つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

メタル・トレーダー

2016年10月29日 11時41分05秒 | Review

徳本栄一郎/講談社文庫

 2009年9月15日初版。先物取引や株取引を少しでもやったことがあれば、この緊張感は理解できるはず、またその悪魔のような間口も垣間見たことがあるのではないだろうか。何の生産性も創造性もない、このような取引で儲けるということ自体が絵空事であり、虚構であるという認識はどうしても捨てきれない。しかし、そうはいっても世の中の仕組みとして現実に存在している訳だから矛盾する。

 話しは1998年のロンドンを背景にして始まる。主人公の上杉健二が実刑判決を受けたニュースを老人に報告するところである。ここで老人は15p「百年前の敗北への復讐を、こんな形で返すことになるとはな」とつぶやいている。これが、この壮大な長編小説の全てである。

 物語の原型は1996年に発覚した住友商事の「銅事件」又は「住友商事銅取引巨額損失事件」である。当時の非鉄金属部長が、リスクが高い銅のデリバティブ取引や多額の銀行借り入れを会社に分からないように10年間にわたって行っていた。事件が発覚する以前、彼の取引量は市場の5%を占めるに至り、「Mr.5パーセント」という異名まで持つようになっていた。LME(ロンドンにある非鉄金属の先物取引所)などの市場に与えた影響があまりにも大きく、このままでは銅市場が崩壊する可能性すらあった。損失額は2,850億円。元非鉄金属部長は1999年に懲役8年の実刑が確定、株主代表訴訟(経営陣の監視義務怠慢)も起こされ、2001年3月、事件当時の社長ら5人が住商に約4億3千万円を支払うことで和解するに至っている、というものである。

 「浮利を追わず」という高尚な社是があっても、「社会貢献」という立派なミッションがあっても、経営陣の認識が至らなければ何の役にも立たない見本のような事件である。

 それにしても最終章「エピローグ」、シティの黒幕マーク・ブラント老人によって語られる519p「百年の歳月をかけた彼の一族の復讐」は恐ろしい。勿論、現実の「住友商事銅取引巨額損失事件」でこんなことは語られていない。もし背景にあるもっと大きな力があるとすれば、それを暴露することはそれなりのリスクを伴う。しかし、事件を追い続けた(著者=)根本誠一(グローブ通信社)が思いつくようにフィクションとして書くのであれば、そのリスクもかなり削がれることになるだろう。たとえ見え見えのフィクションであったとしても。




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もぐら 乱

2016年10月24日 12時08分07秒 | Review

矢月秀作/中公文庫

 2012年8月25日初版のシリーズ3作目。著者の作品には必ず花火大会のような「大爆発」がある。どうもこれを書かないと気が済まないようで、毎回必ずこの花火大会が登場する。「下関北刑務所の爆破」、「芦辺物産社員寮の戦闘」。最近では拳銃以外にプラスチック爆弾、手榴弾、バズーカ砲まで登場するようになった。どうやらこの「爆発」で、深刻で憂鬱な気分を一新するという仕組みらしい。

 作風は確かに厚くても一気読みできるバイオレンスアクション、スーパーハードボイルドなのだが、そのオーバーなアクションに隠れるようにして悲劇的な結末がある。アレースの沢渡兄妹然り、今回の七黒会の三美神然りである。この辺を、あまり深刻にならずに「そこはまあ小説なんだから」ということで、さり気なく描く所が矢月小説の真骨頂である。

 しかし、今回は惨々な目に会った。主人公(影野竜司)も檜山誠吾刑事も毎回こんな調子では身が持たないのでは、とさすがに心配になる。まあ、主人公は不死身だとは思うが、そんな心配は余計なお世話というやつか。



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あじさい日記(上下)

2016年10月23日 10時25分41秒 | Review

渡辺淳一/講談社文庫

 上:2010年7月15日初版、下:2010年7月15日初版。著者にはずいぶんたくさんの作品があり、またドラマ化や流行語などで何かとメディアを賑わす作家である。しかし今までなかなか著者の作品にお目にかかることは無かった。唯一「雲の階段(2013/05/22)」を読んだだけである。しかも「下」だけ。そんな訳だから、作品に対する著者の考え、思い入れなど判る筈もないのだが、著者は医者の心得があるためか、どうも同業を描きやすいようで、今回も主人公は著者と同じ整形外科医である。

 妻に対して面と向かって話しをせずに、本音のところを知りたいというのが主人公(川嶋省吾)の思惑。主人公は職場の事務員と浮気を楽しんでおり、そのバレ具合を知りたいのだ。そこで、妻の(表紙にあじさいが描かれた)日記を盗み見るということで思惑が実現する。以降、あじさい日記(妻の本音)と主人公のアタフタが交互に上下巻にわたって延々と続くのである。

 この夫婦の心の変遷を面白いと見るか、つまらないと見るか、評価は分かれるところである。遂に血みどろの喧嘩もなく、誰も死んだり怪我したりすることもなかった。殺人事件などもっての他である。つまりは、夫婦といえども元は赤の他人、一時の情熱で一緒に住むことになっただけということも出来るし、結婚は諸悪の根源などと言わないまでも、人は常に孤高であり男女に関係無く孤立しているものだとも言える。

