つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

孤独なき地

2019年02月28日 13時21分39秒 | Review

―K・S・P―
香納諒一/徳間文庫

 2010年2月15日初版、2011年2月5日第六刷。著者の作品は初めてお目にかかる。警察の情報垂れ流し、権力者の不祥事、企業の業績粉飾、中国マフィアの暗躍、ヤクザとの攻めぎ合い、自分の立場を利するための画策、そして組織内の出世競争、利用できるものは何でも使う下剋上の世界。
思い切り盛沢山、あまりのてんこ盛りでちょっと疲れる。

 主人公「沖 幹次郎刑事」の泥臭さは十分に伝わって来る。しかし、新任深沢署長とのやりとりは、刑事といえども宮仕え、なかなか辛いものがある。そのストレスを幾分和らげてくれるのが同じキャリアの警部村井貴里子だった。それにしても今回のスパイナーは、なかなか意外性のある展開だった。

 悪意を持つものは、立場の悪いもの、弱いもの、力のないものを徹底してその弱みに付け込み利用するという社会の残酷な掟のような一面を垣間見るに、怒りすら覚えるという作品だった。だからと言って、社会派小説のそれとはちょっと異なる「怒り」だったように思う。
 それにはそれなりの背景や理由があり、それに対して何ができるという訳でもないのだが、後味は決していいものではなかった。警察モノとしてはなかなか鬱陶しくて泥臭く、暑苦しい作品だった。

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終幕のない殺人

2019年02月24日 17時36分32秒 | Review

内田康夫/光文社文庫

 2010年6月20日初版。シリーズ17番目の作品。「旅と歴史」に馴染んでいる身としては、何だか別のシリーズを読んでいるような気がするくらい変わった作品である。とにかく古典的推理小説というイメージから逃れられない。とにかく列車にしろ、船にしろ、館にしろ「密室殺人」はミステリー&サスペンスのスタンダードだ。何でこんな形に?と思うのも無理はないだろう。

 著者によれば、「書いてみたかった」のであり「古典的な作品も書けるんだよ」ということらしい。「旅と歴史」に惹かれる読者としては、あまりにもリアリティに欠ける古臭い舞台劇のようで、印象がどうも今一つなのである。「ああそうですか」で終わってしまうのだが。
 100冊以上のシリーズな訳だから、中にはこんな作品もありなのかなと不満をなだめる以外にない。

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アンフィニッシュト

2019年02月22日 11時54分21秒 | Review

古処誠二/文春文庫

 2008年12月10日初版。珍しい自衛隊モノ。今まで、かなり広範囲にランダムに読んできたが、自衛隊を舞台にした(背景にした)作品にお目に掛かるのは初めてだと思う。社会問題を提起している部分もあり、読みどころはたくさんある。

・小銃紛失
・僻地の自衛隊の現状
・島の窮状、緊急搬送
・個人を翻弄する歴史

 ストーリーとしては、絶海の島の自衛隊基地で「小銃紛失」という事件が起きたことに対して、防衛部調査班の人間が、現地に赴き調査するというもの。調査といっても、殺人事件と同じで、実行犯の認否、目的や動機、現物(小銃)の発見に至るまで事細かい。日本の社会における「銃」そのものが、諸外国とはちょっと違う位置づけにあるためか、その扱いが絶妙な描写になっている。身近に経験したものでなくてもその緊張感、特別な思いは伝わってくる。
 更に、絶海の孤島で暮らす島民の窮状を憂い、親の事を考え、自分の将来を考え、自衛隊の事を思て、見知らぬ不審人物を作り、自作自演のケガをする気持ち、若者が焦る気持ちも判るような気がする。

 設備や人員不足の不甲斐なさは、いかにも日本の自衛隊らしく、既に始まっている組織の硬直化もそれらしい。しかし、それがさほど悪いとは思わないし、逆にもっと強化すべきとも思わない。また、「小銃紛失」によって、それが改善されるとも思わない。ただ、モチベーションを維持することの困難さだけは、後になればなるほど伝わって来る。

 高須(一士)の父のこと、伯父の事を考えると、連綿と続く歴史の中で現代人が知りえるほんのわずかな真実の痕跡を見た気がする。「アンフィニッシュト」つまりは、「未完」ということか。
 356p「互いの恨みつらみは判る。しかし、無関係な世代を巻き込まないでほしい。彼らはおそらく、ボケ始めている」という辛辣な批判は、若者の本音であり、著者の想いなのかもしれない。


