つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

2017年12月31日 11時40分47秒 | Review

-もぐらシリーズ―
 矢月秀作/中公文庫

 2012年12月20日初版。今回の話が「闘」とどんな関係にあるのかわらないが、とにかく469pの長編サスペンス。前回の「醒」に続く「もぐらシリーズ」の5作目。臓器培養技術や臓器売買の話だから多少はグロテスクな面もある。
 ブラック企業「OGAWARA」、ゲノミックス社、医療法人・慈聖会の三者が結託するとどうなるか、異常なことがあたかも正常であるかのように行われる。どの分野の研究でも競争は熾烈であり、悪魔が忍び寄るスキは常にある。自分の立ち位置の冷静な判断と高い倫理観が不可欠な世界である。
人間にとって弱点があるとしたら、それは大昔から課題とされてきた「不老不死」の問題であるに違いない。しかし煩悩の人が「神になる」ことはありえない。

 最後、遠賀原の手下(水上)によって、時代錯誤的「親の仇」という古臭い偽悪のもとに、すべての発端である仲川と刺し違えるのはいかにも任侠的ラストシーンだった。もっとも道具は「水素ガス」だったが。そして主人公影野竜司の活躍が今回の作品ほど控えめだったことはないように思う。
また、この作品の「慈聖の里」の研究所はなんとなく神戸理化学研究所をイメージする。そしてそこで起きた「STAP細胞事件」を思い出さずにはいられない。


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2017年12月30日 11時03分40秒 | Review

―もぐらシリーズ―
矢月秀作/中公文庫

 2012年10月25日初版。もぐらシリーズ「乱」に続く4作目。あれれ、、第一章3行目「影野竜二」・・・8行目「竜司君」・・? ということで主人公の名前を誤字ってはいけませんな。今回の話はNet社会の問題。「闇サイト殺人事件」「座間市の首吊り士」など現実にも小説顔負けの、いやそれ以上の猟奇事件が多発している。そんな問題をベースにして新たに構築したのが今回の作品か。
 Netでつながった彼らの日常と非日常を丁寧に描く。そこには「絆」や「信頼」などというものは欠片もなく、ただ「煽り」と「唆し(そそのかし)」だけであった。
 Netでは顔を晒さない、直接対面しないだけにいろいろな問題が生じる。「振り込め詐欺」はその代表的なものだろう。「煽り」と「唆し」の典型である。こうした問題の裏に隠れて姑息に小狡く、小利口に立ち回っているのは陰湿で虚栄に満ちた小心者たちに違いない。

 新大久保の事務所が煽りに乗じた者たちによって爆破され、同居人の安達紗由美が大けがをしてしまう。自分の身に起きたことは大抵耐えられる主人公影野竜司だが、こればかりは避けようもない。これでシリーズが終わっては、小説として面白くも何ともない。

 黒幕、首謀者が捕まっても、Netの世界であるだけにその「罪」を問うのは難しい。「煽り」と「唆し」だけでは「殺人罪」を問うことはできないだろう。ただ画面に向かってKey Boardを叩くだけで罪の意識を誘起させることは確かに難しい。そうしたこともNet犯罪の温床になっているに違いない。しかし、Net犯罪というのはエンターテイメント性に欠け、小説としてはあまり面白いとは思えない。そこは難しいところだ。


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邂逅

2017年12月14日 20時35分25秒 | Review

―警視庁失踪課・高城賢吾シリーズ3―
 堂場瞬一/中公文庫

 2009年8月25日初版、2009年9月15日再版。長編警察モノのサスペンス。シリーズ10冊あるうちの3番目。大学の理事長が行方知れずになって、手掛かりを探し始めたところ、今度は探さなくてもよいとの訴え。少し前に同様に大学の総務部長が自殺するという案件があった。小説として、この話を持ち出したからには最終的に何等かの結びつきが出てくる訳だが、、、、。いや、その説明に505pは長い。事件なのか、そうじゃないのかで、半分は紙面を使っている。半ば過ぎになってやっと、それらしいものが見えてきた。

 しかし、あこがれの君、どうしても届かなかった思い、二人の事を考えるに人生の機微、哀歓というものを思わざるを得ない。まったく思い通りにはいかないものだ。お題の「邂逅」は、この辺にあるのだろう。また、何度も何度も主人公の娘の綾奈が出てくるシーンがある。娘を失った親の気持ちが伝わってくる。更には、心臓を患っている老刑事には課長が肩をたたく。人間は「まだ役に立つ」と思いたいもの。病気になっても「まだ出来る」と思いたいもの。そうして己にムチ打ち、頑張ってしまう悲しい性がある。


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琥珀の道殺人事件

2017年12月10日 21時08分22秒 | Review

―浅見光彦シリーズ35―
 内田康夫/角川文庫

 1989年10月25日初版、1993年11月20日第29刷。最初の大岡滝子の「面影橋通り殺人」は、実は・・・。しかし、では被害者がホテルで見た権東と郷司は何だったの?と疑問に思わないでもないが、その辺の細かいことは、まあ小説だからということで・・・。最後、井本徳子に自首を勧める浅見だったが例によってそこは武士の情け、本人の悔恨の念に委ねられる。結局、他人が見れば後追い自殺的な結果を迎えるのだが、これは腹切りに等しい。著者は、罪を犯した人間の最後はこうあるべき、という信条でもあるのだろうか。

