特集_こども環境04 〜理想の教育環境とは?〜

2021年04月26日 | 子ども・環境


今週は、4月も最終週。
新年度の環境に慣れてこられた頃でしょうか。

ここのところ、穏やかな天気が続き
ありがたい限りです。

週末に尋ねたお寺の庭には
アヤメが満開。

こどもの日が近いことを感じます。

先週のブログで、こどもの学習環境において
最も望ましいのは、「15人程度のクラス」ではないか
という考えの提案の理由を、お伝えしました。

本日は、その学びの場の構成
踏み込んだ内容を綴ります。

1)まず、海外事情から

世界で学力(注1)が最も高くなって驚かれた国は
フィンランドでしたね。
2003年に1位、常に上位国。(注2)

フィンランドは、幸福度も1位の国とか。
それは、素晴らしい!

 注1)学力とは、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の結果

OECDが進めているPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査に、我が国も参加しており当研究所が調査の実施を担当しています。PISA調査では15歳児を対象に読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野について、3年ごとに本調査を実施しています。なお、次回本調査については、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期となり、2022年の実施が予定されています。
国立教育政策研究所 より抜粋 https://www.nier.go.jp/index.html

まぁ、幸福感は人それぞれなので
今回は、この学習と学び環境について、考えていきます。

フィンランドは、クラスが20人前後のようです。
やはり、少人数ですね。

宿題もなく、テストもないとか!

教育方針は、「どうしたら幸福になれるかを学ぶ」
を軸足にしているようです。

マイケル・ムーアの「世界侵略のススメ」の映画で知りました。
「フィンランドの教育」で検索すると、動画が出てきます)

そして、オランダの「イエナプラン」(注3)

日本人より1.5倍稼ぐ(時間あたりの労働金額)らしい!?オランダ人。
そんな効率の良い人を生み出しているのは、異年齢クラス。

(注3)「イエナプラン」とは、ドイツで生まれ、
オランダで普及しているオルナタティブ教育

「教える」から「教えあう」教育への移行です。

さらに、オランダのこどもの幸福度は、世界一位だそうです。

う〜ん、幸福度で測るの、大好きですねぇ。
みんな、幸福になりたいんですね。

幸福だったら、よその国のこと、
そんなに気にならないですものね。
他人の芝生が綺麗に見えるってやつです。

ちょっと、余談も付け加えました。

2)実は、日本由来?

日本人は、海外の事例が大好きなので(←これは皮肉です)
結果を出している2カ国をご紹介しました。

何が言いたいのかというと、、、
実はこれ、逆輸入って、皆さん気がつかれました?

そう、まさに、寺子屋です。

江戸時代、開国時に、日本の子ども達の識字率の高さに
海外の方々が驚かれた歴史がありますね。

それは、子どもたちが寺子屋で学んでいたからです。

先生は、ボランティアに近いものから、
専門性の高いものまであったようですね。

私が注目しているのは、
教わった側が、また教える立場になり
学習したことを、確実に身につけていく
という点にあります。

現在盛んに推奨されている
「アクティブ・ラーニング」
(これまた外国語が好きな日本人)

子どもが主体的で対話的な学び方にも合致します。

3)で、実際に、寺子屋ってどうなのよ?

さて、ここからは、一般論やデータではなく、
私の実感を踏まえて書きます。

現代では、寺小屋という公の制度はないので
研究しようがありません。

寺子屋が良いと言われても
理屈では分かるのですが、実際の効果や子ども達の様子は
どんな感じになるのか、不明でした。

それを大人になった今、体験しています。

義務教育以来、握っていなかった筆を持ち、
昨年暮れに教室を体験したのち、
今年から定期的に書道教室に通い始めました。
(ブログの読者の方にはすでにご報告済み)

私のような初心者から、ベテランさんまで
学びのレベルが多様な場です。

実にそこが、素晴らしい教室なのです!