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赤い雲伝説殺人事件

2019年02月20日 15時18分07秒 | Review

内田康夫/廣済堂文庫

 1985年2月10日初版、1991年9月20日15刷。縊死の現場にあるはずの小松美保子が描いた赤い雲のある絵が行方知れずになった。縊死は事件性があるものの、例によって八方塞がり。そこで登場するのが浅見光彦。今回の相手は画家志望の小松美保子25、行方不明になった絵を探すのを口実にして事件解決に乗り出す。

 舞台は山口県熊毛郡大綱町(山口県熊毛郡上関町)の寿島(祝島)。古くからの海上交通の拠点であり、平家との歴史的関係も深く、現代では原発建設問題もある。その辺はできるだけ史実、現実に沿った背景を例によってうまく活用している。シリーズ3作目だが、この時点で既に浅見光彦のスタイルは確立されたらしい。
 小松美保子が何気に描いた寿島の上空に掛かる赤い雲は、見る人によっては「平家落人の集結の狼煙、団結のシンボル」だった。そのことがやがて、殺人事件に発展するというのはいささか大げさな動機ではあるが、サスペンスとして、あまり深刻にならずに読めるものとしては丁度いい。

 見知らぬ南海の島の事も楽しめたが、島の風物、練塀や棚田については、もっと情緒豊かに描写してもらいたかった。光彦は既にルポライターではあったが、この頃「旅と歴史」は未だはっきりとしたイメージが無かったのかもしれない。

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去就

2019年02月17日 15時47分15秒 | Review

―隠蔽捜査6―
 今野 敏/新潮文庫

 2018年12月1日初版。このシリーズは「隠蔽捜査」「初陣 隠蔽捜査3.5」に続く三冊目。最も最近の作品になる。順番はランダムだが、あまり支障は感じない。
この作品で目立つところは、主人公竜崎署長の個人生活、家庭での描写である。
 今までも多少は描かれていたが、それは申し訳程度のものであって今回の作品のような細かさは無かったように思う。娘の仕事の事や結婚の事、息子の学業の事、妻との会話、今回ほど細かく描かれたことは無かったと思う。大森署の署長という警察組織の中の立場と主人公としての存在感をいかんなく発揮してきた隠蔽捜査だったが、家庭内のこととなると、突然堅物のオッサンになってしまうところが実に面白い。作り上げられた主人公の精悍で強靭な切れ者イメージの反動だろうか。
仕事を進める上での合理性や条理、本音をそのまま家庭に持ち込むことの無意味さが伝わって来る。事件捜査とは違った、著者の苦心があるようだ。


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夏の名残りの薔薇

2019年02月13日 19時30分16秒 | Review

恩田 陸/文春文庫

 2008年3月10日初版、2008年4月15日第二刷。著者の作品は初めてお目にかかる。とにかくよく判らない作品だった。気になったのが途中で割り込む舞台のようなA氏やX氏のセリフ。「去年マリエンバートで」という作品らしいが、話の途中で割り込む何とも邪魔な存在。何のためのものなのか。せっかく盛り上がる話の腰を折る以外に何の効果があるのかわからない。結局、中ごろからは完全にスキップすることにした。

 沢渡伊茅子が亡くなって、あれほどパーティを嫌がっていた沢渡瑞穂が再度パーティを主催することにしたが、招待客は6人に限られていた。ここからが終章。一応、サスペンス的な雰囲気はあるもののかなり風変わりな作品で、内容と言い効果と言い、私にはどうにも消化不良。

 お題で思ったことだが「夏の名残り」まではよいとして、何故、何処が「薔薇」なのかと思っていたら、これはH・W・エルンストの曲名と同じで、話の構成もそれに沿った形にしてあるらしい。それで話が面白くなればいいのだが、これまたあまり成功しているようには思えない。

 この作品は「記憶の変容」というもの、不確実性、現実性、創造性、その辺のあらゆるものを含めた体験の表現とでも言ったらいいのだろうか。しかし、それが小説作品に向いているかどうかは別の問題。どうも私には高尚過ぎて面白いという感覚が持てなかった。著者は登場人物に「思い入れ」を持たないらしいが、その辺も影響して居るのかも知れない。

