つむじ風

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カルト教団

2022年08月12日 19時56分54秒 | Weblog

 改めて、カルト教団について考えてみた。カルト教団と目される宗教的な組織は、世界中どこの国にも存在する。アメリカにもロシアにも、フランスにも韓国にも。ブラジルにはキリスト教聖書の個人的な解釈(好きなように解釈すること)によって千以上のカルト教団があるのだという。

 大きな流れとして、天変地異、未曽有の災害、貧困などの社会不安が生じたとき、雨後の筍のようにカルトが出現するという歴史的経緯(社会的現象)がある。そして時にこのカルトは、信者を心理操作し虐待したり、無償労働を強いたり、高額献金を課したり、法外な金額で物を売りつけたりする。中には、隔離された場所で共同生活を営み、閉鎖的集団を形成し、しばしば反社会的行動に走る。遂には何百人もの集団自殺に誘導したりすることもある。
 実際、各国政府は自国のカルト集団(新興宗教)に対して、その教義や活動に目を光らせ、気を使い、対応に難儀している様子がある。故に反社会的行動を常に警戒し、違法な行為は厳しく処罰しているというのが実情だろう。

宗教とカルト教団の違いは、
  〇宗教は「人生に模範と力を与えてくれる」はずの存在。
  〇カルト教団は「信仰心を悪用して悪事を働く」者の集団。

教会(Church)/(セクト)Sect/(カルト)Cultにはこんな定義がある。
  〇正統的キリスト教:教会(church)
  〇その分派:セクト(sect)
  〇異端的または異教的小集団:カルト(cult)

カルトの定義
 第一に導師やグルと呼んだり、自ら救世主を名のるカリスマ的教祖をもつこと。
 第二にマインドコントロールといわれる心理操作の様々なテクニックを用いて入信させること。それは洗脳の一種で、信徒は自覚のないまま、主義、考え方、世界観を根本的に変えてしまう。
 第三に外部世界から隔離された場所で共同生活を営み、閉鎖的集団を形成し、そこからしばしば反社会的行動に走る。
 第四に神秘的、魔術的な儀礼を実践し、教義は異端的、宗教的折衷主義的である。

 また、当初は真っ当な教義を掲げ、穏健な宗教活動であったものが、時間と共に変質・変貌してしまうのもカルトの特徴の一つなのかもしれない。いくらカリスマ的な教祖であっても、人間である限り不死身では居られない。

 日本にも社会を震撼させた「オーム真理教事件」があったことは記憶に新しい。麻原彰晃もグルと呼ばれた時代があった。統一教会も御多分に漏れず、文鮮明も「再臨主」とか「国家のメシア」を名乗っている。

 現在の不幸は「先祖の因縁」、「先祖が地獄で苦しんでいる」「死者の霊が地獄で苦しんでいる」等と不安に陥れ、「このままではあなたも地獄に堕ちる」「霊界の一番下に落ちる」などと言葉巧みに脅迫し、「夫や子供に災いがある」と恫喝する。そして「供養が必要」とか「家族を災いから守るため」等と偽り高額な献金を要求する詐欺集団である。

 「“エバ国”日本が資金調達し“アダム国”韓国に捧げる」とか「韓国の怨讐となった国」等というふざけた教義を掲げ、法外な金額で高麗人参等の健康食品を売りつけ、更には「聖本」や「壺、印鑑、数珠、多宝塔」等を買わせている。
「共同結婚式」や「先祖供養・霊肉祝福」等の儀礼は「世界平和」や「家族第一主義」を語る偽装である。反共思想は保守派政治家を利用するための方便であり詭弁に過ぎない。統一教会は、キリスト教正統派からは異端視されており、世界からはカルト教団と目され警戒されている組織である。

世界のカルト教団と目される十指のうち、三つが韓国人の教祖である。
 李萬熙の「新天地イエス教会」
 文亨進の「米サンクチュアリ教会」
 文鮮明の「統一教会」

 文亨進は(統一教会教祖)文鮮明の息子、父親の後継者争いで分派独立した。活動の主な舞台はアメリカで、勿論独立の資金源は日本の「高額献金・霊感商法」である。「米サンクチュアリ教会」は聞いたことが無いかもしれないが、熱烈なトランプ(前)大統領を支持する保守的な集団の一つで、「銃を携帯して礼拝や集会に集まり、反LGBTQを唱える」集団として知られている。

 李萬熙は韓国に拠点を置く「新天地イエス教会」の教祖で、日本ではあまり知られていないと思うが、「忠実な信者のふりをして他の教会に侵入し、新天地イエス協会の教えを植え付けて教会を乗っ取る」という戦術(布教)手段を取ることで知られる。先年、コロナ感染の警告を無視して教会への参拝を実行し、多数の信者が集団感染したという事件があった。

 朝鮮人には有史以来、強大な隣国である中国と日本に侵略され続け、属国にされ続けてきたことによる隣国への「恨」がある。繊細で傷つきやすく、勝ち気で自尊心の強い朝鮮人は、自らの力のなさに目を向けるのではなく、外部に対する被害妄想を持ち続け、朝鮮が歴史上受け続けてきた不正・不幸に対して、「真の償いと心からの謝罪」がない限り、「恨」を抱き続けるという「恨」の哲学が根底にある。

 単一民族という民族の血統の純粋性を誇る一方、他国に虐げられ続けてきたという歴然たる事実が国民精神の奥底に潜み、果てしない「恨」を生み、朝鮮人の集団的性格となっていると言われている。この「朝鮮人の集団的性格」を考えれば慰安婦問題、徴用工訴訟問題もまた同根と思われる。
全く、韓国という国は怨恨が渦巻くカルトの巣窟のような国である。

2022/08/13 一部追加

 



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