最初は、墨の擦り方さえ、忘れていた私。

戸惑いながらも、先輩方が、
アレコレと世話を焼いてくださいます。
年齢関係なし!です。

道具をそろえるには、
どこのお店が良いか(セール時期まで)
に始まり、書道展へのお誘いに至り。

そして、課題提出の要領や
書けないでいると、ヒントを下さったり。

初歩的なことを私が質問して
先生がお手本を書かれるときにも、
ベテランさんは、寄ってこられて、
初心を思い出されるように、
先生の手元を、じっと見ておられます。

初心者は、半紙に書くのですが、
上級者は、条幅といって長い紙に
毎回、課題を書いて添削を受けておられます。

難しすぎて(笑)その書の字はとても読めませんが、
どこが良い点で、どこを直したほうが良いのか、
先生のアドバイスも聞きながら拝見しますと、

今はそこまで書けなくても、その内容は
将来に繋がってきます。
つまり、そこにはロールモデルがいるわけです。

あの人のような字が描きたいなとか、
この方の筆使いは素晴らしいなとか、
見本を見ることができます。

これが、同じレベルのスタートだとしたら
競争しか生まれませんよね。

この教室では、若い人の情熱に押され
高齢の方もエネルルギッシュに書いてこられますし、
初心者組は、ベテランさんの達筆に当てられます。

ですから、互いへの尊重しかありません。

それぞれの課題も違うので、足を引っ張るとか、
もありませんし、字は個性でもあるので、
点数があるわけでもありません。

教室の皆さんと切磋琢磨しながらも
競うのは、昨日の自分なのです。

先生の教え方も、素晴らしいです。
最初の体験や、1,2回までは、褒めることしかされません。

明らかに、へんてこな字でも
ここの跳ねの部分が良いとか、何かしら良い点を見つけて
評価してくださいます。

それが、初心者には、とても心地よいのです。

なるほど、褒めて伸ばせとは
この心地よさのことなのかと、ガッテン。

上級者にも、家で練習して頑張ってきたなぁと
思われるところは、褒めて、でも、ここは直しましょう
と、先生の添削で真っ赤になります。

ダメなところは、はっきりおっしゃるので
できる人には、やや厳しいことも分かります。

客観的に見ていて、

「あ、これはまさに当時の寺子屋の風景ではないのか?」

と、思ったわけです。

上級生は、下級生に聞かれて
不正確なことは言えないので、しっかりと学び、

下級生は、のびのびと恥ずかしがらずに、
質問ができる環境。

これが、学びの場の理想ではないのか!?

そう、感じたのです。

おかげさまで、大恥をかきながら質問し
(だってね。書の言葉一つわからないのですよ=)

リラックスしながらも、緊張感のある場。
個人のペースで学びながらも、不明点を残さない。

気分は小学生ですが、
万葉集や俳句など古典もでてきますし

中国の石碑の字も臨書しますから、
まさに大人の習い事なのですけどね。

もちろん、古典的な美学、芸術表現、
バランス感覚を学ぶことができ、
感性の学びには大いに役立っています。

そして、実にこの教室が結果を出しているのです!

先生の所属する団体の月刊誌に、
全国から提出された、書の同レベルの中で
優秀作品が載るのですが
毎号、どなたかが載られています。

先生も、「皆さんの頑張りが素晴らしい!」
と、おっしゃっていて、

最初私も、すごいところに来ちゃったなぁ〜と
汗を掻いたものです。

それが、クラスの先輩から、
「あなたも上手く書けるようになってきたから、
そろそろ載るんじゃない?」

と、言われて、
「まさかぁ」と笑っていたら

予言通りに。

まさに、その次の号に掲載されて
驚きました。

こんな風に、人の学習内容まで目配り、気配りもある。

これが、寺子屋の良さなのかもと、
勝手ながら感じ入ったものです。

「仕事の出張先にまで書道具を持って行って練習してます。」
という、忙しいビジネスパーソンもいらして。

さすがにそこまでの発想がなかった私は
ハッとしました。

互いの学習の仕方も、刺激になりますね。

古典的美を学ぶ目的が、こんな風に
学ぶ仲間のから得られる刺激や心地よさは、
思いがけないおまけでした。

さらに、芸術的なお話ができる方とも出会えて、
私はなんてラッキーなのでしょう。
(大人になってから友人ができるって嬉しい)

これからの教育に必要なのは、、
ええ、寺子屋的システムに間違いありません!

優秀クラスと、そうでないクラスを
分けるものではないですよ!

この辺りが、どうも勘違いを
まだまだ生んでいる日本の教育環境。

これからは、教えあい=学び合い
(生徒同士だけではないですよ)

ぜひ、政策当事者の方々にも、
子ども目線で実現してほしいですね。

<補足>

注2) 昨今では、非OECD加盟国では、最新はシンガポール、上海など
上位が入れ替わってきています。(2018年) 
日本は、10位内の常連ではありますが、
今日のテーマは、テストデ測る学力ではないので、
参考に、WEBで公開されている結果の
上位10位国の抜粋部分のみ貼り付けておきます。



