つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

調毒師を捜せ

2017年10月28日 11時24分49秒 | Review

―アルバイト探偵アイシリーズ―
 大沢在昌/講談社文庫

 1996年1月15日初版、2006年12月4日第28刷。4作品集録の短編集。痛快コメディアクションということでシリーズにもなっているらしい。

・避暑地の夏、殺し屋の夏
・吸血同盟
・調毒師を捜せ
・アルバイト行商人

 元内閣調査室職員だった父と高校生の息子のやっている探偵事務所の話し。いずれの作品も主人公や取り巻きの顔ぶれは同じ。事件毎にその関係者があらたに登場する。確かに「烙印の森」から始まって「涙はふくな、凍るまで」「砂の狩人」「影絵の騎士」「炎蛹」「風化水脈」「らんぼう」「新宿鮫」「毒猿」「標的はひとり」など読んできたが、そんな作品と比べればそれなりに「痛快」と言えるかもしれない。しかし、世の中全体から見ると、それほどでもないように思う。今ひとつ「抱腹絶倒」に至らない不満が残る。軽ハードボイルド、軽アクションというカテゴリーになるらしいが、それはそれ、これはこれと言われれば、そうなのだが。とにかくあまり深く考えず、ポンポンと調子よく読み進めるのが、この手の作品の流儀らしい。

 著者は高校2人のとき、1年間で1,000冊の本を読んだとか。確かにミステリーでもハードボイルドでも縦横無尽に書き分ける多彩さがある。ただ作品がエンターテイメントとして「面白い」のかということで言えば、厳しく言えば一言の但し書きも無しに諸手を上げることは出来ない。そんな作品はめったに無いのだけれど、好みから言えば軽すぎて面白くない。シリーズを追いかけてみようとも思わない。不良の主人公に憧憬を抱くことも無い。ほとんどリアリティに欠けている。まあ、世の中こんな作品もあるのだなあと思うだけである。
 ただ、重い作品に読み疲れたときは、いやし効果があるかもしれないが、NS400Rで疾走しているほどに「痛快」とはいかないだろう。



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黄金海流

2017年10月22日 15時20分57秒 | Review

 安部龍太郎/日経文芸文庫

 2013年10月23日初版、通常文庫本の2冊分は優にある674pの大作。浦賀沖の明神丸船上、浦賀奉行所、石川島の人足寄場、話はこの三箇所から、折からの野分けのシーンで始まる。最終的に大島の波浮港築港に集約されていくのだが、本の厚さから言って、どんな大それた話になるのかと読み始めた。疾風組が出てくるから強盗団の話かと思えば、そうでもないらしい。岡 鉄之助と狩野英一郎という武士が登場するから、武士の剣技勝負の話かとも思ったが、そうでもない。確かに最後はこの二人の決闘勝負になるのだが、話としては幕府の保守革新の権力抗争、大島屋と伊勢屋の商機争い、大島の地民とよそ者である流人の階級闘争的なものが三つ巴になって「波浮港築港」という象徴的な問題に集約されて進む。

 この作品の面白い所は二つ(二人の主人公に)あると思う。一つは狩野英一郎の変身振り、正義感に燃えて剣技影法師に心血を注ぎ、磨き上げていく過程で、それが徐々に崩れていく様子が痛々しい。弱味を握られ身の置き所が無くなっていく様子、妻子を失い正義とは掛け離れた所へ墜落していく自分、弱いものを痛ぶって喜ぶサディスティックな自分を発見して愕然とし、全てを投げ出し、頼るは明日のない剣技のみとなる。この徐々に変身していく不気味さが絶妙で迫力がある。
 もう一つは岡 鉄之助の青春ドラマである。例によって使い古されたネタ「記憶喪失」ではあるのだが、幕末の保守革新の政治的権力闘争に翻弄されながらも、出自にしがみつくことなく仲間と共に自由に生きる姿が眩しい。英一郎が暗いだけになおさらである。

 最終的に二人の主人公は戦うことになるのだが、英一郎の(目的のない、希望のない)破滅の剣は、鉄之助の生命力あふれる剣の前に自らを差し出すことになるのである。
勧善懲悪気味ではあるが、お浜はなぶり殺され、長谷川平蔵は短筒で撃たれる。文七は最後の最後爆死してしまう。全体として結構暗い作品なのだが、鉄之助とさわのHappy endで少しは明るさを取り戻している。

 権力闘争も面白いが、波浮港の築港も面白い。この時代、資金的にも技術的にも、人的にもいかに困難な工事であったかを物語っている。また、流すほうの「島流し」は歴史小説にもよく出てくるが、受け入れる側の話しはなかなか目にしない。大島の歴史と共に読み応えのあるものだった。


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天使に見捨てられた夜

2017年10月15日 10時59分32秒 | Review

 桐野夏生/講談社文庫

 1997年6月15日初版、1999年9月3日第12版。「天使に見捨てられた夜」は前作「顔に降りかかる雨」に続く女探偵、村野ミロシリーズになるらしい。
 男がイメージする女ではなく自立した女を描く。既成の女ではない、女の本性、本来の女を描く。実にカッコ悪い主人公である。どうも理解できない部分と、妙に納得できる部分が折り重なったような主人公である。「女にしかわからないこと」なのだから仕方がない。
 しかし、何か特別な推理力や特技があるわけでもない。七転八倒しながら黙々と真相に迫ってゆく主人公をイメージしていると、トモさんじゃないが、(下心は別にして)つい助けたくなるから面白い。