 「琥珀」については今回初めて知ったこと。虫入り琥珀などはそれなりに有名だが、古くは医薬品としても使われていたこと。麻薬は大袈裟だと思うが、その薬効を試してみる訳にもいかない。
人形を使った偽装殺人はともかく、「琥珀」の装身具としての顔のウラには、こんな話しが潜んでいたとは。現在、「琥珀」については久慈市のWeb Pageでかなり詳しく紹介されているが、この作品が発表されたのは30年近く前のことだから、かなり強引ではあるが、「琥珀の道」は今回の作品の背景として、大きなネタになっていることは確かだ。それにしても月日の経つのは何と早いことかと思う。さぞ、浅見さんも歳をとったに違いない。


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初陣

2017年12月07日 15時49分20秒 | Review

―隠蔽捜査3.5―
 今野 敏/新潮文庫

 2013年2月1日初版、2017年6月5日第9刷。隠蔽捜査シリーズ中、短編集は「初陣」だけ。
時系列としてはシリーズの各冊前後の話が集められている。「隠蔽捜査」の主人公は竜崎申也なのだが、「初陣」は刑事部長の伊丹俊太郎でスッキリとまとめている。

・指揮
・初陣
・休暇
・懲戒
・病欠
・冤罪
・試練
・静観

 警察官僚小説とでもいうべきシリーズ、主人公は東大法学部卒のキャリア、竜崎申也。長官官房の総務課、広報課長から同課の課長へ昇格したのも束の間、所轄・大森署の署長に異動する。何処に異動しても首尾一貫して、その合理性、正義観、警察官としての矜持は替わらない。それを幼馴染で同じキャリアの刑事部長の立場、目を通して語られるのがこの短編集。
 事件の度に陥る苦境が、竜崎署長の判断によって嘘のように晴れていく。あまりの出来過ぎで唖然とするが、それもまた竜崎申也の性格を物語っている。硬いといえば硬いが、もっともなことでもある。並外れたスーパーヒーローであればこその魅力ということか。




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ローズガーデン

2017年12月03日 11時20分28秒 | Review

 桐野夏生/講談社文庫

 2017年8月9日初版。少し前の10月15日に「天使に見捨てられた夜」を読んでいるが、この作品を読み始めて最初なかなか気が付かなかった。「漂う魂」ではじめてプロの探偵ということで「村野ミロ」を認識した。ちょうど「天使に見捨てられた夜」の前段にあたる話の内容だ。村野ミロにこんな前段があったとは。話の内容は確かに前段なのだが、出版順としては後作になる。「天使に見捨てられた夜」の前段は「顔に降りかかる雨」で、シリーズはこの作品から始まり、

・顔に降りかかる雨
・天使に見捨てられた夜
・水の眠り灰の夢
・ローズガーデン
・ダーク       と続くようだ。(これが唯一のシリーズ作品らしい)

 著者は1951年生まれの女流作家。ハードボイルドを得意とし「新宿歌舞伎町を舞台にした女性探偵、村野ミロのシリーズで独自の境地を開いた」ということになっている。当初、「夏生」という名前から男だと思っていた。しかし、作品の中で主人公の「村野ミロ」の行動に妙な感覚があり、理解し難い違和感を感じていた。なるほど、これで納得した。

今回の作品は4つの短編から成っている。
・ローズガーデン
・漂う魂
・独りにしないで
・愛のトンネル

 そして、「ローズガーデン」だけが、村野ミロの夫、河合博夫が主人公でミロとの出会い、その後の生活を回想しながらの話になっている。妄想じみた村野善三との関係や危うい二人の関係が綴られる。以降の3点はコロッと変わって村野ミロが主人公のサスペンスになるが、この落差は相当なものだ。
 同じ主人公のようには思えないが、その整合性、連続性は「顔に降りかかる雨」や「水の眠り灰の夢」を読んでみなければ判らないのかもしれない。
「ローズガーデン」を除く以降の短編は主人公と事件の関係者との対応が絶妙だ。引き受けた仕事を最後までやり遂げる探偵としての矜持が見えてくる。いよいよ困ると父親に相談するのだが、主人公の悪戦苦闘(特段のアクションや奇行があるわけでもない)が面白い。



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還らざる道

2017年12月01日 10時32分03秒 | Review

―浅見光彦シリーズ―
 内田康夫/文春文庫

 2014年11月10日初版。浅見光彦の洞察力、推理力は相変わらず冴えているが今回の旅と歴史は50年前から始まる。一人の男(中山浩平)の悪意によって創設された流れが二代、三代と怨念のように受け継がれてゆく。これを断ち切るのが浅見光彦というわけだがストーリーはよく出来ており、面白い。「木曾ヒノキ」という高級材にからむ金にむらがる亡者の話でもあり官僚汚職の話でもある。大方、自分たちは手を汚さず、実行者は下賎で粗野な連中なのだが。

 今回、被害者として最初に出てくる瀬戸一弘会長の積年の思いというものは、最初から最後まで一貫している。それが、本人は最初に死亡しているので、本人が語るわけではない。
浅見と孫娘(正恵)が追跡することで、更には回りの登場人物達によって語られる。
瀬戸一弘という人間の業苦(原罪、悔恨の念)といったようなものが、染みわたるように実に上手く表現されている。エピローグで完結するまでその緊張した糸が緩むことは無かった。
最終的には浅見流の武士の情けになるわけだが、中山(今野)は需要側の人間だが供給側についても、もう少しその後の顛末を書いて欲しかった。
自作解説の中で「喪われた道」「還らざる道」を読み応えのある作品と自負しているが、確かに納得できるものがある。


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