徳本栄一郎/講談社文庫
2009年9月15日初版。先物取引や株取引を少しでもやったことがあれば、この緊張感は理解できるはず、またその悪魔のような間口も垣間見たことがあるのではないだろうか。何の生産性も創造性もない、このような取引で儲けるということ自体が絵空事であり、虚構であるという認識はどうしても捨てきれない。しかし、そうはいっても世の中の仕組みとして現実に存在している訳だから矛盾する。
話しは1998年のロンドンを背景にして始まる。主人公の上杉健二が実刑判決を受けたニュースを老人に報告するところである。ここで老人は15p「百年前の敗北への復讐を、こんな形で返すことになるとはな」とつぶやいている。これが、この壮大な長編小説の全てである。
物語の原型は1996年に発覚した住友商事の「銅事件」又は「住友商事銅取引巨額損失事件」である。当時の非鉄金属部長が、リスクが高い銅のデリバティブ取引や多額の銀行借り入れを会社に分からないように10年間にわたって行っていた。事件が発覚する以前、彼の取引量は市場の5%を占めるに至り、「Mr.5パーセント」という異名まで持つようになっていた。LME(ロンドンにある非鉄金属の先物取引所)などの市場に与えた影響があまりにも大きく、このままでは銅市場が崩壊する可能性すらあった。損失額は2,850億円。元非鉄金属部長は1999年に懲役8年の実刑が確定、株主代表訴訟(経営陣の監視義務怠慢)も起こされ、2001年3月、事件当時の社長ら5人が住商に約4億3千万円を支払うことで和解するに至っている、というものである。
「浮利を追わず」という高尚な社是があっても、「社会貢献」という立派なミッションがあっても、経営陣の認識が至らなければ何の役にも立たない見本のような事件である。
それにしても最終章「エピローグ」、シティの黒幕マーク・ブラント老人によって語られる519p「百年の歳月をかけた彼の一族の復讐」は恐ろしい。勿論、現実の「住友商事銅取引巨額損失事件」でこんなことは語られていない。もし背景にあるもっと大きな力があるとすれば、それを暴露することはそれなりのリスクを伴う。しかし、事件を追い続けた(著者=)根本誠一(グローブ通信社)が思いつくようにフィクションとして書くのであれば、そのリスクもかなり削がれることになるだろう。たとえ見え見えのフィクションであったとしても。