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新年度特集_こども環境03 〜理想の教育環境とは?〜

2021年04月19日 | 子ども・環境


桜の次は、ツツジが満開。
春は、本当に色とりどりで美しいですね。

心が洗われるようです。

週末は、子どもの高校の保護者会でした。
昨年度は、卒業式も、入学式も、保護者は参加できず。

行事も中止か、生徒だけという事態で
学校に行くチャンスもほとんどなく、
他の保護者の方とお会いするのは、初めて。

教室の席は半分ほどしか埋まらず、密になることもなく
窓も、開けっ放しなので、コートは着たまま(笑)
担任が一方的に話すというもの。

何となく、未消化な感じの気持ちを抱えながらいたところ
終了後に、「お友達の保護者さん同士、挨拶されても結構です。」
という、先生の配慮で、

名簿を元に、子どもから聞いているお子さんの名前の
親御さんのところへ声かけに。

数人が集まったところで
「LINE交換しましょう!」というあるお母さんの声かけで
グループができました。便利な世の中です。

これまで、LINE繋がりに積極的ではなかった私も、
コロナ禍で、直接会えることが
今度いつあるか分からない状況の中で

こうして、親同士も繋がると、
情報交換や、親としての不安や悩みも共有が出来て
安心感が増すものですね。

状況によって、気持ちって変わるのねぇと
自分の変化にも驚きました。

プライベートでは、
子どもの学びの環境も整えながら、、、

* * * * *

今月は、こども環境アドバイザー×建築士としての
理想の教育環境とは?のテーマで綴っています。

切り口は、国も進めるこれからの
「小学校の35人学級」について、でした。

前ブログで、もっと良いのは、「15人」という数字
の考えを提案しました。今回は、その理由を綴ります。

ひとクラスというか
ひとまとまりと言うべきでしょうか。

私の実体験に結びつく、理想の人数です。

小学校の先生の大量退職で、
先生が不足するという現況の中、どう実現していくか
課題もありますが、

本日は、その15人を押す理由を綴ります。

いろいろな組織で活動していますが
その中で「部会」というものがあります。

これが、実に15人前後。

一人新しく入ると、一人抜けていく。。。
というような感じです。

不思議に思っていると、社会学者の記述に、
「社会におけるグループの適正人数は、15人」
とあり、納得しました。

それ以上だと、意見がまとまらない。

この人数は、実は、子どもの高校のクラスでの
女子の人数なのですね。

40人以上のクラスで、女子は14人と、約1/3。

そのためなのか、全員仲が良いのだとか。

また、実際に自分の活動では、どの会も
コアメンバーになってくるのは、おおよそ7~8人です。

会議をしていても、意思疎通がしやすいのが
この人数です。私の実体験です。

ですので、男女比を半々にすると、7~8人なので
クラスも、まとまりやすいのではないかと思っています。

あくまでこれは、人間の社会的グループ人数についての考察です。

「学びの場でも、それでいいの?」
という声が聞こえてきそうですね。

そう、学びの場でも、私自身が今、体験中です。

書道を、合気道の代わりに始めたのは以前綴りました。

その教室の人数が、実に15人前後
私と、その後に新しく入った方がいて

面白いことに、その人数と同じだけ、
辞めていく方がおられます。

教室の空間は、学校の教室と同じくらいの広さですが、
隣の席は開けられるので、密になりません。

また、全員が揃うわけではなく、概ね毎回来るメンバーは
8人前後です。(残り7~8人は、どこかで休まれます)

ね、面白いでしょう。

毎回、2時間半の間に、
先生が一人一人の書の宿題や
その日の課題を添削されます。

教室にいると、ちょうど、先生が学ぶ側一人一人と
向き合える人数であることが分かってきます。

そして、お互いが誰でもと話せます。

非常に心地よいのですね。この距離感が。

全員と語り合わなくても、
一言二言全員と交わせる人数なのですね。

だから、教室の雰囲気も良いですね。

何となく、口をきかない人がいるというい事がないので。

恐るべし、15人という数字
と私は思います。

また、できれば7~8人は、
ほんと、もっとコアに学べますけどね!

