つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

幻想の夏

2012年06月24日 11時09分57秒 | Review

 西村 京太郎/徳間文庫
 過去、大衆文芸に掲載されたものの中から6編を選択、短編集として1冊にしたもの。
西村 京太郎は「人間の心の不可解さ」「社会の歪み」といった問題を得意とするらしい。
「西村 京太郎」の名前は以前からすでに記憶のどこかにあり、初めて読んだような気はしない。TVの「十津川警部シリーズ」の影響があるのかも知れない。とはいうものの、実際作品を読むのは今回が初めてである。日本におけるミステリー & サスペンス作家の大御所、大家であるということなのだが、山村美紗との交際を含めて西村自身の実生活でもそのミステリー振りは作品に劣らず発揮され、満ち満ちているらしい。

 作品を読んでいて、その文章につまずきや違和感が無い。流れが緩やかでいて乱れがないというか、読んでいても「読んでいる」ことを意識させない。そして内容に集中させる力がある。脂ののった作家の作品というのはこの辺にあるのかもしれない。大半が50代の作品ということだが、それでも2億冊を売った作家の1人なのだそうな。日本の作家で2億冊を売ったのは赤川 次郎と西村 京太郎の2人しかいないらしい。

 新人作家には(本人は相当に努力しているのだろうが)文章のたどたどしさ、滞りや乱雑さのような(なめらかでない)ものがある。安心して読めない、集中できない危うさがある。しかし、それが逆に新人らしい初々しさだったりする。特に将来面白いものが書けそうな予感がする作家には、さも自分が新人を発見したかのような秘かな喜びもある。そんな作家を捜すのはなかなか大変なことなのだが。

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名前のない女たち

2012年06月17日 18時53分02秒 | Review

 -ベストセレクション-
 中村 淳彦/宝島文庫
 はやい話しが、風俗系で働く彼女達のインタビューで、12人が登場する。「女たち」というタイトルだが何故か12人目は男が登場する。いずれにしても、限界というか臨界というか人間ここまで出来るかという見本のような人生だ。それには種々多様な起因・原因があるとは思うけれども何と割り切れない、断ち切れない人間の多いことか。逃れられない因縁というか質というか業というか、まるで猿回しの猿のように引き回される人生だ。自由なつもりでもそこには深いトラウマが巣作っている。

 すべてがそのような人達ばかりではないと思う。これはセレクションなので、そんな中でも際だった人達を選んだ話だと思うけれど、ライターの選択によればあたかもすべてがそうであるような錯覚に陥り、風俗系で働く人は皆こうなのだと思えてしまう。それにしても、男の妄想に似た虚栄心、欲望だけが最後の生きる糧となるこの弱さは一体何なのだ。カフカの絶望も真っ青!といったところだ。はっきり言って、この酷たらしいインタビュー集は面白くない。これほど人を絶望に駆り立て、暗くしてしまう本は珍しい。

 本といっても形式は本のような形だけれど、実際、表現や面白さといった文学的要素は何もない。この本にそんなものを求めること自体が誤りで、精神的な病、病気、狂気、妄想だけが渦巻く精神分析概論だ。

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涙はふくな、凍るまで

2012年06月13日 11時07分22秒 | Review

 大沢 在昌/講談社文庫
 著者は「新宿鮫」の原作者だそうで、他かなりの作品を出している。日本推理作家協会理事長も務めたことがあるらしい。「大極宮」といって大沢在昌・京極夏彦・宮部みゆきの3人の統一Web Pageがあるくらいだから、日本のミステリーサスペンス作家の大御所、御三家といったような存在なのかもしれない。

 URL http://www.osawa-office.co.jp/ 

 読み終えてみて確かに大沢 在昌も最近読んだ宮部みゆきも、作風、展開、吸引力ともに安定しており、安心して読めるベテランの域にあるのだと思う。

 変なタイトルだとは思ったが、北海道は小樽、札幌、稚内を舞台にした珍しいサスペンスもの。吹雪や寒さの苛酷さ、残酷さを懸命に文章化している。北海道出身者としては、著者の思いとは異なるかも知れないが、そんな環境が逆に懐かしくさえ思えるのだから不思議なものだ。

 書くにあたって、取材したとはいうものの、大袈裟なアクションや仕掛けもなく、ヒーローも出て来ない。それで400ページを越える作品をよくここまで書けるものだと感心する。引き込まれてついつい読み進んでしまう魅力がある。「先を読ませないストーリーの展開」は著者の得意技らしい。

 登場人物は坂田勇吉、コーシカ、クラープ、ワシリィ、松橋といったところか。主人公は「坂田勇吉」で、実はこの作品には前作があるらしい。本来ならば先に前作を読むべきだと「解説」されている。この作品にも出て来るのだが、前作「走らなあかん、夜明けまで」は大阪を舞台にした「坂田勇吉」の悪戦苦闘の話しがあるのだそうな。相変わらず変なタイトルだが、更には最近続編「語りつづけろ、届くまで」が出たらしい。すっかりシリーズ化してきた様子があるが、これからも丹念に取材し、周到に練り上げ、面白い作品を創出して読者を楽しませて貰いたいものだ。

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恋は肉色

2012年06月06日 11時40分19秒 | Review

 菜摘 ひかる/光文社文庫
 この本の初版は2000年に出たようだが、現在は2012年だから一昔前ということになる。著者は1973年生まれだから「恋は肉色」は27歳の時の作品となる。もし現役なら今は39歳だ。何故かというと彼女は既に、2002年の秋29歳でこの世を去っているからだ。

 Net上では今だ「菜摘 ひかる」の名前が飛び交っている。それにはそれなりの理由がある。人生とは何か、という根源的な意味を1つの典型的なモデル(側面)から見ることが出来るからではないだろうか。「風俗嬢」という古典的な(根源的な、或いは原始的な)職業を通して現代人の人生観というものを分析する。そこにはあらゆる武装を解除された「裸の人間」がリアルになって出現する。

 もの書きとしては、高校時代から美少女漫画雑誌の常連投稿者としてスタートしている。漫画も書いていたらしい。その後、ヌードモデルや風俗嬢もしていたが、相変わらず漫画、小説の類も執筆していたようだ。ウィキペディアの彼女の職業欄には「風俗嬢、作家」となっているが、本文にあるように「執筆家」というのが最も近い表現なのかもしれない。「恋は肉色」を含めて、「作者が直接に経験したことがらを素材にして書かれた小説」=私小説専門の作家ということになる。自分の目耳で見たり聞いたりしたこと、経験したこと以外は書かない主義であったようだ。

 「恋は肉色」の風俗嬢は、なかなか勇ましく誇り高い。しかし常に何とも生活感の無さ、一歩踏み出しを誤ると心理的底無し沼に落ち込むような危うさがある。そしてその淵を横目で見ながら行ったり来たりしているのだ。どうも自己確立がうまくいかない。安定しない。真面目で努力家な彼女が、こうありたいと願えば願うほど現実は遠ざかる。自分との対峙があまりにも真剣で生真面目であるがため、刃の上を歩くような切羽詰まった状況に自らを追い込んでしまう。

 この自虐的自己破壊的展開は妙な危うさに満ちている。そのことは著者自身も充分承知していることだったようだ。その意味では充分「破滅」型の作家だった。そんな人が、30代、40代、50代をどんな風に生きるのか、興味深いものがある。しかし、ご多分に漏れず多くの「破滅」型の作家が辿るように、今となってはそれも叶わぬこととなっている。本当は彼女ほど「風俗嬢」に不適な人は居ないのではないかと思った。

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