島田荘司/光文社文庫
1993年3月20日初版。いきなり北海道、札沼線の夜行列車の中、ピエロの自殺(?)、かと思ったら京成電車、浅草行きの電車の中、ハーモニカを吹く老人、この老人が浅草仲見世の乾物屋の女主人をナイフで刺し殺してしまった。一体、何の話が始まるのかと、、、。
社会派推理小説は松本清張のいくつかの作品、森村誠一、小杉健治、島田荘司と続くようだが、この作品を読んで、本物の社会派推理小説というものに触れたような気がする。
社会的或いは歴史的な問題、矛盾、不条理といったものを基本にして、「それでいいのか」と読者の人間性に訴える問題提起は決して軽いものではない。特にその問題の多くは現在に於いても未解決のものが多く、解決の糸口さえ見出せないでいる。いや、歴史を重ねるにしたがい、人間の活動は益々罪深くなっていくような気さえしてくる。激動の狭間に巻き込まれ、忘却の渕に追いやられた呂泰永老人の後姿が何とも悲しい。吉敷刑事がその悲惨な人生に少しでも光を当てることができたことは「人の優しさ」というものであろうか、それとも罪の深さに懺悔したものであろうか。
主人公の吉敷刑事は派手なアクションや殺陣はないけれども、ジワジワと真実に迫ることが読者にとっても共感できる。更に、実在の人物をモデルにしている部分もあるようで、つい架空であることを忘れさせる面白さがある。しかし、警察組織の中にあっては主人公の立ち位置は難しい。
吉敷刑事の同僚の中村主任が解説する吉原のくだりはなかなか面白い。時代小説を読んでも、なかなかこのようなリアルな説明に出会うことはない。ちょっと立場が変われば、こんな視点になるのかと思いながら楽しめた部分でもある。