次回は、人数の構成について、続きを綴ります。

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新年度特集_こども環境02 〜理想の教育環境とは?〜

2021年04月12日 | 子ども・環境


ご近所の桜は、ソメイヨシノが散り、
しだれ桜が、葉桜になりながらも、

ピンク色と緑の葉の
色彩のバランスがとても良い具合で
目を楽しませてくれています。

先週のフレッシャーズから、
引き続き街中では、

幼稚園や保育園の入学式に向かうらしい親子連れや
小学生の集団登校など、目にする機会が増えました。

微笑ましいですね。
思わず、こちらも笑みがこぼれます。

本日は、こども環境アドバイザー×建築士としての
理想の教育環境とは?のテーマの続きです。

予告した切り口は、「小学校の35人学級」について、でした。

コロナ渦となった昨年。
ちょうど春過ぎでしょうか。
新聞に、国が「小学校の35人学級」を
進めていく記事が載りました。

人数が多いと「密になる」
それを避けるためにという理由でした。

「学習効果が上がるというデータはまだないが。」と。

え===、そこ!?

学習効果のためだけに、
少人数化するという
国の効率優先に、愕然としました。

子どもの育成環境が、狭苦しい空間で
汚染された(=CO2過多)空気環境で
宜しいわけないじゃないですか!

そこで過ごす人間環境の健康や快適性の視点が
明らかに抜け落ちていて、

教育をそのようにしか考えていない行政には、
とてもがっかりし、さらに怒りがこみ上げてきました。

もちろん、そうではない部分もあると
考えて欲しいところですが

記事にする側も、もう少し、
突っ込んで欲しかったですね。

さらりと読める記事なのかもしれませんが
私自身は、とっても腹が立ち、
「だから新聞はあまり読みたくないんだ!」
と、ひとりごちていたほどです。

「小学校の35人学級」の実現は、
もちろん喜ばしいことです。

もっと少なくても良いと考えます。

以前から、「30人学級へ」という活動は、
専門家の中でも議論があっていました。

私も子どもの育成環境として、賛成してきました。

そしてまた、親としても、少人数学級と
原稿どおりの44〜5人の大人数学級での子育てを経験し

少人数のクラスの良さを目の当たりにして
ますます、推進派となりました。

学術的にではなく、実体験として、

私が考える、その育成環境のメリットは

1)先生の目が行き届く。

→ 学習遅れの取りこぼしがない。

2)必然的に、誰とでも仲良くなれるチャンスがある。

→ クラスのお友達で、話したことがない
  というクラスメートがいない。
  仲良しだけでのグループも作れないので、
  苦手な人とも組むチャンスが生まれる。

3)出番が増える。個性輝く。

→ 係など責任のある立場を、やることで自立する。
  役が人を作る。本人の輝ける場が増える。
  結果的に個性が引き出されます。

私自身の子ども時代を振り返ってもそうですが、
体育祭、図工、家庭科など何をとっても、
先生に目をかけられたり、
積極的に活動する生徒というのは、
重なってくるものです。

ゆっくりの子も、おっちょこちょいの子も、
全ての子が得意不得意を持つ中で、
自分らしく輝くには、見守る時間も必要。

それが、ないままに児童を終えると、
日本の子どもの一番の課題
「自己肯定感が低い」
につながってしまうと考えます。

一方でハード面(空間・環境)はというと、
適正人数であれば

1)空気環境改善

→ 二酸化炭素の排出量が減る。空気環境の快適性が保たれる。

2)自己スペースの改善(個人領域の確保)

→ 個々人の席を離すことができ、授業に集中しやすくなる。

3)空間の圧迫感の改善

→ 潜在的な身体の内部に入る不快感を取り除ける。

教室に入る時、あの密度、圧迫感は、
身体が小さい子ども時代から感じていました。

親になって授業参観に伺う時も、
窮屈すぎて息ができない程と思いました。

特に中高生になると、思春期の汗臭さも加わり、
モワッとした匂いが立ち込めていますよね。(笑)

その中で、先生も大変だなぁと、同情すら覚えます。

以前、「おさかなくん」が、
いじめの新聞記事で書いてくれていましたね。

水槽に入れると、魚は、いじめを始めると。
いじめられている魚を除いても、
また新たなターゲットができると。

だから、狭い空間や、世界が狭いとストレスから、
はけ口を求めてしまうのではないかと。

子どもたちよ。大海にでよ==
という結論でした。

実際に子どもが通っていた少人数の学校では、
いじめがないと、有名なところでした。

もちろん、子ども同士、相性合う、合わないは出てきます。
小競り合いや、ちょっとした無視や、悪口などは、
子どもなりに、やはりあります。

それでも、それが続かないのは、空間からの影響と
環境(緑豊かでした)。そして、大人の目も行き届く
育成環境の賜物ではないかと感じてきました。

では、適正な人数は、何人くらいでしょうか?

今の教室の大きさで、そうですね。

私自身は、15人前後が一番良いと思います。

なぜかって?

長くなりました。
その理由は、次回に続けます。


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