 主人公(中心人物)は2~3人程度なら読みやすい。話に方向性があれば集中できる。この作品のように主人公が多数入れ替わり、それぞれの視点があり、どれが現実で、創造で、妄想なのか判らないような形式ではとても読み難い。乗って来たなと思ったら肩透かし、の連続である。作り手としては読者のそれを楽しんでいるのかもしれないが、とても疲れる作品だった。


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すべては君に逢えたから

2019年02月07日 13時34分25秒 | Review

脚本・橋部敦子、ノベライズ・来島 麦/泰文堂(Rain Books)

 2013年12月3日初版。人間、それに近いストーリーの一つや二つは誰しも持っていると思う。しかし、改めてそれを文章にしてみると、なかなかの感動ものだ。そして人生の不思議を感じないわけにはいかない。他人事のように「だから人生は面白い」などと言うのは簡単だけれども、当事者にとっては、何とも辛い、打ちのめされる程の衝撃と禍根を残す結果になることも度々だ。

 この作品はサスペンスでもドキュメンタリーでもない。複数の登場人物が互いに関係する部分もあれば、まったく無関係に過ぎる部分もある。六人の登場人物の恋の行方を、並行してクリスマス・イブに向かって疾走させる。作品の面白さはこの辺の仕組みにあるのかもしれない。何が必要充分な条件で、適合可能なのか、人の恋愛ほどあてにならないものはない。まさしくそれは十人十色である。

 洋菓子屋店主の大島琴子は40年前に松浦利彦との駆け落ちに失敗し、以降の人生をケーキ職人に没頭することで生きてきた。約束の場所に現れなかった利彦を問い詰めることもなく。40年後、兄の泰三が突然店にやってきて駆け落ちを止めたのは自分だと言う。そして、既に亡くなった利彦の遺品から見つかった新幹線の切符を持参したという。

 いつも思うことだが、「もっと充実した別の人生があったのではないか」と思うのは人の常である。結果、どんな人生の選択をしても、同じように充実した人生だったと満足することは出来ないのかもしれない。人は二つの人生を同時に生きることは出来ないものだから。


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上海迷宮

2019年02月04日 22時26分50秒 | Review

内田康夫/徳間書店

 2004年5月31日初版。久々の浅見光彦シリーズNo.96、圧倒的に国内の舞台背景が多勢を占める中での数少ない海外もの。舞台は中国上海、光彦の今回のお相手は日本で法定通訳などをして働いている「曾亦依28」。勿論、飛行機の嫌いな光彦は大阪から亦依と共に船で上海に向かう。
最初に、上海娘の曾亦依の父(維健)に殺人の容疑が掛かったこと、そして日本で、共に来日した友人の賀暁芳が新宿のアパートで不審死したことの二つの事件が関係あるのか無いのか。名探偵による事件解決の依頼は意外なところから出てきた。賀暁芳については日本の警察にまかせて、とにかく上海へ、ということで話が始まる。

 「旅と歴史」の一番の読みどころは、親の世代、戦争、文革の歴史である。殺人或いは拉致、誘拐、監禁といったサスペンスはさておき、話に織り交ぜた上海の風景と歴史は読み応えがあった。いや物足りないくらいだった。まあ、現実の国家である以上、あまり踏み込んだ描写は支障があるのかもしれない。関連して、中国の公安に対する描写がかなり善意的に出来ている。当局に遠慮でもあるのか、兄が日本の警察Topだからといって何もそこまで性善的に扱うことはないだろうと思うのだが、日本の公安よりも親身で思いやりがある公安など、世界中どこを探してもあるとは思えない。

 この作品の裏のもう一つのお題は「赤トカゲ」だと思うが、赤トカゲは中国の裏社会で暗躍する組織(黒社会)の御旗になっているシンボルらしい。これを曾亦依が夢で見たことから、もう一つの現実が始まる。時代の深層から次第に浮き上がって来るように、目の前の現実に現れる。それを封印し、乗り越えようとする人々の悲しい運命が上海の街に影を落とす。ほんの少し踏み込めば、戦争や文革に翻弄された人々の悲しみが噴き出す。若い世代にとってもはや別の世界になりつつある自分の親の世代が経験した戦争や文革が「赤トカゲ」という意外なシンボルによって再び蘇って来るところが旨いと思う。


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