 一色リナ(山川雪江)が、八田牧子と富永洋平の子だとはなかなかミステリアスな作りだ。八田牧子からの成功報酬は結構な額であったが、今回の事件で「私が失ったもの」は決して小さくはなかったと思うし、思い出すたびに情けなくなるだろう。本当にカッコ悪い主人公である。こんな形で女主人公を描く作品は初めて出会ったような気がする。



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Gift

2017年10月09日 09時24分10秒 | Review

飯田譲治/梓 河人/講談社文庫

 2007年6月15日初版。二人の著者の作品は三年前に「盗作(上)」でお目にかかっているだけ、おまけに(下)は読んでいない。今回「Gift」がどうにか二作目となる。
 主人公が「記憶喪失」という話しだが、このネタは使い古されたもの、果たしてどんな新しい「記憶喪失」が出てくるのかと期待しつつ読んだ。主人公はやたら「走り」に自信があり、何故か「届ける」ことに固執する。このあたりが重要な伏線になるのだが。
 「白い霧」はいつになったら晴れるのか、「白い霧」が晴れたとき、「届け屋」をしながら積み上げた3年間の記憶は失われるのか、それなりに興味は持てる。次第に明らかになる主人公の出自はちょっとやりすぎの感はあるが。

 「人は皆、一人ひとりそれぞれのテーマを持ってそれぞれの人生を生きている」ということ、エンターテイメントとは「善と悪」を登場させ、そのせめぎ合いを描くことであり、それは「善と悪」との一筋縄ではいかぬ関係、「善と悪」が表裏一体で存在する混沌たる世界だということ。そして、「殺人以上の悪さはこの世に存在しない」ということ。著者の作品に対する向き合い方が示される。「Gift」は「赦す」という行為だったか。



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シャバはつらいよ

2017年10月07日 21時25分18秒 | Review

大野更紗/ポプラ文庫

 2016年2月5日初版。奇怪で救い難い「難病」を患った筆者が、その体験を綴る闘病記。「難病」になるまでは、本当に活動的なグローバルでインターナショナルな人だった。本人を含めて、誰も筆者が「難病」になるなんて思いもしなかった。それを最も驚き、信じられなかったのは本人に違いない。何せ、恐れを知らない青春時代、世界を飛び回っていた真っ只中だったのだから。そんな筆者が、いかに前向きに、必死になって生き延びて来たかを切々と泣き笑いながら語る。

 闘病記は東北地震を挟んでの数年間だが、その後も何とか「社会学の研究」を続けながら、生き延びているらしい。国の指定難病のことは承知しているが、とにかくあらゆることが「困難」として自身の生活に立ち塞がる。食事のこと、住まいのこと、社会保障制度のことや、各種認定、認証のこと、あらゆることにお金が掛かり、一人で乗り切ることの大変さはよく判る。「病人にそんなこと、要求するなよ」と言いたくなるくらいに。

 しかし、著者はここでうな垂れることなく、焦らず(焦ったかもしれないが)、冷静に立ち向かって来た。その生きることへの執拗な執着は、どこからやってきたものだろうか。生存の余裕も無く切迫した状況にあっても、おせっかいである種傲慢な「人の役に立ちたい」という欲求、衝動があったという。
 天職と思った「ミャンマー難民」の問題、大学院に入った途端「難病」に直面した問題、通常であれば人生とうに諦めてしまうところを、天職を振り切り、あらたな「社会保障システム」の研究へ一歩を踏み出すというパラダイムシフトをやってのける思い切りの良さは底が知れない。

 人は、自己免疫疾患であれガンであれ「治らない病気」になると、どう考えても悲観的にしかなりようがなく、人が生きていること自体の価値を、時に見失いそうになる。病は人を孤独にする。苦痛は身体が病理に侵されてゆくことに耐えること、その苦痛が「結局、誰にも伝えられない」という現実と対峙することだと言う。
 このことは身近な問題としてよく判る。逆に回りの人間は、どうしたら理解できるのか、病気の人を見ながら手をこまねいているのであり、それが現実だと思う。明日があり、生きている者にとっての思いは伝わらない。そこには見えない壁があるようにさえ思うのである。

 自分と置き換えてみて、とても著者のようには出来ないだろうと思った。たとえ、根性なし、消極的、やる気なし、、、何と言われようとも。


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陽炎

2017年10月05日 21時30分47秒 | Review

―東京湾臨海署安積班―
今野 敏/ハルキ文庫

 2006年1月18日初版、2008年4月8日第五刷。著者の作品は、いつの間にか「義闘、山嵐、欠落、邀撃捜査、パラレル、熱波、隠蔽捜査」と読み進み、「陽炎」で8冊目となる。「陽炎」は「安積班シリーズ」の作品であるが、このシリーズが結構複雑で、ベイエリア分署シリーズから始まって、神南署シリーズ、東京湾臨海署安積班シリーズと続く。「陽炎」は東京湾臨海署安積班シリーズの中の(ベイエリア分署復活後の)作品である。

・偽装          心中偽装殺人
・待機寮         中園巡査長
・アプローチ       レイプ狂言
・予知夢         薬事法違反
・張り込み        麻薬取引
・トウキョウ・コネクション コカイン取引
・陽炎          予備校生の夏

 「陽炎」は最終章からのお題で、覚醒剤、コカイン取引や殺人事件が並ぶ中で何かしらホッとする話し。著者は、本当はこんな話を書きたかったのでは、と思えてしまう。派手なアクションや無理なハードボイルドなどより余程いい。しかし、このソフトストーリーが並んで、その中に1点ハードボイルドがあるとすると、それはまたそれで目立つだろう。これも又著者の意図なのだろうか。

 「陽炎」は各章(一話)毎の事件なので、短編集的にまとまっているが、登場人物の紹介が毎度繰り返されるので、それが煩わしい。



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