つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

炎蛹

2016年01月31日 14時04分13秒 | Review

―新宿鮫Ⅴ―
大沢在昌/光文社文庫

 2001年6月20日初版、2007年10月15日第10版。窃盗品密売組織の抗争、連続ホテル放火事件、街娼連続殺人事件、そしてフラメウス・ブーバの進入。一本の小説にこれほど盛り込むのはいかがなものかと思う程盛られているのが今回の新宿鮫。しかし、錯綜したこの展開がいかにも何でも在りの新宿にふさわしい。これほどではないにしても多種多様な人間が集まってくる新宿という街には確かにこんな雰囲気が漂っている。

 現代の他民族社会を象徴するようなストーリーである。そんな中にあって鮫島刑事の活躍は派手ではないが、世の中の流れに抗うこともなく、黙々と仕事に向かっている姿が、キャリアから外れた特別な警官という立場からか、いかにも孤独である。今回は、消防の吾妻、防疫の甲屋といった協力者(理解者)が登場するが、通常は鮫島が黙々と刑事の仕事をするというのが常らしい。これが、著者が追求する正義であり、人間であるように思う。

 ただ、今回は抗争中の連中は勿論、主人公を含めて怪我人続出だった。相棒を勤めた植物防疫官の甲屋もいっている「刑事の真似はあまり健康によくないな」と。




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鷲と虎

2016年01月17日 20時15分21秒 | Review

佐々木 譲/角川文庫

 2001年9月25日初版、2009年2月5日第二版。舞台は1937年の長崎から始まるが、99%は中国大陸での第二次大戦前夜の話し。主人公の麻生哲郎は96艦戦(96式艦上戦闘機)の飛行機乗り。「旗本として禄を食みながら永くその機会無く、士族として生きてきたことに後ろめたさを感じる」、置き去りにされた武士のような男(鷲)。同様に、敵方にも騎士道精神あふれるカーチスホークⅢの飛行機乗り、デニス・G・ワイルド(虎)が居た。この時代、戦闘機乗りと言ってもすれ違いにまだ相手の顔が判るくらいの時代、撃墜王が活躍する最後の時代だった。その終焉の様子がよく判る。ちなみにこの96艦戦の後継機が零式艦戦なのである。

 もう一つは、軍隊という組織の不条理である。更に「軍令無視は、いまや日本陸軍の基本的な行動様式」とまで言われる(文民統制の利かない)暴走は世界に類を見ないと思う。時代錯誤の好戦家、戦略なき集団がある。そして今でもよく指摘されるメディアの罪。「それでは記事にならない」という考え方の基に現実を誇張し、扇動し、高揚させ、都合の良い記事を書く。体制に飼われたメディアほど始末の悪いものはない。それは何も某国に限ったことだけではなく、近代においても今だ克服し難い油断のならない問題でもある。

 同様に「飛行機乗り」を主人公にした小説に「永遠の0/百田尚樹」がある。比較するのはおかしいが、最近書かれた作品という意味では、「現在の目線で」この時代を見ていることに違いはない。「鷲と虎」は活躍するヒーローモノ、英雄モノでないことは確かだ。過ぎ去ってゆく「古き良き時代」を感じさせ、同時にそれを受け止める主人公の郷愁が悲しい。これが時の流れというものなのか。

 著者は警察モノをよく書くが、歴史モノとしては「ワシントン封印工作」に続く2冊目にお目に掛かったことになる。参考資料も多々あると思うが、あまり偏った理屈に固執しないように淡々と語るところは読み手にとって不満でもあり、方や安心でもある。時代考証豊かなフィクションも実に違和感無く読めるところが面白い。個人的には警察モノより好きだね。




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悪徳探偵

2016年01月10日 11時44分27秒 | Review

安達 揺/実業之日本社文庫

 2015年6月15日初版。一気読みとはいかないが、肩の凝らない話し。黒田十三率いるブラックフィールド探偵社、またこのメンバーが面白い。最後の「バールのようなモノ」は別にして、下手なサスペンスよりも面白可笑しく現代社会を表現している。風刺といっても良いかもしれない。真面目な人間が生き辛い世の中を著者は実に面白可笑しくまとめている。

 著者は悪の限りを書くのだが、それでも「最後に正義は必ず勝つ」と信じているフシがある。その辺にホッとする安心感があり、話しをあまり深刻に考えずに済む気軽さがある。主人公が藤崎あや子に変わって、飯倉良一の敵を取るのが痛快だ。その分、文学的というよりコミックになってしまうのだが、数ある小説の中にはこんなのもアリだろう。

 最後に、事務員の上原じゅん子が社長の黒田十三を差し置いて腹黒じゅん子になってしまうのが笑える。著者の真面目なジョークに違いない。




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