 男女の思惑を「源氏物語」を通して解説するところが新鮮であった。以外にも、それぞれの在り方が、あらゆる束縛を捨てて、象徴的に鮮明になってしまうようなところがある。それは、すべての思いを短文に押し込める俳句の法則にあるのかもしれない。
 あじさい日記は、最後に夫が日記を盗み見ていることを承知のこととして書いている。結局、夫の我が儘、身勝手、右往左往は観音様の手の中の些細な出来事に過ぎなかったのかもしれない。




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もぐら 讐

2016年10月15日 10時52分09秒 | Review

矢月秀作/中公文庫

 2012年6月25日初版、2012年8月20日第5刷。先(2016/4/24)に読んだ「もぐら」の続編。影野竜司は元同僚(宇田桐)を撃ち殺したことで15年の刑に服することになったらしい。場所は山口県関市の下関北刑務所。今回はこの刑務所の他に東京の府中西刑務所、房総刑務所、東北第三刑務所など刑務所が舞台背景になる。

 すべては警察組織内部の権力闘争(出世欲)である。その過程で生み出した冤罪、現場の刑事から裁判官まで巻き込んだ事件であった。しかし、20年前のその事件は終わってはいなかった。被害者が宗教団体の名を借りて復讐を開始する。それを支援するかのごとく、20年前の本当の「悪」が、自分の権力闘争(出世欲)を完結させるためにふたたび動き出す。今回の悪役は宗教団体アレース(アーレフじゃないよ)、大司教の沢渡 晃は実は20年前の冤罪の被害者であった。

 銃火器を準備して刑務所を爆破するなどという場面がある。漫画チックでこの劇場型バイオレンスアクションは本来ならそんなことは有り得ない全くのフィクションだと誰もが思うところだが、これは明らかに「オーム真理教」の事件を参考にしたと思われる。考えてみると、サリンを製造し、無差別に撒き散らし、銃火器やヘリまで調達しようとしたオームの信者たちとまったく変わらない。そう考えると非現実的なフィクションであるはずの作品が妙なリアリティで迫ってくるではないか。作品では被害者を死ぬまで利用しようとする本当の「ワル」を最後に登場させる。せめてもの救いである。


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ストロベリーナイト

2016年10月07日 22時28分48秒 | Review

誉田哲也/光文社文庫

 2008年9月20日初版、2008年10月30日第5刷。著者の作品は「歌舞伎町セブン」。続いて「ソウルケイジ」だった。このとき姫川玲子シリーズがあることを知り、「ストロベリーナイト」を読むきっかけになった。発行順としては「ストロベリーナイト」が先なのだが、まあ「ソウルケイジ」を思い出しながら読んでみた。このシリーズは既に三作目「シンメトリー」が出ているらしい。

 なるほど、登場人物は既に「ソウルケイジ」でお目にかかった方々で、良くも悪くも周辺の事情は承知しており、新鮮さという意味ではどうしても欠けてしまう。しかし、その分余計な詮索をしないのでストーリーに没頭できるという効果はあるのかもしれない。

 誉田サスペンスの特徴は、ナヨッとした優しさと残虐さを通り越したような醜悪さの両極端の対比にある。姫川玲子の爽やかさに対して、発生した事件の気色の悪いこと!何とも言えないこの絶妙なバランスが醸し出す異常な不安感こそ狙いなのだと思う。まさに天国と地獄を、日常と非日常を同時に描くことで読者に不安と緊張を継続的に強いる。悪夢を現実世界に解き放つような、法律が及ぶ範囲を超えた、心の闇を深く穿つ破壊的なインパクト、蘇るトラウマ、罪を問うことの出来ない精神崩壊をうまくストーリーに織り込んでサスペンスに仕立てている。内容は結構「暗い」が、それを主人公の姫川が何とかカバーして救われる。



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棄霊島(上下)

2016年10月02日 17時56分26秒 | Review

内田康夫/角川文庫

 上:2015年3月25日初版、下:2009年11月10日初版。棄霊島はともかく、長崎県の五島の話しは興味深く読んだ。さすがに浅見さんはルポライターである。特に今回は軍艦島について、その盛衰をこんな形で知ることになるとは思いも寄らなかった。近代日本の暗い歴史でもあるけれども、それをこんな話しに仕立てる所は、いつもながら感嘆するばかりである。かなりの長編なんだけど、あっと言う間に終わってしまった。

 再び長崎が舞台なのかと思って読み進むと、先日読んだ「長崎殺人事件」に登場するカステラの老舗「松風軒」の社長松波公一郎とその娘春奈が再度出てくる。何だか久々にお会いしたような懐かしさがあったから、不思議なものである。作品の文庫化の順としては「長崎殺人事件」は16番目、「棄霊島」は100番目だから、ずいぶん間があいており、およそ無関係のようなものだが、読む順番が偶然にも連続して、続きを読んでいるような気がしてくるから面白い。この辺も何年経っても歳を取らない浅見光彦シリーズの魅力の一つなのかも知れない。

 写真については浅見さんも職業柄ウルサイとは思っていたけれども、作中登場する後口能成との写真談義は、いかにも腕に覚えのある者同士、或いは少なからず拘りを持つ者同士の価値観の共有、写真への思いが伝わってくる場面であった。ところで、浅見さんが常用するカメラは何だろう。やはりLeica M6あたりになるのだろうか。それともBESSA R3、HEXAR RFあたりか、ちなみに私はMinolta CLEなんだけどね。


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